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たしなみ22


魔獣討伐戦の戦況は、未だ膠着状態だった。


発生源である沼が広大で、沼を消失させることは不可能であること、また、沼の底から絶えず毒霧が湧き出ており、沼の調査が難航していること、さらに、瘴気のせいで、沼周辺に高位の魔獣が湧き出ることから、殿下たちを中心とした討伐隊は、確実に体力・魔力を削られ、瘴気の発生場所を根絶する作戦は、もはや暗礁に乗り上げていた。


それどころか、騎士たちの疲労と負傷が重なり、森の中央で戦線を張ることが難しくなったため、戦場は徐々に森の入口の方へと南下してきていた。



一方メイシーは、目覚めてからすでに20日ほどが経過したが、立ち上がることはできたものの、やはり腕がまだ完全には上がらず、魔力使用過多の影響は、そう簡単には消えそうもなかった。


しかしそれでも、メイシーは実験室のメンバーに来訪してもらったり、ノアに手紙の魔術をやり取りしてもらったりして、戦況を巻き返すための策や魔術具の検討を繰り返していた。



「君の意見を参考に、すでに防毒効果のあるマスクの製作に取り組んでいるが、毒霧や瘴気が我々の想像以上に濃いようで、布のマスクにヘルハウンドの毛皮をメッキ加工したものでは、30分ほどしか保たないとの報告を受けた」


マクレーガン邸に来ていたドメル先生が、眉間にシワを寄せてメイシーに報告を聞かせている。


その報告に、メイシーも眉間にシワを寄せて難しい表情になった。


(毒霧を甘く見ていたわ……。単なる布のマスクでは、ダメなのね。…防毒マスクって、現代のものは、口元に吸収缶が付いているわね。ということは……)



「ドメル先生。オーディン先生とヨゼフ様が、以前スティック掃除機にご興味を示されました。筒の中に、何層かに分けて、煙をろ過する仕組みを入れているのですが、それを参考にして、マスクの口元に、ろ過機能を付け、毒の吸着箇所を持たせてください」



「……!なるほど、それは有効そうだ」


「それから、マスクにする布の素材を、織物以外……例えばクラーケンの皮膚などの、外と内をより隔離できる素材に変えてはいかがでしょう。薄い金属のマスクでも良いかもしれません」


「クラーケンの皮膚か……。あれは体内にしびれ毒があるが、毒を抜けばマスク素材としては面白そうだな。曲げたり伸ばしたりして形を変えられるところも、マスクとしての用途であれば有用そうだ」


「クラーケンの皮膚は、半透明ですから、もし顔全体を覆う形のマスクにする場合には、視界を保つのにも有効だと思うのです」


「なるほど、顔全体をか……。そうだな、毒に対応しなければ戦闘もままならん。毒霧内での戦闘では、ヘルメットは捨ててマスクに切り替えるのが良いだろう」


「はい。懸念となるのは、やはり、毒霧に包まれての戦闘です。ドメル先生には、戦場を素早く離脱する方法を検討したいとご意見いただきましたが、私は、長時間の戦闘にも耐えうる魔術具を作る方向で検討し直しました。長時間毒霧に身を晒されるのは危険なので、全身を覆うマスクが必要になってくると思うのです」


「全身か……」


(現代でも、危険な場所では防護服とか防火服が使われるものね。原理としてはあのような服を、最終的には製作すべきなのよね)


「防毒マスクの、私なりの構造の想像図を書き起こします。全身用も書いてみますが、これは実現ができるのか、私にも分からないので、皆様の素材の知識をお借りしたり、鋳物や製鉄現場などの危険な場所では、どのように工夫されているかをお調べいただくことをお願いしたいです」


「相分かった」


メイシーは腕の調子が不完全なため、図を書き起こすのは少々骨が折れたものの、ドメル先生に口頭での説明も加えながら、ガタガタとした線の想像図を描き終えた。



「顔用マスクは、早急に試作品を作ろう。全身用は、それと同時並行して、素材の検討を進めよう」


ドメル先生はそう言って、マクレーガン邸から足早に去って行った。



(私も実験室に行って作業ができれば……)


