たしなみ14
数日後。
拠点を第1研究棟の3階の大実験室に移し、メイシー達はミスリルドラゴンの盾を着々と仕上げていった。
装備品は、出来上がった順に騎士団へ持ち運ばれ、騎士団の魔獣戦の訓練にも使われ始めた。
殿下とドメル先生は騎士団のほうへ向かうとのことで、この日は不在だった。
メイシー達は素材の種類を更に増やして盾を製作していた。
「……では、いきます」
ラグナーラが、第3研究棟ミッティ・マセラッティと、第9研究棟フルルーナ・グッゲンハイムの3名で、4枚の盾の前に立っている。
「水の神チャルチウトリクエに告ぐ。盾を洗い清め給え」
ラグナーラの詠唱で、盾に水の飛沫が舞った。
燃えるような赤髪をポニーテールに結んだミッティが、すぐに次の詠唱を行う。
「風の神エエカトルに告ぐ。盾の飛沫を風で吹き飛ばせ!」
ぶわっと風が吹き、盾の表面が風でカラリと乾いた。
「光の神テクシステカトルに告ぐ。盾の不浄を熱の光で滅せよ」
フルルーナは、その盲目の瞳の奥でじっと盾のある方を見つめ、光の魔術を行使した。
4枚の鉄の盾が、汚れを落とし、輝いた。
赤髪のミッティが、口元に八重歯を覗かせながらこう続けた。
「風の神エエカトルに告ぐ。盾の周りの、動かぬ風を取り去れ!」
そして笑みを深めながらさらに詠唱を続ける。
「火の神ケツァルコアトルに告ぐ。キマイラの牙をゆっくりと溶かし、滑らかな煙に変えて、盾を覆え」
ミッティが手にした大きな一本の牙がドロリと溶け出し、徐々に煙に姿を変えて4枚の盾の表面に均等に付着していく。
「くは……!」
ミッティが力を込めて伸ばしていた腕を落とし、煙の最後の一筋が盾を覆い終えた。
「ミッティ教授!成功ですわ!」
ラグナーラが歓声を上げた。
「やったー!これめっちゃ難しいね?!熱の温度調節やばくない?!」
「ミッティ、よくやりましたね」
赤髪を揺らしながら、両手を上げてぴょんぴょん跳ねるミッティ先生と、目を閉じたまま、微笑を浮かべて佇むフルルーナ先生が、そう言葉を交わした。
「ミッティ先生、さすがです!初見でこの魔術の一番の難所を超えられるなんて、やっぱり学園で教師となられる方は違いますね……!」
「ふんふんふん♪いいよ、もっともっと褒めて!」
横で見ていたメイシーが、ミッティ先生に驚きの声を上げた。
(魔獣の素材を粒子にするのは、焦がさないように調整するところが本当に難しいのよね……)
メイシーが、離れたところで立っている、第4研究棟ヒューバート・ポルデロイと、第5研究棟ユユメール・ラムノスに近づいた。
メイシーの手元には、丸く膨らんだ壺型の鉄の先から、同じく鉄でできた空洞の筒が伸びた掃除機のような魔術具が抱えられている。
ヒューバートは額の左側から右の頬にかけて、深い傷跡のある、長い黒髪を後ろで束ねた男性だ。
背の低いユユメールと並ぶと、まるでお父さんと子供のように見える。
「火の神ケツァルコアトルに告ぐ。ユユの手にするコカトリスのくちばしを熱し、細かな粒に姿を変えて盾に纏え」
ユユメール先生が眉間にシワを寄せながら、手袋をした手元にあるコカトリスに意識を集中させている。
「……あっ」
ユユメール先生の手元から、黒煙が上がった。
「ユユメール先生!煙を吸っては…!」
メイシーがハッとして、手に抱えた鉄の筒をユユメール先生に向けた。
ウィーン、と音を立てて筒の先端からユユメール先生の手元の煙が吸い出されメイシーが左腕に抱える壺の中へ煙が収められた。
(ふぅ!なんちゃってスティック掃除機、役に立って良かったわ!)
