たしなみ2-12
夕食前。
殿下がお父様に、興味本位で神殿に入り、そのうえ取り込まれて、危うく死にかけたことを正直に伝えたところ、誰にも付いてくるなと言い含めて、二人でどこかに行ってしまった。
メイシーとノアがこっそり付いていこうとするのを、グレン様に「こらこら」と、やんわり止められた。
それで今は、3人で、茂みを歩きながら天幕の方へ引き返しているところだ。
「何を話しているのかしら」
「旦那様は、絶対にあの男を叱り飛ばしています」
「案外、そうでもないと思うよ」
3人で、出歯亀よろしく殿下とお父様の話を予想した。
「では、殿下は、お父様と仲良くなってくださるかしら?」
メイシーは、グレン様の言葉に、返してみた。
「……今までの旦那様のお言葉から察すると、相当難しいのではと」
ノアの言葉に、メイシーも、うーん、と頷いた。グレン様は違う意見のようだった。
「あの二人は、意見と利害が合致すれば、とても強力な組み合わせなんですよ」
グレン様の意見に、メイシーは興味を持った。
「そうですよね、グレン様。私も、なぜ二人がもう少し協力的になってくれないのか、不思議なのです。あれほど心強い二人はいませんから!あの二人が手を組めば、帝国は向かうところ敵なしですのに」
「そうですね……今は、最大の利害がぶつかっている状態なので。気持ちの整理がつかないと、難しいのかと」
グレン様の言葉を聞き、ぼんやりと考えながら歩いていると、メイシーは足元の石に足を取られ、つまずいた。
「きゃっ!」
ノアがすかさずメイシーを支え、グレン様もノアとメイシーを支えて、転ばないようにしてくれた。
「グレン様、ありがとうございます。ノアも、ありがとう」
メイシーは、お礼を言って、足元を注意深く確認しながら、そろそろと進んだ。
草の間に石がゴロゴロ転がっており、かなりよく見ないと、また転んでしまいそうだ。
その後を、ノアが追いかけようとした。
「ノアさん」
「……なんですか?」
「私は意外と頼りになりますよ?」
「お嬢様をお守りするため、先に行きます」
ノアは、ツンとそう言うと、グレン様を残して、さっさとメイシーの隣へ移動し、メイシーの手を取って、ゆっくりと前進していった。
「つれないなぁ……。ま、そこがいい」
グレン様のつぶやきは、ノアの耳に入っているのか、いないのか。
草木をさわさわと揺らしながら、風が、メイシーたちの間を通り抜けていった。
翌朝、陛下の手配してくれた光の魔術の使い手数名と、荷運びのための馬車が、近くの村までやってきた、と連絡があった。
殿下は、自分が原因だとは分かりつつ、お父様が、陛下に連絡を取ったことを知り、苦い表情になったのだった。
「……18にもなって、親の世話が必要になるなど、自分が許せん…」
「まだ18ではないですか、殿下」
帰りの馬車に揺られて、メイシーと殿下は、のんびりと馬車旅を楽しんだ。
お父様と相談し、今回の出来事は、殿下が一人で調査に乗り出した際の事故だった、という話に落ち着けた。
殿下は、騎士たちや皆の前では、淡々とそのように理由を説明し、軽率に単独行動をしたことへの謝罪と、原因は取り除いたとは言え、壁画に危険な儀式の様子が描かれているため、神殿が人々の目に触れないように、今後も秘匿していく方針を話した。
でも、メイシーと二人きりになると、殿下は、こうして気安く心情を聞かせてくれるのだ。
「王都に帰ったら、陛下にお礼を言いましょう。きっと、殿下を心配してこのように手配くださったのです」
「どうだか」
「帰って元気な顔を一番に見せるのが、親孝行ですわ」
殿下は、ハァ、と憂鬱そうにため息をついた。
「其方もついてくるなら、行っても良い」
「えっ?私がですか?」
「……あの人と二人で話すなど、考えただけで気が滅入る。それに、王宮に着いてすぐに会合を申し入れても、どうせ会うのは数日後だろう。あの人には優先する事柄が多いからな」
「まぁ…」
メイシーは少し考えて、了承した。
「……王宮は、本当はまだ行くのが怖いのですが……。私でお役に立てるでしょうか?」
「役に立つ、立たないなど、関係ない。私が其方と居たいのだ。本当はどこにでも連れ回したいし、いつも目に入るところに居て欲しい」
「で、殿下……」
メイシーは、赤面し、困った顔をした。遺跡の事件を経て、殿下とメイシーは、すごく距離が近づいた気がした。少なくともメイシーは、殿下を身近に感じられる時間が増えた。
殿下の唐突な甘い言葉は、メイシーを丸め込むとか、そういう意図はなく、ただ純粋に殿下の気持ちを伝えてもらえているんだと、そう感じられるようになった。
