ヨゼフのお相手 SIDE:ラグナーラ
「祝勝会のエスコート?」
「はい、ヨゼフ様にお願いしたいのです」
祝勝会の招待状が届いたその日、ラグナーラはヨゼフを訪ねて男子寮の前までやって来ていた。
二人は今、近くのカフェテリアでお茶を飲んでいる。
「僕が?貴女を?」
「ええ、その通りですわ」
ヨゼフは面食らった様子で、しばらくラグナーラを見つめたが、目を逸らして思案し始めた。
「……貴女なら他の男子から声がかかるでしょ?僕に同情してくれてるんだろうけど」
「……」
(また、そんなことを)
ラグナーラは内心、やきもきした気持ちになった。
「会場には一人で行くつもりなんだ」
ヨゼフは淡々とそう言った。
「……では、その後のダンスは?功労者には全員、ファーストダンスが依頼されておりますわ」
「うーん、それはね……」
ヨゼフは困った顔で言葉を濁した。
「……どなたか、もうお決めになっているの?」
ラグナーラは、チリ……と胸が痛んだ。
「従兄弟がね。僕がもし授賞式に出るなら、自分を連れていけって、うるさくてね……」
「……フォンテーヌ伯爵家のリリアン様かしら?」
「よく知ってるね。そうそう、リリーが、こんな大きなパーティに出られることなんて、これから先あるかどうか分からないから、行きたいんだって」
(リリー?)
ラグナーラは、胸に広がるモヤモヤとした黒い霧が、自分の体を蝕んでいくような気配を感じた。
「……仲がよろしいのね。従兄弟って、そんなに交流があるものなのかしら?」
「僕が小さい頃はたまにアンネ叔母さんの家に預けられることもあったから。リリーは妹みたいなものなんだ」
妹、と聞いて少し安堵したものの、それはヨゼフがそう思っているだけで、相手からすれば、そうではないかもしれない、とラグナーラは思い直した。
「……ヨゼフ様は、卒業後の進路については、どうお考えなの?」
「研究者でいたいのは確実なんだけど、学園に残って研修生から棟官を目指すか、それ以外の研究所に行くかは、まだ何も。棟官になるにはかなり狭き門だからねぇ……」
ヨゼフはそう言って、自分のふわふわのオレンジの髪に手をやり、遠くを見て考えごとをしている。
(ボーッと考え事をする時に、髪を触るのがクセなのよね。……もし、私が髪をなでたら?手に触れたら?この方はどんな反応をするのかしら)
ラグナーラは、最近、反応が薄めのこの彼を、どうやったら崩せるのか、妄想することが増えた。
生まれてこの方18年、人の恋路のうわさ話や恋愛小説、知り合いからの恋の相談など、あらゆる『見聞き』は大得意のラグナーラは、同じく、あらゆる『妄想』も大得意で、ラグナーラにとっては息をするように自然に、身近な誰かの色恋沙汰が妄想される。
(ヨゼフ様は、私の予想では、絶対にМなの。好き好んで困難に首を突っ込むけど、そのくせ勝算は五分五分。「自分なんて……」っていう言動も、Мっぽさを醸し出してるのよね)
「……貴女は、将来のこと、何か考えてるの?」
妄想にふけっていたラグナーラに、ヨゼフが不意に声をかけた。
ラグナーラはヨゼフを見つめて、こう言った。
「私は研究者の道も大切だけれど、自分の家庭を持つことも重視しておりますの。卒業後は研究所に勤めながら、結婚もして、公私ともに充実した生活を送りたいと思っておりますわ!」
「ふふ、そうなんだ。貴女なら実現しそうだね」
ヨゼフは、にこりと微笑んでラグナーラの言葉を聞いていた。
(ヨゼフ様は、ニコニコ笑うと本当に可愛らしいわ)
「当たり前です。私を妻にする方は、愛に溢れた素敵な生活を送れることが確約されておりますもの」
ラグナーラは、ヨゼフにはきっと真意は伝わらないだろうと思いつつ、自分の妄想の一部を伝えてみることにした。
「私は水の魔術を使った研究を続けますの。メイシーと最近話した『水の循環』がとても気になって。いかに広く、美しい水を循環させるのかについて、今後3年の研究テーマとして、その先も継続して取り組んで参りたいと思っております」
