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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第一章

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たしなみ13


殿下がいらっしゃる約束の日、メイシーは、ラグナーラお姉様やヨゼフと共に実験室に集まっていた。

ドメル先生は後から来るとのことだ。



「いよいよ、メッキ加工製品が世に出回り始めますのね」


ラグナーラお姉様がそう言った。



「まずは帝国騎士団の武具や防具だけに留めて、様子を見るようだね。それでも、作り手が僕ら3人ってことは、ないよね?」


ヨゼフがそう答えた。



「私もまだ具体的な話は聞いておりません。騎士団全体への支給となると、作り手を増やすのは必須ですね。殿下は何かお考えがあるのでしょうか」


メイシーはヨゼフの言葉にそう返し、立ち上がった。



「今日使う物を並べてみたのですが、もう一度、お二人にも確認いただいてよろしいですか?」


「もちろん。ーーーメイシー嬢!」



パリン!


メイシーが手にした小瓶が滑り落ち、床で粉々に砕け散った。



「あっ!コカトリスのくちばしが……」


メイシーは、とっさに割れた瓶の中身に手を伸ばしてしまった。



「…っ!」


指に瓶の破片がかすり、メイシーの手から血が滲んだ。



(やっちゃった……)


「メイシー嬢、失礼」


「えっ」


ヨゼフはそう言って、そっとメイシーの手を取り、詠唱した。



「水の神チャルチウトリクエに告ぐ。……彼女に清浄な水を」


メイシーの右手をくるくると水が駆け、怪我を洗い流し、水は消えた。



「ごめんね、僕もラグナーラ嬢も、光の魔術は使えないから……。君は自分にはかけられないでしょう?」


そう言って、ヨゼフがハンカチを取り出し、メイシーの手の先を覆ってくれた。



「あ……ありがとうございます、ヨゼフ様」


「どういたしまして」


ヨゼフはにこりと微笑んで、ハンカチを器用にメイシーの手に結んでくれた。






その時、ラグナーラお姉様が扉の方に居るのが目に入った。


「恐れ入ります、殿下、ドメル教授。少々お待ちを……」


ラグナーラお姉様が扉を開けて、外の二人と会話しているようだったが、開けた扉から、殿下の驚いた表情が見えた。




「ーーーー何をしている」


殿下が、メイシーとヨゼフを見て部屋に入ってきた。



「あ、申し訳ございません、すぐに片付けますので……」


メイシーがあたふたと慌てたが、殿下は床に散乱する破片を見るとスッと手を伸ばし、風の魔術で破片を離れたところにまとめてくれた。


「其方は……メナージュ家のヨゼフ、だったな」


「いかにも、ヨゼフ・メナージュでございます」


そう言って、胸に手を当ててきれいにお辞儀をしたヨゼフを、殿下はじっと見つめた。


メイシーは、二人の間に微妙な空気が流れたのを感じた。



「……怪我をしたのか?」


殿下はメイシーの手元を見て、心配そうな顔をした。


「は、はい。でも大したものでは……」


殿下がメイシーの手を取り、触れた手にキラキラと光が溢れた。


「……わぁ」


手の先から痛みが引いていく。メイシーの手にあった傷は、きれいに消えてなくなっていた。



「ありがとうございます、殿下」


「其方を守るのは私の役目だ」


殿下はそう言ってヨゼフを一瞥し、用意された椅子に座った。



(何だか、ヨゼフ様を巻き込んじゃった……。私が瓶を落としたばかりに……)


メイシーは申し訳ない気持ちで、そっとヨゼフのほうを見た。


ヨゼフは気にした風もなく、メイシーににこりと微笑みかけてくれた。



(うぅ……ヨゼフ様の優しさが染みるわ……)


メイシー達が殿下の前に並んだ椅子に着席すると、殿下は全員を見回し、こう言った。



「……其方らのメッキ加工技術の普及に関して、このジョイス・ゼメルギアスが陛下より全権を賜った」


殿下は、なぜ帝国騎士団の装備品から着手するのか、完成までの目標期限はどれくらいか、そして騎士団での普及が済んだあとはいくつかのパターンでさらなる普及を考えていることなどを説明した。



「帝国騎士団の装備品なら、騎士たちにメッキ加工の品を利用してもらいながら、耐久性のデータを取れますね」


「いかにも。まだこの技術は未知の部分も多いゆえ、騎士団で利用しながら安全性や耐久性を確認したい。騎士団には、現時点で最も高価値で耐久性の高い一級品を製作してもらい、負荷の高い対魔獣戦に投入していく。また、悪いが、これらにそう時間をかけたくない」


ヨゼフ様と殿下がそんなやり取りをした。


「メッキ加工技術は、私達もメイシー様から学びました。一定以上の知識と魔力のある方なら、数日で習得できるかと思いますが……。あの、製作品の納期が、ご希望の量からすると少々難しい気がしておりますが、お急ぎの理由が?」


