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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第一章

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13/119

SIDE: ヨゼフ


メナージュ侯爵家は、建国当時から歴史がある由緒正しい家で、父上は常々それを口にし、誇っていた。


屋敷では誰よりも尊大に振る舞い、ちょっとした侍女の失態や料理人の手違いでも、容赦なく彼らを切り捨てた。



「代わりなどいくらでもいる」


これが父上の口癖だった。


父上は、自分が高位の貴族であることは神に与えられた覆せない事実で、下級貴族や平民は、()げ替えのきく駒のように捉えていた。



「メナージュ侯爵家の嫡男として、私の恥にだけはなるな」


三男として産まれた僕は、兄上二人を立て、自分は陰日向になり、いずれ家の利益となる婚姻を結び、メナージュ侯爵家の繁栄の役に立つよう、幼い頃からそう教えられて育った。



平民街は冬でも異臭がする、全く世界の違う忌むべき場所であったし、下級貴族の子息たちに会えば、(かしず)かれることが普通だった。


自分は侯爵家の一員だから平民より偉くて下級貴族より偉くて、でも、侯爵家の中では父上が一番偉くてその次に兄上二人。


自分は兄上達の次。


あらゆる人々は、与えられた立場を粛々と受け入れて生きているだけ。


ヨゼフはそう考えるようになった。




「ヨゼフ様、面白い魔術具があるのですよ。お勉強もいいですが、たまには息抜きにいかがですか」


ヨゼフが5歳のときから、毎日朝から晩まで勉強させられていた中で、護衛騎士兼従者のジュードが、隙を見て色々と息抜きをさせてくれたのが、ヨゼフにとっての唯一の楽しみだった。


ジュードはヨゼフより10歳年上の明るく笑う青年で、ヨゼフには、本当の兄よりもずっと『兄上』だった。



「魔術具?屋敷中のランプとか水の出る蛇口とか、魔術具って、そういうもののことだよね?」


「ええ、そうですよ。見てくださいね?」


ジュードは手に持った硝子を、まるで本物の蝶のようにヒラヒラと舞わせた。


「これは風の魔術を込めた魔石が真ん中に埋め込まれているのです」


「……うわぁ!」



蝶はヒラヒラと部屋の中を飛び、またジュードの手の中に戻っていった。


ジュードいわく、この蝶は、病がちな幼い娘のために、親が作ったものらしかった。


娘が儚くなったので、親が売りに出し、ガラクタ市に出ていたのをジュードが見つけたそうだ。




魔術具は誰かが作った、誰かのための道具だ。


水で手を洗うことや暗い夜にランプが灯ることは、誰かが人のために作ったから実現できるものだったのだ。



(身近にあるものを、そんなふうに考えたことはなかったな)


ヨゼフの世界では、平民や下級貴族とは、無能で力を持たない、そのへんの虫けらと同じだと言われていた。


けれど、魔術具の世界では、下級貴族だろうが高位貴族だろうが関係なく、一人の親が、病がちな娘への思いやりを形にしたものだったり、便利になるように、誰かの役に立つようにと、汗をかき創意工夫を重ねて制作されたものが溢れていた。



(…なんて優しい世界だろう)


ヨゼフは、魔術具を通して垣間見える人々の思いや営みに思いを馳せた。

そしてその時間が少しずつ増えていった。


今まで厭々やっていた勉強が、意味のあるものになった。


学問で得た知識が、ヨゼフの目に映る魔術具の素晴らしい技術を、より鮮明にした。


どういう意図で作られたのか、作り手の視点を紐解くのが面白かった。


幸いにも自分は三男で、大して期待されていない。


魔術学園を目指して猛勉強し、将来研究者になることも、両親から反対されることはなかった。






ヨゼフが11歳になる頃、平民街の下水道整備事業の話が持ち上がった。



「平民の街を我々貴族が整備してやるだなんて、馬鹿げている」


父上は、マクレーガン侯爵が提唱する平民街の下水道整備事業を、一笑に付した。


しかし、マクレーガン侯爵は数の多い下級貴族たちを取り込み、中立の立場だった貴族たちを説得して回り、下水道整備事業の賛同者を日に日に増やしていった。



「あんな事業は失策に決まっている」


「金を出す貴族は馬鹿ばかりだ」


「あんな若造に、まとめられるわけがない」


あの頃の父上は、見かけるたびにマクレーガン侯爵への悪態をついて管を巻いていた。


どれもこれも、ヨゼフから見ればただの陰口だったし、信憑性も感じられなかった。


この頃からヨゼフにとって父上は、威厳にあふれる誇り高きメナージュ侯爵家当主ではなく、時代の波に乗れずに、かと言って自分で行動を起こすこともできない、ただの哀れな中年の男になっていった。






