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たしなみ12


殿下と昼食会をして倒れたあと、メイシーは気づけば翌朝までこんこんと眠っていた。


朝の日差しと鳥の鳴き声で目を覚ますと、心配そうに覗き込むノアと目が合った。



「ん……おはよう、ノア」


「よかった……目を覚まされたのですね。ほとんど丸一日お眠りでしたので、朝お目覚めにならなければ、お医者様を呼ぼうかと思っておりました」


「やぁね、大丈夫……え?」


(丸一日、寝てしまったの?あれ?そういえば……)



「えっと、殿下との昼食会は、無事に終わったのかしら?何だか記憶がなくて……」


ノアがずぅん、と黒いオーラを出してこう答えた。



「……私、今後お嬢様に同じことがあった場合、刺し違えてでもお嬢様をお守りします……!!」


「えっ!?なになに!?普通にお食事をしただけじゃ……」




その時、ざあっと、メイシーの頭に昨日の様子がフラッシュバックした。







『すぐに私の虜になる』








(ひ、ひいいぃぃぃ!!!)



メイシーはボンっと音を立てて顔を赤くした。


「お嬢様!?」


「の、ノア〜〜!」


メイシーはノアに抱きつき、必死に昨日のことを記憶から追い出そうとした。


しかし、再生したくないと思えば思うほど、昨日のことをリアルに思い出してしまう。



「……穴があったら入りたいわ」


「お嬢様ではなく、あちらを埋めてやりたいです。ただ、まだこれでは外出は難しいですね……。今日はゆっくりいたしましょう」


「う、ううぅ」


ノアは、温めのお茶を淹れてくれた。

お茶を口に含むと、のどが渇いていたのか、メイシーは2杯もおかわりしてしまった。



「お湯の準備をしてまいります」


ノアはそう言って、湯殿の準備に行ってくれた。

ふと見ると、メイシーは、昨日の服のままで寝てしまっていた。


髪飾りはサイドテーブルにあり、髪はノアが解いてくれたようだった。




「準備ができました」


ノアと連れ立ち、湯殿へ行く。

温かいお湯に体を浸すと、じんわりと、体がほぐれていくのが分かった。


ノアが髪を洗ってくれると、またついうとうと眠たくなってしまう。



「……気は進まないけれど、目の前で倒れてしまったんだもの。殿下にお詫びをしないといけないわね」


「お嬢様がゆっくりお過ごしになる方が大切です」


ノアは怒った様子でそう言いながら、でも手つきは優しく、いい香りの香油を髪に付けて櫛ってくれた。



「ノア、そろそろ上がるわ。ポカポカしてきたから」


「かしこまりました」


メイシーは魔術で髪や体を乾かし、服を着た。

二人で湯殿を後にし、部屋へ戻ったが、ノアは湯殿を片付けるために、またすぐ階下に降りていった。



「ノアは心配してくれたんだわ……」


メイシーは、まだ結っていない髪をくるくると弄んだ。

また昨日のことがフラッシュバックしそうになる頭をブンブンと振り、机の引き出しから便箋を取り出すと、サラサラと手紙を書いた。


「昨日はお見苦しいところをお見せし、申し訳ございませんでした。

また、ご連絡が遅れましたこと、重ねてお詫び申し上げます。


メイシー・マクレーガン」


どうしようかと思案し、メイシーは、ノアに手紙を届けてもらうのではなく、手紙の魔術で、自ら送ってしまうことにした。


この魔術は、よほど頻繁に定期報告する間柄とか、やむを得ない緊急の時に使うのが一般的で、このような内容を、しかも目上の人に魔術で送るのは、少々気が引けることだった。



(でも、ノアが嫌がるからなぁ…)


「手紙よ、彼の方のもとへ」



メイシーがつぶやくと、手紙は小鳥の姿になり、窓を突き抜けて飛んでいった。




数分後、すぐに返事がやって来た。


「手紙をくれて嬉しい。

其方が無事で良かった。

昨日は無理をさせて悪かった、反省してる。

ゆっくり休んでくれ


ジョイス」


「……ふぅ」


何だかこんなやり取りだけで、ドキドキ緊張してしまう。



「こういうときは、無心で実験するか…本を読んだりするに限るわ」


メイシーは、ノアの帰りを待ち、昨日の貴重本を出してもらって読むことにした。













翌日、メイシーは、早朝から元気に実験室へ直行した。

これはノアからの提案だ。

メイシーは、なんと女子寮の自室のベッドまで、殿下に抱きかかえられて運ばれたのだそうだ。

なので、この姿を少なからず周囲に見られているため、しばらくは人目を避けて行動したほうが良いのでは、ということだった。


早朝だったので、学生や教師には誰にも会わずに実験室へたどり着いた。


しばらく一人で作業をしていると、ラグナーラお姉様がやって来た。



「メイシー!!!」


「ラグナーラお姉様」


ラグナーラお姉様は、メイシーを見ると駆け寄り、両手を取って、体調を心配してくれた。


「寝込んでいたと聞いたわ。今は平気なの?」


「もう大丈夫です、お姉様。たくさん寝たので、元気です」


メイシーはラグナーラお姉様に笑顔を向けた。

そして、近くに置いていた布の包みをそっと取り、ラグナーラお姉様へ渡した。



「お姉様にお借りしていた髪飾りです。ありがとうございました。お気に入りの大切なお品とのことでしたので、御礼の品もお付けせずに恐縮ですが、お持ちしました」


「ふふ、いいのよ。……これ、役に立ったでしょう?」


「はい。正直、とても助かりました」


(殿下は正装だったのに、こちらは平服で、しかもいつもの、邪魔にならないという観点で編まれただけの髪では、場違いにも程があったもの)


