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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第ニ章

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SIDE: アレキサンド2


ジョイスが生まれて1年が経ち、その知らせは突然舞い込んだ。



「妃殿下が、お怪我を……」



カトリーヌが最も信頼している老齢の侍女に持たせた思念の指輪から、アレクに直接連絡が来たのは初めてのことだった。


アレクは会議の席を中座し、離宮へ転移した。


カトリーヌは左手首に包帯を巻かれ、ぐったりとした様子で寝台に寝かされていた。


アレクが光の魔術を行使して包帯を解くと、傷跡はきれいに消えていた。


しかしアレクは、苦々しい表情になった。



(魔術では、心までは回復させられない)



アレクは白いカトリーヌの顔をじっと眺めた。

すると、後ろからおずおずと、老齢の侍女が声をかけてきた。



「ありがとうございました、陛下」


「よい。近頃落ち着いている気がしていたが、何かあったのか?」


「はい…。実は…」



侍女の話によれば、貴族派の連中が、また彼女にアレクに関する嘘を吹き込んでいたようだった。


貴族派の者からと思われる手紙には、本当は正妃として結ばれるはずだった愛妾とアレクの様子が生々しく書き記されていた。


侍女は、カトリーヌがそれを読み、心を乱されたのだと涙ながらに訴えた。



「離宮には誰も立ち入らせるな。手紙も、すべて処分しろ。北の国からの手紙以外は彼女に見せる必要はない。それから、カトリーヌはここから出してはならぬ」



アレクはそう告げて、カトリーヌを黒の離宮に隔離することに決めた。


(北の国には定期報告が入るはずだ。彼女の様子がここまで悪くなれば、あちらからの何らかの制裁が加わるだろう)


アレクはため息をついた。



「……北の国は彼女について何か言っているのか?」


侍女に聞いても分からぬだろうが、アレクはカトリーヌの顔を見ながら、思わずそう尋ねてしまった。



「北の国では、姫…妃殿下が自分から嫁いだのだから、ご自身の決断を尊重するようにと」


「……つまり、彼女がどうなろうと、北の国は彼女に手を差し伸べないということか?」


「有り(てい)に申せば、そうですわね」


「なぜだ?これは両国の政略結婚だ。彼女は最初から望んで帝国に来たとでもいうのか?」


(一体何のために?)



アレクがそう言うと、侍女はシワだらけの顔で悲しげに微笑んだ。



「姫様は、貴方様にずいぶんと憧れておいででしたから」


「……?」


「今のお気持ちは、この婆にはもう、分かりませぬが」



アレクは侍女の言葉に驚き、カトリーヌを見つめた。


(憧れていた?カトリーヌが、私を?

この侍女は思い違いをしていないか?彼女はバルザックと恋仲だったはずだ。あの時も、私に指摘されて顔を赤らめていたではないか。

……彼女はあの時、私が男を害そうとしないよう、睨んで牽制したんだ)



アレクは情報を整理するのに一杯になり、しばらく寝台の横で彼女の寝顔を見ていた。



彼女は翌朝に目を覚ましたが、その日からぼんやりすることが増えたと聞いた。


アレクは彼女が目覚めてしばらくしてから、離宮へと足を運んだ。


カトリーヌはジョイスを抱きながら離宮の中を散歩していた。

カトリーヌが驚かないよう、廊下の遠いところに姿を現し、手を振って彼女が来るのを待った。


「体調はどうだ?眠れているか?」


「陛下……。ええ」



カトリーヌはアレクの来訪に、微妙な表情を浮かべた。



「私も一緒に散歩しても?」


「……はい、もちろんです」


アレクはカトリーヌからジョイスをもらうと、そっと抱き上げて背中をさすった。


「もうすぐお昼寝をすると思います。先程食事を終えたところですので」


「そうか」


ジョイスは大人しくアレクに抱かれて、ゆっくりと歩く振動が心地よかったのか、すぐに寝息を立て始めた。


「陛下は赤ん坊の扱いが上手ですね」


「其の方の見様見真似だ」


「まぁ」


カトリーヌはくすり、と小さく笑った。

二人でジョイスを小さな寝台まで運び、侍女にジョイスを任せて離宮の外の庭に出た。



「……ここでジョイスを育ててくれてありがとう。今のあの子には其の方が必要だ」


「……わたくしの、役目ですから」


カトリーヌは、どこか消え入りそうな横顔で、そう呟いた。

アレクは彼女にどう声をかければよいのか、分からなかった。



「……私は、其の方に非道いことをしているのだろうな」


(本当は、北の国に帰してやるのが良いのだと、分かっている)


