たしなみ2-61
婚約の儀は、両家の家族が集まって行われる。
メイシーたちは嫁ぐ側の家なので、婚約の儀の部屋に先に入って待っている陛下と殿下のところへ、後から入場する。
「あら?メイシー、顔が赤いわね。コルセットがきつすぎるのかしら。大丈夫?」
儀式が行われる広間の手前の部屋に到着したメイシーは、先に到着して待っていたお母様に、開口一番にそう声をかけられた。
お母様については、メイシーが体調を考慮し、儀式を不参加にすることも考えたのだが、本人が「娘の大切なイベントだもの。絶対に参加するわ」と言い張った。
そこで、できるだけ歩かなくて良いよう、控室の部屋を広間近くに変えてもらうだとか、椅子を王宮入口から控室まで、至る所に用意してもらう、といった対策を考えてみた。
「私は、その、平気です……。歩いている間にちょっと暑くなっただけですので。
それよりもお母様こそ大丈夫ですか?ご気分はいかがですか?」
メイシーは、支度が終わったあとで殿下にされたことを思い出しそうになり、また顔に熱が集まったが、それを頭から振り払うように、お母様の体調に意識を向けることにした。
「ありがとう、メイシー。貴女が光の魔術を使ってくれるからか、最近はとても安定しているの。本当に感謝よ」
お母様は、美しいお顔に優しげな笑みを浮かべて、メイシーを見つめた。
安定期までお父様には伝えないで、と約束した妊娠に関しては、お母様の体調が良くならないことにお父様が業を煮やし、先程のトマト祭りのあとに、同じ黄色チームだった医師に問い詰めて知ってしまったのだった。
医師はお父様に屋敷まで連行され、とても申し訳無さそうにお母様に謝ったらしい。
お父様の冷気を浴びて命の危機を感じた先生には、同情を禁じえなかった。
そんなわけで、椅子に腰掛けるお母様を守るように、隣に座るお父様は、目をキラキラさせて、いつにもましてお母様へ熱い眼差しを向け、メイシーが来たことにもまだ気がついていない様子だ。
「あなた。メイシーが来ているわよ」
お母様がそう言ってそっとお父様の手に触れ、顔を覗き込むと、お父様はハッとしてメイシーのほうへ顔を向け、立ち上がった。
「すまない、メイシー。私のセリーナが神々しすぎて、目が離せなかった。
……おお!メイシー、今日の君もとても可愛らしいな。まだ王家に嫁ぐなど考えたくもないが、君の美しい晴れ姿は、本当に素敵だよ」
メイシーは、王宮の侍女たちに着せてもらった淡い水色のふんわりとしたプリンセスラインのドレスを見下ろしてから、お父様に微笑んだ。
「ありがとうございます、お父様。私、お父様とお母様のおかげで、ここまで元気に生きてこられました。殿下のもとへ嫁いでも、お二人のことを大好きで、大切だと思う気持ちは変わりません。どうかこれからも、変わらずよろしくお願いします」
「や、やめてくれ……!まだ結婚するわけではないのだ。私はこんなタイミングで泣いて、あの男に生温かい目で見られたくはない。
私たちのメイシーはずっと、どれだけ成長して大人になっても、私たちのメイシーのままだ。小さなメイシーは、今でもずっと私の心の中で笑っているし、これからも、素敵な淑女になった君の姿をたくさん胸に刻む予定だからな。
……君がいつまでも幸せに過ごしてくれることを、心から願っているよ」
「お父様……」
メイシーは、その言葉に目をうるうるさせて、お父様の胸の中に飛び込んだ。
「私も、お父様とお母様の幸せを願っています。もちろん、今度生まれてくる小さな命にも。
私、お父様やお母様以上に、弟か妹を可愛がる自信がございますわ!」
マクレーガン家の3人は、メイシーの言葉に笑い合い、そろそろ婚約の儀の部屋へと向かうことにした。
婚約の儀の部屋へと続く廊下には、近衛騎士たちが数メートル間隔に並び、メイシーはお母様をエスコートするお父様の後ろから、一人ドレスを引きながら、ゆっくりと歩いて進んだ。
入口の手前で立ち止まり、騎士に扉を開けてもらうと、儀式のために整えられた部屋の様子が目に飛び込んできた。
