たしなみ2-1
原始、世界は深い闇の中にあった。
闇の中から光が生まれ、光が熱を持ち火が生じた。
炎が闇を燃やして土塊と水ができ、最後に全てを撫でるように、風が吹いた。
闇は全ての源であり、闇にはすべてを内包する混沌の力があった。
古代には、高い魔力を誇る一族が闇の力を崇拝し、さらなる力を求めた。国は栄華を極めたが、ある時、忽然と歴史上から姿を消した。
時は流れ、魔力の高い者はほんの僅かとなり、全ての属性を得る者は、ほとんど居なくなった。
しかし例外の一つに、400年もの間、全属性を行使できる直系の子孫を産み続けている一族がいた。彼らはある契約に則り、全属性を得て、その力を魔獣との戦いに発揮してきた。
その一族とは。
………ゼメルギアス帝国の王族だ。
「ハイド・マージー先生。メイシー・マクレーガンです。お約束の品物をお持ちしました」
メイシーは、第10研究棟にやって来ていた。
ドメル先生の許可のもと、最近は他の研究棟の見学にも精力的に参加しており、今日は、第10研究棟棟官であるハイド先生のもとで、これから闇の魔術に関する講義に参加するのだ。
第10研究棟は、その風貌からしてドメル先生の第1研究棟とは全く違う雰囲気だった。黒い金属のような材質の外壁に、グンと高くそびえる尖塔が印象的なその城は、何故か立ち入ろうとする者を見下ろすような、威圧的で排他的な雰囲気をしていた。
以前ハイド先生に頼まれていた防毒マスク数枚と、ウロボロスの毒の入った小瓶をバスケットに入れて持ってきたメイシーは、ハイド先生の実験室の扉の前で、扉が開くのを待った。
「………ああ、ありがとう」
ハイド先生は、素っ気なく返事をして扉を開け、メイシーから荷物を受け取った。
今日も濃紫のローブを着て、フードを目深に被っている。
(夏でもこの格好……。暑くないのかしら)
「あの、先生」
「なに」
「夏でも涼しいローブを作りましょうか?」
ハイド先生は、手を止めて、フードの下からチラリとこちらを伺った。多分興味があるのだろう。メイシーは、返事がないことを承諾と心得て、勝手にローブづくりに取り組むことにした。
「すぐに出来上がるかは分かりませんが、出来上がり次第、先生にお持ちしますね。では、後ほど大教室で」
そう言ってにこりと微笑み、メイシーは、ハイド先生の実験室を去ろうとした。
「待って」
ハイド先生は、メイシーを呼び止め、ローブの中から何かを取り出して、メイシーの手に置いた。
「お駄賃」
手の中には、コロンと可愛らしい包装のキャンディが三つ転がっていた。
「まぁ」
メイシーは、ふふ、と笑いながらキャンディを見つめた。
「ありがとうございます。先生はお菓子がお好きなのですか?」
「オレはそんなに。……癖で持ってるだけ」
メイシーは、ふうん、と少し不思議に思いながらも、ありがたくキャンディをいただくことにした。
ハイド先生と別れ、階段を降りながら、包みを開いて赤いキャンディを口に放り込むと、苺の甘酸っぱい味に、思わずメイシーの顔はほころんだ。
闇の魔術は、黒いモヤを放出させるその見た目から、魔獣そのものや、魔獣を活性化させる瘴気と関係が深いと思われている。
何となく悪しきイメージの付き纏う闇の魔術は、行使できる人間に対し、差別的な視線を投げる人々も少なくはなかった。
光の魔術は、人々を癒やす神秘の力としてもてはやされるのに対し、闇の魔術は、人々に悪い影響をもたらす禁忌の魔術、と考える人々は、この世界に一定存在していた。
ハイド先生は、光と闇、両方の魔術を行使できる特殊な魔術師で、その独特な研究の成果を買われて、魔術学園に招聘された棟官の一人だ。
大教室に着いたメイシーは、100名はゆうに座れるであろう教室内の座席が、すでに沢山の生徒で埋められていることに驚いた。
(闇の魔術使いは珍しいから、実際に行使できる人からの話は、きっと特別なのね)
空いている座席を探そうと、メイシーがキョロキョロして教室に入ると、その様子を見た一番前の座席の女の子たち数人が、サッと立ち上がり、メイシーに小走りに駆け寄ってきた。
「マクレーガン侯爵令嬢!よろしければあちらのお席をお使いください」
「えっ、でも……」
「ぜひ!」
そう言って、メイシーは女の子たちに席へと誘導された。
「あの、貴女がたのお席ですのに、本当によろしいのでしょうか?」
メイシーが不安になって尋ねると、女の子たちは皆笑顔で、なぜか頬を紅潮させて口々に答えた。
「光の女神様にお席をお譲りできるだなんて、こんな光栄なことはございませんわ!」
「こんなこともあろうかと、最前列に着席し続けていた私達の努力が、今ようやく実りました…!」
「どうかこれからも、そっと女神様を見つめることをお許しください……!」
そう言って嬉しそうな表情でお辞儀をして、そそくさと後ろの方へ移動していく彼女たちの勢いに、メイシーは呆気にとられ、固まってしまい、お礼を言いそびれてしまった。
(光の女神って、なに? もしかして、私のこと…?)