アレクは悩ましげな表情で、彼女の横顔を見つめて問いかけた。

彼女はアレクの言葉に、俯いた。


「わたくしは自分の正義に反することはできません。ですので貴方が間違っている、と感じれば、陛下自身に気づいて正していただけるまで声を上げ続けます。

……一つ、お答えいただいてもよろしいですか?」


カトリーヌはアレクを伺うようにして視線を合わせた。



「教会での出来事は、前皇帝陛下の主導だったのですか?貴方は、それを知っていて黙っている?」


「……調べたのか」


「貴族派の者たちは、全く口を開きませんでしたので、鉱山の労働者に、金子(きんす)を渡して当時のことを語らせました」


「そうか」


「……貴方はなぜ黙っているのですか?ご自分の父親の悪行が広まるのが、そんなに恐ろしいのですか?」


「……カトリーヌ」


「わたくしはすべてをさらけ出すのが、貴方の義務だと思います。その上で、被害者には相応の補償を(さず)け、悪事を働いた者へは制裁を加えなければ。そうでなければ、貴方は正しい道を歩めぬと思います」


カトリーヌは、弱々しかった先程の様子から変わり、刺すような視線でアレクを見つめた。

その視線は間違いなく、アレクを糾弾する視線だった。



「……被害者が隠したがっていることを、こちらから暴くことは罪ではないのか?其の方の言うことは確かに正論だ。しかしその正論は、誰を救うためのものなのだ?」


アレクの言葉に、カトリーヌは嫌そうに眉間にシワを寄せた。



()()()()()()()()()()の中には、教会での被害者が居るそうですね。貴方は彼女らのために事実を闇に葬ると?

しかし、教会での根深い悪事の横行や前皇帝と聖下の癒着、その後の貴族たちによる平民への仕打ちが隠されるのは、筋が通らないと思うのです」


カトリーヌは苛ついた様子でアレクをまくし立てた。



「……その話は間違っている」


「いいえ。わたくしはもう知っております。隠すのはおやめください、陛下。女性を守るのは美徳ですが、それ故に裁かれるべき者を野放しにすることこそ、間違っておりますわ」



カトリーヌは、己の考えが正しいと信じて疑わなかった。

アレクは、彼女の誤解を解くことは、すでに手遅れのように感じられた。


カトリーヌにとっては、自分の役目は『正しい』皇帝の后なのであって、アレクは道を逸れた『正しくない』皇帝で、離宮に閉じ込めて自分の口を塞ごうとしてくる『悪い』皇帝なのだ。


そう思うと、アレクとて、悲しくなった。



アレクはその日から、少しずつカトリーヌとはすれ違い始めた。


ジョイスのことは可愛かったし、暇を見ては離宮に会いに行ったが、横になる日が増えたカトリーヌには、会う頻度が減ってしまった。





それからの5年間、表面上は穏やかな日が続いた。

おそらくカトリーヌとアレクの間には、見えない壁がどんどんと築かれていたが、アレクはその事実からは目を背けていた。


ジョイスにはグレンという良き友もでき、親の欲目ではなく、年齢の割には身のこなしや魔術の使い方がとても上手い子だったので、騎士団のタイラーには、正式に入団する前から稽古をつけてもらったりもしていた。

