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たしなみ24


殿下へ仮説の連絡をしてからというもの、メイシーは、毎日実験室に通った。


まだ体は重たかったし、腕も全部は上がらないため、実験室に通うだけでも、ノアに迷惑をかけることをメイシーは十分理解していたのだが、ドメル先生のもとに毎日やってくる前線の報告を少しでも早く聞きたくて、お願いした。



沼を凍らせる作戦は、順調に進んでいた。3人体制で沼を凍らせ、その周囲を戦闘員が護衛する方法で、1日に3、4回チームを交代して進めているようだった。


作業開始から5日後。

沼の3分の1程を凍らせ終えたものの、依然として瘴気は吐き出され続けている中で、事件は起きた。



「沼の底から、ウロボロスが姿を現した」



実験室にドメル先生が駆け込んできて、そう告げた。実験室ではすべての棟官がマスク製造や武具の加工にあたっていたが、全員が手を止めてドメル先生に視線を集めた。



「凍結の作業員の周りでキマイラ、サラマンダーと交戦中に、背後の沼地からウロボロスに不意打ちされた形だ。作業員の騎士を守ろうと、殿下が………」



ドメル先生は、言葉を躊躇った。


メイシーは、ドメル先生の様子に、言い知れぬ不安を感じた。



「殿下が、どうされたのですか?」


メイシーは、ひた、とドメル先生を見つめて、言葉の先を促した。


ドメル先生は、眉間にシワを寄せ、難しい顔で声を発した。



「………殿下は作業員を庇おうと、ウロボロスの毒牙に当てられた。深手を負われ、その場で光の魔術での治療を試したが、瘴気や毒霧の最中に、さらに深い咬傷(こうしょう)と毒を受けたため、思うように回復が進んでいない」


「…………!」


「いまは戦線を離脱し、瘴気の外での治療を続けているが、ウロボロスの毒の治療は、経験のある者がおらず、処置が難航している」


「そんな……」


メイシーは悲痛な表情で、その場にぺたりとしゃがみこんだ。


ラグナーラお姉様が、メイシーのそばに駆け寄り、肩を抱き寄せてくれた。



「……殿下の意識は?」


ヨゼフ様がドメル先生に問うた。



「出血の多さと、毒による高熱のため、今は意識がない状態だ」


「……そうですか」


ヨゼフ様は、メイシーを気遣わしげに見つめ、また視線をドメル先生に移した。



「メイシー嬢に、向かってもらうのはどうでしょうか?」



ヨゼフ様の言葉に、一同が息を呑んだ。



「なにを……。彼女はまだ復調していないし、そもそも前線に向かう戦闘員ではないぞ?」


ドメル先生がたじろいだ。



「でも、彼女は魔力が高い。おそらく今治療にあたっている者よりも。……もしかすると、国中を探しても彼女より魔力が高い人物は、殿下や陛下くらいでは?」


「そ、それは……」


ヨゼフ様の言葉に、ドメル先生には反論する言葉もなかった。すると、メイシーが、恐る恐る声を上げた。



「……私が向かってもよいのですか?戦う方法は全く分かりませんが……。光の魔術で殿下を……皆様を癒やす役目なら、果たせると思います」


メイシーは、絶望の中でも、与えられた使命を果たせることに、少しの希望を感じた。



「本人もこう言っているのです。護衛を可能な限り付けて、彼女を殿下のところへ、すぐにお送りしましょう」


ヨゼフ様の言葉に、メイシーは一気に喝が入ったように瞳に生気を取り戻して、すっくと立ち上がった。



「やります!!どうか皆様、お力をお貸しください!」


「メイシー……」


ラグナーラお姉様が、心配そうにメイシーを見つめた。



「ほっほっ、威勢の良い娘じゃな。どれ、ヒューバート、戻って間もないが、また戦地へ共に赴いてやるといい。ミッティ、お主、力が有り余っていそうじゃから、ちょっと行って参れ」


