たしなみ2-16
メイシーは、一皿ずつやってくる食事をいただきながら、馬車の話をした。
「色々と魔術具の開発に携わりましたので、どの魔術具のお話がよいのか……」
メイシーは少し思案し、分かりやすい魔術具が良いだろうと思い、話を続けた。
「では、揺れの少ない馬車と、車内の室温を調整できる機構についてお話します。あれの開発は、最初は父のためでした」
「ほう?」
「初めて馬車に乗った時、揺れが本当に辛くて。父が毎日のように馬車で出かけておりましたので、父に快適に過ごしてもらいたく、馬車を改良しました。
結果的に、それが荷物の輸送にも役に立ったようで、レナルド製馬車の定期メンテナンスの7割ほどが、今では荷物輸送用の馬車です。
ちなみに最新のものは、今までより早く移動できる機能が付いています。学園の先生方からご予約を承りましたので、鋭意製作中です」
「なんと!また刷新されているのか?マクレーガン侯に贈呈された初号機も、とても気に入っているが、あれに最新版があるとは……!メイシー嬢、私もぜひ予約者のリストに加えて欲しい。これからも、刷新される度に新しい馬車が欲しい」
メイシーは、つい、馬車を褒められて気が大きくなった。
「まぁ、陛下。そのような、乗り捨てのような使い方はいけませんわ。古いものに手を入れ、長く大事に使っていただけるよう、私が魔力を込めた部品を使って、職人が、丹精込めて製作しておりますのよ!」
(はっ…!!!)
思わず両手で口を隠したメイシーの目の前で、そのお小言じみた発言に、陛下は面白そうに口元を緩めた。
「……なるほど。13の少女に、窘められるとは思わなんだ。見た目とは違って、彼女はすでに大人のようだな。祝勝会の時の、国庫を空にするという発言は、誰かに書かせた原稿かと思ったのだが……。あれはあの場で其の方が自分の言葉を述べたのか?」
「私が方向性を事前にすり合わせはしましたが、あれは全てメイシーの言葉です。私も、メイシーの話には聞き入りました。つい、壇上で笑ってしまうくらいには」
陛下と殿下は、笑い合った。
(な、なんだかわからないけど、場が和んだわ……!)
メイシーは、親子の雰囲気が少し和らいだ様子に、安堵した。
「メイシー嬢の話は実に興味深い。驚くような発想力で、多くの他者が救われる魔術具をサッと作るのだからな。それにもかかわらず、褒賞を返還するとは。……その謙虚な姿勢に、其の方の信奉者が多いのにも納得できる」
(……信奉者?)
メイシーは、何のことかと思い、殿下の方に顔を向けた。
殿下は涼しい顔で、グラスを傾けている。
「メイシー嬢には届いていないのか?
ジョイスの剣が其の方の命がけの魔術による神剣だと吟遊詩人が広め、民衆の間で其の方を女神だと崇める信仰が起こっている話や、魔獣討伐の際の光の魔術で、傷を瞬時に癒やされ、心まで鷲掴みにされた騎士らの話だとか、祝勝会の其の方の話が瞬く間に貴族の間で広まり、他国の王族や貴族が其の方に関心を持っている話など。
マクレーガン侯からは、祝勝会以降に来たそれらの他国からの縁談の話を、お前が尽く潰すことに対して抗議の声が上がっている。侯を怒らせるのは愚策だぞ。職権乱用もほどほどにしなさい」
(え?私に縁談?来てたの?)
メイシーは、そんな話があったのか、と驚いた。
「乱用ではありません。当然の行為です。私以外の男は、彼女に相応しくない。信奉者は増やせば良いが、彼女の夫は私以外には務まりません」
「……!!」
メイシーは、殿下の言葉に、顔を赤らめた。
殿下は、陛下に向かってさらに言葉を続けた。
「マクレーガン侯にもそのうち理解できるでしょう。彼が懐柔できる程度の男など、しょせんメイシーを守れる器などないのだ、と」
「なんだジョイス。未来の義父君の神経をわざわざ逆なでせずとも、表面上はにこやかに取り繕えば良いだろうに」
陛下の発言に、殿下は視線を陛下に向けた。
「結婚をして、きちんと周囲を固めた暁には、メイシーが両親と交流を持てるよう配慮するつもりです。今は、彼に私を侮られては困る。彼女を守るのに最も相応しいのは私だと、どの人間にも知らしめる必要があるのです」
陛下は面白そうに殿下を見つめた。
「……あまり囲いすぎては、本人に嫌われるぞ」
殿下は陛下のその言葉を無視して、無言を貫いた。
陛下は両手を組んで顎を乗せ、ニヤニヤしながらメイシーを見ている。
(な、何か発言を求められているの?)
