たしなみ2-2
魔獣の大量発生という危機が訪れ、一時は帝国の主要道路の敷設・伸張が頓挫していたが、危機が去り、再び各地の道路の建設が再開され始めた。
レナルドが指揮を執り、まずは帝国の北部の都市と王都をつなぐ幹線道路の建設が計画されていたのだが、計画する地域に問題が発生した。
王都。
皇太子の執務室内では、ジョイス皇太子殿下が、レナルドからの報告を受けていた。
「遺跡が出たと?」
「はい。道路の建設を予定していた場所に、広範囲に遺跡群が見られ、この地を迂回するとなると費用や工期に大きく関わると判断し、一度引き上げてまいりました」
「……個人的には、風化した昔の遺物よりも、現在の帝国民の生活を優先したいが」
「そうですね……。お気持ちはお察しします。ただ、歴史的な知見を排除し過ぎることは、帝国の豊かさを損ないかねないかと」
「至極真っ当な意見だ。……調査にはどのくらいの期間が必要か、工期はどれだけ伸ばせるのか、試算を頼む。北は冬になると魔獣の出現率が上がり、作業が進められないからな。秋までに何とかケリをつけたい」
「御意に」
レナルドは必要な言葉を交わし、すぐに執務室を辞そうとした。
「マクレーガン侯」
「……何か?」
殿下はレナルドを呼び止めると、少し躊躇し、口を開いた。
「……メイシーはこのところ毎週末侯爵邸に帰っていると聞いた」
「そうです。家族の交流を持とうと、私が娘に提案しました。……それが何か?」
「其方のそういうところが、娘の自立を妨げているのでは?彼女は自由に友人と話ができているのか?」
レナルドは、殿下を一瞥すると、フンと鼻を鳴らして答えた。
「娘は貴方とは距離を置きたがっています。少なくとも、私達との時間を優先させる程度にはね!」
そう捨て台詞を吐き、レナルドはさっさと執務室をあとにした。
殿下はハァ、とため息をつき、近くで息を殺していた側近に声をかけた。
「………なんだグレン」
「私は何も言ってないじゃないですか」
「なぜ私がこんなにも責められるのだ」
「胸に手を当ててよくお考えになられては?」
「……」
「あるんでしょ、心当たりが」
「……クソ」
殿下はそう言って、上着を掴んで執務室の扉を乱暴に開けて出ていった。
「………この書類の山は?」
グレンのつぶやきは、誰も居ない執務室内で虚しく響いたのだった。
マクレーガン侯爵邸。
メイシーは、祝勝会の日に、できる限りお父様やお母様との時間を作ることを頼まれたので、最近は週末の度に屋敷へ足を運んでいる。
「メイシー!私の可愛い天使よ!」
「お父様!」
会うと毎回、抱っこからのクルクルなのだが、何度やってもらっても、毎回なぜか笑ってしまうメイシーなのだった。
「アハハ!お父様っ、楽しいです!」
「ふふ、私もだ!」
そんなお父様とメイシーの様子を、お母様が微笑ましげに見つめている。
「お父様、私、今週は闇の魔術についての講義を受けました。なかなか奥が深そうで興味深かったですわ」
「闇の魔術か……。またマニアックな分野を選んだね。担当はハイド・マージー教授だったかな?」
「はい。先生は闇の魔術を紐解くことは、古王国の滅亡の謎にもつながるとお考えのようです。魔術の歴史に関して、私は触れる程度にしか勉強してこなかったので、これを機会にハイド先生のもとで、歴史について学ぼうかと」
「ほう。マージー卿は古い時代の遺物について、知見がおありなのかな?実は今、遺跡の専門家を探していたところなんだ」
「まぁ!どうしてですか?」
「帝国の北部と王都をつなぐ幹線道路の敷設予定地域に、大きな遺跡があることがわかってね。工事の前に、調査をする必要が出てきた」
「それは大変ですわね……」
(遺跡が出れば、道路の建設は中止せざるを得ないわ。でも北部は今南部との交易を進めたがっていると聞いたから、もしこれが公になれば、無理矢理にでも工事を進めようとする貴族が出るんじゃ…)
「信頼のできる方に、早急に調査に入っていただき、保存が必要な重要な史跡か、ご意見をいただきたいですね」
「その通り。……北部の領地を得る貴族たちは、できるだけ早く道を完成させ、冬支度までに交易量を増やしたがっているから、今知られるのは非常にマズい。実は私が密かに王都に戻ったのも、その辺りの根回しと協力者を探すためなんだ」
