たしなみ10
食事が終わり、メイシーはお父様に、学園から持ってきた成果物を披露した。
一つはミスリルドラゴンの鱗のメッキが施されたヘルメット、もう一つは風の魔術を込めた魔石を表面にメッキしたローブ、三つ目は、コカトリスのくちばしをメッキ加工した鎌だ。
ミスリルドラゴンのメッキの盾が大きく、持ち運びに不便だったため、メイシーは代わりにヘルメットを持参した。
また、ラグナーラの発案による、水を弾くローブは、表面に風の魔石のメッキ加工が施されており、水分を飛ばして濡れない仕組みだ。
三つ目のコカトリスのくちばしをメッキ加工した鎌は、毒で雑草を瞬時に枯らしながら刈り取れるという代物だ。
「見てください、お父様!メッキ加工という、薄い膜を張る技術を使って、皆で他のものへ応用できないかと知恵を出し合いました。
このヘルメットは、素材であるドラゴンの火属性をまとい、炎の攻撃に耐性があります。こちらの水を弾くローブは、魔石の質にもよりますが、魔獣退治の遠征や、雨の日の農作業や土木作業でも使えると思います。この鎌は、正直まだ改良の余地があるものなのですが、毒で除草しながら雑草の刈り取りができます。武器に転用しても良いかと思います」
「……これは、素晴らしい技術だ。メッキにより、道具が格段に性能を増すね」
「はい、メッキ加工する素材にもよりますが、表面全体に属性の付与ができることで、道具の耐久性を高めて、様々な作業の効率化につなげられるかと思います」
「メイシー。初見での感想だが、メッキ加工技術の導入は、かなり大掛かりな事業になる。素材の収集、加工技術者の育成。裾野となる産業は金属加工分野だけではなく、ここにあるローブのように、織物分野や、皮革、石、紙も入るかもしれない……とにかくあらゆる分野で利用できそうな技術だ。我が家だけでは到底すべてを取り仕切ることはできないだろう」
「では、国家規模で事業を進めていく可能性もあるのでしょうか」
「そうだなぁ……私が国王になって、メイシーのやりたいことをどんどん実現するのが一番早いだろうけれど」
「ええ?!」
「でも戦争となると、メイシーが嫌がるだろう?」
「あ、当たり前です!!」
「だから持ち札の侯爵という肩書で精一杯努力しているのさ。うーん、でもこの事業は……進め方に注意しなければ、平民の失業者が溢れることになるかもしれないから、少し時間をかけて整理したいなぁ」
「お父様……!ありがとうございます。お父様が居てくださるからこそ、私は安心して研究ができます……。本当に感謝しております」
「私の方こそ、下水道事業では、最初のうちは、幼い君に仕事の段取りを一つずつ丁寧に教えてもらっただろう?」
「あの……そ、それは、その節は本当に失礼なことを……!」
メイシーは、記憶に目覚めた頃の自分を思い出し、冷や汗をかいた。
(あの頃は、本当にこの世界がどうしようもない世界だと思って、変えたくて必死だったから、お父様にも本当に失礼なことを言っていた気がする……)
「何を言うんだ。私は君の言葉に、考えに、行動に、心底感動したんだよ。その気持ちは今も変わらない。君は見た目は幼い少女だったけれど、私やセリーナに、たくさんの大切な経験をさせてくれた。恩師とも言えるよ」
「そ、そんな、大げさです……!」
お父様は、優しく微笑み、メイシーを見つめた。
メイシーは、何だかいたたまれない気持ちになり、照れ笑いしてやり過ごした。
週末は侯爵家の屋敷で過ごし、メイシーは再び魔術学園に移動した。
その週もほとんど女子寮と第1研究棟の往復だったが、メッキ加工技術の発展について話し合ったり、続々と届けられた珍しい素材を皆で開封して感嘆の声を上げたりして、楽しい日々を過ごした。
そして入学から二週間ほど経った頃、メイシーのもとに一通の手紙が届いた。
「明日から学園に戻れそうだ。昼食を共にしないか?王宮書庫に、建国当初の魔術師が書いた魔術研究書があるので、君に持っていこう。
ーーージョイス・ゼメルギアス」
部屋に手紙を持ってきてくれたノアは、険しい表情でメイシーを見つめている。
「……お父様は、学園内ではもうお会いすることはないと、仰っていたわね?」
