たしなみ2-4
北の遺跡に向かうため、メイシーは、マクレーガン侯爵邸へと帰ってきた。
すでに断片的には報告済みだが、お父様には、自分の口から意思を伝えることにした。
「お父様……!」
屋敷に入ると、いつもは玄関で、会うなり抱っこからのクルクルなのに、お父様はムスッとしたお顔のまま、メイシーを見ようとしなかった。
「お父様……」
メイシーは、出迎えてくれた両親の前で、しょんぼりして眉を下げた。
「……メイシー。貴女本当に遺跡に行くの?」
お母様が、お父様の隣から、メイシーに声をかけてきた。
「お母様。私、ハイド先生に、私の魔力は役に立つと言われました。遺跡の調査なんて、これから先そう何度も携われることではないと思いますし、行ってみたいのです!」
「貴方、メイシーはこう言っているわ。そんなに不機嫌だと、嫌われてしまうわよ?」
お母様が、お父様とメイシーの橋渡し役を買って出てくださった。
「……私は、メイシーを危険な目に遭わせたくない!」
「お父様……」
メイシーは、お母様と顔を見合わせた。
お父様の表情からも、その意志が固いことが伺えた。
「……危険を回避するために、殿下にご同行いただきますわ。ハイド先生からも、護衛がいれば、問題ないというお話を聞いております」
「魔獣の危険がゼロになるわけではない。あくまでも減らすだけだ。それにマージー卿は保護者ではない。君の安全に責任を負っていない」
「そんな……。では、私はお父様のお言いつけを守り、屋敷から出なければよろしいのですか?今回の話は無かったことにすれば良いと?」
「それは……」
「私、お父様のお仕事のお役に立てますわ!どんどんやれることが増えるようで、嬉しいのです。どうかお分かり下さいませ」
メイシーは、一生懸命お父様の前で手を合わせて、お願いのポーズを取った。
レナルドは、しばらくはムスッとした表情のままだったが、メイシーに根負けし、ため息をついて、メイシーの頭にポンと手を置いた。
「危険を感じたら、殿下を盾にして逃げなさい。私は護衛の闘い方を知らないが、何かあれば娘を護って死ぬと約束する」
「それは……!そんな事態にはしたくありません……」
「あくまでも仮定の話だ」
そんな話をしているうちに、屋敷の外が、にわかに騒がしくなった。
執事が、殿下の馬車の到着を告げに屋敷へ入ってきた。
「えっ!もう殿下がいらしたのですか?」
メイシーは、びっくりして執事に問いかけた。手紙のやり取りをしてから、まだそんなに時間が経っているとは思えなかったのだ。
「はい。庭園にお通しし、お茶のご用意をしております。後ほど、旦那様、奥様とお嬢様がいらっしゃるとお伝えいたしました」
「メイシーは旅支度がまだだ。ひとまずは我々が向かうことにしよう」
お父様はそう言うと、仕方がないといった様子で、お母様と共に庭園へと向かった。
メイシーは、ノアと共に、寮のものだけでは足りなかった分の着替え等を選ぼうと、自室へと移動したのだった。
自室で動きやすい服を選んでいると、ふとその手を止めて、メイシーはもやもやし始めた。
(……ついに殿下に会うのね。どんな顔をして会えば良いのかしら……)
メイシーは、あの日以来の殿下との対面に、緊張と不安が押し寄せてきていた。最初は単純に恥ずかしかった気持ちが、日を経るにつれて自分への自信の無さとか、もう嫌われてしまったかもとか、向き合いたくない感情を纏い始めて、心の中で何だか恐ろしい怪物でも育ててしまったように思えた。
ノアはそんなメイシーのいつもとは違う固い様子を見て、荷造りの手を止めて、櫛と宝石箱を持ち、傍にやってきた。
「ラグナーラ様より、お嬢様のお気持ちが沈んだ時には、丁寧に身支度を行うことを申し付けられております。失礼いたします」
