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たしなみ21


ドメル先生は、メイシーの体調を考慮し、この場でのこれ以上の議論は控えようと提案した。


そうしてドメル先生はヨゼフ様と二人で切り上げようとしたが、ヨゼフ様はまだメイシーに話があるとのことでドメル先生だけが先に退室していった。



ヨゼフ様とは、実験室でもあまり二人きりになることはなかった。


あの日以来、いつも他の誰かと何人かで一緒に居たと思う。


メイシーは、正直、恋愛なんて夢のまた夢、もし結婚という話が出るとしても、もっと先のことで、自分には関係ないことだとすら思っていた。


ヨゼフ様は、最初こそ突然だったけれど、メイシーのそういう臆病で奥手なところを理解して、メイシーに居心地の良い場所を作ってくれているのかな……と思う。



「ヨゼフ様……お話というのは?」


メイシーがそう話しかけると、ヨゼフ様は躊躇するような、言い出しにくいような雰囲気を出した。



「あー……。メイシー嬢、先程も言ったから繰り返しになってしまうけど……。改めて、目覚めて、帰ってきてくれてありがとう」


「そんな……私こそ、ご迷惑をおかけしたのに、そう言って迎え入れていただけて、本当にありがとうございます」


ヨゼフ様は、優しく微笑んだ。そしてメイシーに向き合い、オレンジがかった茶色の瞳でまっすぐにメイシーを見つめた。



「メイシー嬢、貴女にはこれまでのお礼が言いたくて。きちんと言ったことがなかったから……。この研究に一緒に取り組めたことに感謝してる。ありがとう」


「ヨゼフ様……」


「メイシー嬢が倒れてからの一ヶ月、本当に、僕は後悔していたんだ……」


ヨゼフ様は、少し表情を暗くして、思い出すようにして窓の外に視線を向けた。



「もしこのまま君と二度と会えなくなるのかと思ったら、僕は……。君に言いたいことがあるのに、と、後悔ばかり感じていたんだ」


メイシーは、黙ってヨゼフ様の言葉に耳を傾けた。



「僕は君に会えて本当に幸運だ」


「……」


「君の研究への熱心さに、すごく刺激をもらえているし、普通なら経験できないような研究に携われた。全部君がくれたものだ」


「そんなことは。……ヨゼフ様がこれまで努力されてきたことがあってこそです。私の思いつきに、いつも幅広い視点で意見をくださって、私のほうが助けていただいています」


メイシーは、にこりと笑ってヨゼフ様を見た。


「ふふ。これまでやってきたことが少しは報われるよ。ありがとう」


「ヨゼフ様は本当にすごいと思います!」


「そうかなぁ……」


ヨゼフ様は、少し寂しそうな顔になり、視線を落とした。そして、またメイシーに向き合った。



「僕は、君とはゆっくりと関係を育めればいいと思ってた。友愛から、ゆっくりと恋人としての愛情になっていけば、きっとこれからも君と穏やかに、楽しく過ごしていけると」


「……ヨゼフ様」


「でも、君がそう望んでいるのか、僕は自信がなくなった。……君は、どんどん殿下に惹かれてるから」


「………!!」


「君と毎日一緒に居るんだ。それくらい、気づくよ」


「………そう、見えますか?」


「うん。まぁ、分かるよ。殿下は魅力的だろうから。……でも、僕のほうが君を幸せにできるのになぁって、今もそこは変わらないけど」


「よ、ヨゼフ様……」


メイシーは、その言葉に、少し顔を赤くした。



「皇太子妃なんて、君にはただの枷じゃない?研究者として自由にやっていくのなら、君は僕を選んだほうが絶対に楽しいよ」


「う……。そ、それは……」


「ね?僕にしない?」


「………!!!!」


ヨゼフ様がそっとメイシーの手を取り、顔を近づけた。



(ひ、ひいぃぃぃ!!!!)


「あの、そ、それは!やっぱり、ちょっと……」


(キス!?それはダメ!!で、で、で、殿下ーー!!)






「……メイシー嬢」



ヨゼフ様は、眉を下げ、悲しそうな顔で、少し距離を取った。



「人の気持ちは、損得勘定じゃないもんなぁ……」



「ヨゼフ様……?」



「君は今、殿下のことを考えたでしょ?」



「………!」



「それが答えだと思う」



「よ…、ヨゼフ様……」



メイシーは、ドキドキと動揺する自分を必死に落ち着けて、ヨゼフ様の指摘を反芻し、多分それが間違っていないように思えた。



「……仕方がない。僕はこれ以上は踏み込めない」



「………」



「君が出した答えだ」



「………」



「……どうして、君が泣くの?」



メイシーは、自分の頬に涙が伝っていることに、ヨゼフ様に言われて初めて気がついた。



「わ、分かりません。ヨゼフ様に……感情移入してしまったんです……」



「なにそれ、変なの」



ヨゼフ様は、ふふ、と可笑しそうに笑った。


腕がまだ上がりきらないメイシーのために、ヨゼフ様はハンカチを取り出し、そっと涙を拭ってくれた。



「今はやっぱり辛いけど……。君は大事な研究者仲間だから。これからは研究者同士として、新しい道が交わるんだろう」


「……はい、勿論です!ヨゼフ様は、私の師でもあり、同志です!」


「よかった……。断られたらどうしようかと、今ちょっと悩んだんだ」


「ヨゼフ様とのお付き合いを断る研究者なんて、一人も居ませんよ!!」


「……なんだか、今そのセリフを言われると、逆に落ち込むなぁ……」



ヨゼフ様は苦笑いをして、メイシーのベッドの側から立ち上がった。



「それじゃあ、また。今はゆっくり体を休めて。実験室で会える日を、楽しみにしてるよ」


「……はい!」


そう言ってヨゼフ様は、メイシーの部屋から出ていった。



(ヨゼフ様は、なんて紳士な方なのかしら…。私、あんな素晴らしい方に求婚されただなんて……。しかも、お断りを……。私って、厚かましすぎない……!?)


メイシーは、なんだか急に恐れ多い気持ちになったのだった。



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