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たしなみ2-7


翌朝、心配事が減り、上機嫌で起きてきたお父様とは違い、メイシーは、昨夜は興奮と緊張でなかなか寝付けず、目の下にはクマができていた。



「メイシー、少し元気がないのかな?今日の作業は休みにしておくか?」


お父様は、メイシーを心配してそう言ってくれたが、ハイド先生はたった一人で夜通し作業をしていたのだ。


それを思うと、メイシーがこんなことで休むなど、先生に悪いと思い、首を横に振った。




ハイド先生は、朝食の時間に野営地に戻ってきた。



「5つある墓の部屋の壁面の絵を解読して回っていたのだが、古王国のどの時代のものか、おおよそ分かったぞ。あの墓は後期から最後期の王族の墓だった」


ハイド先生は、器用にフードを被ったまま、朝食のスープを飲み、メイシー達に解説してくれた。


「最後期ということは、もしかして、最後の王の墓もあったということですか?」


メイシーが尋ねると、ハイド先生は興奮した様子で返事をした。



「ああ。壁面の解読では、最後の王はリュドラという名の少年王だったようだ。彼の棺は空だったが、それは闇の神の化身に喰われたからだと描かれていた」


「王族が、そのように儀式の生贄のようにされて殺されたというのか?……なかなか恐ろしい国だったのだな、古王国は」


ハイド先生の言葉に、お父様は表情を固くした。



「それは少し違う。詳しい儀式の内容は、あの闇の神殿に入らないと分からないが、リュドラはどうやら、力を得るために、自ら望んで何度も儀式に望み、その最中に命を落とした。……ここに眠る王たちはいずれも、己の願いと引き換えに、闇の神に命を捧げたと読み取れた」


「……それが、古王国の滅びの原因なのですか?」


ハイド先生の解説に、メイシーはさらに質問をした。ハイド先生は首肯した。



「そんなふうに簡単に命を投げ出した王たちのお陰で、王族が絶えたのは事実のようだ。古王国はそうした過度な信仰のせいで王族が減ったこと、そしてちょうど寒冷化や飢饉が重なったこともあり、急速に滅亡へ向かったと推測できる」


「そんなことがあったのですね……」


メイシーとお父様は、ハイド先生の話に聞き入り、歴史の謎が、こうして解明されつつある現場に居合わせたことに、驚きと感動を覚えていた。



「それにしても、力を得るために死んでしまっては、意味がないように思います。なぜ何人もの王が、そんな選択をしたのでしょう」


「……国を統治するために、力が必要だった。王達は、望むと望まざると、強い力を求めざるを得なかったのだろう。失敗する可能性が高くても、儀式に望むしかなかった」


メイシーの言葉に、ハイド先生はそう言った。



「今日は、あの闇の神の神殿へ向かうのですか?……そんな話を聞いたあとでは、あの部屋から何が出るのか、とても不安ですが…」


メイシーは、ハイド先生に聞いてみた。



「そうだな。あの中には実際の儀式についての手がかりが残されている。正直、どんな生々しい物があるのかは分からん……。

ん?そう言えば、殿下は?まだ体調が優れないのか?」


「昨夕から一度もお会いしてないな。メイシーには何か伝えられたか?」


ハイド先生とお父様は、姿が見えない殿下について、メイシーに尋ねてきた。



「……知りません。きっと熱でも出て伏せっておられるのでしょう。昨夜私が大量の氷水を浴びせましたから」


メイシーがそう言ってムッとすると、ハイド先生とお父様は、一度顔を見合わせ、またメイシーを見た。



「こんな所まで来て痴話喧嘩か?」


ハイド先生にそう言われ、メイシーは眉間にシワを寄せて抗議した。



「喧嘩ではなく、私からの制裁です。あの方にはしばらく大人しく寝ていていただくのが良いと判断しました」


「メイシー、君はデビュタント前の13歳で、婚約すらしていない。2年後にどの男を選ぶのかは完全に君の自由だ。強情で面倒な男より、よほど良い男が見つかるだろう。切り替えていこう!」


お父様は、ニコニコしてメイシーにそんな話を聞かせた。


メイシーは、目の前の紅茶をゆっくりと飲み、お父様の話には返事をせず、ただ耳を傾けただけだった。



「……殿下が来ないなら、殿下の許可なしに、闇の神の神殿を暴くのは控えるべきだろうなぁ」


ハイド先生のつぶやきに、メイシーは昨日からの疑問を聞いてみた。



「ハイド先生、神殿の最下部の入口前で、なぜ殿下にあのように質問されたのですか?闇の神の儀式場に、殿下をお連れしないほうが良い理由があるのですか?」


「……君に話していないということは、彼は君に隠しているということだ。オレの口から言えることではないな」


そう言って、ハイド先生は、むしゃむしゃとパンを食べ始め、その話はそれっきりになってしまった。














その日は結局、再び王の墓を中心に作業を進めることになった。

埋葬品が置かれていた位置を皆でノートに書き記し、記載が終わった後は、それらを慎重に布で梱包した。



「かなり量がありますが、どうやって持って帰るのですか?」


メイシーが質問すると、お父様がにっこりと笑顔で答えてくれた。



「こんな時に、便利な空間魔法持ちの殿下がいるではないか」


(なるほど!)