「私からハイド先生にお願いしてみましょうか?」
「それは助かるね。工期が遅れることが明るみに出る前に、少しでも早く調査にかかりたいんだ」
「かしこまりました。では、早速ハイド先生にお手紙を出しますね」
メイシーはそう言うと、ノアと共に自室まで上がり、机に向かって手紙をしたためた。
(手紙には詳しい内容が書けないわ。でも、先日のアレのせいで、先生に二人きりで会うのを拒否されたら、どうしよう。うーん……)
メイシーは悩んだ末、このような内容で手紙を書いた。
「至急、ハイド先生にご見解を伺いたい件がございます。
詳細はハイド先生の実験室で、人目につかないようにお話したいです。
叶わない場合は、ハイド先生の秘密を誰かに話してしまうかも……。
メイシー・マクレーガン」
(先生がイケメンだって広まると、きっと何か困るのよね?女性が苦手なのかしら)
メイシーは、ちょっと良心が痛んだものの、お父様のためにも、確実に二人でお会いする機会を逃さないため、この文面で、手紙の魔術を先生に向けて飛ばした。
すると、返事はすぐにやって来た。
「いい度胸だ。
お前の話は聞いてやる。
だが内容に対する返事は別だ。
オレはいつでも時間を空けるから早々に日時を指定しろ。
ハイド・マージー」
(うーん、ちょっとこれでは、色よい返事が期待できなくなったかしら?)
メイシーは、喧嘩を吹っかけたようにも取れる手紙を出したことに、すぐに後悔したが、本日の夕刻に学園に戻ることにして、ハイド先生には夕食の時間帯に約束を取り付けた。
メイシーは階下に降りて、お父様から遺跡の特徴や場所などを聞き、手元のノートに細かく書き記して、大事に抱えて持参することにした。
メイシーは帰宅後早々に、また学園へと馬車を進めることになった。
両親には寂しがられたが、お父様のお役に立てるのが嬉しい、と伝えると、お父様は困ったような笑顔になり、メイシーにハグをしてくれた。
メイシーは、このところ沢山の講義や実験に顔を出している。今までとはうって変わって、あまりにも目まぐるしいので、ノアに体調を心配されるくらいだ。
理由は簡単で、ボーッとする時間を作りたくないからだ。
今メイシーは、学園へ向かう馬車で、往復の疲れから、恐れていた『ぼんやり』状態になってしまった。
ボーッとすると、もれなくあの日のことを思い出してしまい、頭が爆発してしまうのだった。
あの日………。
殿下と唇を重ねた時のことを。
(〜〜〜もう、殿下なんて知らない!私は忙しいんだから!)
ボン!
「……お嬢様、本日はこれで12回目でございます」
「やめてノア!私は回数なんて知りたくないの!!」
ノアは興味深そうに、顔を赤らめるメイシーを見て、手元のメモ帳に最近のメイシーの爆発回数を書き記していた。
その後も数回の爆発を経て、メイシーは学園に到着した。ひとまずノアと共に寮の自室に向かい、ほっと一息つくことにした。
夕刻。
メイシーは、身支度を整え、お父様の話が書き記されたノートを手に、できるだけ人目につかないようにローブのフードを深く被って第10研究棟を目指した。
第10研究棟は、夕闇に浮かぶように、その漆黒の城壁をランプに照らされ、そびえ立っていた。
巨大な一枚板でできた黒い扉が衛兵に開けられ、メイシーとノアは、黒いつややかなタイルの上をカツン、カツン、と足音を響かせて進んでいった。
実験室の前につくと、メイシーはノックして名を告げた。
扉の中からは「どうぞ」とそっけない返事が返された。
ノアには扉の前で待機してもらうことにした。
「……で?何の用だ」
ハイド先生は、今日も目深にフードを被り、実験室の応接用のソファに腰掛け、早速本題を切り出してきた。メイシーはローブのフードを取ると、真剣な表情でお願いした。
「お話する前に、この話は他言無用であることをご理解ください」
「……分かった」
「ありがとうございます。実は父が進める道路の敷設事業の作業中、大きな遺跡が出現しました。この遺跡の調査を、ハイド先生にお願いできないかとご相談にまいった次第です」
「遺跡?場所は?」
メイシーは、お父様から聞いたメモを見ながら、詳しい場所や状況、さらに、出現した遺跡がどういう特徴だったのか等を話した。