「俺は問題ない」


「ひゃほー!久しぶりに暴れちゃお♪」


ヒューバート先生とミッティ先生が、すぐに旅支度を整えるため離席した。


ドメル先生は、ミッティ先生が同行することにかなり不安を感じている様子で、ついには自分も付いていくと言い出した。



「……ミッティは何をしでかすか分からん。私も共に行くなら、まだ安全を担保できそうだ」


ドメル先生が何に不安を感じているのか、メイシーにはよく分からなかった。


そんな中、戦地までは馬で駆けていくか、馬車で行くかでドメル先生が思案しだした。



「君の体調を鑑みると、駆け馬での移動は負担が大きい。馬車では少し時間はかかるが、君は馬に乗った経験も無いとのことだから、馬車にしよう」


メイシーは、その言葉に不満があったものの、すぐに思い直し、ドメル先生に言葉をかけた。



「ドメル先生。では、私、短時間でどこまでできるかは分かりませんが、馬車を即興で改良してまいります!」


「なに?」


「お父様の馬車は、私も機構をよく熟知しております。馬への負担を限りなく少なくし、馬の方にも、加速が可能な魔術具を取り付けて、移動時間を削減いたします!」


メイシーのその言葉に、実験室の一同は顔を見合わせ、そしてドッと笑い出した。



「貴女ってほんと、なんて面白い子なの」


ラグナーラお姉様が、クスクスと笑顔でメイシーを見つめた。


バーサ先生やフルルーナ先生も、ニコニコしながらメイシーを見つめている。


ユユメール先生とヨゼフ様は、「僕も行きたい!」「ユユも!」と、目を輝かせてお手伝いを名乗り出てくれた。


強面の大男、モーリシャス先生や、フードで表情が分からないハイド先生も、なんとなく表情が柔らかい。


ワナン先生は、オーディン翁に肩を叩かれ、笑い合っている。


ドメル先生は、呆れたような表情だが、いつも鋭い眼光は、少々力が抜けて和らいでいる。


メイシーは、実験室の皆と一緒に、ここまで力を合わせて何度も困難を乗り越えたことに、心から感謝した。



「あっ、時間が惜しいので、私は馬車に向かいます。しばらく実験室は留守にしますが、皆様どうぞ、よろしくお願いします!」


メイシーは、皆にペコリとお辞儀をし、早速使えそうな素材を選び始め、布袋へ入れた。


ヨゼフ様はそれを見て、メイシーから素早く袋を取り上げて、自分が持つと声をかけてくれた。


ユユメール先生は、ポイポイッと目に付く素材をすべて布袋に放り込んでいる。


「意外な素材が、意外と役に立つこと、ユユ知ってる」


「そうですね。まぁ、とりあえず多めに持っていきましょう」


ユユメール先生、ヨゼフ様、そしてメイシーは、3人で馬車のある厩舎へと急いだ。








「……はい!これで、爆速馬車が完成です!!」


「「おおー!」」


3人で色々な意見を出し合いながら、先生方の支度が整うまでの僅かな時間で、馬が馬車を引く際にかかる力を軽減したり、難所でも馬が安全に走行できるように馬の脚や車輪を強化したり、御者役の正確な操縦を可能にすべく手綱に仕組みを加えたりと、様々な改造を行った。


そこへ、ドメル先生、ヒューバート先生、ミッティ先生らが荷物を持って集合し、皆が爆速馬車に興味津々な様子で見回り始めた。



「あっ!私は荷物を用意していないわ……」


メイシーは、自分の支度がまだであることに気がついた。



「夢中な様子だったから、僕がジュードに伝えて、ノアさんに荷支度を頼んだよ」


ヨゼフ様がそう言った。



(なんて仕事ができるの、ヨゼフ様……!)


「ありがとうございます!あっ……父達にも連絡しないといけませんね……」


メイシーは、目覚めた日の、とても悲しそうにしていた両親の姿を思い出し、少し表情を暗くした。



「僕から説明しておくよ。ご心配なさるだろうけど、きっとメイシー嬢の気持ちを理解してくれるさ」


ヨゼフ様は、にこりと笑って、連絡役を引き受けてくれた。





爆速馬車の会話で盛り上がるうちに、ノアが荷物を抱えて駆け寄ってきた。



「ノア、突然ごめんね。荷物ありがとう。私はこれからすぐに殿下のところへ行ってくるわ。先生方が一緒だから、心配しなくても大丈夫だからね?」


「お嬢様……」


メイシーは、ノアが心配しないように、努めて明るく声をかけた。しかしノアは不安げに表情を暗くしている。ノアはメイシーの護衛ではあるが、やはり魔獣との戦闘には経験が浅く、今回の旅には同行させない方が良いとのドメル先生の判断があった。