部屋の奥には鮮やかな青い服を着た若い男性が立っていて、左右に分かれた長椅子の右側、一番祭壇に近い席に殿下が座り、隣に陛下が着席していた。
お父様とお母様は先に入室して行き、最前列の長椅子にゆっくりと着席した。
その間、メイシーは扉の前で立ち止まり、まじまじと部屋の中を見ていた。
この部屋は普段は祈りの間として、王都の大聖堂の分室のような役割を果たしている。
最奥に祭壇があり、入口から向かって左右に長椅子が数十席並び、真ん中には濃い青の絨毯が祭壇まで続いている。
(本来は大聖堂での儀式だそうだけど、今は聖下との折り合いが悪いとか、殿下が聖下に会いたくないとかで、王宮でやることになったのよね。そのほうが、中を歩く距離も減って、お母様の体調を考慮しても、私たち家族にとっては、結果的に良かったわ)
お父様たちの着席を見届けて、殿下はすっと立ち上がり、陛下の横を通って、まっすぐにメイシーのもとへとやって来た。
殿下はウエストコートの上に艷やかな灰色のフロックコートを着て、先程よりも一層ビシッと正装をきめている。
そしてメイシーの左側に立つと、メイシーに肘を差し出して、エスコートしてくれた。
メイシーは、少し緊張しつつも、殿下の優しい微笑みに励まされ、左手を添えて、殿下と二人で歩き出した。
青い絨毯を進み、目の覚めるような青の服を着た神官の前までたどり着くと、神官はにっこりと微笑み、祭壇の手前で立つ殿下とメイシーに口上を読み上げた。
「今日、この良き日に、王家とマクレーガン侯爵家の婚約の儀を執り行えることを、全ての神に感謝します。
かつて、闇の中から光が生まれ、光が熱を持ち火が生じました。炎が闇を燃やして土塊と水ができ、最後に全てを撫でるように、風が吹きました。
全ての神と、そのお導きにより、今、両家の縁が結ばれ『始まりの二人』が生まれようとしています。
光の神テクシステカトルよ。どうか、この生まれたての光を見守り、育み、来る婚姻の日を迎えられるよう、加護を賜りください。
始まりの二人に、幸多からんことを」
神父は口上を終えて、祭壇上から、壁際で控えていた侍従に合図を送り、殿下のもとまで近づくのを見届けたあと、再び口を開いた。
「では、ご令嬢に指輪をお贈りください」
神官の声に、殿下は、側に控えていた侍従から、指輪の入った木箱を受け取り、中からキラリと輝く指輪を取り出すと、メイシーの左手を取って薬指に嵌めてくれた。
台座の真ん中で輝くのは、美しい緑のエメラルドだ。
「両家のご家族の承認のもと、ここに、ジョイス・ゼメルギアスと、メイシー・マクレーガン、両名の婚約が成立したことを宣言いたします」
平民街で行われた復興祭りは、帝国各地から集まった人や物で、多いに賑わった。
王都に訪れた人々は、街並みの美しさに目を輝かせ、集まった珍しい食べ物や細工物や曲芸を楽しみ、ゼメルギアス帝国の王都は素晴らしいと絶賛した。
特に、中央広場の魔術具は、誰をも惹きつける不思議で画期的な魔術具だった。
この中にまさか、人々に恐れられている闇の魔力が込められているとは思いもよらず、これまでただ根拠もなく忌避していた魔術が新しい魔術具を生み出した事実に、闇の魔術に対する人々の目は、確実に変化した。
お祭りの最後に行われた、皇太子殿下の婚約の儀の様子は、トマト祭りの時同様に、マクレーガン家の魔術具によって広場の大きな画面に映し出されて共有された。
広場や警ら署では、たくさんの帝国民が、その様子を興奮した様子で観ていた。
美しい戦の神が、光の女神様をお嫁にもらう、というストーリーの歌は、吟遊詩人たちの手ですぐに帝国中に広められ、帝国民たちの間では、一番有名な愛の曲として知られるようになったとか。
おしまい
お読みいただきありがとうございました!
今のところ三章の確約ができぬので、これにて完結表示にいたします。
長いことお付き合いいただき、感謝です!
あなた様と同じ時間を共有できたこと、私にとって一生の宝ものです(≧▽≦)
あ〜楽しかった♪
皆様のこれからに幸多からんことを!
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