ジョイスの成長は、順調だった。



そして、ジョイスが6歳の誕生日を迎えた日。


アレクはカトリーヌの寝所を尋ね、これからジョイスを自分の手で育てること、そして黒の離宮から白の離宮へとジョイスの寝室を移動させることを告げた。


するとカトリーヌは琥珀色の瞳を大きく見開き、かなりの衝撃を受けたようで、口をハクハクとさせた。


「陛下……それだけは」


「すまない、カトリーヌ。これは帝国の決まりなのだ。いずれ成長すれば、また母のもとヘ来るようになる。別れるわけではないのだ。それまで少し待っていてほしい」


「そ、んな……」



カトリーヌはボロボロと涙をこぼして悲しんだ。

アレクは、カトリーヌに触れようと伸ばした手をギュッと握りしめた。



「私は其の方に嘘はつかない。信じて待っていてほしい」



アレクのその言葉は、カトリーヌには届いていないように感じられた。

カトリーヌの信頼する侍女を呼び、この場を任せて、アレクはジョイスを伴い、転移して死地へと赴いた。





ジョイスは、気絶して目覚めた時に、何度かカトリーヌの離宮まで駆け込んだ。

ジョイスが泣いて訴えるものだから、カトリーヌはますますアレクを嫌悪し、ジョイスの教育について疑うようになった。


さらに悪いことに、アレクがジョイスにかかりきりになると、カトリーヌの周りに、また不穏な動きを見せる者が湧き始めた。



「陛下との間にできる子が、来年の春に生まれるのだとか」


「ジョイス様を追いやり、その婚外子を帝位につけようという貴族がいるそうです」



そのような内容の手紙を、カトリーヌは受け取ってしまったのだ。



ジョイスが魔獣との戦いに力を使い果たし、あまりに過酷だったようで数週間も寝込んでいた時。

カトリーヌはそれを知ると、白の離宮からジョイスを抱えて抜け出し、黒の離宮の屋根の上まで背負っていった。


気付いたアレクが慌てて黒の離宮の外からカトリーヌに話しかけたが、カトリーヌはほとんどアレクの言葉など聞こえていないようだった。


疲れた表情で、今にも屋根の上から身を投げようとしていた。



しかし、アレクが叫んだこの言葉には反応した。



「バルザックは君のことをどう思うんだ?」


「……やめて!!」


カトリーヌは、彼の名を聞くと、激しく動揺した。


(やはりカトリーヌは、彼のことを慕っていた。私ではなく彼の言葉なら、カトリーヌはきっと素直に聞き入れるのだろう……)


こんな状況で、アレクはなんとも言えない苛立ちを感じたが、いったんその感情は追いやり、耳を傾けてくれる間だけでも、語りかけ続けなければと思った。



「身を投げてはだめだ!そんなことをすれば、北の国の者は、君の姿に悲しむ。それ以上自分を傷つけるのはやめてくれ。私は君たちを幸せにしたい」




アレクがそう言うと、カトリーヌはとても傷ついたような表情になり、こう叫んだ。



「嘘つき!わたくしがどんなに苦しんだのか、貴方になど分からない。せいぜい、わたくし達が死ぬ姿を目に焼き付けて、苦しみなさい」



そう言って、カトリーヌは、身投げする代わりに土の魔術を行使した。


そしてゆっくりと自分の足元から石化させていった。


アレクは驚き、ジョイスを引き剥がすために、下から風の魔術で浮かせて離そうとした。


二人を助けたいのに、今アレクはジョイスにしか魔術を行使できない。


(何か、何か手はないのか!)



すると彼女は一層悲しい表情で涙を流した。



「そう…。やはり貴方は、わたくしのことなど、いらないのね」



アレクはその言葉に、瞠目した。



(『貴方は、わたくしのことなど、いらない』?

……カトリーヌは私に必要とされたいのか?北の国の役目を全うするためではなく?

私のことを、想っていたのか?)



カトリーヌの言葉は、どう取っても、彼女がアレクに必要とされたいと、アレクからの愛を求めて告白しているようにしか聞こえなかった。


アレクは、必死に呼びかけた。



「私には君が必要だ!

本当は君を、北の国に返してやらねばと何度も思った。でもできなかった。

私は……君を手放したくなかった!

こんな気持ちは初めてで、自分でも、どうすればよいのか分からなかったんだ…」



アレクの声は、聞こえたのだろうか。


カトリーヌはその身を石に変え、二度とその美しい琥珀の瞳を見せてはくれなくなった。



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