「……あの、私が言うまでもございませんが、殿下はいつも立派にお務めを果たしていらっしゃいます。魔獣討伐でも、先日の遺跡調査でも、殿下は騎士たちからの信頼が大変厚く、皆に頼られていました。また、これから学園でも、ご自身の魔力を使って、研究を後押しくださるとのことで、学園でも殿下に期待が寄せられています。
陛下は殿下をご心配なさっているご様子ですが、殿下がどんな時も先陣を切って進むお姿に、皆、感謝と尊敬の気持ちを抱いております」
「ふむ、尊敬ね……」
陛下は、面白い玩具でも見つけたように、さらに笑みを深めてメイシーを見つめている。
「ジョイス。彼女にはお前のアピールが足りない様子だ。これは見物だな」
「陛下。くだらない発言はおやめください。彼女は御前で緊張しているのです。あまり不愉快な話をするようなら、席を立ちます」
「不愉快なのはお前だけだろう?立ちたければいつでも1人で席を立てば良い」
また二人の空気が険悪になった。
(どうしてこうなるの…!?)
メイシーはこの空気に、一人であわあわした。
「あ、あの、陛下。……恐れながら、陛下にお伺いしてもよろしいですか?」
「ん?何かな?」
メイシーは、慣れないながらも、必死にこの空気を良くしようと、陛下に話を振ってみた。
しかし、頭をフル回転させても、浮かぶことは魔術のことぐらいしかなく、諦めて、素直に魔術のことを聞いてみることにした。
「……私は今、風の魔術に興味を持っておりまして。学園のオーディン・クルクサス教授から、風の魔術は6つの属性の中でも、とりわけ遊びのある魔術だと伺いました。
実は先日、私の風の魔術が、少々変わった動きをすることを、先生にご指摘いただきました。もし陛下にも、独自の魔術があれば、ぜひ教えていただけますでしょうか?」
「風の魔術か。あるぞ。見せてやろう」
陛下はそう言うと、上を見上げ、軽く左手を振った。
すると、部屋中を軽やかに風が吹き抜け、上空から無数の花びらが舞い降りてきた。
「まぁ……!」
メイシーが桃色の花びらに手を伸ばすと、花びらは、スッと、溶けるように消えていった。
「これは手紙の魔術の化身の、応用版ですか?小鳥ではなく、花びらを象り、相手へ送らずにその場で散らすのですね?」
「その通りだが、その反応はいただけない。この魔術を使えば、ご婦人方はたちまち私に夢中になるのだぞ?」
「えっ?あ、す、すみません……!えっと、あの、素晴らしいと思います!」
メイシーの取って付けたような言葉に、陛下は面白そうに笑った。
すると、隣の席の殿下がメイシーに話しかけた。
「見ていろ、メイシー」
殿下はメイシーの目の前で右手を振り、シャンデリアのほうを見上げた。
シャンデリアの影から、上空に一斉に沢山の魚の群れが踊り出した。
「わぁ!すごい!」
薄いブルーの美しい魚達が、空中を泳ぐように旋回し、メイシーの背後を通り抜けて、陛下や、グレン様やノアの前を優雅に通り過ぎてゆく。
「まるで海の中にいるようですね!」
メイシーがにこにこして微笑みかけると、殿下は満足げに、風の魔術を霧散させた。
「そうきたか」
陛下は笑みを深め、再度上空に両手を掲げ、黒いモヤを放った。
天井がみるみるうちに闇に覆われ、辺りが少し暗くなったのを見計らい、陛下は左手をサッと振った。
闇の夜空に、キラキラと星がきらめき始め、陛下がさらに手を振ると、光は流星となって部屋中に降り注いだ。
「わぁ……!綺麗……!」
メイシーは、降り注ぐ流星に手を伸ばし、星をつかまえた。光は手の中ですぐに消えてなくなったが、メイシーは、面白くて、つい、いくつもの星を追った。
やがて闇が薄まり、上空に食堂の天井が見えてきたところで、メイシーは陛下にお礼を言った。