そう言って、ノアは優しい手つきでメイシーの髪を櫛り、花の香りの香油を少し付けて、つやつやの髪にしてくれた。
さらに、頭頂部から複雑に編み込みをして、ざっくりとした三つ編みを作り、仕上げにシルクの青いリボンを髪の間に通し、小さな青の宝石を右耳の後ろに飾ってくれた。
「わぁ……!とても可愛いわね。リボンが揺れて素敵!」
「お気に召していただき、光栄です」
ノアは、ふふ、と笑い、メイシーもそれにつられてにっこり笑顔になった。
(きっと大丈夫。……ちょっと久しぶりだけど、また普通に話せる……はず)
メイシーは、ノアに勇気づけられて、いくらか前向きな気持ちになれた。
庭園に向かうと、ガゼボでは、お母様が殿下の話し相手になっていた。メイシーは、やはり彼を目の前にすると、ドキドキと心臓が音を立てるのを感じたが、先程の決意を思い出し、息を吐いて丁寧に挨拶をすることにした。
「……ごきげんよう、殿下。お出でいただき、感謝いたします」
メイシーはそう言って、ゆっくりとカーテシーを行い、顔を上げた。
久しぶりに見た殿下は、相変わらず息を呑むくらい整った顔で、金の絹糸のような髪を風になびかせ、黒い軍服を着こなしていた。
殿下はエメラルドグリーンの瞳でメイシーをしばらく見つめると、口を開いた。
「……会いたかったぞメイシー。其方の護衛役は安心して私に任せろ。マクレーガン侯は、行きの道中、私が其方と同乗することを許可した。後ほどゆっくりと話そうではないか」
そう言って殿下は立ち上がり、メイシーに近づいた。
メイシーは、ドキリとして体を震わせた。
「……そう怯えられると、堪える。私は其方を守るために来たのだから」
「……恐れ入ります、殿下」
殿下は少々気まずげにメイシーに声をかけると、サッと通り過ぎて行ってしまった。
メイシーが、その後ろ姿を見つめていると、ガゼボからお母様がやって来た。
「さあ、出立でしょう?貴女が行きたがったのだから、楽しそうになさいな」
そう言って優しくメイシーの肩に触れて微笑むお母様に、何だか少し元気をもらった気がした。
「お父様のこと、しっかりお支えいたします。私はやれることをやって、また元気に帰ります!」
メイシーはそう言って、馬車までお母様と共に向かった。
馬車は3台止まっていて、1つは殿下の馬車、もう1つは侍従用の馬車、そして最後がお父様の馬車、という内訳だった。どうやらハイド先生とは王都内のどこかで合流して、全員で北の遺跡を目指すようだ。
お母様はメイシーを殿下の馬車の方へ促し、自身はお父様の馬車の方へと向かった。
ノアは、グレン様と共に侍従用の馬車に乗るようで、いくつかある手荷物をグレン様に渡して、積み込みを手伝ってもらっているようだった。
メイシーは、殿下の待つ馬車へと、そろそろと歩み寄った。
殿下は馬車の前でメイシーを待っており、メイシーが乗車するのをエスコートしてくれた。
「手を」
「……ありがとうございます」
車内に乗り込むために手を伸ばしてくれた殿下に、メイシーは緊張して、少し震えながら手を重ねた。
(うぅ……多分私だけがこんなに緊張してるんだわ。殿下は涼しい顔だもの)
メイシーにとっては通算人生の中で生まれて初めての、心臓が飛び出るほどに衝撃的だったあのキスも、きっと殿下にとっては数あるキスのうちの一つに過ぎないのかもしれない。
……そう思うと、メイシーは、途端にもやもやと気持ちが沈むのを感じた。
メイシーのあとから殿下が馬車に乗り込み、一行はゆっくりと移動を始めた。
「あまり必要はないが、私が向かうため、マクレーガン侯が向かう時以上に周囲に騎士が付いている。つまり其方は私と居るのが最も安全だ。馬車の組分けの理由はこれが大きい」
「そうですか……。お心遣い、感謝いたします」
