たしなみ2-3
翌日、メイシーは朝から湯殿へ行き、身支度を整えると、ハイド先生に手紙を送り、ドメル先生のところへ向かう時間を確認した。
これから数日は野営をするとなれば、膳は急げで、メイシーは必要な物をベッドの上に並べ出し、旅支度を進めた。
準備をしているうちに、あっという間に約束の時刻となり、メイシーは、第1研究棟のドメル先生の実験室へ向かうことになった。ハイド先生とは、研究棟の前で落ち合い、一緒にドメル先生のもとへ移動した。
「ごきげんよう、ドメル先生」
「急にすまないな」
「……ずいぶんと妙な組み合わせでやって来たな。何の用だ?」
ドメル先生は、ハイド先生とメイシーを交互に見て、とても不思議そうにしつつ、実験室に入れてくれた。
「単刀直入に聞くが、今日から数日、この娘に護衛を付けたい。誰か良い騎士を選抜してもらえないか?」
ハイド先生は、そう口火を切り、ドメル先生はその言葉に片眉を上げた。
「メイシー・マクレーガンに護衛を?どこに彼女を連れ出すつもりだ?」
「あの……他言無用でお願いしたいのですが、父が進める幹線道路の敷設の予定地に、遺跡群が見つかりまして。ハイド先生に遺跡の調査を至急でお願いすることになりましたが、私もお手伝いについて行きたいのです」
ドメル先生は、眉を寄せ、メイシーをじっと見た。ハイド先生が横からさらに説明を加えてくれた。
「北部の魔獣が多い地域なので、この娘を連れ回るには護衛が必要でな。悪いが腕のたつ者を何人か用意できないか?」
ハイド先生の言葉に、ドメル先生は、ふーっとため息をついた。
「……マクレーガン侯は何と?君の保護者は君の参加を許可しているのか?」
メイシーは、ドメル先生の言葉に、ぐっと押し黙った。その様子を見て、ハイド先生がため息をついた。
「この娘の魔力は、こんな時にこそ役に立つんだがな……」
ハイド先生がとても残念そうにそう言い、腕を組んだ。メイシーは、がくりと肩を落とし、なんとかできないものかと、すがるような目でドメル先生を見た。
ドメル先生は鋭い眼光でメイシーを見つめると、眉間のシワをぐっと深くして、口を開いた。
「……心当たりは、ある。とても腕が立ち、君を守ってくれるだろうし、参加に関し、マクレーガン侯を説得することも可能だろう」
「まぁ!!そんな方がいらっしゃるのですか!?」
メイシーは、パッと顔を輝かせてドメル先生を見つめた。ドメル先生は、苦い表情でメイシーを一瞥し、ハイド先生に向き直った。
「……最近騎士たちから、しごきがきつすぎて魔獣討伐のほうがラクだった、などというボヤきがちらほら聞かれてな。彼女を北部の遺跡群に連れると言うなら、少々過保護な保護者が二人に増えることになっても構わないか?マージー」
「……なるほど。まぁ、とにかくオレ一人で広大な遺跡群を回るのは骨が折れるからな。猫の手も借りたいが、猛獣も付いてくるのか……。まぁ、仕方ない」
「あの、お二人とも、何の話をなさっていますか?」
なぜかドメル先生とハイド先生の会話に入れず、置いてけぼりのメイシーだったが、その、とても頼りになりそうな騎士の方について聞いてみることにした。
「ドメル先生がおっしゃる騎士の方は、どなたでしょうか?私も知っているお方かしら?」
「……。私の口から言わねばならん事態というのは、かなり危険なのではないか?何があったのかは聞かんし、知りたくはないが、本来であれば君の方から真っ先にあの方に話を上げるべきところを、そうしないのはいかがなものか?」
「……あら?」
メイシーは、ここに来てようやく何か嫌な予感がしてきた。
「どうする?私から報告すれば、殿下はさらにご不満だろうが、君から言えば、少しは態度を和らげられるのでは?」
「で、で、で、殿下ですか!?」
メイシーは、本日何度目かの爆発を起こした。
このところギュウギュウにスケジュールを詰め込み、記憶から追い出すようにしているのに、全く改善の傾向も見られず、むしろ日増しに悪化している(ノア調べ)この症状は、近頃、所構わず発生して、メイシーを生命の危機に追い込んでいた。
「だめ!だめです!!殿下が来るなんて絶対に無理です!」
メイシーの発言に、ドメル先生とハイド先生は顔を見合わせた。
「よく分からんが、オレがこいつをどうしても連れて行くと言えば、気の毒な殿下と、騎士団およびドメルに恩を売れるということかな?」