「ノア、お父様やお母様によろしく伝えて。きっと元気に、皆で戻ってくるからと」


ノアは、耐えきれずメイシーを抱きしめた。



「……絶対に絶対に、ご無事でお戻りください……!」


「ええ、約束するわ」


メイシーはノアや、ヨゼフ様、ユユメール先生、そして見送りに来てくれたラグナーラお姉様や先生方達に、小さく手を振り、馬車に乗り込んだ。






馬車は、普通の馬車の倍くらいのスピードで進んだ。



「ひゃっほー!!なにこれ、楽しい!」


ミッティ先生が御者役をかって出てくれたので、車内にはメイシーと、ドメル先生、ヒューバート先生が乗っている。



「どうなってるんだ?こんなに早いのに揺れもほとんど無い。メイシー・マクレーガン、戻ったら、私にも1台これと全く同じものを作ってはくれまいか?」


「卑怯だぞドメル!俺だって欲しい」


「アタシも!欲しい欲しい!!」


「ふふ、お買い上げありがとうございます。またお父様に相談してから、製作スケジュールを確認して皆様の分も作りますね」


ミッティ先生、ドメル先生、ヒューバート先生とメイシーは、想定よりはるかに早い速度で、目的地を目指していた。


道中に魔獣に出くわすことがあったものの、

ミッティ先生が派手に魔獣を爆破し、粉砕していた。



「ミッティは何でも爆破したがるクセがある。護衛には到底向いていない…」


と、ドメル先生は諦めたようにため息をついた。



「ミッティ先生の馬車は、爆風に耐えうるようなタイプがよろしいですかね」


メイシーが真面目な顔でそう口にした。



「なんだそれは?馬車にそんな機能があってたまるか!」


そう言ってヒューバート先生はブハッと吹き出して笑い出した。


そんな穏やかな二日の馬車旅を経て、メイシー達は北東の森付近の村までやって来た。




村では、補給品を置いたり洗い場を利用したりするために、騎士がちらほら村に配備されていた。

村民は、魔獣がいつ村を襲うとも分からないため、森から離れた近郊の町へと、すでに全員が避難していた。

負傷した騎士たちは、村に設置された天幕で療養している、ともヒューバート先生に教えてもらった。


メイシー達が村に到着すると、それに気がついた騎士が一人、馬車へ駆け寄ってきた。

ヘルメットを左腕で抱え、茶色の皮の胸当てに青いマント姿のその男性は、馬車の扉を開けてくれた。


馬車から降りると、見るからに屈強そうなその騎士は、右の拳を胸に当てて挨拶をした。



「ドメル副総団長!ヒューバート大隊長!帝国に栄光あれ!」


()だ。いい加減その暑苦しい挨拶はやめたらどうだ。我々はすでに騎士団を去って何年も経つ。今は貴殿が総副団長なのだ。威厳を持たれよ、アドルフ現総副団長」


「……はっ。しかと承知いたしました」


ドメル先生は、アドルフ総副団長と呼ばれたその男性と、挨拶を交わした。



「それで、殿下は?天幕か?」


ヒューバート先生が、アドルフ総副団長に質問した。



「は。ヒューバート閣下。天幕で殿下に光の魔術をかけ続けておりますが、まだ……」


アドルフ総副団長は、ヒューバート先生にそう言うと、表情を暗くした。



「ここにメイシー・マクレーガン侯爵令嬢に足を運んでもらった。彼女は光の魔術の使い手で、魔力が非常に高い。殿下のもとへ急ぎ案内するように」


ヒューバート先生がアドルフ総副団長にそう促し、自身はドメル先生やミッティ先生とともに、戦場の様子を確認するために他の騎士に話を聞きに行くとのことだった。







「……マクレーガン侯爵令嬢。殿下がお倒れになって以来、負傷者が増えています。天幕の中は、か弱いご令嬢のお目に入れるものではないのですが……。どうかご容赦ください」



メイシーは、神妙な面持ちでこくりと頷き、アドルフ総副団長の後ろから、ゆっくりと天幕の中へ足を踏み入れた。



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