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たしなみ19


お父様、お母様とお話したあと、「貴女はまだ病み上がりの状態なので休むように」というお母様の厳命もあり、メイシーは自室のベッドの上で横になり、トロトロとまどろんでいた。


殿下に手紙の魔術を送ろうかとも思ったが、あれは遠隔地には届かないことを思い出し、諦めた。


ぼんやりと、ただ殿下や騎士たちの無事を待つだけ、というこの状態は、メイシーにとっては、辛かった。



(……実験室に行きたいわ)


不安な時や落ち込んだ時は、目の前の作業にただひたすら没頭したい。

……それも今の状態では、到底叶わないことは理解していた。



(本をめくるにも、腕に力が入らないから一人で読めないのよね……。流石にノアに何時間もそんなことをさせるわけにもいかないし、ね……)


お父様からは、メイシーが伏せっている間、フルルーナ先生やバーサ先生が来て光の魔術で治療をしてくださっていたと聞いたが、それでも回復しきれないくらい、腕は内側が損傷しているようだ。



すると不意に、窓の外で人が話す声が聞こえてきた。内容は分からないが、屋敷の者が何人か外へ出て、訪問者に話をしているような雰囲気だった。



コンコン。



窓の外の様子に意識が向かっていた時、メイシーの部屋の扉がノックされた。




(ノアか、お母様かしら?)


「はい、どうぞ」


メイシーは起き上がれないので、横になったままでそう答えた。



「お嬢様……」


「どうしたのノア?」


「………グレン様に……ご連絡差し上げたところ、その……」


「グレン様に?どうしたの?」


メイシーは、少しだけ頭を起こし、扉の前に佇むノアを見た。ノアはまるで、上司に失敗を報告する時の部下のような、おどおどした表情でこう言った。





「……門の外に、殿下が鎧姿で現れたのです」





「……え??」


「お嬢様はまだ起き上がれないと申し上げたのですが………」


「え?待って。殿下は北東の森に居られるって……」


「それが、どうやら転移を……」


(そこまでの距離を転移なんて、できる?)


呆然としているメイシーを、ノアは優しくゆっくりと抱き起こし、枕にもたれかからせてくれた。



「今、門の外で、屋敷の者が何人かで鎧を取るお手伝いをしております」


「ええ!?そんなところで……?」


「……相当気持ちが(はや)っておられるようで、そのお姿のままお嬢様のお部屋に行くと仰ったのですが、旦那様や屋敷の者で、軽く湯浴みいただくよう勧めました。……その後、こちらにいらっしゃります」


「嘘でしょ……?」


帝国の最北東から王都まで、馬車で5日はかかる。早馬を使ったとしても、3日は確実に必要な距離だ。



(私が目覚めたのは朝で、3人で話していた間にノアがグレン様に連絡したとしても、グレン様から殿下に伝わるまで、数日は時間がかかるわよね……?それに、殿下も、いくら転移できるからって、距離が長すぎて転移なんて無理なのでは……???)


メイシーは、分からないことだらけで色々と混乱したが、ノアに支度を促され、今着ているネグリジェの上から、すっぽりと上半身が隠れるような可愛らしい白いシルクのマントを着せてもらい、髪もボサボサに見えないよう、櫛を入れて整えてもらった。



