たしなみ2-11
殿下は、とりあえず言うことは言ってスッキリしたようで、メイシーの側で、じっとメイシーの様子を伺っている。
メイシーは、疑問を口にした。
「あの……自分の例を参考にすると、後天的に属性を得るのに、わざわざそんなに大変な思いをしなくても良いのでは、と思います。要するに、頭の中に正確なイメージが出来さえすれば良いのですから」
「……どういうことだ?」
メイシーは、うーん、と考えながら話し続けた。
「映像を用意して、見せて刷り込むという方法もあるのではと思います。……そのための映像の魔術具が必要になりますが」
「映像、というのは?」
「あちらの世界には、今こうして目にしている風景や状況を、機械の中に録画・録音して、後から何度でもその風景を見ることができる機械がございました。私も、ビデオや写真は、あったら面白いよなぁと思っているので、そのうち作りたいなと思っておりましたが」
「なんだ、それは?それがあれば、子どもたちが簡単に属性を得られるのか?」
「おそらくですが。……ただ、闇の魔術は少々私にもイメージが難しいので、もしかすると、光と闇については、もう少し対策が必要かもしれません」
「メイシー」
殿下はガバっとメイシーに抱きつき、サッと体を離し、両肩に手を添えて、メイシーの顔を覗き込んだ。
「其方は女神だ……。やはり其方を選んだ私は、正しかった……!」
殿下は、今日はいつも以上に色々な表情をしている。気まずそうにしたり、こうして目をキラキラさせて喜びを表現したり。そんな殿下の様子を見て、メイシーは少し、親近感を覚えた。
「ふふ、殿下でも、そんなに怖がることがあったのですね。私は今の殿下しか存じませんので、過去にそうして、大変な苦労をして努力を重ねてこられた経験があったことを初めて知りました」
殿下は、また少し気まずそうに、視線をそらした。
「……そんな無様なところは、できれば其方には知られたくなかった」
殿下の不満げなその言葉に、メイシーはクスクスと笑ってしまった。
(殿下は、いつも格好良くありたいのよね。影の努力とか、そういうのを知られると嫌なのかしら。男の子って大変だなぁ)
メイシーが笑っていると、殿下はメイシーを抱き寄せて、ギュッと腕の中に包みこんだ。
「其方が笑うと、愛らしすぎて、こうせずにはいられない」
「……!!!」
突然の甘い言葉に、メイシーは赤面した。殿下はちらりとメイシーの様子を伺い、切なげに問いかけた。
「……迷惑か?」
メイシーは、恥ずかしさと緊張で、何と答えたら良いのかわからず、ただ赤面し、押し黙ってしまった。
すると、殿下は寂しそうな表情になり、メイシーから離れた。
「私は其方が愛おしすぎて、触れたくなる。だが、其方の望まぬことは、しない。其方を困らせれば、また、其方は私から逃げていく」
「……」
「私は其方を失いたくないし、ずっと側にいて欲しい」
「……!」
「だから、私から其方に触れるのは……今は少し怖い」
殿下はそう言って立ち上がり、天幕を出ていこうとした。
メイシーは、ドキドキとうるさく鳴る心臓をギュッと掴み、消え入りそうなほど小さな声で、遠のく殿下の背中に話しかけた。
「……行かないで」
殿下は声を聞き、足を止めて、その場にとどまった。
メイシーは、自分の鼓動の音がドクンドクンとうるさくて、離れたところにいる殿下にまで聞こえてしまっている気がした。
まるで燃え立つ灼熱の炎の中にでも入れられたかのように、息苦しく、体中の熱が上がり、思考がうまく働かない中、メイシーは必死で言葉を探した。
「……私、は……。貴方に、囁かれて、抱きしめられると、うまく言葉が出なくなるのです……。でも……その……」
「いつも……貴方を、想っています……」
メイシーがドキドキしながらそう言うと、殿下がパッと振り返った。
殿下の頬は紅潮していた。
「其方を抱きしめたい」
「……はい」
メイシーは、ベッドから立ち上がり、両手を広げて殿下を待った。殿下はそんなメイシーに近づき、メイシーの体をぎゅっときつく抱きしめた。
「メイシー、好きだ。愛してる」
「……ジョイス様」
メイシーは、殿下の腕の中で、幸せな気持ちに浸っていた。
メイシーが再び微睡み、天幕で横になって休んでいる間、目覚めた殿下を交え、お父様とハイド先生の3人が、この遺跡の処遇について話し合ったらしい。
殿下は、休んでいたメイシーのもとを再び訪ねてきて、話し合いの結論を教えてくれた。
「遺跡は残すことにした」
メイシーと殿下は、ベッドの淵に腰掛けて、二人で並んで話しだした。
「マージー教授が引き続きこの遺跡の壁面の解読にあたる。解読が終わり次第、遺跡は魔術具で再び隠蔽する」
「まぁ。また隠すのですか?」
「ああ。教授によると、とても保存状態の良い遺跡なので、できれば引き続き残して行きたいそうだ。それから、闇の神の神殿を、人々の目に触れぬようにする意味もある」
「……そうですか」
「彼にはこれからも、古王国の遺跡を守るように伝えた。色々な点から、遺跡の管理者として、彼以上に適任はいない」
「あら、殿下もいつのまにかハイド先生と親交を深められたのですか?父も、先生とのおしゃべりが楽しいようで、とても仲良くなっておりました」
「……」
殿下は何かを考える素振りを見せた。
「……其方は、夫が自分の父親と親しくすることを望むか?」
「え……?それは、できれば……。険悪な親子関係は、お互いに辛いと思います」
殿下は眉を寄せた。
「レナルドがコソコソと画策していることは知っていたが、自分の気に入った男に、まさか別の国を建てさせることまで考えていたとは。グレンに聞いて、耳を疑ったぞ」
「……?? 何のお話でしょう?」
「彼の秘密に関することだ」
「ハイド先生の秘密ですか?……殿下もお父様も、お知りになったのですね?」
メイシーは、なるほど、ハイド先生のイケメンぶりに、お父様が、別の国家を建てられそうなほどファンが集まりそう、と言ったのだろうと推測した。
(お父様、もしかして、ハイド先生をプロデュースしようとしているのかしら……?女性嫌いのハイド先生の、その硬派なところを、逆に売りにするつもりかも?)
