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SIDE: ジョイス


今、帝国は、魔獣大量発生の危機を乗り越え、再び国の安寧を取り戻したことに、全帝国民が喜びに包まれていた。


浮かれている、と言ってもいいのかもしれない。


国中が、どこか浮足立った雰囲気で、おめでたい様子な中、王宮、皇太子の執務室内は、何やら殺伐とした雰囲気に溢れていた。






(……私が王都を離れていた間に、どうやら好き勝手していたようだな)


ジョイスの手元には、通常よりも多額の費用が計上された収支報告書がある。


ジョイスやレナルドが王都から離れ、小五月蠅い指摘をする者が居ないと見て、途端に私腹を肥やそうとする小物貴族たちのその厚顔さに、毎度のこととはいえ、ジョイスは辟易(へきえき)していた。


(まあ、こんな奴らは、所詮蝿のようなものなので、追い払えば良いのだが……)




今回は、また別に、自身が不在の間に由々しき問題が起こっていた。


王宮内で、にわかに『花の妖精』の噂が広がっているというのだ。


何でも、花の妖精のように美しい姫が、水の女神のような侍女を引き連れて王宮内を歩いていたのだとか。


あまりの美しさに声をかけても、微笑を浮かべてはぐらかされ、名を尋ねても、憂いを帯びた表情で口を閉ざし、どの者も、花の妖精が誰なのか、どこから来たのかをついぞ知ることはできなかったという。


ジョイスはこの噂を聞き、深いため息をついた。


(ほんの少しも油断できん)


メイシーの容貌を知る貴族は、学園の入学式に訪れていた関係者くらいのもので、王宮内ではさほど知られていなかった。


ジョイスは、自分が討伐を終えた際に、不甲斐なく倒れたりしなければ、メイシーを王宮内をうろつく男どもの目に触れさせることはなかっただろうにと、激しく後悔した。



(……私のものだと、知らしめてやりたい)


ムカムカと、腹の底から湧き上がる感情をぶつけるように、ジョイスは手元の報告書へなぐり書きをし、決済不可の押印をして、左へ避けた。


しばらくそんな作業を続けていると、手紙の魔術の気配がした。


手紙の魔術の化身は執務室の窓を通り抜け、くるりと室内を一回りして、ジョイスの手元へやって来た。


ジョイスに手紙の魔術を送れる者は、限られている。

ジョイス自身が許可している者からしか受け付けないように魔術を行使しているからだ。


手紙を開けると、そこにはこう書かれていた。



「ご相談したいことがございます。

お忙しい中申し訳ございませんが、お時間をいただけますか?


メイシー・マクレーガン」


ジョイスはこれを見て、自分の心が浮き立つのを感じた。少し表情を緩めて、早速ペンを持ち、返事を書いた。



「いつでもよい。

ただ、不在中の書類が溜まっており、悪いがそちらには出向けない。

登城してもらうことになるが、来る時にはローブを羽織り、フードで顔を隠して来て欲しい。


ジョイス」



我ながら情けないお願いだとは思ったが、背に腹は代えられない。王宮にメイシーをつけ狙う不埒な輩がうろついているとも限らない。


メイシーに返事を送ると、すぐさま再度その返事が来た。



「ありがとう存じます。

それでは、早速で申し訳ございませんが、今から登城いたします。

グレン様にも先触れをお出ししますので、よろしくお願いいたします。


メイシー・マクレーガン」


返事を読み、グレンを呼び出した。



「グレン、メイシーが今から訪ねてくる。馬車からこの部屋まで、無事に連れてくるように」


「今から、でございますか?急なご用事なのですかね。……それとも単に殿下に会いに来たとか?」


くふふ、とグレンがふざけた様子で忍び笑いするのを指摘するのも面倒で、ジョイスは一言こう言った。



「仕事をしろ、グレン」


ジョイスは先程からの作業を続けていたが、今は、腹の底から湧き上がっていた、あのムカつきは消えていた。





数刻後、約束通りメイシーは、濃紺のローブを纏ってやって来た。



「急なお願いで申し訳ございません、殿下」


メイシーは、今日は長い濃い茶の髪を複雑に編み込み、紫の髪飾りを編み込んだ髪の間に散らすように付けていた。先日の妖精のようなメイシーも愛らしかったが、今日の姿も知性的で素敵だ。



