九十四話 空中奇襲、ミチナ・テミスの力
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ミチナ様の出撃発言に驚いたのは俺たちだけでは無いようで、テミス家の面々も目を見開いてミチナ様に視線を飛ばしている。
「さっきの演出で凄まじい士気になっている今こそ、打って出るには絶好の機会だ! なに今日の攻勢はマサードの首を取りに行こうって訳じゃねぇ。連勝で勢いづいている奴らの出鼻を挫いてやるだけよ!」
「なるほど。ですが我らはまだそちらの兵と顔合わせも出来ておりません。指揮を任されても歩調を合わせるのがやっとかと」
ミチナ様の案も悪くは無いだろう。
確かに相手をこれ以上調子付けてしまうのは危険だ。
「ああ、それは今日は気にすんな! アタシとツナとサダ嬢で空から本陣にちょっかいを出すだけだからな! 他の連中は陽動として戦わずに山のこちら側から谷に向かって大声で叫んでりゃいい!」
「は!? ......失礼、あまりのことで気が動転した。今の言葉は真ですか?」
「真も真の大真面目よ! 昨夜聞いた話でお前の所のツナは相手の能力を探るために幾つかの検証が必要だと言っていた。それを今日やっちまおうって腹だ!」
原因は俺かよ! うわ! みんなの視線がめっちゃ俺に向いてるし!
ちょっと待って! こんなとこで目立ちたくない!
「あっはっは! なぁにトール家と親交を深めて来るだけだ。ツナとは久しぶりに会ったしサダ嬢には昔のアタシの策のせいで迷惑を掛けたからな......」
俺があたふたとしているとミチナ様が大きく笑って表向きの理由を話す。
サダ姉と何かあったというのは初耳だが、その話が出た時にトール家、テミス家の面々の顔が曇ったのでこの場では何も言わないでおいた。
「しかし、空から本陣を奇襲するなど武門の名家として恥ずべき行いでは!?」
「サモリ。だからお前は頭が硬いんだっての。昔の異国の書にもあっただろ? 『兵は詭道なり』だったか? そもそも既に正面からぶつかって連敗してんだから他の方法を試すしかねぇだろうが!」
ミチナ様の夫でこの東正鎮守府では二番目の地位にある将軍付のサモリ・テミス殿が苦言を呈したが、ミチナ様は異国の兵法書の内容を持ち出して説いた。
『兵は詭道なり』か。
戦争は騙し合いだとかそういう言葉だったかな。
あるんだなこっちにも孫子兵法と同じ諺。
「ですが、戦いにも作法という——」
「ゴチャゴチャうるせえよ! だいたい作法ってんなら向こうが先に矢戦をすっ飛ばして大鎧の騎馬で突撃掛けて来たんだぞ? まさか遠距離魔法が有利とされているこの時代に頑丈な鎧を着て突撃で打ち破るやつらがいるなんて誰が想像出来るかよ」
結局ミチナ様を説き伏せることは誰にもできず、ややあって本当にミチナ様と俺、サダ姉の三人で出撃することになった。
青毛天馬のヒテンにミチナ様が騎乗し、コゲツに俺とサダ姉が乗っていく。
戦力をひけらかすつもりはないらしく、もう一頭の葦毛の天馬ヒユウはまだ隠しておくそうだ。
航空戦力は貴重だからな。
ミチナ様ほどの遠距離魔法と弓の腕があれば反撃の届かない距離を保ったまま一方的に空中から蹂躙することが出来るだろう。
さらに天馬という帝の存在を象徴する錦の御旗がこちらにあると示すことで相手方に動揺を広げる効果もある。
相手の棟梁であるマサードも真皇を僭称しているが、まさかこれほど早く神皇の戦力が直接出向いてくるという可能性は考えていなかったのではないだろうか。
まさに天馬様様だ。
ミナ殿は一体どこまで考えて......。
っと、これ以上は怖いので帰ってからにしよう。
「いやー! 絶景だなこりゃ! 先触れのツナが早く来れたのはコゲツに乗っていたからだと想像していたが、ヨリツ達もえらく早い到着だと思ったら、まさか天馬で駆けてくるとは思わなかったぜ!」
「はい。たった五人の先遣隊ですので一早く辿り着けるようにと朝廷の方々がご配慮くださりました」
「やや保守寄りのクジョウ家を味方に付けるたぁ。やるねぇ。誼を結んだきっかけはお前だろう? ツナ?」
怖っ! え。天馬で援軍に来ただけでそこまでバレるもんなの!?