「先生なら、できますね。なにせあの容姿です」
「……!?」
「あれだけ目立つお方なのに、これまで闇に隠れていたご様子ですから……。私、全ての方々のために、やはり魔術具を作らねばと思います」
(ファンの皆様のためには、やっぱりテレビを普及させるべきよね。あれだけのイケメン、皆で共有しないのはもったいない、と思うお父様のお気持ち、共感するわ。テレビができれば、先生には、帝国どころか、世界を股にかけて、ファンができるだろうなぁ……)
「其方、いま何を考えている?」
「……?」
殿下は不機嫌を通り越して、怒っている。
「私以外の男に嫁ぐなど、今更考えても無駄だ」
「え?」
(どうして殿下は怒っているの?それに、他の男に嫁ぐって、なに?)
メイシーには心当たりがなく、色々と思い出してみたが、よく分からなかった。
しかし、メイシーは、ふと、あの夜、ハイド先生に受けた忠告を思い出した。
「……あ」
(先生は、王族に嫁ぐのは大変だと言っていたけど、それは、殿下の束縛が大変だと言いたかったのかしら)
「何だ?いま何を言いかけた?」
「いえ……その……」
(言ったら怒りそう。というか、すでに何故か怒ってるけど…)
「言わないなら服を剥ぐ」
「……!?だ、だめです!」
「なら、言え。何を言おうとした?」
メイシーは、言い淀んだが、殿下の手が伸びて来ると、焦って口を割った。
「だめですったら、殿下!……ハイド先生に、殿下のところに嫁ぐのは大変だと、その……何故か忠告を受けました」
すると、殿下の纏う空気が、一気に不穏なものになった。
「上等だ」
「で、殿下…?」
「私なしには生きられない体にしてやる」
殿下はそう言うと、混乱するメイシーを抱き寄せて、唇を奪った。
「……っ」
メイシーは、驚いて体を反らせて逃げようとしたが、殿下がどんどんメイシーを口づけで追い詰め、最後にはメイシーは、ベッドに背中を付けた。
逃げ場のなくなったメイシーを組み敷き、殿下はメイシーの首筋に顔を埋め、唇を、這うように滑らせた。
そしてメイシーの胸元をまさぐり、ボタンに手をかけようとした。
「……っ、だめ!」
メイシーは、殿下の肩をバシバシと叩き、殿下に呼びかけた。
「……貴方は! 不安になる度に、こうして私を、抱こうとするのですか?」
メイシーは、乱れた呼吸のまま、必死に声を上げた。
「……」
殿下の手がピタリと止まった。
「そんな気持ちで私を抱けば、貴方はずっと後悔します。……私は、貴方にそんな気持ちを抱かせたくない」
殿下はメイシーの首元からゆっくりと顔を起こし、メイシーを見下ろした。
「貴方は何がそんなに不安なの?私は、貴方にとって、信頼できない人間ですか?」
メイシーの言葉に、殿下は押し黙った。
「殿下は、私を……その、虜にすると、前に言いました。あの時の余裕は、どこへ行ったのです?」
メイシーは、殿下がメイシーの話を聞き、動きを止めたので、これ以上メイシーに無理なことをしないと感じ、体を起こして、殿下に向き合い、殿下の目をじっと覗き込んだ。
殿下の瞳は、不安に揺れていた。
「私は逃げません。貴方のお側におります。貴方をこんなに不安にさせているのは……私、なのですか?」
メイシーの問いに、殿下は何も言わなかった。
殿下の無言を、肯定と取ったメイシーは、唇をギュッと閉じて、殿下を見つめた。
メイシーは、殿下を見つめたまま、少し考え、ポツポツと、自分の考えを話した。
「あの……私が、もう少し……殿下に励ましの言葉を伝えねばならないでしょうか?」
「……」
メイシーは、これまで避けてきたことに直面し、狼狽した。
「わ、私……先程も申しましたが……その、言葉にするのが、とても……とても、苦手で。……でも、そのせいで、殿下が私に不安を感じているのなら……どうにかしないと、いけません、よね……」
「……」
「私の身近な実例は、父と母なのですが……。母はしょっちゅう『世界一素敵よ、貴方』とか『私の一番大切な貴方』とか、父に言います。……父はその言葉に、励まされているように見えます」
「……ふ」
「……試しますか?」
「……ああ」
「……大好きです、ジョイス様。私の一番素敵な王子様」
殿下はその言葉に微笑んで、ゆっくりとメイシーに顔を近づけた。
そして、もう一度キスをした。