ラグナーラが、少し心配そうに話した。



「事態が危ぶまれる状況になったので、装備品の早急な導入が必要になった。ドメル」


「はい、殿下」


ドメル先生が、後ろにある箱から、赤色の、大きな蛇の脱皮後の皮の一部のようなものを取り出した。



「これは……ウロボロスの脱皮……!」


ヨゼフが声を上げ、ラグナーラは口元を手で抑えた。



「ウロボロス……ですか?」


メイシーだけが状況を飲み込めていない様子で、この場の全員を見て、次の説明を促した。メイシーの疑問に、殿下が答えてくれた。



「ウロボロスは死と再生の魔獣だ。この魔獣は不明点が多いが、ある時期になると、森の入口近くでこうして脱皮をすることが分かっている」


「ある時期?」


「魔獣の大量発生。俗に言うスタンピードだ」


「……!!」


スタンピードとは、魔獣が一時期に大量に発生し、普段の生息区域を脱して、人里や街に襲いかかる現象だ。


森の瘴気が濃くなり、強力な魔獣が次々と現れ、魔獣戦には甚大な被害が出る。

また、普段は大人しい魔獣であっても、スタンピードが起こると一変し、凶暴性を増す。


メイシーはまだ経験がないが、前回の発生は数十年前で、魔獣に溢れる辺境を護るために駆けつけた前国王が、強力な魔獣の出現に倒れ、還らぬ人となったと言う。


殿下はこう続けた。



「大量の魔獣を屠るために、帝国騎士団には、より強い装備が必要だ。……それも、速やかに、な」


部屋の空気がピリリと張り詰め、緊張と不安がメイシー達を包んだ。


そんな空気の中、おもむろに殿下が手を上げると、ドメル先生が実験室の扉のほうへ向かった。



「しかし幸いにも、ここには帝国随一の魔術師が揃っている。……彼らにこのメッキ技術を習得させろ」


ドメル先生が扉を開け放つと、ザッ、と、9名の男女が実験室に入ってきた。

彼らは皆、それぞれ違う色のローブを身に纏い、ただならぬオーラを感じさせた。



「まぁ……!」

「これは、壮観だな……」


ラグナーラが、感嘆の声を上げる。

ヨゼフも隣で、呆然とした様子でつぶやいた。



(このローブ…色は違うけど、ドメル先生と同じだわ。ということは…)


「……このように揃い踏むのは、いつぶりかのう?」


「殿下からのご命令だ。断るわけにはいくまい」


メイシーから見て右側二人、白ひげの老人と、顔に傷のある男性がそう話しながら前に進み出た。



「わたくし、そのメッキという技術にとても興味があるわぁ」


「ユユも、興味ある。ドメルだけ、ずるい」


真ん中あたり、ローブの隙間からスラリと脚を出して歩く妖艶な女性と、フカフカの耳がついた帽子を被った背の低い女の子が、そんな会話をしている。


彼らの間には、体の大きな男性、そわそわとこちらを伺う赤髪の女性、上品なロマンスグレーの紳士の3人。


左側には、黙って目を閉じた長い金髪の女性と、濃い紫のローブのフードを目深に被った人。



「棟官たちは新たな知を得ることと引き換えに、其方の研究を加速させることを約束した。……存分にやるといい、メイシー」


一同の視線が、一気にメイシーに集まった。



メイシーは皆の視線に、一瞬躊躇った。しかし事態の緊急性を思い出し、覚悟を決めたように深呼吸し、口を開いた。



「私達が、魔獣から騎士団を護る盾となりましょう。力を貸してください!」


棟官たちは、それぞれの士気の高まりを隠すことなく、メイシーの言葉に応えるように部屋中を彼らの魔力で満たした。



「ここは手狭だな」


殿下はそう言って、部屋の真ん中に立ち、左右に腕を広げて力を込めた。


すると、空間が歪み、実験室が5倍ほどの広さに拡張された。



「すごい…!」


メイシーは、空間の魔術が目の前で使われたことに目を丸くして驚いた。



「ドメル。数日は保つが、部屋の大きさはもとに戻る。明日までにメイシーに一番広い部屋を用意してくれ」


「かしこまりました、殿下」


ドメル先生は胸に手を当てて軽くお辞儀をした。



「メイシー・マクレーガン、早速ユユ達にメッキの方法を教えて?」


「承知いたしました。えっと…」


「ユユメール・ラムノス。第5研究棟の棟官だよ。火と風が得意」


モフモフの耳のついた帽子を被った少女はそう言った。



「わたくしは水と風、少し光も使えるわ」


ローブの隙間から脚を覗かせながら、ユユメールと共に女性が近づいてきた。



「第6研究棟のバーサ・ドマキュマルダよ」


バーサはそう言うと、濃いピンクの髪をかきあげて、メイシーを見つめた。



「ユユメール先生、バーサ先生、かしこまりました。私が今から盾2枚にミスリルドラゴンの鱗1枚をメッキ加工いたします。皆様、少々お下がりください」


メイシーは、用意していた盾2枚を、表面が皆に見えるように実験机に立てかけた。



「随分軽そうな盾じゃな?お前さんのようなおなごにも一人で持てる重さか?」


「はい、通常の盾の半分の重さになるよう、鉄を薄く加工しております」


「それで耐えうるのかの?」


「一度私の護衛騎士が軽量化されたメッキ加工後の盾を試しました。私が土の魔術により石をぶつけると、馬車くらいの大きさの岩を高速でぶつけて、ようやく小さな傷が1つ入った、というレベルでした」