「お嬢様。お休みの間に、ラグナーラ様から、お見舞いの品として桃色の花の髪飾りをいただきました。……付けられますか?」


ノアが小箱を持ってきて、そっと蓋を開けてくれた。


「わぁ……!可愛いわね」


それは、蔦がうねるように並び、薄布でできた花がところどころに散りばめられた意匠の、素敵な髪飾りだった。



「せっかくだから、付けてもらおうかしら」


「かしこまりました」


ノアは、メイシーが横になっても崩れにくいようにと、左肩に流すように髪を編み、左耳の上あたりに、お花の髪飾りを挿してくれた。



「素敵です、お嬢様」


「ありがとうノア」


そうしているうちに、再び扉がノックされた。



「メイシーお嬢様、殿下がいらっしゃいました」


扉の外からは執事がメイシーを呼ぶ声がした。


メイシーがノアに目配せし、開扉の許可を出すと、扉はゆっくりと開いた。














「……メイシー」



殿下は、金の髪から滴る雫など気にもせず、メイシーを見つめて両眉を下げ、我慢できないといった様子で、足早に近づいてきた。

そしてずっとメイシーを見つめながら、ゆっくりと寝台の縁に腰掛け、上半身を起こしたメイシーを、そっと抱きしめた。


(うぅ……!湯上がりの殿下の破壊力……!!)


メイシーは、腕が上がらないため、なされるがままに殿下の腕の中に閉じ込められた。



「……………殿下、それ以上は許しませんぞ」


扉の入口には、お父様とお母様が控えていて、お父様はムッとした表情で殿下とメイシーを見ている。



「お、お父様!!違います!これは、その……」


メイシーは、お父様とお母様がいることに気づいておらず、恥ずかしくなって、顔を赤くしながら慌てて弁明しだした。



「マクレーガン侯。娘に恥をかかせたくないなら、ここは引くのが得策だ。……あまりにしつこいと、娘に嫌われるぞ?」


「ぐぬ……!」


殿下はそう言うと、ニヤリと悪い笑みでお父様のほうに振り返った。

お父様は、全く納得がいかない様子ながら、お母様に引っ張られて扉から離れていった。

ノアも、お辞儀をして部屋を退出した。



「……以前公務を増やされたことへの仕返しだ」


「え?」


「其方を得るために、甘んじて受けてやったのだ」


「そ、そんなことが?」


メイシーは、顔を赤くして、殿下の腕の中でモゾモゾ動いている。



「……腕が上がらないのか?」


「は、はい……。腕が一番、動かしづらくて…」


殿下はそっとメイシーの両手を取り、心配そうな顔をした。触れた両手から、光の魔術がキラキラと優しく体を包んだ。



「……ありがとうございます。あっ!少し腕が上がりますわ!」


メイシーは、今までほとんど動かせなかった腕が、少し動かせることに感動した。

だるさがあるものの、先ほどとは全然違う。



(さすが殿下の魔術!やっぱり効果も絶大なのね!)


それでも殿下は、完治させられないことに不満なようで、じっとメイシーの腕を見つめたあと、心配そうな顔でメイシーの目を見つめた。


「……無理をさせて悪かった。其方の父にも、さきほど湯殿にいる間、ずっと怒られていたのだ」


「ま、まあ!それは、申し訳ございませんでした……。私が好きでやったのですから、殿下は悪くありませんわ」


「……いや、結局私は、其方を守るどころか、傷つけてしまった。其方が自分の身を犠牲にして盾を作ろうとすることなど、考えればすぐ分かることだったのに。それに、あの剣は……」


殿下は、本当に辛そうに表情を曇らせた。



「……私が、ドメル先生に黙っていてもらうようお願いしたのです。殿下には、こちらのことは心配せず、魔獣との戦いにのみ専念していただきたくて」


「……」


「作ったあとに一ヶ月も寝込んでしまったのは失敗でしたが……。ところであの剣、使い心地はいかがでしたか?とても気になっております!」


メイシーは、目をキラキラと輝かせて、例の剣の出来を尋ねてみた。



「……其方は、本当に……」


殿下は少し呆れたような、拍子抜けしたような顔で微笑むと、話を続けてくれた。



「あの剣は、国中に安寧をもたらすような、凄まじい剣だ」


「え!!」


「あの剣の半径数km以内の魔獣は、高位のものを除いて、剣のただならぬ気配に恐れをなして逃げていった。背を向けて逃げる魔獣を数百ほど仕留めたが、皮膚に剣が通りにくいサラマンダーも、一太刀で絶命させた」


(なんと……!!)


