たしなみ2-5
殿下は、遺跡の壁に手を当てて、目を閉じて闇の魔術を行使した。
殿下の両手からは一見すると不気味な印象の黒いモヤが放出され、見る間に広がると、勢いよく遺跡の最下段部分の周囲をぐるりと取り囲んだ。
ハイド先生は、固唾をのんでその様子を見守っていた。お父様も、じっと殿下を見つめている。
モヤが地面に接する階段の最下段部分を全て覆い尽くすと、殿下は何かを探るように頭を振り、目を閉じたまま、何かを見ているような様子になった。
モヤが薄くなり、殿下は目を開けて一同に向かって振り向いた。
「最下段は石が隙間なく並んでいて、内部に入る隙が無い。より広範囲に行使してみよう」
殿下はそう言うと、石の壁に向き直り、再び闇の魔術を行使しようとした。
「殿下、私もやってみたいです」
メイシーが、サッと挙手をして、ずんずんと殿下の隣に立った。
「しかし其方は闇の魔術が使えぬ。何か思いついたことでもあるのか?」
殿下は不思議そうにメイシーに尋ねた。お父様もハイド先生も、メイシーの行動が理解できない様子で、どうしたのだろうと首を傾げてメイシーを見つめている。
「もしかしたら闇の魔術が使えるかも、と思いまして。少し確認させてください。できれば続行、できなければ風の魔術を地道に当てて、隙間を探します!」
メイシーはそう言うと目を閉じ、先ほど考えた空間把握のイメージを想起して、繰り返し頭でリピートした後、詠唱をした。
「闇よ、我が手より広がり、遺跡の側面を覆い尽くせ」
すると、詠唱直後、メイシーの手から白い煙が広がり、サーッと、メイシーが立つ側の遺跡の側面を覆い、隙間を探るように動き出した。
「うーん、強いて言えば頂上付近に隙間がありそうですが、他にはそれらしいものは感じられないですね」
そう言いつつ目を開いたメイシーは、自身の目の前に白い煙がモクモクと広がるのを見て、おや?と思った。
「……今のは風の魔術か?闇の魔術を行使すれば、黒い煙が立ち昇るはずだが」
隣で殿下が不思議そうにメイシーを見つめ、メイシーの感じた疑問と同じ疑問を口にした。背後でも、ハイド先生とお父様が、キョトンとしている。メイシーも、自分自身で理解できず、首をひねった。
「おかしいですね……。もう一度試してもよろしいですか?あと3面あるので、手分けして探しましょう」
「承知した」
メイシーと殿下は、両側に分かれて歩いていった。
そびえる階段の遺跡は、ハイド先生がかなり古いと言っていたにも関わらず、朽ちもせず、欠けている様子もなく、整然と石が並べられていた。
ただ、描かれた絵や模様は、雨風にさらされ、蔦に覆われ、ほとんど見えないくらいに風化していた。
東の面にやって来たメイシーは、再び闇の魔術を行使すべく、詠唱してみた。
「……闇よ、我が手より広がり、遺跡の側面を覆い尽くせ」
目を開いて詠唱したメイシーは、自身の手から再び白い煙が広がる様子を見て、あれっと思った。
(風の魔術とは違うと思うんだけど……。やっぱり私には闇の魔術は行使できないのね?)