お父様の言葉に納得したメイシーだったが、それを側で聞いていたハイド先生は、何とも言えない表情をして(口元しか見えないが)こう言った。


「さすがに王族を収納袋のように言うのはいかがなものだ?オレもそんなに礼儀正しい人間ではないが、貴方たち親子は、そんなオレから見ても、わりと不敬だと思うぞ?」


「ははは、細かいことは気にせず、大きな利を追求するのが我が家の方針だからね」


ハイド先生とお父様は、意外と気が合った様子で、楽しく会話をしているようだった。











日暮れになっても、殿下と会うことはなかった。

ノアに頼んで、グレン様から様子を聞いてきてもらうことも考えたが、やはり止めた。



(……私から近づくと、距離感が近くなりすぎるのかしら?節度ある付き合い方って、難しいわ)


メイシーは男女の機微については正直まだよくわからない。それでも、何だか今の殿下に任せてしまうと、そのうちにお父様たちに合わせる顔がない……という事態になるのではないかと不安になったのだ。



(仮にもあの方は皇太子、私には侯爵家の家に生まれたという肩書があるのだもの。まだ結婚もしていないのに、その……そういうことは、早くない?殿下は結婚までは手を出さないと言っていたけど……)


昨夜の危なげで熱のこもった殿下の眼差しを思い出し、メイシーは一気に頭が沸騰しそうになった。


(危険!危険よ!)



色々と考えた結果、しばらく自分から殿下に近づくのはやめておこうと思ったメイシーだった。





ハイド先生は、また今夜も一人で王たちの墓に入ると言うので、さすがにお父様と二人で説得した。



「お体に障りますから、今夜はお休みになられては?」


「私達が手伝ったことで、予定よりも作業は進んでいるのだろう?何か懸念でもあるのか?」


「ふー……。やれやれ、貴方たち親子は、揃って心配性だな。他人のオレに気を遣っても、何の得もないだろうに」


「損も得も関係ありません!体を壊しては元も子もないでしょう?先生のご家族が心配なさるに決まっているわ」


メイシーとお父様は、二人並んで心配そうにハイド先生を見つめた。



「オレを心配するような家族などいないよ。それにしても、貴方たち親子は、そっくり過ぎて、ふふ……。いや、いい家族だな。羨ましいよ」


ハイド先生は、お父様とメイシーを交互に見つめて、笑った。

メイシーは、ハイド先生をもう少し笑わせたくなり、ハイド先生の目の前で、お父様に内緒話をすることにした。



「……お父様、これは誰にも秘密なのですが、ハイド先生は、フードを取ると、それはもう、女性に大変人気の有りそうな容姿をされているんですよ。このフードは、おそらく女性避けなのです」


