たしなみ11
メイシーが扉を開けると、ノアが立っていた。
「皇太子殿下が階下の玄関ホールでお待ちです。……お嬢様、その御髪は…?」
「いまラグナーラお姉様がやってくださったの。いつもは実験に邪魔でこういう髪型はしないから、新鮮だわ」
「とてもお似合いです。……勿体ないくらいに」
「ふふ、まぁ」
ノアは少し微笑んで、メイシーの後ろに下がった。
二人で長い回廊を進み、イシュトリルトン神像の前を通過し、階段を降り始めた。
踊り場に降りて、玄関ホールの方に振り向くと、中央に一人の男性が立っているのが見えた。
まず、きれいな金の髪が目に飛び込んできた。
黒っぽい軍服に、髪よりも暗い金色の飾緒を掛け、男性の服には全く知識のないメイシーから見ても、これが正装だということは、すぐに理解できた。
(た、大変な読み間違いをしていたわ……!殿下はあんなにきれいなお洋服でいらしている……!ラグナーラお姉様に髪を結って頂いて感謝ね……)
メイシーは、ドキドキしながら、なるべく優雅に見えるように一段ずつ階段を降りた。
ノアが後ろからそっと付いてくる。
一段ずつ、降りるごとに殿下のお顔がはっきりと見えるようになった。
「……久しぶりだな、メイシー嬢」
「お久しぶりです、殿下」
メイシーは殿下に近づき、ゆっくりとカーテシーをして殿下にご挨拶した。
顔を上げると、殿下のエメラルドの瞳と目が合った。
殿下は微笑み、右手をメイシーに差し出した。
「手を」
メイシーは、ドキドキと緊張しながら、そっと左手を置き、殿下の方へ近づいた。
殿下はメイシーが隣に来ると、右腕を差し出した。
メイシーはおずおずと、殿下の右腕に、自分の左手を絡めた。
このまま扉の方へ進むのかと思われたが、殿下はじっとメイシーのほうを見ている。
「……綺麗だな」
「……え?」
「其方が動くたびに青い石が揺れる」
「あ……ありがとうございます。殿下とお食事に行くと伝えたら、友人が貸してくれたのです」
メイシーは、そっと左手を耳の上のあたりに触れさせた。
シャラ……と耳元で宝石が音を立てる。
すると、髪飾りがするりと下がって、カチャンと音を立てて床に落ちてしまった。
「あっ」
後ろに控えていたノアが、それを拾おうと動いた。
殿下はそれを制し、メイシーの足元の髪飾りを拾った。
そしてじっと髪飾りを見つめ、それをメイシーの左耳の上のあたりに自ら挿し直した。
自然と、顔の距離が近づく。
「……君の友人は、なかなかの策士だな」
殿下はメイシーの左耳にそっと口元を寄せ、ふっと笑いながらそうつぶやいた。
メイシーは、殿下の声が耳元で聞こえたことで、すでにドキドキが最高潮に達している。
(な、なにこれ…!イケボの破壊力……!)