不思議な風の魔術(?)で東の側面を調べたメイシーは、すでに西と北の面を闇の魔術で調べ終えた殿下のもとへと向かった。
「殿下、いかがですか?東側には隙間はなさそうでした」
メイシーの問いに、殿下は上を見上げると、こう言った。
「北に違和感を感じた。上から5段目の岩に、闇の魔術が入り込む感覚があった」
「では、入口はそちらでしょうか?」
メイシーたちの会話を聞いていたハイド先生とお父様も加わり、ハイド先生が殿下の話す付近で闇の魔術を再度行使し、そこが入口なのかを調べることに決まった。
石の階段は、1つが約2メートルほどもあり、上部へ登るのは、なかなか骨が折れる。
メイシーは、つま先立ちで壁に手をかけようとしたが届かず、壁に手をかけてよじ登ろうと、ジタバタした。
「く……!身長の低いのがこんなところでアダとなるなんて!皆様、足手まといになりたくないので、私のことは気にせず、先にお行きください!どれだけ時間がかかっても、登りますので!」
メイシーがそう言ったにも関わらず、ハイド先生もお父様も、手を貸して階段を一段ずつ登ろうとしてくれた。
殿下は、階下から上の方をじっと見て、何やら距離を測る仕草をしている。
そして、3人がモタモタしている様子を見て、こう言った。
「メイシーは私が運ぶ。其方らは自力で登れ。騎士たちも後に続く」
殿下はタンッと最下段から一段飛び上がり、メイシーに近づいた。
「抱き上げて良いか?」
「え……?え!?いえ、その……。重たいので!」
メイシーは、恥ずかしさと申し訳なさから、オロオロして赤面した。
すると殿下は、ふ、と笑い、メイシーに手を差し出してこう言った。
「其方は祝勝会の日のダンスでも、羽のように軽かったぞ?それに、いつぞやも其方を寮の部屋まで運んだのは私だ。今更余計なことを考えずとも良い」
お父様の眉間のシワが深くなったが、殿下は気にもせずメイシーの手を取り、自分に引き寄せた。
「では、先に行こう」
「ひゃっ!」
殿下はメイシーの膝の裏から腕を通すと、サッと持ち上げてメイシーをお姫様抱っこした。
メイシーは、驚き、のけぞって殿下と距離を取ろうとしたが、殿下はそれを制した。
「離れないで。私の首に手を回して」
「は、はいぃ……!」
メイシーは、オロオロしつつも殿下の指示に従い、殿下にギュッと抱きつくようにして腕を回した。
「行くぞ」
殿下はタンッとその場で地面を踏み切って、階段を数段飛んで登った。
何度かその動作を繰り返して、宣言していた上部の階層にまで到達し、メイシーをそっとおろした。
「あ、ありがとうございます、殿下……」
メイシーがお礼を言うと、殿下は微笑み、メイシーの耳元に顔を寄せた。
「いつも素直に私を頼ることだ。其方は能力が高い分、なかなか私に見せ場を与えてくれないから、私は其方の気を引くのに一生懸命だぞ?」
「………っ!」
「私は其方のためなら、何だってやってやるのに」
「で、殿下……!」
(殿下はなぜこうも、突然こんな、不意打ちのように、私に気を持たせる言葉を……!)
メイシーは、顔を真っ赤にして殿下から距離を取り、数歩後ずさった。
「おっと」
メイシーが足を踏み外す前に、殿下はメイシーを抱き寄せてその場に二人で隣り合って腰掛けた。
メイシーはそんな殿下の一挙手一投足にドキドキと胸が高鳴り、ふいっと視線を下に向けた。
まだお父様やハイド先生、騎士たちは、下から10段も登っていないため、時間がかかりそうだ。皆が一段ずつゆっくりと登る様子を見て、自分だけが殿下に連れてきてもらって、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
メイシーは、そんな階下のお父様達から、視線を前方へと移した。
「うわぁ……!」
遺跡の上部からは、辺り一帯がよく見えた。
森が広がり、近くの川は陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
一行が歩いてきた石畳の道は、北へずっと伸びており、この建物とは別に、北にはまたさらに大きな遺跡があるのが見えた。
北の遺跡は、石の柱が何本も立ち、それに囲われる形で、上部は四角錐、下部は立方体の建物が、いくつか建っていた。
「ここ一帯の遺跡群は、何のための遺跡なのでしょうね。ハイド先生は、この建造物は神殿だと推察されていましたが、中は何の神を祀っているのでしょう」
「下の方の壁に沢山の絵が描かれていた。塗料が消えて見えづらいが……。何となく、私には闇の神のように思えた」
「闇の神、ですか……」
メイシーは、先程の白い煙のことを思い出した。
「私には残念ながら、やはり闇の魔術は使えないようでした。うまくイメージ出来たと思ったのですが……」
「ふむ。あれは風の魔術だったのかな?其方は神の名を告げないから、どの魔術なのか分からなかった。……まぁ、普通はそのように迷うほど多くの属性が使える者など、ほとんど居ないのだが」
「そうなのですか?それにしても、なぜ、後天的に属性の数が増える人が居ないのでしょう?」
メイシーは、日頃疑問に思っていながらも、答えにたどり着いたことのない問いを、殿下に尋ねてみた。