「闇の魔術と光の魔術ですね!両方を使えるお方は滅多に居られないので、とても貴重な体験ができました!ありがとうございます!」
メイシーがにこにこして陛下に感謝すると、陛下もにっこりと笑って答えた。
「感想がやや残念なのが玉に瑕だが、其の方はなかなかに、愛い」
メイシーは、陛下の言葉に困惑し、返事に窮した。すると、隣から殿下が助け舟を出してくれた。
「メイシー、ふざけた言葉に返答する義務など無い。口直しに、私からも水と風の魔術を贈ろう」
殿下がそう言うと、周囲にサアッと霧が広がった。
十分に霧が広がったところで、殿下が右手を振ると、部屋の一番遠くの隅から、ゆっくりと、弧を描くように虹の道が立ち上がり、メイシーの目の前まで、虹の橋を掛けた。
そして、虹の橋の向こうから、小さな白い美しい天馬が優雅に駆けてきて、メイシーの背後に止まって、翼を閉じた。
「まぁ、可愛い」
メイシーは、椅子から立ち上がり、生まれたての仔馬ほどの天馬に両手を広げ、天馬のたてがみをゆっくりと撫でた。
しばらく天馬に触れていると、虹が震え、無数の七色の蝶に変わり、部屋の上空に飛び立ち、きらめきを残して消えていった。
「綺麗……!」
メイシーが蝶を見上げているうちに、天馬は霧の中に同化し、いなくなった。
「とても美しい魔術ですね!さすが殿下です!」
霧が晴れると、虹のきらめきの余韻に、メイシーは夢見心地のようにうっとりした。
メイシーの表情に、殿下は満足した様子で微笑んだ。
「年長者に華を持たせようという考えはないのか?」
陛下は呆れたように殿下を見た。
「素晴らしい前座を、ありがとうございました」
殿下はそう言って、その場で立ち上がり、慇懃に礼をすると、メイシーに手を伸ばしてエスコートした。
「そろそろお暇します。陛下におかれては、次の予定が目白押しでしょうから」
「お前は年を追うごとに可愛げがなくなる。昔は『父上、父上』と私の足元をうろちょろしていたものを」
「どんなに魔術が上達しても、過去を変えられないのは残念です。記憶にもない過去の出来事を話題にされても、不快でしかありませんから。
しかし、これ以上陛下のお手を煩わせることはないと約束しましょう。先日のようなことは、二度と起こしませんので、お詫びはこの場を以てお終いとさせていただきます」
「分かった、分かった。お前の強情さは誰よりも知っている。ここでのこれ以上の議論は止めにしよう。……メイシー嬢」
陛下は殿下との話を切り上げ、メイシーに視線を移した。
「ジョイスをよろしく頼むぞ」
メイシーは、陛下の言葉に、その場でカーテシーをして答えた。
そしてメイシーは、殿下に伴われ、食堂をあとにしたのだった。
その後。
メイシー達は、殿下の執務室へと移動し、ソファに座って、ホッと一息ついていた。
「陛下は、やはり殿下をご心配されている様子でした。あれは親の愛情とお見受けしました」
メイシーの言葉に、殿下は微妙な表情を浮かべた。
「仮にそうだとしても、私にとっては今更、という思いだな」
「……なぜですか?」
(殿下は反抗期なのかしら?ほとんどずっと、ツンとしていたわ)
メイシーの問いに、殿下は無表情になり、立ち上がった。
そして、メイシーのことも立ち上がらせて、執務室の奥の扉へと誘った。
グレン様とノアは、執務室にとどめ置かれた。
執務室の奥は、休憩スペースになっていて、白いソファがあるだけで、他にはなにもない。
(殿下の離宮みたいね)
メイシーは、一度訪れた殿下の白い離宮の、なんの装飾もないシンプルな空間のことを思い出した。
「つまらない部屋ですまないが、早く其方と二人きりになりたかった」
そう言って、殿下はメイシーを抱き寄せた。




