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たしなみ5


ドメル先生との契約の魔術により、実質的に先生の許可なく他の研究棟に行くことができなくなったメイシーは、とても落胆していた。



(せめて、これからこの第1研究棟の研究の見学に行けないかなぁ…)


「ドメル先生、お話が終わったのでしたら、私がこれからどなたかの研究の見学に行くことを許可いただけませ…」


「だめだ」


最後まで言い終わらないうちに食い気味に拒否された。



「君はまだやることがある。先程の3名に会って私と結んだものと同じ契約の魔術を結んできなさい」


「そんなに急がねばならないものでしょうか…」


「可及的速やかにだ。君には誘拐する価値がある、とその3名から他の者に伝わる可能性がある」


「そ、それは怖いです」


「ここに3名を呼び出す」


ドメル先生はそう言うと、先程見たように指輪にぶつぶつと話しかけた。


数分後、指輪がピカピカと光り、先生はじっと目を閉じて、指輪からやってくる音を聞いているようだった。


どうやら頭で考えた言葉が、指輪で相手に届けられ、また相手からも言葉を返してもらえるような魔術具らしい。


(欲しいわ。見た雰囲気だけど、多分頭に思い浮かべた短い言葉を再生できる道具なのね。きっと、指輪を持つ者同士限定でしか会話できない仕様ね)



「……遅かったか。ヨゼフ・メナージュは体調不良を訴えて、すぐに早退したらしい」


「ただの体調不良なのではないですか?」


「それはどうかな…。メナージュ侯爵家は《貴族派》だぞ。あの家は代々続く優れた土の魔術の家系だが、マクレーガン侯爵の下水道整備事業には当初から反対していてな。平民の味方のようなマクレーガン侯爵のことをかなり嫌っているという話だ」


「あぁ……。少し父から聞いたことがあります。貴族は選ばれた人間なので、平民が犠牲になることは当然だと考える者がいる、と」



メイシーは、レナルドに下水道整備の話を初めて聞いてもらった時のことを思い出した。


下水道整備が平民街の衛生環境を良くし、それが最終的には国全体の利益になることを、メイシーはレナルドに訴えた。


レナルドは驚きながらも、幼いメイシーの話を最後まで聞き、そして、正直にレナルドの意見を聞かせてくれた。


その時に、メイシーは、この世界には、自分とは全く違う前提に基づいて考え、生きている人がいることに衝撃を受けた。


(お父様は、私のやりたいことを実現するには、お父様の立場を最大限利用しなさいと言ってくれたわ。だから私は、安心してお父様にお任せできた)


「メナージュ侯爵家は前宰相とも懇意だった。様々な理由から察するに、マクレーガン侯爵家を敵視してもおかしくはない」


「私の詠唱がレアもの扱いされて国内外の貴族に売れるとなれば、これまでは私を狙う必要もなかった人間も、私を狙う人間に変わってしまう、ということですね」


メイシーは、うーん、としばらく考えた。



「一度これからヨゼフ様に会ってまいります」


「……私も共に行こう」


「いえ、先生がいらっしゃれば、ヨゼフ様に警戒されて、本当の気持ちを話してもらえないのではと思います。ここは学園内ですし、国内の最高峰の魔術師である皆様が、安全を守るために敷地内に様々な工夫をされている、と入学式で学園長も仰っていましたよね。実際に私が誘拐されるとしたら、学園の外だと思うのです」


考えた結果、とりあえずヨゼフに会って、できるだけ腹を割って話す機会を作ることにした。


13の少女が一人で行けば、気が緩んで、ポロッと本音を出すのではと、何となくメイシーはそう考えた。



「……かなり不安の残る案だが、今すぐに行える案でもある。一人になったヨゼフ・メナージュが、その時間に何をしていたのか、探ることはできそうだな」


ドメル先生は厳しい表情で考え込んだが、おもむろに執務机のほうに向かい、何かを手にして、戻ってきた。



「思念の指輪だ。付けると見つかるから、首から下げてローブの下に隠しておきなさい」


「先生が先程使っていらした、あの指輪ですね?」



(わぁ〜!魔術具ゲット!ふむふむ、これは風の魔術が込められているのね。あとで寮に帰ってじっくり観察しよう)


「君のことだから、大した説明は必要ないとは思うが…。指輪をはめて、私を思い浮かべ、伝えたい言葉を数度繰り返し『彼の者のもとへ』と詠唱すれば私に君の意思が届く。手紙の魔術と同じ要領だ」


「承知しました。危険を感じたら、これを使ってお知らせします」


メイシーはそう言って、ドメル先生の研究室をあとにした。




男子学生寮は、第1研究棟の北の方角にある。


敷地内は広大なため、定期的に馬車が行き交っており、メイシーは馬車に乗って北の方へ行くことにした。


男子学生寮の前に着くと、入口の守衛にヨゼフ・メナージュの呼び出しを頼んだ。



(来てくれるかしら。来なかったら…ノアに頼もうかなぁ)


メイシーの心配をよそに、入口から1人の人物が出てきた。


オレンジ色のふわふわとした髪と、オレンジがかった茶色の瞳の男性がこちらに向かってくる。


メイシーは、お辞儀をして挨拶をした。



「メイシー・マクレーガンでございます。お休みのところ、お呼び立てして申し訳ございません」


「ヨゼフ・メナージュ。よろしく。立ち話も何だから、カフェテリアにでも行こうか」


ヨゼフはニコリと笑うと、メイシーに手を差し出してエスコートしてくれた。


上着を羽織り、ボタンも留めずに急いで出てきてくれたらしい。



(何だか、思っていたより、すごく優しそうな人じゃない?)