ニヤリ、とハイド先生が不敵な笑みを口元に浮かべて、楽しそうにそう言った。
「貴殿の窮地には、騎士団一同は間違いなく力を貸すだろう。また、私から殿下に口添えしておく。確約はできんが、何か褒美があるかもしれんな」
「ふ、いいな。これからも危険な場所に出向く際には、この話を出させてもらおう。マクレーガン侯の不興をいくらか買うかもしれんが、調査自体は、不眠不休でやり遂げてやるつもりだ。侯にとっても、利益のほうが上回るよな?」
「マクレーガン侯は、この娘のことを目にいれても痛くないほど可愛がっているからな……。そこは何とも。ただ、娘の希望を叶える良き父だと褒め称えて、どうにか難を逃れることは考えられるぞ」
「その線でいこう」
ドメル先生とハイド先生は、メイシーそっちのけで話を進めている。
メイシーは、殿下が来るとか殿下に会う、などと考えるだけで爆発が止まらず、二人の会話を止めることができないでいた。
「ではお前は、今回の遺跡への旅に参加してもらえるよう、殿下に話を伝えることだな」
ハイド先生は、バシッとメイシーの肩を叩くと、話がついたら連絡をくれ、と言って退室していった。
「うう……ひどすぎます!私、今殿下とは会いたくないのです!!」
メイシーが顔を覆うと、ドメル先生は困った様子で、少し思案した後に口を開いた。
「……私は騎士として生きた時間が長かったので、このような場合に気の利いたことは言えんが……。人間、いつ死ぬとも分からん。後悔のないように、いつでも素直に言葉を伝えるのが良いと思うぞ」
「……ドメル先生」
ドメル先生は、眉を下げて少し笑い、メイシーが落ち着くまで、側でお茶を飲んで、ただ静かに一緒にいてくれた。
しばらく経過し、やがて、メイシーはのろのろと顔を上げ、決意した様子で、口を開いた。
「……手紙を書きます。女に二言はございません。私はハイド先生をお手伝いするため、北の遺跡に参りますわ」
メイシーは、ふーっと息を長く吐き出し、ローブから便箋と羽根ペンを取り出し、ためらいながら、時間をかけて手紙を書いた。
「殿下のことを考えると、いつもの私と違う私になってしまいます。
冷静になるためには距離を置く時間が必要でした。
すみませんでした。
都合のよいお願いで申し訳ございませんが、今から数日間、殿下にお力添え頂きたいことがございます。
ハイド先生のお手伝いで、北の遺跡の調査に参加したいと思っております。
父は難色を示していますが、ハイド先生のお力になりたく、また、学問の上でも興味があるため、ぜひお供したいのです。
遺跡周辺は魔獣が跋扈しており、私が参加する場合は、騎士の方を伴うようにとハイド先生が仰りました。
ドメル先生にもご相談し、殿下にお願いするのが最も適任だというお話になりました。
勝手を申し上げ恐縮ですが、私の願いは殿下以外には叶えていただけそうにありません。
……一緒に来ていただけますか?
メイシー」
呼吸を整えて、殿下のことを思いながら、メイシーは手紙の魔術を送った。
数分後。
すぐに返事が飛んできた。
「其方が私を頼りにしてくれて嬉しい。
私の愛の表現に、其方がかなり困惑したことは理解した。
其方のデビュタントまで時間もある上、結婚式はさらにその1年後だ。
其方の愛らしさにどうしようもなくなる時があるが、結婚するまでは少し我慢しよう。
王都から北の遺跡までは、其方の改良してくれた馬車で向かおう。
其方は父親と共に行くのか?
……私はメイシーと馬車に乗りたい。
ジョイス」
メイシーは、顔を真っ赤にして、手紙を読み終え、1つの疑問を口にした。
「……私、いつの間に、殿下との結婚式の日取りが決まっていたのでしょうか?」
「殿下のことだ。なんの抜かりもなく計画を立てていることだろう」
「で、でも、私、当事者ですよね……?当事者が知らないのは、さすがにおかしくないですか?」
「今知らされたのだから、それで良しと考えては?」
「そ、そんな……!!」
ドメル先生は、やれやれといった様子で表情を緩め、メイシーを生暖かい目で見つめた。
「適材適所ということだな…」
「な、なんですか!今、副音声に、割れ鍋に綴じ蓋、という言葉が聞こえましたよ?」
「殿下のことを割れ鍋だなどと。しかし規格外同士で、案外上手くまとまっているではないか」
「や、や、や……やめてください!!」
メイシーは、ドメル先生からの意外な(?)口撃に、タジタジになってしまった。