「……なるほど。この地域は魔獣の被害が多い地域だ。これまで積極的な探索がなされず、木々の中に遺跡が放置されていたのだろう。マクレーガン侯には礼を言いたい。いろいろな理由で偶然発見された遺跡のうち、きちんと調査にまで至っているものはほんの僅かだ。今回のマクレーガン侯の申し出には、歴史学に携わる人間すべてが感謝するだろう」
「それはよかったです。父の話によると、範囲がとても広いようなのですが、調査にはどれくらいの人数や日数が必要でしょうか?」
「そうだな。……オレが行くなら、早ければ数日で判別をつけよう」
「そんなに早くできるのですか!?」
「お前の話では、北部の貴族の利権に関わるようだからな。日が昇っている間中、土の魔術で必要そうな箇所を掘り返したり、遺跡に入って調査を進め、夜は光の魔術や魔術具で手元を照らしながら検証作業をしよう」
「! そ、それは……願ってもいないありがたいお話ですが、つまり先生がたった一人で数日徹夜をなさる、ということですか?」
「出現している遺跡の特徴を聞くと、どうも数千年以上昔のものである可能性が高い。その場合、オレにとっては価値が高い」
「……私もついて行ってもよろしいでしょうか?」
メイシーは、ハイド先生の申し出に不安を感じ、自分も何か手伝えることはないかと考えた。
「お前は5属性も使えるし、魔力が高いからな。昼間だけでも手伝って貰えれば、非常に助かる」
ハイド先生の言葉に、メイシーはパッと笑顔になった。
「言い出したのはこちらです。もちろん、私でお役に立てることがあるなら、参りますわ!」
「ただし、何度も話すように、あの地域は魔獣が多い。お前が行くのなら護衛が必要だな……」
ハイド先生は少し考え込み、明日一度ドメル先生に相談しに行くことにした。
「ひとまず、私は父にハイド先生の承諾を得られたことを話します。私の参加については、ドメル先生にご相談することも併せて報告しますわ」
メイシーは、ローブから便箋と羽根ペンを取り出し、その場でお父様に手紙を書いた。
手紙の魔術の化身は、サッと飛び立った。
メイシーとノアは、ハイド先生にお礼を言い、実験室から寮の自室へと戻って行った。
まもなく、お父様から以下のように返事があった。
「マージー卿の賛同を取り付けてくれてありがとう。
ただ、メイシーが遺跡地帯へ入るのは、危険が大きい。
私は文官で、君を守るのに十分な戦いの術を持っているとは言えない。
もし護衛を付けたとしても、万全とは思えない。
それにあの地域で数日野営をするのは、君のようなか弱い女性には厳しすぎる。
父」
メイシーは、この返事に少し眉を寄せた。
「お父様は私を子供扱いし過ぎだわ。最後の一文なんて、研究者に対するものとは思えない言い方よ」
メイシーは、ノアにプンプンと文句を言った。
「お嬢様が本格的に研究者として歩まれることになれば、これからはますます危険な場所に立ち入る可能性がつきまとうのですね……。私、護衛として常に鍛錬を欠かしておりませんが、よりお役に立てるよう、精進いたします」
「ノア!貴女を危険な目には遭わせたくないわ。そうね……いっそ、これを機に、私も魔獣との戦闘に備えて鍛錬しようかしら?そうすれば、誰にも文句を言われないわよね?」
「お嬢様……。それでは私の存在意義がなくなります」
ノアはとても悲しそうな顔をした。
「貴女は私の側でニコニコ楽しくしていてくれればいいのよ!最近覚えてくれた髪結いや、着付けなんかも、私にとっては十分役に立つ能力よ!事業への意見も沢山くれるし、貴女以上に素晴らしい侍女は、見つからないわ」
「お嬢様……」
ノアは、きれいな茶色の瞳をうるうるさせて、メイシーにそっと抱きついた。
「旦那様がご心配されるお気持ちは、よく分かります。それでも私はお嬢さまの願いを叶えることが至上ですので、旦那様を説得できるよう、協力いたしますわ」
「ノア……」
メイシーは、ノアの腕の中に優しく抱かれ、安堵に包まれ、ウトウトし始めた。
ノアはその様子に、ふふ、と微笑むと、メイシーをベッドに促し、手早くパジャマに着替えさせてくれ、寝かせてくれた。
「おやすみなさい、お嬢様。良い夢を」
メイシーは、優しいノアの声を聞きながら、ふわふわと夢の世界に身を任せたのだった。