メイシーの魔力は幸いにも高いため、実験を継続的に行う魔力もあり、先生方に比べるといくらか早く手順を進めることができるのだ。


2ヶ月ほど前の己の考えなしの行動のツケが、今こうしてメイシー自身を苦しめる羽目になってしまい、メイシーは心の底から、自分の行動を後悔した。



(……殿下、どうか無事でいてください)


メイシーは、無事を祈ることしかできない己の無力さを呪った。













数日後。


ドメル先生とヨゼフ様が、マクレーガン邸を再び訪れていた。



「顔用マスクの試作品がいくつかできたよ。メイシー嬢にも意見をもらいたい」


ヨゼフ様はそう言うと、背負っていた布袋から、3つほどマスクを取り出した。



「まずはコレ。ヘルハウンドのメッキ加工をした薄い金属で口元を覆い、毒の吸着箇所を頬のあたりに配置したもの。顔半分のマスクだ」


「次にコレ。布の素材はそのまま、ヘルハウンドの加工を施した口元にして、顔全体をクラーケンの皮膚を伸ばしたもので覆い、毒の吸着箇所はクラーケンの皮膚の外面、口元に配置したもの」


「最後にコレ。顔面をヘルハウンドのメッキ加工を施したクラーケンの皮膚が覆い、口元に毒の吸着箇所を付けたもの」


「……!ヨゼフ様、3つ目は……」


「うん。魔獣の素材に、別の魔獣の素材をメッキ加工している。……最初は、大男のモーリシャス先生も吹き飛ばされたくらいの反発だったよ」


「かなり苦戦したぞ。どうにかヨゼフ、ラグナーラ、バーサ、ワナンが水の魔術を使ってクラーケンの皮膚を抑え込んで、力ずくでミッティがヘルハウンドの毛皮をメッキ加工した」


「それは大変でしたね……!」


「異なる魔獣素材の掛け合わせは、やっぱり難しいし、そこまで大量には作れないね」


ヨゼフ様は残念そうにそう言ったが、試作品には手応えを感じている様子だった。


3つのマスクはそれぞれ、騎士の戦場での役割や交代時間に応じて利用することができそうだ、という意見になり、3種類を複数個製作してみて、戦場に送ることにした。



「全身用だが、一度クラーケンで全身を覆う案も検討したのだが、戦闘での激しい動きに耐えられずに亀裂が走るので、この案は不採用となった」


ドメル先生はさらに続けた。



「そこで、ヘルハウンドのメッキ加工を施した鎧を付けた状態で、液状化させたクラーケンを鎧の隙間に埋め込むように塗りつける案を立ててみたところ、耐久時間は分からないが、戦闘のしやすさと防毒効果の両立に、やや期待が持てそうだった」


「なるほど…!クラーケンは、一度液状化させたものを、乾燥するなどして固められたのですか?」


「いかにも。火の魔術で、ドロドロして流れてくる状態を、一定の粘度を維持させつつ、流動性を抑えることに成功した。完全に硬化させると、鎧が動かせないからな」


(すごいわ!それは期待できそう!)


「一度これを森に送ろうかという話になっているんだけど、他に改良の余地はあるかな?」


ヨゼフ様がメイシーに訊ねたが、メイシーは首を横に振った。



「いえ、私も、今の案より良いものが浮かびません。現地でクラーケンの液体を塗りつけて火の魔術で固定する作業が、騎士たちに上手くできるかどうかは少々気になりましたが、その程度でしたら、騎士様にも対応いただけますよね、ドメル先生?」


「ああ。火の魔術が使える者にやらせれば大丈夫だ」


「でしたら、試してみるのがよろしいかと!」



メイシー達は3人で顔を見合わせ、にっこりと笑い合った。



こうしてようやく、皆で作ったマスクや鎧を、戦場へ送り出すことになった。



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