何と答えていいか分からずにとりあえず黙っていると背中でサダ姉が「はぁ......」と呆れたような溜息をついた。
「はっはっは! ツナは腹芸は苦手か! その沈黙は肯定と受け取ったぞ! なに心配するな、この戦に勝てばツナが色々と面白そうなヤツだってことはアタシの胸の中だけに閉まっておいてやるよ!」
勝てばな? と念を押されてしまった。
今後の為にもこの戦いは必ず勝つしかない。
いや、最初から負ける気も更々無かったが。
「話は変わるがサダ嬢。ヤススの件では迷惑を掛けたな。すまなかった」
「いえ、あの時は妾もどうかしていたのでしょう。それに破談になったおかげで大切な家族と今も一緒に居る事が出来ていますので。お気になさらないでください」
ミチナ様がつい先ほどと打って変わって真剣な表情でサダ姉に謝罪した。
サダ姉の方も少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうな表情を見せたがもう気にしていないと伝えていた。
俺は詳しいことは何も知らされていないので全く話には着いて行けないが、ヤススという方がサダ姉の縁談の相手だったのかな。
でも縁談相手はジワラ家の方だったはず、どうしてミチナ様が————
「痛っ! なに? どうしたのサダ姉?」
「戦場でボーっとしない! 空だからって気を抜き過ぎてるツナが悪いのよ!」
「あ、はい。ごめんなさい。ありがとサダ姉」
全く以てその通りだな。
戦場で余計なことは考えない。
相手に今のところ航空戦力が居ないからと気が抜けてしまっていたようだ。
小一時間ほど駆けていると300mほど先に幟が沢山立っている場所が見えた。
アレが敵陣、マサード軍の本陣か。
見えるだけで鎧姿の兵が千人は居るんじゃないだろうか。
しかも雑兵に至るまで悉く大鎧を身に着けている。
防具の豊かさは敵側が圧倒的だな。
「さて今までの屈辱を晴らしに一発デカイのブチかましてやろうか! サダ嬢! 合わせられるか?」
「お任せを!」
サダ姉が応えると二人が同時に詠唱に入る。
「≪大いなる風よ 遍く空と大地の悉くを知る者よ 逆巻く風を我が矢に宿せ≫ -暴風之矢-」
「≪天翔ける雷よ 我が求めに応じて広く流れよ≫ -雷波-」
ミチナ様が矢を番えて弓を引くと矢を触媒にしてドデカい風の矢が現れた。
そこにサダ姉が息を合わせて波状に広がった雷を発生させてぶつけると矢を形成する風が雷を帯びた。
「お見事。それじゃアタシも本気を出すか。≪彼方から此方へ 此岸から彼岸へ 四不顛倒を超えし常楽我浄≫ -四波羅蜜-」
ミチナ様が呪文を唱えると周囲の風が逆巻いて、風で出来たミチナ様の分身が四体現れた。
その姿は全員が弓を構えており、番えている矢には四体ともサダ姉の雷を纏っている。
「先に涅槃で待っていろ。-不生不滅-」
ミチナ様がそう呟いて天高く矢を放つと、同時に分身たちも矢を放った。
放たれた5つの矢はそれぞれ混ざり合い、雷を伴った巨大な竜巻となって地上を穿つ。
巻き上がる幟や鎧姿の人々や馬、その威力は凄まじく何もかもを破壊し飲み込んで天へと巻き上げていく。そうして巨大竜巻が消えた時、遠くに見えていた敵陣は跡形もなく吹き飛ばされていた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「これがテミス家当主の本気......」
「すごい......」
俺とサダ姉は目の前で起きた光景に呆気に取られていた。
そこには恐怖や賞賛などはなく、ただただ何が起きたのかと理解が追い付かないだけだった。
「いや~! 気が晴れたぜ! でもこれやると5日はまともに魔法が使えないんだよな。 ははは!」
「えぇ!?」
「どうしてそんなの今使ったんですか!?」
「いや、連敗続きで腹に据えかねてたしな? ここらでパァーっとデカイのブチかましたかったんだよ!」
武の御三家の1つ、テミス家の現当主であるミチナ・テミス様。
豪快というか破天荒過ぎる人物だ。




