たしなみ2-10
メイシーが目を覚ましたのは、倒れて2日目の朝のことだった。
目を覚ますと、まず、野営のための天幕の柱が見えたので、メイシーは隣に寝ているはずのノアの姿を探した。
「ノア……」
何やらメイシーの右手に、何かを握っている感触があり、頭を右に傾けた。
すると、隣では、金の絹のような髪がベッドに流れ、スースーと穏やかな寝息を立てて、殿下が眠っていた。
「……っ!?」
メイシーはびっくりして飛び起き、体を後ろに引きすぎて、左手がベッドの淵からずり落ち、体勢を崩して盛大に転げ落ちた。
「いっ……たぁぁ〜……」
ベッドの横で無様に後頭部を打ち付け、メイシーは、よろよろと体を起こして、辺りの様子を伺った。
「ノア?いないの?」
耳を澄ませると、天幕の外で言い争うような声が聞こえた。
「そこをどきなさい、伊達メガネ。お嬢様が目を覚ましたらどうするのです?」
「少しくらい良いのでは?君は主に忠実だから、自分の休憩時間も犠牲にしてしまうでしょう?今は私がここに居るから、何かあったら呼びに行くよ」
「何かあってからでは遅いのよ!常にお嬢様のお側に控えていないと、お目覚めの時に何か見当違いの勘違いをなさってもいけないわ」
「勘違いねぇ……。まぁ、もういいんじゃない?あの二人は絶対に両想いなんだし、いつ一線を超えるかなんて、そんな野暮な話、外野がとやかく言うものでもないでしょ?」
「黙れ!この下郎!お嬢様はまだ13だ!お嬢様にもしものことがあれば、私はお前の主を刺し違えてでも殺してやるからな!」
「あー……もう、ほんと、貴女って人は……」
「気色の悪い目をするな!そこをどけ!私はお嬢様のお側に……」
天幕の外の、何やら楽しい会話を盗み聞きすべく、メイシーは抜き足差し足で入り口付近に近づいたのだが、素人の足音など、ノアの耳には誤魔化しようもなく、ノアはグレン様を押しのけて、天幕の入口から中へ入って来た。
「お嬢様!」
「ノア、色々とありがとう。きちんと休憩を取って、体を休めないとだめよ?」
「お嬢様…!お目覚めになられて良かったです。私のことなど、どうかお構いなく。お嬢様の御身が、いちばん大切です」
「ノア……。貴女は私の大切な侍女なの。無理を重ねて倒れることなど、あってはならないわ」
「お嬢様……」
メイシーとノアは、ギュッとハグをした。
「それにしても、驚いたわ。その、殿下と一緒に寝かされているなんて……」
メイシーは、つい先程、隣で寝息が聞こえるほど近くにいた殿下の顔を思い出し、赤面した。
「申し訳ございませんでした、お嬢様。その件については、マージー教授のご指示による、魔石の使用のためでございます。今ほんの少しお席を外してしまいましたが、この天幕には私がずっとおりましたので、お嬢様も、この男も、ずっと眠っていただけだということは、天地に誓って断言できます」
「ありがとう、ノア。貴女のお陰で安心しました」
「はい、お嬢様」
メイシーは、そんな会話の際、少し立ち眩みを感じ、ふらりと体がよろけた。
「お嬢様!まだお目覚め直後です。お嬢様の天幕に戻り、ゆっくりお休みいたしましょう」
ノアはそう言うと、少しの間だけだから、と、また殿下の隣のベッドの淵にメイシーを座らせ、天幕間の移動のために、メイシーの体を覆うマントを取ってくる、と告げて、一度去って行った。
「……殿下」
ベッドに横たわる殿下は、最後に壁の割れ目から見たときよりも顔色が戻っていることに、メイシーは安堵した。
殿下の手から魔石が転がってしまっているのを見て、メイシーは、またそれを手に握らせた。
そして、そっと殿下の手を両手で握りしめた。
自分の魔力は、いくらか戻っているだろうと信じ、メイシーは、殿下に光の魔術を行使した。
「殿下に癒やしを」
メイシーの両手から、光が溢れ、殿下の体全体が、キラキラと光の粒に覆われた。
メイシーは、また少し目眩を感じ、ぽすん、と殿下の隣に横になった。
右側の、まだ目を閉じて寝ている殿下を見て、再び手をギュッと握った。そしてまた少し眠気を覚えてきたメイシーは、少し目を閉じた。
すると、右側で、殿下の声がした。
「……これは夢か?」
殿下がメイシーの手を握り、そっと魔石を握らせた。
メイシーは、眠気のせいで瞼が重たく、つい、そのまま微睡んでしまった。
(……殿下、起きたのね。よかった……)
メイシーが安堵していると、ふっと、唇に柔らかい感触があった。
「好きだ、メイシー」
至近距離で聞こえたその声に、メイシーは、微睡みから一気に覚醒して、急に顔に熱が集まるのを感じた。
「……起きていたのか?」
その声に、パッと目を覚ましたメイシーは、視界が殿下でいっぱいなことに、さらに体中の熱が上がった。
「で、で、で、殿下……っ!離れましょう……!」
「なぜ?今は二人きりだ」
「そ、そ、それは……!」
「私は其方を抱いていたい」
(ひ、ひいいぃぃ!!)