彼女たちの言葉を反芻して、何だかとても自分とはかけ離れたあだ名を付けられていることに、メイシーは違和感しか感じなかった。
一人でもやもやしているメイシーを尻目に、ハイド先生が教室へ入ってきて、いつの間にか授業が始まった。
「……闇の魔術を行使できる魔術師は、魔術師全体のうち、ほんの数パーセントと言われている。絶対数が少ない分、現在最も検証が遅れている魔術だと言える」
「闇の魔術は、瘴気と似たものだと言われがちだが、これは間違いだ。瘴気は魔獣を活性・凶暴化させる。人の行使する闇の魔術にこのような作用はない」
「闇の魔術の行使で確認できている作用は、『物を風化させる』『空間を闇で満たし視認性を奪う』『錯乱状態に陥らせる』…主にはこの3つだ」
メイシーは、この話を聞きながら、闇の魔術を利用した魔術具について考えてみた。
(物を風化させるのだから、作ったものを壊したい時やそこにあると邪魔なものを朽ちさせたい時に使うのかしら。空間を闇で満たす、なんて、お化け屋敷とか、映画館とか?錯乱状態については、全く思い浮かばない……。なかなか活用が難しい魔術ね)
「ーーー以上。闇の魔術に関する基礎的な話は終わりだ。ここからは発展的で、私の解釈を多分に含むため、参考程度に聞くように」
「闇の魔術は、全ての源の魔術であると言い伝えられている。闇が起点となり、他の5つのエレメントをもたらした、という伝承は、世界各地で残されている」
「闇の魔術を知ることは、古の魔術を読み解き、さらには、かつて隆盛を誇った古王国が何故崩壊したのかについて、解明する糸口になるのではと私は考えている。もし古代の魔術に興味がある者は、継続して私の講義を取ると良い」
(古王国かぁ……。たしか、数千年前に魔術がとても発展していた、伝説の国家よね。発達した国家が、なぜか忽然と歴史の表舞台から姿を消した。……その滅びの理由は、まだ解明されていないのよね)
メイシーは、ほんの少し聞きかじった程度の、魔術の歴史学について思い出していた。
(ハイド先生の研究って、考古学のような感じかしら。新しい魔術具を作るのに、何か役立ちそうな知識はあるかなぁ。古代の魔術具って、いくつか見せてもらえるかな?)
うーん、と頭の中で色々と考えるうちに、時を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
メイシーは鐘の音もそっちのけで、古代の知恵や知識が、現代まで残り、発展したものを思い出していた。
(例えば……あちらの世界の、古代エジプト。1日を24時間、1年を365日とする太陽暦なんかは、現代まで使われている概念よね)
(奈良時代の法隆寺・五重塔なんかも、ネジを使わない木組みの工法が未だに研究されていたり、心柱という仕組みが、今もスカイツリーにも生きている、なんて、何かで聞いたことがある)
(建築といえば、古代ローマの建築も素晴らしいのよね。水道は、数千年前の建設当初のものが、一部、現代も使われているらしいし)
色々と思い起こすと、古い時代のものをじっくりと学び、知ることは、これからの帝国の発展のヒントにもなりえるだろう、と思われた。
闇の魔術のことを知るのは、ハイド先生の言葉を信じると、古代の魔術を知ることにつながり、魔術で発展したはずの古代国家の衰亡を知ることは、メイシーがまだよく知らないゼメルギアス帝国のことを知るきっかけになるかもしれない……。
考えがまとまり、ふと顔を上げると、大教室には学生は居なくなっていた。皆次の講義や実験に向かったのだろう。
メイシーは、さっそく、古い時代の魔術具を見せてもらうため、ハイド先生の実験室を再び訪ねることにした。
「ハイド先生、メイシー・マクレーガンです」
扉の前でそう告げると、無言で先生がドアを開けてくれた。
「あの、先生の講義で古王国に興味を持ちました。よろしければその時代の魔術具を見せていただけないかと」
「……入りな」
ハイド先生は、メイシーを招き入れた。
第10研究棟は、普段メイシーが使う第1研究棟と、外観からして全く違うイメージなのだが、棟官の実験室も、ドメル先生のそれとは違っていた。
ハイド先生の実験室は、窓はなく、室内にはランプがあちこち置かれている。
天井は高く、細長いアーチがいくつも重なり、長い黒い柱が、何本も屋根を支えていた。
「古王国の魔術具は、出土しているものは大半が帝国博物館に保管されている」
「そうでしたか。では、そちらに行ったほうがよろしいのでしょうか」
「オレがいくつか持っているのは、そこに置いてある」
ハイド先生が示した先には、重たそうな木でできた大きな棚があり、棚には書籍のほかに、置物のようなものがいくつか置かれていた。メイシーは本棚に近づき、じっとそれらを見てみた。
置物の中には、石なのか、金属なのか、硬い素材でできた、掌より大きめのピラミッド型の三角錐があった。メイシーは気になり、手を伸ばした。
「これは何に使う魔術具なのでしょう?」
メイシーが、そのピラミッド型の置物に手を触れると、ズッ、と自身から魔力を抜き取られる気配がした。
驚いて手を引っ込めたメイシーは、ハイド先生の方を見た。
「それは古王国で、罪人の処刑に使われていた魔術具だと考えられている。魔力を吸い上げる道具だ」
「処刑ですか!?人から、魔力を全て吸い上げて、そうして処刑を……?」
(古王国、こわ…!あと、ハイド先生、そんな物があるならちゃんと言って!!)