「もちろんそれは、あくまでも建前だ。……本音では、私が其方と二人になりたかったからなのだが」
「………!!」
メイシーは、顔に熱が集まり、ドキドキと動悸がうるさく響くのを感じた。
殿下の馬車は、椅子にフカフカの布地が敷き詰められ、長距離でも快適に過ごせるよう、車内はまるで小さな部屋のように美しい設えで、居心地の良い空間だった。
殿下がメイシーの隣に座るものだから、メイシーは乗り込んでしばらくは動悸が収まらなかったが、殿下が最近の近況や、王宮の庭園の様子などの雑談をしてくれたおかげで、いくらか気持ちが落ち着いてきた。
安心して、ウトウトしてきたメイシーに、殿下は自分にもたれかかるようにと体を抱き寄せてくれた。
再び緊張感が高まったメイシーだったが、殿下も疲れていたようで、メイシーの頭上にこてん、と顔を乗せて、目を瞑ってしまった。
馬車旅の間、2、3時間おきに、馬の休息や交換のために休憩時間が設けられていたが、二人はすやすや眠ってしまい、何度か休憩時間を寝過ごしてしまっていた。
ノアが途中でブランケット片手に車内へやって来た時も、メイシーは全く気が付かずに、ぐっすりと眠っていた。
「……このところ気が張っておいででしたから。多分、お会いできて、ほっとされているのですね……」
「殿下も似たようなものです。本当に、我々もひと安心です」
車外では、寝ている二人を見たノアとグレン様が、呆れたような顔で笑いながら、そのような会話をしていたようだ。
メイシーは、殿下に抱き寄せられ、フカフカの車内にすっかり気が緩み、1日目の馬車旅は、気がついたら宿泊所にたどり着いていたような有り様だった。
馬車に揺られて3日後。
ようやく北の遺跡付近までやって来た一行は、辺り一帯に、人の生活の気配がなくなり、騎士たちがピリピリとし出したのを感じた。
草陰から魔獣がいつ飛び出すかという緊迫感に包まれ、どんな場面でも一行を守る、という騎士たちの臨戦態勢が見られた。
この先馬車が行ける道は無く、数名の騎士が残り、近くの村へと馬車を預けに行った。
この場所からさらに数キロは徒歩で北上する。
メイシーは、この日は朝からズボンを履いて、靴も歩きやすいものに変えて待機していたので、長い距離を歩くことにも耐えられると考えていた。
「以前馬車を改良した際に、馬に加速装置を付けました。今回、似た機構を、自分とノアの靴に取り付けてみました。私に合わせて歩みが遅くなるのは困るので、皆様には普通に進んでいただくよう、お願いできますでしょうか?」
メイシーは、殿下にそうお願いし、騎士全体の歩みを遅くすることのないようにと気を配った。
「其方、そんな物まで作れるのか。王都に戻ったら、騎士団用に同じものを作れぬか、検討したい」
「かしこまりました」
メイシーは、ニコリと微笑み、自分のリュックサックを背負い、ずんずんと道なき道を進んだ。
騎士団は、野営用の天幕など、荷物を運ぶ部隊と、一行の護衛との2班で体制が組まれていた。
先頭は騎士たち、お父様、ハイド先生、殿下とメイシー、ノアとグレン様、そしてまた騎士たち、という隊列で、遺跡まで進んでいった。
道中、たくさんの魔獣との戦闘が予測されていたが、出会ったのはキマイラ2頭のみだった。
そのキマイラも、先頭の騎士たちが注意を引き付けている間に、殿下が素早く倒した。
「私がこの剣を提げて歩いているからだろう」
そう言って、殿下は、腰に提げている、メイシーが作った剣に触れた。
「まぁ!そうでした!あれがこんな形で役に立つとは思いませんでした。作った甲斐がございました」
メイシーがにこにこして殿下にそう言うと、殿下は目を見張り、一瞬辛そうな顔をしたあと、困ったように笑った。
(……殿下?)