殿下は、すでに目がグルグルしだしたメイシーをそっと抱き起こし、足の間にメイシーを挟むようにして抱きしめた。
「其方とこうして一緒に居られるのが、今はただ嬉しい」
「で、殿下……」
メイシーは、ドキドキしながらも、殿下に包まれている安心感で、胸がいっぱいになった。しばらくの間、そうして二人でただ抱き合っていた。
すると、殿下がメイシーをギュッと強く抱き、耳元でため息をついた。
「……はぁ。まだこうしていたかったが、其方の侍女が天幕の外でずっと殺気を放っていて、少々煩わしい」
「えっ!?」
メイシーは、ハッとして天幕の入口の方を見た。
「ーーーグレン、よく耐えたな。もう通して良いぞ」
殿下の声とほぼ同時に、ノアがグレン様を張り倒して、天幕の入口を開けて乗り込んできた。
「お嬢様!ご無事ですか!?」
「ノ、ノア!!」
メイシーは、殿下の腕の中からパッと離れようとした。しかし殿下はメイシーをぐっと抱き寄せ、まるでノアに見せつけるように頬に唇を寄せて、こう言った。
「メイシーは私のものだ」
すると、メイシーは顔をボン!と赤くさせ、ノアは鋭い目で殿下を睨んだ。
殿下はニヤリと笑い、メイシーを解放したが、メイシーが、立ち眩みと赤面でフラフラしている様子を見て、表情を変え、サッとメイシーを抱きかかえて立ち上がった。
「無理をさせて悪かった。其方の天幕まで送ろう」
「で、でも……」
メイシーがあわあわしているうちに、殿下はノアに、持ってきたマントをメイシーに掛けさせて、メイシーの天幕まで運んでくれた。
メイシーは再びベッドに横たえられた。
心配そうにメイシーを見つめる殿下に、メイシーが話しかけた。
「殿下が戻られて良かったです。皆で必死に、殿下をお助けするために力を合わせました」
「……それについては、申し開きのしようがない。私の勝手で、皆を巻き込んだ。後で皆にも謝罪する」
殿下が、とてもバツの悪そうな顔になった。
「なぜ、儀式場に入られたのですか?」
メイシーの疑問に、殿下はしばらく押し黙っていたが、メイシーが体を起こし、目を逸らさずに殿下を見続けるものだから、殿下のほうが観念し、重い口を開いた。
「……王家の契約の魔術により、王族が全属性であることは、其方にも話したな」
「はい。……よろしいのですか?時期が来るまでは、話せないのでは?」
「いや。最初から話さねば、理解ができない。もう決めた。話そう」
殿下はそう言って、ノアに下がるように命じた。
メイシーは、ベッドの淵に腰掛け、殿下が話しだすのを、じっと待った。
「……契約の内容はこうだ。皇太子が6歳になると、国王は皇太子に『皇太子が全属性になるまで試練を出し続ける』という契約の魔術を結ばせる」
「え?何か、契約の魔術で、簡単に全属性を得るわけではないのですか?」
殿下は、ハァ……とため息をついて答えた。
「そんな魔術は無い。……王家には生まれつき高い魔力を持ち、多数の属性を得ている者が多いが、それには個人により差があるのは当然で、大半は、後天的に属性を得て全属性になった者ばかりだ」
「それはつまり、王子や王女は、いくつかの属性を、その『試練』というものを経て、後天的に得ている、ということですね?」
「そうだ」
メイシーは、今聞いたことを反芻し、とくに違和感のある内容ではないと感じた。
王家の血筋があるとは言え、産まれる赤ん坊が、毎度全て、判を押したように全属性であるだなんて、土台無理な話だと思うのだ。
魔力の多さも、個人差があるのは当然で、魔力量の低い王子・王女が生まれたら、鍛錬を経て、自分の魔力に見合った魔術の使い方や戦い方を覚えねばならないだろう。
「殿下は以前、属性を後天的に得ることは、かなりの困難を伴う、と話されていましたが、王族の方々は、その困難を乗り越えて、皆様、無事全属性を得ているということでしょうか?」