「……これは吸い上げた魔力をどう使うのですか?中に魔石でも入っていて、無理矢理吸い上げた魔力を、魔術具に有効活用していたのでしょうか」
メイシーが興味本位で聞いてみると、先生から返答があった。
「古王国の人間は魔力の高い者が多かった。この中の魔石は、そんな人間の魔力を何百人分も入れられる。このピラミッドが壊れるまで魔力を込めれば、中から魔宝石が出る仕組みだ」
「魔宝石!」
(魔宝石って、魔石の中でも飛び抜けて丈夫な魔石を選んで、さらにそこに膨大な魔力を注ぐと出来るのよね。そこまでにするのに耐えられる魔石を見つけるのがまず大変だと聞くわ。私もまだ実物は見たことがない……!)
メイシーは、むくむくと湧き上がる好奇心に抗うことが出来ず、もう一度ピラミッドに手を伸ばした。
「なにをしてる」
ハイド先生は、驚いてメイシーの手を掴んだ。
「分かっただろう?触れるのは危険だ」
「私の光の魔力をぶつけます!もし倒れそうになれば、倒れる前に、やめますので!約束します!」
「は?」
ハイド先生の制止を拒否し、メイシーはピラミッドをガシッと掴んだ。
(おおおっ!吸い取られる…!)
「ーーー帝国に光を」
とっさに騎士の挨拶の言葉を思い出し、光の魔術を祝福に変えて、手の中の魔術具に、こちらから魔力をぶつけに行った。
ーーーグン!!
手から溢れる光は、強力な掃除機に吸い込まれるようにどんどん消えていくが、メイシーはそれに負けない速さで魔力の放出量を徐々に上げ、掃除機を壊せそうな大きさの魔力の塊を手元に作ると、それを一気にピラミッドにぶち込んだ。
ーーーゴッ!!!
風が巻き起こり、実験室内には目の眩むような閃光が放たれた。ビュウっと嵐のような強い風が吹き抜け、書類が一気に舞い上がった。
すると、メイシーの手から、吸い上げられる感覚が消えた。
手元には、ボロボロに朽ちた土のような粉と、その真ん中にキラキラと輝きを放つ、メイシーのこぶし大くらいの、透明な宝石があった。
「うわぁ!先生、見てください!こんなに大きな魔宝石ですよ!!沢山の魔力がこもっている分、内側からこんなに発光するんですね!きれい……」
メイシーは、その美しさにうっとりして魔宝石を眺めた。
「……お前」
ハイド先生が驚愕し、恐ろしいものでも見るような様子でメイシーの両肩に手を付き、メイシーをぐっと覗き込んだ。
「えっ」
メイシーは、ハイド先生のフードが風で煽られ、顔が隠れていないことに気がついた。
ハイド先生は、サラサラの黒い髪をしていた。
長めの前髪は真ん中で分かれて流され、耳には黒いピアスがはめられている。
そして何よりも特徴的な、金と黒のオッドアイ。今は左の金の目と、右の黒の目は、驚きに見開かれている。
(な、なんてイケメン……!)
メイシーはハイド先生の予想外の素顔に驚き、しげしげと見つめてしまった。
「おい!体調は?倒れるような気配はあるのか?」
「い、いえ。大した量の魔力は入れておりませんので、影響はございませんわ」
「アレで、か……」
ハイド先生はメイシーの言葉にさらに驚きの表情になり、疑うようにメイシーをキョロキョロと観察し、本当に倒れる気配がないと分かると、ホッとしたようで、メイシーから離れた。
そしてまたフードを目深にかぶると、ため息をついてメイシーに忠告した。
「見たことは忘れろ。オレを詮索するなよ」
ハイド先生はぶっきらぼうにそう言うと、フードの奥からメイシーを睨んだ。
メイシーが言葉に詰まっていると、手の中の砂と魔宝石を、机上にあった空箱の中に全て入れさせ、蓋を閉じた。
「お前が突拍子もないことは、知っていたはずなのに」
ハイド先生は苦々しげにそう言って、メイシーを実験室からグイグイと外へ追いやった。
メイシーはハッとして、扉が閉まる前にハイド先生に声をかけた。
「す、すみません!そういえば、許可を得ずに魔術具を壊してしまいました」
「……お前を安易に部屋に入れたオレが迂闊だった」
そう言って、すげなく実験室の扉は閉じられた。
(あー……。これ、やっちゃったのかしら?)
メイシーは、しばらく扉に向かってオロオロしたが、扉が開く気配はなかった。仕方なくトボトボとハイド先生の実験室をあとにしたのであった。
またしばらく、よろしくお願いいたします!