メイシーは、思い出して恥ずかしくなった。



「……殿下は何と?」


「あ……。綺麗だな、と」


「………!!!!」


「あとは……。策士だな、と。これは私には意味がわからなかったのですが」


そう言ったときの殿下の耳元のイケボを思い出し、メイシーは、またボンっと顔が赤くなってしまった。



「……私、役目を果たせたようで、感無量ですわ……!」


ラグナーラお姉様は、キラキラと目を輝かせてメイシーを見つめている。



「お姉様……。私、その……。かなりの失態を犯したのです。昼食会の終盤で、気を失ってしまい……」


「あら、それで殿下は貴方を抱きかかえていらしたのね」


「や……やっぱり、もうそこは噂になっておりましたか……」


「レストランで見ていた方々が、殿下は大切そうに貴方を抱きかかえて、他の者に渡そうとしなかったと」


「え、えええ……!!」


メイシーは真っ赤な顔のまま、頭を抱えてしまった。



「入学式でのエスコートに加えて、先日のレストランの件でしょう?……すでに内々に婚約がなされたのでは、ともっぱらの噂ですわよ」


ラグナーラお姉様は、ニヨニヨしながらメイシーを見つめた。



「お姉様、面白がっていますね?」


「ほほほほほ!」


「……私、やっぱり、こんな話は、まだ早すぎると思うのです…」


「何を言うの?選べるうちに、良い条件の殿方をお選びなさいな。貴女にしかできない特権よ?」


「そ、そういうものでしょうか……」


メイシーは、恋愛の経験がなさすぎて、自分のキャパシティを超える現実を逃避し、実験や研究にただひたすら打ち込みたい、と思ってしまった。





不意に、コンコン、と実験室の扉をノックする音が響いた。


ラグナーラお姉様と顔を見合わせ、メイシーは、扉に近づいた。



「ラグナーラ様、お嬢様、殿下からのお手紙です」


ノアからの声がけに、メイシーが扉を開ける許可を出すと、ゆっくりと扉が開き、殿下の侍従の方がお辞儀をして立っているのが見えた。


「グレン・オルドリッジです。殿下から、メイシー嬢の実験室の参加者の方々へ、お伝えしたいことがありお手紙をお持ちしました」


そう言って、メイシーとラグナーラお姉様の二人に、手紙を渡してくれた。





「早速だが、メッキ加工技術の帝国騎士団装備品への導入について相談したい。明日の午後、実験室に向かうので、全員集まるように



ジョイス・ゼメルギアス」






「まぁ、この件は殿下が指揮を執られるの?いつの間にそんなお話になったのでしょう」


「私が父に技術のことを相談し、さらに父は陛下や殿下と技術の普及について話し合いをし、そのように落ち着いたようです。私も一昨日知ったばかりで……」


「そう……。では本格的にライオンが仔ウサギを囲い込みに来たわけね?そんな楽しいところを間近で見られるなんて、実験に参加できたことを神に感謝だわ……!」


ラグナーラお姉様は、肩をふるふるさせながら何か喋っている。



「グレン様、殿下に承知いたしましたとお伝え下さい。ご足労いただき、ありがとうございました」


メイシーは、待機していたグレンにそう告げた。



「かしこまりました」


そう言って、グレンは踵を返して実験室を後にした。



「明日殿下にお見せするものの準備をいたしますね」


メイシーはそう言って、テキパキと実験室を片付けたり、実験に使う品を並べたりし始めた。


「……貴女は、殿下にお会いするから体を磨こうとか、ドレスをどれにしようか考えるとか、相変わらず頓着しないのね?」


「え?何か仰いましたか、お姉様?」


「メイシー。私、素敵なイヤリングも持っているの。また今度、殿下とお二人でお会いする時に貴女にお貸しするわね?」


「本当ですか?……いや、でも、二人で会うのは、もうしばらくは……」


「いつ何時、お誘いが来ても良いように、私、常に携帯いたしますわ!」


「あ、ありがとうございます……?」


メイシーは、ラグナーラお姉様の勢いに、ついお礼を言ってしまった。



(女性らしいお洋服や飾りのことはよく分からないから、お姉様がお詳しいようだし、お任せしてしまおう)


メイシーのこの判断は悪手だったと、いつか気がつくのだろうか。

今のメイシーには、知る由もなかった。



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