マクレーガン侯爵の手腕は見事としか言えなかった。


貴族たちは、下水道整備事業やくず魔石による浄水普及によって、領地運営に多大な恩恵を受け、マクレーガン侯爵を手放しに称賛し始めた。


我が家は反対に、かつての栄光からの転落を味わっていた。



帝国内の食料の生産高は回復し、我が家も当然領の税収は回復したものの、マクレーガン侯爵のおこぼれに預かったことは、却って父上のプライドを傷つけたようだった。



ヨゼフは、父上には内緒で、レナルド社製馬車の初期作を購入し、その仕組みを目で見たり乗り心地を確認し、雷に打たれたような衝撃を感じた。



「……はっきりと分かったよ。マクレーガン侯爵は素晴らしい。魔術具を使って、人々の生活に革命を起こすつもりなんだろう」


「この馬車ひとつで、そこまでですか?」


「ジュード、君は分からないの?車内の温度が保てれば、食品の輸送は、より遠方からも可能になる。さらに、この馬車のすごいところは、風の魔術を利用して、車内を常時少しだけ浮かせている点だ。これなら悪路にも対応できるから、輸送中のロスは今までとは比べ物にならないほど下がる」


「なるほど……」


「マクレーガン侯爵は、経済を一気に動かすつもりだろう」



ヨゼフの予想は的中し、帝国の王都内の活気ぶりは、未だ経験したことのない様相となる。


地方の街でも、王都で人気の商品が買えるところが徐々に増えていった。




そうして数年後、ヨゼフがとうとう18になり、魔術学園に入学できる条件を満たす、そんな状況で、マクレーガン侯爵家の一人娘の入学が確実視され始めたのだ。



「ヨゼフ、折を見てマクレーガンの娘の相手をしてやれ」


父上が、珍しく自室を訪ねてきたかと思えば、開口一番にそう言った。



「父上……。父上はマクレーガン侯爵には関わりたくないのでは?」


「私自身は、な。……認めたくはないが、もはや奴の勢いは止められん。私が退いたあとはエイドリアンが当主だ。お前はエイドリアンを支えてやってほしい」


「父上……」


今まで生きてきた中で、こんなふうに父上に頼られることは初めてだった。


久しぶりにこうして向き合って父上の顔を見ると、ずいぶん老け込んだなと、まざまざと感じた。



(……僕にも、まだこんな感情が残っていたなんて)


老いた父上を見て、何かできることをしてやりたいと感じたのだ。



(気は進まないけど……。まぁ、話しかけるだけなら、できるかな)


ヨゼフは、父上の顔を立てるつもりで、メイシー・マクレーガン侯爵令嬢に程々に関わる予定だった。


入学式には殿下に伴われて入場した姿をちらりと見た。



(そうだよな。殿下がメイシー嬢を娶るのは、順当といえば順当、か)


そしてその翌日、話しかけるタイミングを見計らっていると、メイシーはヨゼフの目の前で巨大なイシュトリルトン神像を、たった一言の詠唱で鮮やかに止めてみせた。



(…あ)


メイシーは微笑っていた。


逃げ惑うほかの生徒たちなど、見えていない様子で、青い目をキラキラと輝かせて、大きな神像に突進しようとしている。


ドメル教授が慌てて、石像が倒れ込む辺り一帯を砂漠化させ、離れた生徒たちには、まるでドメル教授が一連の魔術を行使したかのように映っただろう。



(この子……絶対に変な子だ)


メイシーは、嬉々として倒れた石像に向かい、一心不乱に検分している。


その様子を見てヨゼフは、何故か直感的にこう思った。


(……この子がマクレーガン侯爵に、馬車の改良を提言したんじゃないか?)