「できたぞ」
「あ、ありがとうございます……」
メイシーの顔は当然真っ赤だが、殿下は笑みを絶やさず、再び右腕をメイシーに差し出し、メイシーに腕を取るように促した。
「行こうか」
殿下はメイシーをエスコートし、研究棟から出て、停めてあった馬車のほうへ移動した。
馬車の前には黒髪で眼鏡をかけた男性が控えていて、メイシーと殿下にサッと一礼し、二人が乗り込むと、馬車の扉を閉めてくれた。
ノアと殿下のお付きの方は、後ろの馬車で付いてきてくれるようだ。
馬車の中で、殿下とメイシーは対面するように座った。
「元気だったか?」
殿下はメイシーに声をかけた。
メイシーはそれに返事をした。
「はい、おかげさまで……。殿下はいかがでしたか?ご公務、お忙しいとのことですが……」
「そうだな……。ここに来るまで色々あった」
殿下はそう言って、ふうっと息を吐き、メイシーを見つめた。
「まだ内々の話だが、私の公務の分担が変わりそうでな。其方は当事者の一人だからすでに知っているだろうが、メッキ加工技術を、まずは帝国騎士団の装備品に施し、時期を見て、徐々に広めていくことになった」
「まぁ、殿下がその初期の旗振り役をなさるのでしょうか?」
「そのつもりだ。なので、其方らと共に研究のほうにも参加しつつ、政策としての実行役も担うことになる」
「え……では、殿下は私の父から事業を一部引き取り、学園や王宮などを行き来しつつ公務をこなされるということでしょうか?」
「そういうことになる」
(えー!じゃあ、お父様の仕事を、殿下が手伝ってくださるということ?お父様のご負担が少しでも軽くなるなら、とても良いことだわ。それに確かに、学園に籍を置いている今の殿下のお立場だからこそ、これは適役かもしれないわね)
メイシーは、ふむふむと納得し、はた、と気づいた。
「……では、その、殿下はこれから学生として、学園に通われるのでしょうか?」
「もとよりそのつもりで入学しているのだ。何の問題もあるまい?」
(ええええー!じゃあ、これから結構な頻度で殿下にお会いすることになるということ??……実験室にこもっていれば、大丈夫、なのかなぁ……?)
メイシーは若干の不安を抱きながら、殿下のほうを見た。殿下は先程からメイシーの表情をじっと観察している様子だ。
「其方との仲を深めるためにも、私にとっては最良の案だ」
殿下は、その綺麗なお顔で微笑むと、メイシーに向かってこう言った。
「これからよろしく頼む」
「えっと……は、はい。その、研究仲間として、是非よろしくお願いいたします」
メイシーは、殿下の少々気になる発言に一生懸命返事をしたつもりだったが、殿下は少し不服そうな表情になった。
(其方との仲を深めるって……やっぱりそういうこと??ど、どうしよう!?何か殿下は私の発言に不満そうだし。えーん、私は楽しく研究がやりたいのよ〜〜!)
混乱するメイシーをよそに、馬車は目的地のレストラン前に到着した。馬車を降りる時にも、そこからレストランに入る時にも、殿下はメイシーをとても丁重にエスコートしてくれて、さすがにこれまで男性に興味がなかったメイシーでも、殿下の紳士的で素敵な振る舞いにはドキドキと胸が高鳴った。
レストランでは落ち着いた個室へと通され、気づけばあっという間に席についていた。
「そうだ、忘れぬうちに其方に貸しておこう」
殿下はそう言って、従者に布の包みを頼み、従者の方からノアへ、包みを渡してくれた。
「あ……!建国時の貴重本ですね!ありがとうございます!嬉しいです!」
メイシーがニコニコと笑ってそう言うと、殿下は安心したようにふっと笑った。
「貴重本ゆえ、贈ることはできないのだが、好きなだけ読むといい」
「ありがとうございます。楽しみです!」
昼食会は、和やかな雰囲気で始まった。
お互いの好きな本の話や料理の話、よく部屋に飾る花についてなど……。殿下はさすが話し上手・聞き上手で、人との会話に不慣れなメイシーにも答えやすい話題を、気を使って色々と話しかけてくれた。
「殿下は、学園には何の研究を目的に入学を決められたのですか?」
メイシーは、スープを掬いながら殿下に尋ねた。
「ふ……目的など、一つしかない。其方に会うためだ」
「……!」
メイシーの顔が、ボボボっと赤くなった。
(ひ、ひぃぃぃ!なんてやぶ蛇な質問をしてしまったの、私〜〜!)
「だが、研究に興味がないわけではない。私の魔力があれば、達成できる研究もあるだろうからな。研究の重要度にもよるが、せっかく通うのなら、それらの研究に協力したいと思っている」
「なるほど……!」
(王族は全属性持ちで、そんな人が学園にいる機会なんて、そう多くないものね!研究の促進役を買って出てくださるなら、とても助かるでしょうね……!)