ヨゼフの言葉に、棟官たちがざわめいた。



「あの盾がそんなに……?」


「盾の性能が飛躍的に上がるのだな」


「ミスリルドラゴンの属性は火ですので、盾には物理的な耐久性だけではなく、火攻撃への耐性も上がりますが、なにぶんミスリルドラゴンの鱗は貴重品です。この1枚で、盾には2枚分のメッキ加工をしたところ、火攻撃への耐性は、5%ほどと推測されました。鱗1枚を盾1枚に加工したものは、およそ30%の上昇と推測しています」


棟官たちはメイシーの説明に、一瞬驚きに静まり返り、やがて称賛の声を上げた。



「信じられん!そのメッキ加工とやらは、どんなものなんじゃ」


「オーディン教授、今からメイシー様が実演なさいます。工程ごとに必要なエレメントが異なりますので、先生方に行っていただく場合は、数人でチームを組み、エレメントを補い合って制作にあたっていただく必要がございますわ」


ラグナーラお姉様がそう言って、第2研究棟オーディン翁に説明を加えてくれた。



「では、この2枚の盾に1枚のミスリルドラゴンの鱗をメッキ加工いたします」


メイシーはそう言って、イメージに集中した。


まずは盾の表面の洗浄から。


「盾の不浄を洗い流し、風と光で吹きとばせ」


2枚の盾が、水の魔術で上から下に洗浄されていく。終わると、風の魔術で水分が吹き飛び、光の魔術で光滅菌が完了した。


そして続けてミスリルドラゴンの鱗を手に取り、鱗を粒子状に蒸発させ、真空にした盾の表面に均等に膜を張るイメージを脳内再生した。



「盾の周りの風よ消えろ。ドラゴンの鱗は煙となり、盾に纏え」


メイシーの手の鱗は、みるみる煙状に姿を変え、真空状態の盾の表面を、ゆっくりと均等に覆っていった。


「……これで完成です!」


メイシーは、銀色に輝く盾2枚に向かって伸ばしていた手を下ろし、棟官や殿下の方に振り返った。



「なにこれ、すごい!」


「煙の工程には火の魔術が行使されたよね?あんなに繊細な魔術、見たことない」


「ということは、あの不思議な詠唱に加え、メイシー嬢は水、風、光、火……4つの属性が使えるのですか?」


教授陣は、わいわいと盾の周りに集まり、思い思いに好きなことを喋っている。



「メイシー。私にもやらせてもらえるか?素材はどれだけある?」


殿下がメイシーに近づき、興味深げに尋ねた。


「ミスリルドラゴンの鱗は、かき集めたのですが50枚ほどです。しかし盾100枚では、騎士団全体への普及には心もとないので、こちらに様々な素材を用意しました」


メイシーは、ヨゼフやラグナーラ達と用意した、机上いっぱいの素材を示して話を続けた。


「グリフォンの羽根、コカトリスのくちばし、バジリスクの皮と牙など……武器や防具に使えそうな魔獣素材と、各種の金属や魔石も揃えております」


「ふむ……グリフォンか。これは風の魔獣だから、メッキ加工すれば、風の攻撃に耐えうる力が増すということか」


「はい、そうです」


殿下は自身の周りに盾を10枚用意し、グリフォンの羽根10枚を手に取り、メイシーが行った工程を見事に再現した。



「なるほど。魔力がある者でなければ、1日でそう多くは作れまい」


「仰るとおりです。騎士団の、魔獣討伐部隊は何名くらいでしょうか」


「1万名だ」


「となると、1日で100枚盾を加工したとしても、3ヶ月はかかりますね……」


「武器や鎧などにも加工をするなら、さらに時間がかかるな」


殿下はメイシーとそんなやり取りをしてから、じっと考えると、顔を上げてぐるりと周りを見渡した。



「ーーー其方らは、これから毎日、休みなく、この素晴らしい技術と向き合うことができるぞ。存分に腕を振るうがいい」


(殿下……悪い顔……!)


「ほっほっほ!ジジイを鞭打つとは、殿下もお人が悪うございますな」


「やってみたい、やってみたい!」


「ここにある素材だけだと1万名分に到底足りないね。私が狩ってくる!」


「盾ばかりでは飽きる。他の材質にも試したい。マントや投石機に施すのは問題ないか?」


「なんだ、それは興味深いな」


「わたくしも、ノルマなど早く終えて、別の材質でもっと楽しみたいわぁ」


教授陣たちは、殿下の脅しめいた言葉など気にもしていない様子で、メイシーの予想を上回るやる気を見せてくれた。


メイシーの心配は、杞憂だったようだ。




コメント、いいね、誤字脱字ご報告、ありがとうございます。

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