「私はそう記憶しております」
「こ……これは、どうしたら良いのかしら……」
メイシーは、お父様やお母様に相談しようか……とも思ったが、お父様の目の下のクマを思い出し、できるだけ自分で対処できるようにならないとな……と思い直した。
(それにしても、建国当初の魔術研究書かぁ……)
古い書物ほど保存が難しいため、市中にはなかなか出回らない。
王宮書庫や魔術学園図書館のような場所には、年代ごとに貴重本が保管されており、責任を持って保管がされている。
それこそ王宮書庫には、王族が自ら管理する書架もあるのだとか。
(昼食をご一緒するくらいなら、いいんじゃないかな……)
メイシーは、早くも研究書に釣られて思考が傾きつつある。
(きっとまた、1日出席なさって、また当分は公務に戻られるのよね。きっとそうよ)
メイシーは都合の良い仮定を持ち出し、研究書読みたさのあまり、ジョイス殿下に出席します、と返事を出してしまった。
ーーー翌日。
「メイシー、何だか今日はご機嫌ね?いいことでもあったの?」
実験室で、今日はラグナーラお姉様とメイシーの二人で研究を進めていた。
鼻歌交じりのメイシーに、ラグナーラお姉様が、そう問うたのだ。
「ふふ、今日は珍しい本が借りられそうでして、中身を想像してワクワクしていたんです!」
「まぁ、そうなの。私も図書館に用事があるから、よければお昼に一緒に参りましょう?」
「あ……えっと、本は、図書館の本ではないのです。殿下が貸してくださるそうで」
「……………殿下が?」
ラグナーラお姉様が、ズイッと体を乗り出し、メイシーの手を取り、向かい合って見つめてきた。
「お姉様、ちょ、ちょっと近くないですか?」
「これくらいで丁度よろしくてよ。……それで、殿下がなぜ本を?もしかして、これからお会いするのかしら…?」
「えっと……。はい。昼食をご一緒に」
ラグナーラお姉様は、バッと砂時計を見て、バッとまたメイシーを見た。
「……ドレスは?髪は?」
「えっ……このまま」
「だめよ!!」
ラグナーラお姉様は、そう叫んでメイシーを立たせ、ローブをペラっとめくった。
「ローブの下は……ちょっと真面目すぎるドレスね。でも着替えに戻る時間がないから、今日はこれで仕方がないわ。髪は……私の手持ちのアクセサリーを使いましょう。この三つ編みは、ほどきますわよ?」
「は、はいぃ……!」
ラグナーラお姉様の怒涛のファッションチェックで、メイシーは髪型を変えられてしまうらしい。
ラグナーラお姉様が、サッとメイシーの髪を解き、携帯している小さな櫛で髪を梳る。
耳の横の髪を器用に掬い、右から左へ流すようにハーフアップで編み込みをしていく。
左側で、三つ編みをくるんとお団子にまとめて、きれいなブルーの宝石が揺れるように飾りをつけてくれた。
「ふぅ……!こんなものかしら」
「すごいです……お姉様!」
メイシーは、鏡の中の自分が女の子らしくなって、普段と違う雰囲気になっていることに、ラグナーラお姉様の腕前の凄さを感じた。
「このきれいな宝石、お姉様の紺色の髪によく映えそうです」
「ふふ、お気に入りなの。今日は貴女に貸してあげるわ!貴女の青い瞳にも、ちゃんと似合っていてよ」
そしてラグナーラお姉様は、自分の使っている口紅も少し付けてくれた。
「貴女の侍女は、貴女を着飾る仕事はしないのかしら?」
「ノアには、実験の時間を大事にしたいから、支度は必要ないと言ってしまいまして」
「だめよ!!それをたしなめるのも、侍女の仕事のうちよ?今度私から彼女に教えて差し上げるわ」
心なしか、ラグナーラお姉様が燃えているように見える。
(ノアには、私の考え方のクセが伝染っちゃっているからなぁ……。ラグナーラお姉様のように、女性らしさに手間ひまをかけるって、私には苦手分野だわ……)
お姉様に、ローブを着た上に髪が流れるように整えてもらい、色々とチェックを受けているうちに、コンコン、と実験室をノックする音が響いた。
「楽しんで来て!メイシー!」
ラグナーラお姉様は、なぜか目をキラキラさせて、ガッツポーズでメイシーを見送った。
「行ってまいります、お姉様」
メイシーはそう言って、実験室のドアを開けた。