寮の一階には、オープンテラスのあるカフェテリアが併設されていて、メイシーたちは外のパラソルの下のテーブル席を使うことにした。



「それで、何か用があって来たんだよね?」


ヨゼフが微笑を浮かべ、メイシーに話を促した。



「はい。……その、私がイシュトリルトン神像を倒してしまったあとにヨゼフ様が体調不良を訴えられたと聞きました。私の配慮のない行動が、ヨゼフ様のご心労になってしまったのではと、気になりまして…」


「あぁ〜……。心配して訪ねてくれたということ?」


「ご迷惑をおかけしたこと、お詫び申し上げます」


「いいよいいよ。僕は全然別の理由で早退したから」


「……お聞きしてもよろしいですか?」


「メイシー嬢はドメル教授に連れられて行ってしまったでしょ?……君が居ないなら、つまらないなと思って帰ったんだ」


(……ん?)


「でもわざわざ来てくれるなんて、嬉しいな。メイシー嬢は、あまり僕たち他の入学生には興味がないと思っていたから」


「えっと……そのようなことは…」


「これを機に、僕とも仲良くしてくれると嬉しいよ」


(………んん?)


「あの……不躾な質問をしてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ、なにかな?」


「メナージュ侯爵家は、古い伝統を重んじる家系だと伺っております。

……ですので、我が家のことは、その、あまり受け入れていただけていないのかと」


「そうだねぇ……。父とマクレーガン侯爵は、何と言うか、まさに永遠のライバルみたいな関係なんだよね」


「……それは、初耳です」


「マクレーガン侯爵は、メイシー嬢にそんな話はしないんだね?僕は父に会うたびに、侯爵がこんな事を言っていた、やっていた、みたいな話を、怖い顔で喋っている姿を見ていたものだから」


ふ、とヨゼフは力なく笑った。



「どうやら父は、マクレーガン侯爵に相手にもされていないんだね」


「……」


どう言葉を返したらいいのか、メイシーは分からなかった。



(この人は《貴族派》の、対立する派閥のご子息様で、私が何を言っても、言葉が届かない人なのだと思っていたわ。でも、そうじゃない、色んな感情を持って悩んでいる、一人の若者なんだ)


「昔は僕も、父が一番偉大だと思っていたんだ。でも魔術具の面白さに気づいてから、文献を読んだり実際に見に行ったり、魔術具の歴史や成り立ちなんかの知識を通して、世の中の色んな人の視座に触れられた。だから父が間違った考え方をしているのかも、と疑うことができた」


「…ヨゼフ様は、きっと素晴らしい研究者になられますね」


「そうかな?……ふふ、メイシー嬢は面白いなぁ!本当に13歳?何か、物事を知り尽くした熟練の魔術師のような雰囲気があるよね」


(う、鋭い……。28プラス13の合計41年の人生の含蓄が出ちゃってますかね……)


「この話はここでおしまい。本当は、ドメル教授に何か言われたんでしょう?メイシー嬢が石像を止めた時に、僕もすぐそばにいたから」


「えっと、あの……はい。正直に申し上げますと、私の詠唱を、聞かなかったことにしていただければと……」


「そうだなぁ〜。僕も興味があるから、できればやり方を教えてほしいけど……」


「私の詠唱のことを口外しないでいてくださるなら、詠唱のコツをお教えできます」


「そうなるよね。……僕は別の条件に変更してほしいんだけど」


「はい、何でしょうか?」


「貴女の詠唱のことを黙っている代わりに、僕との結婚について考えてもらいたいんだ」





「………………はい?」


「僕はメナージュ侯爵家の三男だから、家格も釣り合いが取れるし、貴女の家に婿入りすることもできるよ」



「えっと……??」


「良い条件だと思うから是非考えておいて?」


ニコリと、ヨゼフは笑った。


完全に藪から棒のプロポーズが飛び出してきた。



(えっ、なに?いま結婚て言ったよね…?今日会ってすぐだけど、そんなことあるの………?貴族ってそんな感じなんだっけ??そうなの?)


メイシーは突然の要望に混乱の嵐だ。


ヨゼフは、言いたいことを言ってスッキリしたようで、ニコニコしながらメイシーを見つめている。



「そういうわけだから、僕は口外する気はないし、契約の魔術は貴女がやりたいと思えば、いつでも言って」


「あ、あの…結婚を仮にお断りした場合はどうなるんですか?」


「その場合は、詠唱のやり方を教えてもらうことと交換で良いんじゃないかな。え〜、断られるの?」


「……急すぎて、ちょっとお返事できかねます……。お父様に相談させてください!」




そんなこんなで、ヨゼフとの話し合いは終了した。


最後の最後で、予想もしていない爆弾を投げ込まれた気分のメイシーだった。



心配しているであろうドメル先生に、文字数の関係で簡潔にメッセージを送ってみた。



「ヨゼフ様に結婚を申し込まれました」



するとドメル先生からは、



「なぜそんな話になる?」



という返信があった。

説明が難しいので、



「良い条件だそうです」



と返信してみたところ、



「君1人に行かせるべきではなかった」



と、メッセージがやってきた。

そしてすぐさま、



「そんな契約で魔術を行使するのは論外だ」


「君にデメリットしかない」


「口封じに成功したなら魔術は使うな」



と、立て続けに三通もメッセージが送られてきた。

(口封じって、私は人殺しじゃありませんよ……)



「大丈夫そうなので、魔術は使いません」


「今日は帰宅します」



と返信し、そのまま寮に帰ることにした。



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