「メイシー嬢の手にある物は何だろうと思ってたけど、中に煙を吸い込める魔術具だったんだね」
ヨゼフが驚きながら魔術具をしげしげと見つめた。
「何じゃこれは、中に何を仕込んでおる?」
第2研究棟オーディン・クルクサス翁が、興味津々でメイシーに近づいた。
「吸い込んだ煙を中で浄化するために水と光の魔力を込めた魔石をフィルター状に……えっと、煙を何層にもかけて、ろ過する装置を入れております」
「ほう!煙をろ過するのか!」
オーディン翁とヨゼフは、メイシーのスティック掃除機に興味津々だ。
メイシーは、二人に掃除機を渡して、ユユメールのほうへ近づいた。
「ユユメール先生、僭越ながら、コカトリスのくちばしを熱するときは、ぐらぐらと沸く熱湯を思い浮かべてください。熱湯は湯気となり、鍋から立ち昇るでしょう?燃やすのではなく、水の形態変化のように、くちばしの形を変えるイメージです!」
「うぅ、分かった、メイシー・マクレーガン。難しいねこれ」
「ユユメール先生なら、きっとすぐにお出来になりますわ!」
メイシーはユユメール先生を励まし、次のチームのもとへ向かった。
第7研究棟モーリシャス・フィヴァは、第10研究棟のハイド・マージー、第6研究棟バーサ・ドマキュマルダと共に製作中だ。
フードを目深に被ったハイドが手を伸ばし、水の魔術を行使し、ピンク髪のセクシー美脚のバーサが、風と光の魔術で盾を清浄にしている。
巨躯のモーリシャスが、バーサに風の魔術を促した。
「バーサよ、頼む」
「了解。風の神エエカトルに告ぐ。盾の周りの動かぬ風を消し去れ」
バーサの詠唱で4枚の盾の表面の空気が真空になった。
モーリシャスがすぐさま詠唱に入る。
「火の神ケツァルコアトルに告ぐ。我の手にする土の魔石を溶かし、小さき粒に変えて盾に纏え」
すうっと魔石が姿を変え、煙になって盾の表面を覆った。
「……成功だな」
モーリシャスが、丸めていた背中を伸ばし、ホッと安心したように表情を緩めた。
「おめでとうございます!バーサ先生とモーリシャス先生の連携がとても良かったです。モーリシャス先生の火の魔術も完璧でした!」
メイシーは3人に拍手を送った。
第8研究棟ワナン・オルドリッジは、第9研究棟フルルーナに光の魔術を依頼していた。
「光の魔術の使い手は少ないからね。チームをまたいでもらって悪いね、フルルーナ」
「お気になさらず、オルドリッジ公」
ロマンスグレーの、立ち姿が凛々しいワナンが、フルルーナの光の魔術のあとに風と火の魔術を行使した。
「火の神ケツァルコアトルに告ぐ。私の手の中のマーメイドの鱗よ、滑らかな煙に変わり、盾を覆い給え」
ワナンは問題なく詠唱を終え、スピードも早かった。
「火、水、風、とてもスムーズでお上手です!」
メイシーがそう言うと、ワナンが答えた。
「はは、ありがとう。メイシー嬢に褒められるのは光栄だね」
そう言ってワナンはメイシーにウインクした。
(イケオジだわ……!それにしても、オルドリッジって、何か聞いたことのあるような?)
メイシーはしばらく考え込み、やがて思い出した。
「殿下にお付きのグレン様は、もしや?」
「あぁ、息子だよ。貴女のお父上とも、よくお会いしているはずだ」
「まぁ!そうでしたか。いつもお世話になっております」
「ふふ。……殿下を生まれた頃から知る者としては、グレン共々、末永いお付き合いをお願いしたいね」
最後の一言は少し声を潜めて、メイシーにだけ聞こえるようにワナンがつぶやいた。
メイシーは、何と答えて良いものか、眉をふにゃりと曲げて、曖昧に微笑んで答えた。
(……殿下、私みたいな研究オタクじゃなくても、他の女性なんて選び放題だろうに)
ふと、そんな考えが頭をよぎり、メイシーは首を振った。
(違う違う。彼は私がいいんじゃなくて、魔力の高い娘がほしいだけ。私がその条件にピッタリだったから声をかけられただけで、もしそうじゃなければ、私に白羽の矢は立たなかった)
メイシーはそんなふうに結論づけて、殿下のことを頭から追いやろうとした。
(……私は、自分のために楽しく研究ができればいい。恋愛なんて、私にとっては夢のまた夢。)
そう考えると、何だかメイシーは何だか少し寂しく感じる自分がいることに気がついた。
(……研究は、自分のためだけじゃないわね)
実験室を見渡すと、ラグナーラお姉様やヨゼフ様、教授陣たちが和気あいあいと魔術論議に花を咲かせている。
メイシーは、皆の様子に、心がほっこりと温かくなる気がした。
一人で侯爵邸の離れで実験や研究を続けていた日々が、急に遠くに感じられた。
そして同時に、殿下には、仲間と一緒に楽しめる、安心できる時間はあるのだろうかと、ふと疑問に思った。
(私には、お父様やお母様、ノアがいる。そして今は、ラグナーラお姉様やヨゼフ様、ドメル先生もいて、先生方と、こうして楽しく研究ができている)
メイシーがここで楽しく研究をしている間、殿下はきっと忙しく公務をこなされているのだろう。そこにはメイシーが知らないだけで、きっと有能な部下が沢山いて、中にはきっと殿下を側で支える素敵な女性も居て……。
メイシーは、そんなことを考え、ちょっと憂鬱な気持ちになった。
(やめよう。私にはこんなに楽しい研究や、研究を一緒になって進めていける仲間がいるんだし。私がずっと望んでいたのは、この場所なのよ)
メイシーは、うんうん、と一人で頷いて納得し、また盾の製作に戻ったのだった。