「魔術環境学か。漠然としたイメージがあったけど、長く取り組んで掘り下げるには面白そうだね」
「はい。生涯で一つの大きなテーマに取り組みつつ、素敵な家族計画も同時進行いたしますの」
「ふーん、二つとも、生涯をかけて取り組む価値がありそうだね」
「その通りですわ」
ラグナーラは、ティーカップを持ち上げ、紅茶に口をつけた。
「ところで、貴方にダンスのお相手を断られましたので、私、他のお相手を探さなければなりません」
ヨゼフが、少々困った顔をした。
「ごきげんよう。私、そろそろ行きますわね」
ラグナーラはそう告げて、カフェテリアをあとにした。
祝勝会当日。
ラグナーラは壇上へ向かう相手をお父様にお願いした。
お父様や妹からは「良い相手はいないの?」とからかわれたけれど、ラグナーラはヨゼフを落とすと決めたので、焦らずじっくり攻めることを肝に銘じている。
「今に見てらっしゃい」
ラグナーラは、お父様や妹に、きっといつか良い報告をするのだと、自分に言い聞かせた。
ダンスパーティの相手は、グレン・オルドリッジに依頼した。
彼はとても分かりやすい人で、彼の恋愛に協力することを条件に、ラグナーラは、ダンスの相手役を得たのだった。
(私に下心のある男性は、後が厄介なんだもの)
ファーストダンスの終了直後、メイシーの光の魔術に皆が魅了され、夢のようなひとときに、会場中が酔いしれた。
さあ、これからダンスを再開する、というその時に、グレンがラグナーラに声をかけた。
「ラグナーラ嬢、ダンスへのお誘いのために、男性陣が目をギラギラさせてこちらを見ていますが、どうします?」
「困ったわ……。もしよろしければ、このままテラスにでもご一緒いただけないかしら?」
ラグナーラは、グレンの助け舟に乗ることにして、グレンにエスコートされ、二人でダンスフロアをあとにした。
「助かりました。貴方へのお礼を弾まなきゃね?」
「待ってました!……それで、彼女はどんな男性が好みだとか、貴女に話したんですか?」
ホールから出て、月夜に照らされたテラスに到着した。
テラスは、よくある恋愛小説の、恋人たちが逢引するのにピッタリの、雰囲気のあるシチュエーションだった。
「焦らないで。貴方って、落ち着いて見えるけれど、とても感情表現豊かな方ね?面白いわ」
「この伊達メガネで、意外と殿下の側近らしい落ち着きが演出できるものでして……。さ、彼女の好みを教えてください!」
その時、ラグナーラとグレンの側に、ゆっくりと近づく影があった。
「……いいこと?二度は言わないわよ。見た目はこだわりがないけれど、賢くて、優しくて、いざという時に頼りになるお方が良いと……」
グレンが、ラグナーラの後方に目を向けた。
ラグナーラは、それにつられて後ろに振り向いた。
……彼は、いつもはオレンジの髪をふわふわなびかせているけれど、今日はきちんと髪を上げ、きっちりと撫でつけていた。
腰が隠れる長さの紺のジュストコールに、白いクラバットという出で立ちで、一見するとどこかの王子様のようにも見える。
「ラグナーラ嬢。お邪魔したかな?」
「……なぜ、こちらに?」
ラグナーラは、胸が高鳴るのを止められなかった。
これまで、何百、何千の物語や恋の噂話を見聞きしたけれど、いざ自分の目の前に恋が転がってきたら、人はこんなにも狼狽えるものなのだ。
ラグナーラは、自分の気持ちが全然コントロールできないことに、不安になった。
「貴女が、僕をダンスに誘ってくれたから。……それはまだ有効?」
ヨゼフの表情は、残念ながらホールの明かりが逆光になって、よく見えなかった。
「自分のことは気にせず、いってらっしゃい」
グレンが、ラグナーラの両肩に手を添え、ポンと前に押し出す。
「……ラグナーラ嬢、僕と踊っていただけますか?」
ヨゼフがすっとラグナーラへ手を差し出す。
ラグナーラは、ドキドキという自身の鼓動を感じながら、ヨゼフの手に、自分の手を重ねた。
ヨゼフの相手が誰なのか、気になって夜も眠れん…!というあなたに捧げます。