ヨゼフは、毎年魔術学園の新入生の論文を読んでいた。


自分が目指す学園の、入学を満たす条件の基準が知りたかったからだ。


今年の新入生の論文も写しを手に入れ、入学前に全て読み終えていた。


メイシーの論文は、はっきり言って『異端』だった。


あの論文だけが、魔術の行使をいかに上手く行うのかという領域から一歩出た、魔術を行使したその先の「来たるべき未来」を語っているように感じられたのだ。


それは、ヨゼフがレナルド社製馬車を見て感じた、あの一種の天啓のような、違和感のようなものと、似ている気がした。


そして今、目の前でメイシーの規格外の行動を見て、この子があの馬車を作ったとしたら、全て合点がいく気がしたのだ。


マクレーガン侯爵の実業家としての実力はすでに周知の通りだが、発明をする者としては、いささか……そう、()()()が足りない気がしていたのだ。



(気になる)


メイシーはすぐにドメル教授に連れて行かれてしまった。


ヨゼフは静かにこの思考をまとめたくなったので、早退し、部屋で一人になることにした。


(彼女はどういう人なんだろう。13で飛び級って……。それはマクレーガン侯爵が、娘や自分の泊を付けるために、学園に無理やり入学させたのかと、疑っていたけど……)


あの一瞬で、そんな考えは吹き飛んだ。


彼女は()()だ。


他の多くの、色眼鏡の貴族たちが、先程のヨゼフと同様の考えを少なからず持っているだろう。


しかし、違った。



(知りたいな……)


すると、何と、メイシー嬢のほうからヨゼフを訪ねてやって来てくれたのだ。


ジュードから上着をもらって、急いで寮の部屋を出て行った。



メイシー嬢は、今まで会ったどのご令嬢とも違った。


少し話しただけで、貴族のしがらみや諍いとは無縁の、守られた世界で生きてきた、愛された女性だと感じられた。


一方で、その博識ゆえからか、高慢さや嫌味を全く感じない。


……稀有な女性だ、と思った。



「僕との結婚を考えてほしい」


伝えるだけ、伝えてみた。


こんな女性となら、きっと一緒に居て楽しいだろうな、とすぐに想像できたから。


メイシー嬢は困惑していたけれど、ゆっくりとお互いを理解できれば……。














「少々よろしくて?」


思考を整理するために、最近よく利用しているカフェテリアのテラス席に、ラグナーラ・ルデルニエ子爵令嬢がやって来た。



「どうぞ」


ラグナーラ嬢は侍女に椅子を引かせ、ヨゼフの目の前に着席すると、紅茶を注文して侍女に下がっているように伝えた。



「単刀直入に聞きます。貴方は殿下と戦って、勝てる勝算がおありなのですか?」


「……直球だなぁ」


「先程、メイシーは、殿下とのお約束があると、実験室から出かけましたの」


「え、殿下、もう学園に来てるの?」


ヨゼフの立てた目算よりも早く学園に戻った、と思う。



「メイシーは、純粋で頭が良くて可愛らしくて……とても、とても!得がたい女性だと思いますわ」


「そうだね」


「でも私、貴方のことも、メイシーの実験室に必要なお方だと、思っております」


「そうかな?それは、どうも」


「ですので、メイシーが、貴方を選んでも、選ばなくても、研究は続けていただきたいのです」


「……いやな役回りだなぁ」


ヨゼフは肩をすくめて、ラグナーラ嬢を見た。


風で、その紺色の髪が柔らかに揺れている。

ラグナーラ嬢は、細い指でティーカップを持ち、口をつけた。



「きっと、どんな選択をしても、貴方にとって良い未来は拓けるわ」


「その君の口ぶりだと、僕って単なる当て馬?落ち込むなぁ」


「私、卑屈な男って嫌いよ」


ラグナーラ嬢がにこりと微笑む。

ヨゼフは苦笑いした。



「もっと毅然となさいな。貴方は今この学園に居るのよ。それは誰でもなく、貴方が掴んだ栄光でしょう?」


「……ありがとう」


ラグナーラ嬢とは、そんな会話をして別れた。







「いいご令嬢じゃないですか」


部屋に戻ると、開口一番にジュードが言った。



「こら、ジュード。聞き耳を立てるのはやめてくれよ」


「はは、口元が見えたんで、つい」


「分が悪すぎることは理解してるけどね」


「……そうですねぇ、自分だったら、殿下の懇意の女性には、近づけないです」


「僕、君のそういう遠慮のない発言に、たまにすごく落ち込んじゃう」


「ははは!そんなこと言って、落ち込みはしたって、ヨゼフ様は困難な壁を努力で乗り越えるお方じゃないですか」


「そうかなぁ。僕ってすごい?」


「すごいすごい!魔術学園に、本当に入学なさるとは思いませんでしたから」


「ふふ、昔君が見せてくれた、あの蝶の魔術具が、僕の道を決めたんだよ」


「いやぁ、何がどう転ぶか、分からないものですね」


「……そうとも。この先に何があるかなんて、そんなことは誰にも分からないよ」



ヨゼフが見上げた窓の外で、そよ風が木々を優しく揺らしていた。


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