(要は、メイシーならどんな格好をしていても良いのだ。いつの間にこんなに、会えるのが嬉しくなったんだ)


ジョイスは、緩みそうになる口元を隠して、メイシーに答えた。



「……構わない。其方からのお願いなら、いくらでも聞こう」


ジョイスがそう言うと、メイシーは、パッと表情を明るくして、美しい青い目をキラキラと輝かせ、嬉しそうにした。



「ありがとうございます、殿下。……その、私も、このようなことは殿下にしかお願いできず、困っておりましたの……」


メイシーは、そう言って困った様子で俯き、なかなか言い出しにくい様子で、両手をもじもじと動かしている。



「私にしかできぬこと、というのは?」


「は、はい……。実は、祝勝会の件で……」


祝勝会という言葉を聞いて、ジョイスは、思い出したことを伝えた。



「ああ、祝勝会のドレスを、其方に贈ろうと思っていたのだ。私も、小物は其方の装いに合わせるつもりだった」


「え?えっと……」


メイシーの表情が、真っ赤になり、それが次第に困惑した表情に移ろいだ。



「どうした?」


ジョイスには思い当たることがなく、メイシーの言葉を待つことにした。


「あの……祝勝会なのですが、私、できれば功労者のリストから名前を消していただきたいのです」


「!」


メイシーの言葉に、一瞬意味が分からずに思考が固まってしまったが、彼女の思いを聞くべきだと思った。


「……なぜ、そうしたいと思ったのだ?」


「私、このような形で、自分の名前が広まることに違和感がございまして……。盾のことも、殿下の剣のことも、光の魔術も。やりたいようにやっただけで、むしろその後に寝込んでしまったり、失敗したりで、実験室の皆様や殿下には、ご迷惑しかかけていないのです」


「今回騎士に死者が出なかったのは、其方が考案した技術で製作した盾のことが大きい。功労者として名を連ねることに、何の違和感もないのだが?」


「し、しかし……。実際に死地に赴いたのは、殿下や、騎士団の皆様方です。私の考案したと仰っていただいた盾も、実験室の皆様が、改良や工夫を重ねての結果なので、私よりも、他の皆様の労が(ねぎら)われるべきかと」


「ふむ……共に携わったのならば、メイシーも、皆と共に功労者となっても、何の問題もないのでは?」


「大アリなのです!」


メイシーが両手を拳にして、勢いよく発言した。



「私、栄誉など、欲しくないどころか、あると困るのです……」


「……なぜ?」


「私、父を見ていて感じるのです。注目され、その一挙手一投足まで確認されるのは、窮屈で仕方がないな、と。きっと、今回の功労者として名を連ね、盾の考案者だ……などという肩書きができれば、望まない対応が増えるのではと思うのです。例えば、考案した経緯を講演しなさいだとか……実演を何度も依頼される、ですとか……。

正直に申し上げれば、私は好きな研究や実験ができれば、もうそれ以上に望むことは無いのです……」


メイシーの説明は、おおよそ理解できた。

功労者として表彰されることは、今後の研究者としての彼女の生活に影響が出そうだという心配が中心のようだった。



(本当に、彼女は根っからの研究者なのだな)


表彰をされたくてたまらない、肩書きが、権力がほしくて仕方ない、という人間は山ほど見てきたが、こんなふうに、やりたいことをただ楽しみたいために、余計な肩書など捨てたいという者は、振り返ると、これまで会ったことがなかった。



(無欲というのは、こういうことを言うのか)


ジョイスは感心した。

そして、これまでよりもっとメイシーを知りたいと思ったし、好ましくも思った。



「……其方は、功労者として世間に存在を知られたくない、と申すのだな?」


「はい、その通りです。私はこれまでと変わらず、好きな研究ができることを一番優先したいのです。私の名前が知れ渡っても、良いことが想像できないのです」


「なるほど」


ジョイスは、ここにきて、このメイシーの案は、自分の思惑とも相性が良いように感じられた。



(メイシーを私のものにしたい。誰にも渡したくない)


そこでジョイスは、メイシーにある提案をすることにした。



「私の提案に乗ってくれるなら、其方の希望を叶えてみせよう。ただし、それは今後のことも考えて、という前提が付くが」


するとメイシーは、キョトンとした様子で、ジョイスを見つめた。



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