メイシーは、真剣な表情でお父様に耳打ちして教えてあげた。


「なに?メイシーはマージー卿の素顔を見たことがあるのか?」


「ええ、偶然なのですが。一度だけ」


メイシーのひそひそ声は、目の前の本人にしっかり聞こえているようで、ハイド先生は、メイシーのジョークに、さらに声を上げて笑い出した。



「くく……君にはそんなふうに見えていたのか。手紙にあったオレの()()とは、まさかそれなのか?」


「ええ、それ以外にございませんでしょう?」


「ぶは!なるほど、君は平和な世界の人間だ」


「??」


最後のリアクションは不明だったが、メイシーは、ハイド先生の笑顔が見られて満足した。

ハイド先生は、ひとしきり笑い終えて、荷物を背負い直し、また現場に行こうとした。

それをメイシーが、ぐっと荷物を引っ張って止めた。



「まぁ!まだ行くおつもりなのですか?諦めてお休みくださいませ」


「そうだぞ、私達親子は、こうと決めたら絶対に意見を曲げないぞ」


お父様の言葉に、ハイド先生がまた笑って、ようやく荷物を置き、降参のポーズで手を上げた。



「よろしい。せっかくの夜だ。私のメイシーがどれだけ素晴らしいか、貴殿に語って差し上げよう」


お父様はそう言ってハイド先生の肩をガシッと掴み、夕食の準備がされている天幕の方へと歩を進めた。


「お父様!私はハイド先生の武勇伝を聞きたいです。きっとこれまで、たくさんの冒険をなさってきたのでしょうから」


「オレは貴方たち親子が、どうやって人をたらしこんでいるのか、こうして実際に体験できて、光栄だよ」


「マージー卿。貴殿の切り返しはなかなかクセになりそうだ」


「ハイド先生、お気をつけください。お父様は、気に入った方は、なかなか離しませんからね」


そんな会話をしながら、天幕へ到着した。

天幕では3人でゆっくりと夕食をとりながら、マクレーガン侯爵家の思い出話や、ハイド先生のこれまでの研究の話を、時には色々な笑い話を交えつつ、存分に楽しんだ。


ハイド先生は、お父様とメイシーが楽しく仲睦まじく語り合う様子を、微笑ましげに見つめていた。






夕食が済み、ハイド先生は自分の天幕に戻ると言って、去っていった。


メイシー達も、就寝の準備のため、それぞれ天幕に戻ることにした。





湯浴みも着替えも終えて、ノアに髪を(くしけず)られていると、天幕の外でガサガサと、何かが動くような音がした。


ノアがサッとメイシーを護るように音と反対側へとメイシーを移動させ、自身は天幕の隙間から外を伺った。



「……あれは」


ノアは殺気を消すと、メイシーのもとへ来て、見たものについて報告した。


「マージー教授ではないでしょうか。遺跡のほうに歩いていかれました」


「まぁ!」


メイシーは、今なら間に合うかもと、ノアに頼んで、すっぽり体を覆えるローブを着せてもらい、ブーツを履いて外へ飛び出した。


ハイド先生は、手元を光の魔術で照らしながら、茂みの中を進んでいた。



「ハイド先生!」


メイシーは、ガサガサと茂みをかき分け、先生に追いつこうと声をかけた。


先生は声と音に気づき、その場で足を止めた。



「すまない、休んでいただろうに、音を立ててしまった」


「……やはり行かれるのですか?」


「考え出すと眠れなくてな。こんなに保存状態の良い現場に巡り会えたのが嬉しいんだ」


「そうですか……」


メイシーにも、実験室にこもって、ワクワクしながら過ごす時間の楽しさは、とても理解できた。

仕方がないと思い、ハイド先生を見送ろうと思ったメイシーを、先生はじっと見つめた。




「せっかくだから君に言っておこう」



ハイド先生は、しばらく時間を置いて、こう言った。




「君や、君の家族の幸せを願うなら、王族に嫁ぐのは、止めたほうがいい」


「………え?」



ハイド先生はそれだけ言うと、また背を向けて、遺跡の方へ進んでいった。








「どういう意味なのかしら?」


メイシーは、ハイド先生の先程の言葉を反芻し、一体なぜ先生がそんな忠告をしたのだろうと、疑問に思った。


天幕に戻ったメイシーとノアは、ブーツを脱いで、足元についた葉っぱを払い、上着を脱いだ。そしてベッドに座ったメイシーに、ノアが答えた。



「マージー教授は、何かをご存知なのでしょうか?」


「さぁ……?」


その時ふとメイシーは、殿下の言っていたことを思い出した。



『まだ、今は其方が知るべき時ではない。時期が来れば話すと約束する。すまないが、あまり詮索はせずに待っていてくれないか』


殿下は自身の属性に関して、詮索されたくないと言っていた。


メイシーは少し不安を感じたが、そういうものかと、とくに追求はしなかった。それにしても、ハイド先生の言う王族に嫁ぐと不幸になるという話と、殿下の話の内容は、つながっているのだろうか。


……殿下にとっては、メイシーに知られたくない、知られると都合が悪い王家にまつわる話があるのか。



(殿下を信じて、ただ待てばいいだけなのかしら?それとも……)


しかしハイド先生は、メイシーだけではなく、メイシーの家族も巻き込まれるようなことを示唆していた。



(お父様やお母様を、不幸せにするなんて、そんなのはイヤだわ)


メイシーは、そう結論を出すと、ノアに明日の朝一番で、殿下に会いに行きたいと告げた。



「承知しました。では、そのようにお返事をいたします」


「お願いね……。ん?返事を?」


「……グレン様から、お嬢様にいらしてほしいと、すでに本日4通のお手紙を頂戴しておりました」


「えっ!そうだったの?」


「奥様から、お嬢様のお気持ちが固まるまでは、そのような要請はいったん私止まりで預かるようにと、厳命を受けてございます」


「お母様ったら……!!」


メイシーは、いつかもそんな事があったなと、お母様のことを思い出し、眉を下げた。



「ごめんなさいね、ノア。貴女は侍女だから、そんなことを頼まれても、困ったわよね?」


「いいえお嬢様。むしろグレン様が泣きついてくる姿を、楽しんで見ておりました」


「えええ!?」


メイシーは、ノアがふふふ、と笑う様子を、なんだか複雑な気分で見つめた。



「まぁ、いいわ。もう夜遅いし、お返事は今じゃなくても良いわよね?明日お返事をして、すぐに伺うことになっても、大丈夫かしら」


「全く問題ないかと。……待たせておけばよろしいのです」


ノアはそう言って、メイシーの体に毛布をかけた。メイシーは毛布にからちょこんと顔と右手を出し、ノアに手招きした。



「ノアも一緒に。ベッドは数が少ないから、貴女の分が無いでしょ?」


「よろしいのですか?」


「ええ。昨日もそうだったじゃない。遠慮しないで」


そう言って、ノアをベッドに引き入れ、メイシーはノアと毛布にぬくぬくしながら眠りについた。








しかしメイシーは、この夜起こることを、まだ知らなかった。



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