殿下は何も言わずにそのまま進んだが、メイシーは、彼の表情が気にかかった。
「見ろ。ここに石が敷かれた場所がある。この先に大きな階段状の建造物があるはずだ」
お父様が地面を見たあと、後ろを振り返り、一行に遺跡群が近いことを示した。
そこから歩くこと10数分ほどで、お父様の言うように、階段状に石を積み上げた、祭壇のようにも見える大きな建造物が目に入ってきた。
「……なるほど、これはすごいな……!」
ハイド先生が、森の中の巨大な石の遺跡を見て、感嘆の声を上げた。
建造物は、一辺が数百メートルほどの四角錐のようなイメージで、高さ数メートルの石の階段が頂上まで続いている。
よく見ると、地面に近い壁には何かが描かれているようで、ところどころに掠れた絵の具のような、色のついた塗料が見られた。
事前にお父様が作成していた大まかな地図を広げ、お父様とハイド先生が話し始めた。
基本的には護衛班と野営地の準備班に分かれ、ハイド先生の調査する建造物の周囲に護衛を配置し、内部の調査には騎士数名と、殿下、お父様、ハイド先生、メイシーが入ることにした。
到着してすぐ、ハイド先生は遺跡の周囲を歩き回り、地面や遺跡の壁を触ったりして何かを探している様子だった。
「これ、見て」
ハイド先生は、自分が掘り起こしたところに、壊れた魔術具のようなものを見つけた。
「どうやら闇の魔術具でこの辺り一帯が隠されていたようだ。いつ魔術具が壊れたのかはわからないが、こんなにも大きな遺跡が今まで見つからなかったのは、魔獣がうろついていたからという理由に加え、魔術具が遺跡全体を隠していたからだろうな」
皆で四方をぐるりと回ったものの、この建造物には入口がないことが判明した。
「階段状の建造物と言えば、古い時代の神殿だろうと推察できる。……しかし、中に入れないとなると、詳細が調べられない。爆破は最終手段として、闇の魔術で調べるか……」
ハイド先生は真剣な様子で、ブツブツと喋りながら考えている。
「闇の魔術か。では私が調べよう。教授がやるより早いだろう」
ハイド先生が、ハッとして殿下を見た。
「……さすが殿下だ。では、この場はお譲りしよう」
「どこに入口らしき空間があるのかを調べればよいのだな?闇の魔術の感覚には自信がある」
メイシーは、殿下の言葉を疑問に思い、つぶやいた。
「闇の魔術の……感覚?」
ハイド先生は、その言葉に反応した。
「闇の魔術は視認性を奪うことができる。その際、行使した者は奪った視覚情報を感覚的に得ることができる。これは、今君に言っても理解できないと思う。闇の魔術を行使できる者にしか分からない特別な感覚だ」
(……奪った視覚情報を得る?それは要するに、3Dスキャナーで、空間を測るみたいなことかしら)
メイシーは、前世、最新の3Dスキャナーをテレビで見たことを思い出した。
ハンディタイプの機械を持った男性が、青い光を車の凹凸に当てて、パソコンに車の部品の3D画像を出力していた。
(闇の魔術で、闇がガスのようにモクモクと広がって空間を埋め尽くす。すると、その空間について闇が知覚する。術者はそのデータを得ることで、空間認識ができる、ということかしら)
闇の魔術についての話は文献で読んだくらいなので、これまでは具体的なイメージが出来ずにいたが、今、メイシーは前世の知識とハイド先生の言葉で、具体的な想像ができてしまった。
(……私、もしかしたら闇の魔術も使えるようになるかも?)
メイシーは、ムクムクと湧き上がる好奇心に蓋をすることができそうになかった。