メイシーはうんうん、と大きく頷いて納得した。
「さて、メイシー嬢」
殿下は手をスッと挙げて、従者たちに退室するよう示した。
メイシーは、少し構えて、殿下の次の言葉を待った。
「聞くところによると、其方は独特の詠唱をするのだとか?どういうものなのか、教えてくれるか?」
殿下はそう言って手を組み、じっとメイシーを見た。
(あ……ドメル先生が殿下に伝えたのかしら?)
「はい、殿下。私の詠唱は、神の名を呼ばず、自分の想像したイメージの鮮明さによって魔術を行使するやり方です」
「なるほど。我々王族も、詠唱なしに魔術を行使するが、これはある契約魔術による副産物だ。内容は王族にだけ伝えられる。其方の詠唱は、特に何のしがらみもなく成り立つものなのか?」
「はい、特に必要なことはございません。ドメル先生にも申しましたが、行使したい魔術を、どれだけはっきりと、具体的に想像できるかが重要です」
「ふむ……。条件はそれだけか?そう聞くと、誰もが其方の詠唱を真似できてしまいそうだが。裏を返せば、つまり、他の者が再現できないが、其方にだけはできる、何らかのコツがあるか、魔力の高さが水準を満たすか、いずれかの理由があるのだろうな」
殿下はしばらく考え、こう言った。
「ドメルには契約の魔術を解くよう伝えよう。やり方が広まったとしても、影響は少なそうだ」
「かしこまりました」
殿下はじっとメイシーを見つめた。
「其方、私の后にならぬか?」
「え、えっと……?」
「それだけ魔力が高いのなら、私くらい魔力がある相手でなければ、子を成すのも難しいと思うぞ」
「え!子、子供……ですか?」
「なんだ、レナルドは何も其方に伝えていないのか?」
殿下の言葉に、お父様とお母様の姿を思い出した。
(あぁ、そうか)
「……両親は、私に、魔力や、条件など関係なく、好きな人を見つけるようにと。そう心から願ってくれているので、私に何も言わなかったのだと思います」
「……そうか」
「殿下、私は侯爵家の娘です。王命が下れば、嫁がなければなりません。……でも、もし許されるのであれば……。私は、道具のように結婚させられたくはないのです。私は、これからも父のもとで、この国を豊かにするような研究や事業に携わっていたいのです!」
「……そうだな、気持ちは理解できる」
「ありがとうございます」
(分かってくれたかな?私は結婚は向いてない、研究大好きの単なるオタクで、家族大好きの実家住みバンザイ勢だって……)
「ーーーよし、では其方が私に惚れればいい」
「………??」
「学園生活を共に過ごす間、私だけを見ていろ」
「!?!?」
「すぐに私の虜になる」
「!?!?!?」
「返事は?」
「え……?!いや、……」
殿下がテーブルを立ち、メイシーのほうにやって来た。
そしてメイシーの席のすぐそばに片膝を立てて腰を落とすと、メイシーを見上げるようにして見つめた。
その姿は、まるで騎士の誓いのように見えた。
メイシーはドギマギしながら、椅子から立ち上がるべきか、おろおろと若干挙動不審気味になってしまった。
「こちらを向いて」
「は、はいぃ……」
メイシーは、言われるがまま、座ったままで、体を殿下のほうに向けて座り直した。
殿下はメイシーの左手を取ると、ゆっくりと自分の方に引き寄せ、指先に軽くキスをした。
「私は其方を他の男にやる気はない」
(ひぃぃぃ!)
メイシーの心臓は、壊れんばかりに強くドクドクと音を立てている。
「……だが私自身、まだ其方への気持ちが何なのか、言葉にできない。だから知りたい」
ドクンドクンドクンドクン!
「私と、結婚を前提に付き合ってほしい」
メイシーの記憶は、ここで途切れてしまった。
視界が途絶える寸前、メイシーを驚いたように抱きかかえる殿下の姿が見えた。
ゆっくりと、壊れ物でも扱うかのように、メイシーの体は優しく誰かに抱かれ、寮のベッドに横にさせられた。
メイシーは温かい腕に抱かれて、ふわふわと、綿雲にでも乗っているかのような、そんな幸せな夢を見ていた。