「まず其方ほど魔力が高い者が産まれることは稀だからな。魔力が高い者は、大人になるにつれ属性を増やすことも考えられる。しかしそれも普通は困難で、自身の生まれ持った魔力の放出イメージを、意図的に変えるというのは、かなりの鍛錬を必要とする」
「なるほど……」
「レナルドからは、其方が幼い頃に調べた際の其方の属性は、火と水だけだったと聞いたぞ。……まだ半信半疑だが、其方の5歳の時の目覚めが、属性の増加に影響を与えているのだろうな」
「きっと、そうだと思います」
メイシーは、ふと、殿下はどうなのだろうと思った。
「あの……殿下の全属性は、王家の契約の魔術によるものだと、以前一度伺いましたが、どのような契約なのですか?」
殿下はその問いに、メイシーを見つめ、困った顔をして肩をすくめた。
そしてしばらく黙って、考えているようだったが、口を開いた。
「まだ、今は其方が知るべき時ではない。だが時期が来れば話すと約束する。すまないが、あまり詮索はせずに待っていてくれないか」
「……」
それがどういう意味なのか、メイシーは分からなかったが、妙に不安な気持ちを覚えた。
お父様たちがようやくメイシーたちの居る上部までやって来た。
「ハァ……やっと、たどり着いた……」
「おい、君……相当ズルいぞ……ハァ、ハァ……」
お父様とハイド先生は、ここに来るまでにかなり大変な思いをされたようだ。
メイシーは、一行全員に光の魔術を行使し、ありがたがられた。
ハイド先生は、闇の魔術を行使し、殿下の言っていた、隙間がある付近を詳しく調べ、やはりこの場所に空洞がありそうだ、という結論に達した。
「……押しても入れそうだが、岩で通路が狭まるのは困る。建物の内側から風の魔術で、この入口の岩を取り除けないだろうか」
ハイド先生のその言葉に、殿下が答えた。
「お安い御用だ、私がやろう。先に、下にいる騎士たちに、岩が吹き飛んでくると知らせたほうが良いな」
殿下の指示で、騎士の一人が思念の指輪を使い、階下の騎士に連絡を取った。
「其方らも離れていろ」
殿下は皆を北側から避難させ、風の魔術を行使した。風がゆっくりと、内側から外側に向かって流れだし、重たそうな岩が、勢いよく空中に飛び出し、宙に弧を描いて落下し、地面に当たって砕け散った。ハイド先生は、こんなに大きな岩を一回で動かしてしまう殿下の魔力と魔術の使い方を称賛し、とても羨ましそうにしていた。
「中に入れそうだぞ」
殿下のその言葉に、いざ、一行は、遺跡の内部に足を踏み入れることとなった。
建物に入ると、中は乾燥して埃っぽく、息をするのも苦しい感じがした。
メイシーは、皆を呼び止め、リュックサックの中から布のマスクを取り出し、騎士も含め、皆に配布した。
「毒は防げませんが、光の魔術を込めた魔石をメッキ加工してありますので、呼吸がラクになるかと思います」
「ありがたい」
「メイシー、ありがとう」
ハイド先生とお父様や騎士たちは、口々に礼を言ってマスクを受け取った。
「……其方は当然のように、皆の分の魔術具を用意するのだな」
殿下はそう言って、感心してマスクを受け取った。
通路は真っ暗で、入口からの光は、ほんの少し入った場所で、もう届かなくなった。
ハイド先生は、その場で足を止めて、通路の上部を眺め、詠唱した。
「光の神テクシステカトルに告ぐ。ランプに光を」
よく見ると、通路の上部にはランプのようなものが一定間隔で並んでいた。
ハイド先生の言葉に、ランプは一瞬明るくなったものの、数分で消えてしまった。
「火の魔術を行使してもよろしいですか?何か危険はありますでしょうか、ハイド先生」
メイシーはハイド先生に尋ね、ランプに火を灯そうとした。
ハイド先生は、おそらく大丈夫だろうと判断し、ランプに火を灯す許可が下りた。
それを聞いた殿下が無言でサッと手を振った。
ーーーボッ、ボッ、ボッ、ボッ!
後方から前方へ、ランプの中に順に炎がもたらされた。
「ありがとうございます、殿下」
「問題ない」
ランプのお陰で、通路が明るくなり、歩きやすくなった。
入口付近は大きかったものの、進むにつれ、通路は人が一人通れる程度の狭さになった。一行は、一列になって通路を進んだ。
通路は下に向かって降りる構造になっており、折り返してはまた下り、折り返しては下りと、どんどんと下降を続けていた。
どれくらい階段を降り続けた頃か、先頭の騎士のすぐ後の殿下がピタリと足を止めた。
「……これは何の気配だ?妙な感じがする」
先頭を行く騎士は、その言葉に緊張した面持ちで頷き、皆が注意深く、ゆっくりと歩を進めた。
しばらく進むと、行き止まりになり、目の前には1枚の大きな石の壁と、そこに描かれた色鮮やかな何かの絵が目に飛び込んできた。
一同は、その見事な極彩色の絵に息を呑み、壁画を見つめていた。
「これは……闇の神の神殿だったのか」
お父様が絵を見上げてそう言った。殿下もそれに同意した。
「外壁にも、殆ど消えかけていたが、闇の神を描いているような箇所があった。しかしこの絵は……」
殿下は岩の絵を見て、眉を寄せた。