「分かってる。冗談だ。其方が好きなことをやる自由は、奪ったりしない」
殿下は微笑んで、メイシーの頭をゆっくり撫でた。メイシーは、殿下の優しさに、嬉しくなった。
同時に、もうすぐこの旅も終わってしまい、この数日のように、こんなにも近くで、殿下の側に居られなくなると思うと、少し寂しい気持ちにもなった。メイシーは、ぐっとその言葉を飲み込み、考え直した。
「……次に会う約束があると、その日まで、わくわくしながら待てますね」
メイシーは、そう言って、殿下ににこりと微笑んだ。殿下はそんなメイシーを見つめて、眉を下げて困ったような顔をした。
「其方が愛らし過ぎて、どこかに閉じ込めてしまいたくなる」
「そ、それは困ります!」
「ハァ……」
「じょ、冗談だと言ってください!」
メイシーたちを乗せた馬車は、往路のときよりもゆっくりと移動し、王都にたどり着いたのだった。
ハイド先生は、遺跡の遺物とともに、一行と王都へ戻ったものの、またすぐ遺跡へととんぼ返りして旅立つのだと言う。
次は殿下が居ないため、魔獣との交戦が予測されたので、その分騎士たちを多めに派遣してもらって出かけるとのことだ。
メイシーは、ハイド先生に会って、今回の旅のお礼が言いたかったのだが、なぜか殿下やグレン様や騎士たちに阻まれ、何度も会話するチャンスを逃し、結局、王都まで、ハイド先生と話すことができなかった。
仕方がないので、王都に戻り、屋敷の自分の部屋に着いてから、ハイド先生に手紙を送った。
(まだ王都にいらっしゃるわよね?すぐに出立されるとは言え、王都内か、王都の近郊なら、手紙も届くはず)
「ハイド先生、今回は色々とありがとうございました。
急なお願いだったにも関わらず、快くご参加いただき、大変助かりました。
それなのに直接お礼を申し上げず、失礼いたしました。
先生が、今後もあの遺跡を管理し、見守ってくださると聞きました。
闇の神殿は、調査が済めば、また静かに、闇の魔術で隠され、悠久の時を過ごすのでしょう。
先生が壁画を解読下さらなかったら、殿下は、闇の魔術の錯乱から解けなかったかも……と想像すると、とても恐ろしいです。
本当にありがとうございました。
話は変わりますが、父や殿下は、先生の秘密を知ったのですね?
父が、先生を『王様』にしようと、プロデュースを考えていることを、先日聞いてしまいました。
先生でしたら、とても人気の『王様』になられると思います。
私も、先生の人気に貢献できる魔術具を開発しますので、たまには私の実験室にも遊びに来てください。
涼しいローブは、いくつかアイデアがあるので、近日中にサンプルを作り、先生にお送りします。
きっと遺跡で作業される時に、お役に立つと思いますので。
メイシー・マクレーガン」
すると、すぐに手紙が返ってきた。
「大人をからかうのはやめなさい。
オレが本気にしたら、君はどうするつもりなんだ?
君には殿下という、運命の相手が居るのだから、彼の手綱をしっかり握っておくこと。
この『目』には偏見も多いから、涼しいローブはとても助かる。
期待して待ってるよ。
オレには平和な生活が一番だ。
ハイド」
(……あら、サインがファーストネームだけになってる。気を許してくださったということ?)
メイシーは、手紙を読み、先生なら、本人が本気にしても、しなくても、たくさんのファンができるだろうにと思った。
(先生はあまり乗り気でないのだわ。いきなりファンに囲まれる生活も、大変そうだものね。これまでも、ああして、あの綺麗なお顔を隠してこられたわけだし)
メイシーは、ハイド先生アイドル化計画が初期段階から頓挫したことを少々残念に思いながらも、後半で、メイシーの涼しいローブに期待を寄せられていることに、俄然やる気が湧いてきた。
「やるわよ!久しぶりに実験室に行くわ!」
旅の疲れをものともせず、メイシーは早速実験室に行くことに決めた。
(ハイド先生も頑張ってくださるんだもの。私も少しは役に立ちたいわ)
メイシーは、ノアには少々申し訳なく思いながらも、ノアに光の魔術を行使し、馬車で共に学園へ向かってもらった。
お父様には、実験室に行きたい理由を話すと、とても良い笑顔で見送られた。
「マージー卿をその気にさせるなら、早いほうがいい」
「お父様のお考えは分かりますが、ご本人はあまりやる気はなさそうでしたよ?私は、調査のお役に立ちたいので、行ってまいります」
珍しく、学園に行くというのに、笑顔で送り出されたメイシーは、お父様の上機嫌を不思議に思いつつも、馬車の中では、涼しいローブに使えそうな素材のことで、すぐに頭が一杯になった。