「そうだな。簡潔に言えば、その通りだ」
「……お話の内容に、今のところ、とくに引っかかりを感じませんが、強いて言えば、その『試練』の内容が気になりますね。殿下の場合は、例えばどのような……?」
メイシーのその問いに、殿下は血の気の引いたような顔色になり、また口を閉ざした。
「殿下?体調が優れないようでしたら、遠慮なく隣にお座りください」
メイシーが、ポンポン、と自分の右隣を叩いた。
「……いや、良い」
珍しく殿下は、メイシーの提案を断り、本当に話しづらいのだろう、眉間にシワを寄せて、黙り込んでしまった。
「その……。殿下のそのお話が、今回の闇の神殿に入られたことと、どうつながるのか、よくわかりません。私、あの神殿は、魔力を捧げる機構がある場所とは知っておりますが、それが一体、殿下の何の関心を引いたのですか?」
「………」
殿下は珍しく覇気のない様子で、メイシーの質問に、困ったように眉を下げた。
「……順当に行けば、私は皇帝となる。そして……子には、当然、その『試練』を与える立場になる」
「? はい、それは、まぁ……そうなのでしょうね?」
「私はつい、そんな『試練』など与えずに済むなら、そうできないかと思ってしまった」
「……」
「あの神殿の、闇の神に寿命だか、魔力だかを捧げれば、願いを叶えてくれる、などという、子供だましのような理論に、一瞬縋りたくなってしまった」
「……つまり、闇の神に、我が子の全属性を願えば、それを叶えてもらえると?」
「……そうだ」
殿下は非常に言いづらそうに、メイシーに打ち明けた。
「あの……その『試練』というのは、それほど大変なものなのですか?殿下ほどの方が、そこまで忌避するような?」
「私はアレで火の属性と闇の属性を獲得はしたが、正直に言えば、死んでもおかしくないような状況に、何度も放り込まれた。……父の手によって、な」
そう言った殿下の顔色は悪く、思い出したくもない記憶だということは、メイシーにも感じ取れた。
「殿下は、子どものために、そんな恐ろしい試練よりも、闇の神の儀式のほうが簡単だと、そう思われたということですね?」
「……まぁ、子どものためというのも無くはないが、結局は自分のためだ」
「と、言いますと?」
殿下は少しメイシーの表情を伺うような素振りを見せ、またしばらく口を閉ざした。
そして、諦めたのか、メイシーを見つめて、再び口を開いた。
「獅子が子を谷底に突き落とす、とは、単なる比喩表現だが、我が国の王族に限っては、本当に谷底に突き落とすし、何なら突き落とすと同時に火を放ち、光の刃を降らせ、上から大岩でも転がして、本当に子供を殺しにかかる。
そうやって死にかけたところを光の魔術で回復させ、無理矢理立ち上がらせ、また別の谷底へ突き落とす。……子が、属性を全て獲得するまで、必ずやる。必ずだ」
メイシーは、殿下の話に、驚いて声を失った。
「国王のほうも必死なんだ。契約の魔術で縛られるため、完遂せねば、自身も魔術が使えなくなる。……これは機密事項なので、他言無用だぞ?」
メイシーは、無言で、コクコクと頷いた。
「そういうわけで、国王の非道な振る舞いに、その后が、国王を恨む事例があとを絶たない」
「あ……」
(それもそうか。自分がお腹を痛めて産んだ王子や王女が、旦那さんに拷問(?)されるような感じだものね…)
「なので、其方には時期を見て話さねばならないと思ってはいたんだ。子ができれば、其方はきっと愛情深く子を育てるだろうからな……」
「……!!」
殿下は、ハァ……とため息をつき、ようやくメイシーの隣に腰掛けた。
メイシーは、殿下がそんなふうに思っていたことを初めて知った。
そして、メイシーと結婚したあとのことまで考えていたのか、と気が付き、なんだか嬉しいような、むず痒いような、そんな気持ちになり、顔を赤らめた。