お父様から概略は聞いていたものの、殿下の口から改めて聞くと、実感が違った。



「森の奥の瘴気の濃い場所には、アンデッドドラゴンが数体居たのだが」


「アンデッドドラゴン……!?聞いたことがないです……」


「高位の魔獣であるドラゴンの中でもさらに遭遇率が低い種だ。記録に残っている中では、200年前に隣国との戦争をする最中に、戦地に舞い降りた一体のアンデッドドラゴンが青い炎を吐き出し、炎に包まれた兵士たちは、敵味方関係なく、皆黄泉の国へと連れて行かれたそうだ。その数は数百人だとも数千人だとも伝えられている」


「……恐ろしい魔獣ですね」


「ああ。遭遇した時、騎士団長ですら死を覚悟したと言っておった。しかし其方の盾を持った騎士が注意を引き、青い炎を吐ききったタイミングに合わせ、私がアンデッドドラゴンの首を落とし、心臓を貫いた」


「……!!」


「他にもキマイラ、ゴーレム、ミスリルドラゴン、アイアンドラゴン、ダークペガサスなど……高位の魔獣との交戦が続いたが、あの剣のおかげで、騎士たちを減らすことなくここまで戦い抜くことができた」


「そう……!そうでしたか……!」


メイシーは、ここで疑問に思ったことを聞いてみた。



「では、もう瘴気はすべて払われて、戦いは終わったのでしょうか?」


メイシーの質問に、殿下が少々苦虫を噛み潰したような顔をした。



「……まさか、まだ?」


「発生源はおおよそ特定したが、まだ瘴気の周りに魔獣が残っている状態だ」


「では、殿下がここに居るということは…?」


「私ばかりが高位の魔獣を倒しても、騎士たちに経験値が入らぬだろう?剣は渡したのだ。何とかするさ」


「そ、それは、本当に大丈夫なのですか?」


なぜだかメイシーは、騎士団の方たちの、聞こえぬはずの悲鳴が聞こえた気がした。



「……ふん。私はメイシーが倒れたときに見舞いに行くことも出来なかったのだ。少々席を外したところで問題なかろう」


「そ、そんな……!」


メイシーは不安に表情を曇らせ、視線を彷徨わせた。そして意を決して、キッと殿下を睨んだ。



「皆様が共に戦っておられるのに、殿下はこんなところへいらっしゃる場合ですか?」


殿下はメイシーの気迫に驚き、言葉を返せずに黙った。



「しっかりなさいませ!これで騎士を1人でも亡くしたとなれば……私、殿下のことを許すことはできません!」


「……!!」


「皆、貴方を頼りにしているのです。……本当は貴方だけに負担をかけるのはいけないと分かっておりますが……。私はまた魔術具を作って、精一杯皆様を支援します。ですので、殿下もどうか最後まで、騎士の方々をお守りください」


メイシーは、真剣な目で殿下を見つめた。殿下はそんなメイシーの瞳をじっと見つめた。



「……其方に言われると、敵わない」


「会いに来て下さって、嬉しかったです。……でも、最後まで頑張って!」


「……はぁ」


殿下は名残惜しそうにメイシーを見つめて、またそっと抱きしめた。そしてギュッと目を(つむ)り、痛みを思い出すように顔を歪めた。



「其方が目覚めてよかった。不安を抱きながら戦うのは、本当に辛かったんだ……」


メイシーは、殿下の少し震えるその声に、胸が痛んだ。殿下はメイシーのことを心配してくれていた。そのことに申し訳なさと、少しの嬉しさを感じてしまっていた。



「……それは、ごめんなさい」


「……また来る。今度はもっとゆっくりと其方と時間を過ごしたい」


「はい。お待ちしております」


殿下はそう言うと、ゆっくり体を離した。


メイシーは、なるべく気丈に見えるように、笑顔で小さく手を振って殿下を見送った。




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