(以前、ドメル先生に頂いた素材の中に、アイスケルピーのたてがみがあったはず。あれが使えそう)
他にもいくつか、水辺にまつわる魔獣や、冷気を放つ魔獣を思い浮かべ、ローブにメッキ加工したらどうなるか、色々と考えてみた。
ローブの素材そのものを、羊毛の重たい素材から木綿やシルクに変えることも考えてみた。
(でも、型崩れがなぁ……。お手入れのことも考えないと。しわしわのローブなんて、カッコ悪いものね)
いつの間にか学園に到着し、メイシーは、小さな実験室に引きこもった。
数時間、色々と試行錯誤した結果、ローブ表面自体はベルベット生地を採用して、見た目の高級感を保ち、裏地にはシルクを使い、シルク素材にアイスケルピーをメッキ加工してみることで、中に冷感を持たせることにし、外側の重厚なイメージと、機能性とを両立させることに成功した。
(先生が魔獣に襲われないように、できればお守りなんかも付けたいなぁ)
しかし、殿下の剣を作ったことで、多重に素材を加工することには、かなりの危険性が伴うことが分かったので、その手はもう使えない。
(光の魔術だけでも、ローブにかけておけないかなぁ)
メイシーは、やり方に悩んだ末、ローブの外側のベルベット生地に、光の魔力を込めた魔石をメッキ加工することにした。
一番良い魔石を選ぼうと、棚から石を引っ張り出したものの、ふと思い立ち、お父様に手紙の魔術を送ってみた。
「お父様、ハイド先生のローブに、遺跡の埋葬品を使えないかと思いまして。
光の魔力のこもった魔宝石はありますでしょうか?
もしあれば、いくつかいただけますか?
お金が必要でしたら、私の私財と交換いたします。
メイシー」
すると、翌日、お父様がメイシーの実験室まで来てくださった。
「お父様!お疲れのところ申し訳ありません。でも、わざわざ来てくださって嬉しいです!」
「メイシーの部屋がどんなものか、一度見てみたかったんだ」
お父様はそう言って、物珍しそうにメイシーの実験室を見回した。
10人ほどが部屋に入って作業をしても問題ない程度の広さなので、メイシーが一人で籠もるには、申し分ない。
メイシーが殿下の剣を作った後、ひどい有り様だった部屋は、すぐさま改築工事によって生まれ変わった。
入口から見て左右の壁面は、すべて棚になっており、貴重な素材たちを全て置いても、まだ余裕がある。
中央に長い実験机が1列と、突き当りに執務机が1つ。
実験机には洗い場が5つもあり、素材によって洗う場所を変えられる。
メイシーにとっては必要十分な部屋だった。
「貴重なものなので、他の者には預けられなくてね」
お父様はそう言って、布の包みを解き、木箱を開けた。
「……うわぁ!」
中には眩しいくらいの輝きを放つ、透明のダイヤモンドのような、大きな魔宝石が収められていた。
「せっかくだから、彼には一番良いものを贈ろう」
「そうですね!これだけの光の魔力を纏えば、低位の魔獣はそうそう襲ってきませんよね!」
メイシーは、良い素材が揃ったことに大満足し、その日に、特急で仕立て屋に依頼し、洗替用の予備の分もあわせてローブを2着仕立てた。
それら両方に、裏地のアイスケルピーのメッキ加工と、表地に光の魔宝石のメッキ加工を施した。
メイシーは、お父様から騎士に依頼してもらい、遺跡のハイド先生のもとに、完成したローブを送り届けてもらった。
すると、届けた翌日に、先生は、騎士に早馬で手紙を持たせて送ってきた。
「こんな国宝のようなローブが来ると思わず、届いた時は目を疑った。
かなり過分だが、本当に良いのか?
行きは魔獣討伐にかなり時間と労力がかかったが、帰りはコレのおかげで、高位の魔獣との戦闘だけになりそうだ。
それに、着心地もとても良い。
気温が高くても、コレを着ている方が快適なんだ。
ありがとう。
解読の方は順調だ。
今は、あの儀式の部屋に寝そべって、天井の絵を1つずつ検分している。
まだ解読の途中だが、あの部屋で起こる闇の魔術の錯乱では、自分の望みが何でも叶うのだとか。
おそらくだが、そうして夢現のなかで、全ての属性を使えるようになった王が、たまたま何人か居たのだろう。
そのせいで、儀式を経れば全属性を得られるという間違った理屈が広がり、まるで中毒患者になったような王たちが多数出たわけだ。
あの部屋で、闇の魔術の錯乱の中でだけは、王たちは、自分の望む王の姿になれたのだから。
ところで殿下は一体、何の幻覚を見たのか?
参考までに、知りたいものだ。
ハイド」
メイシーは、どうやら自分の作ったローブは、ハイド先生の役に立っているようだと分かり、安堵した。




