九十ニ話 闇夜の先触れ
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辺りはもうすっかり闇に包まれているが、月明りを頼りにして眼前に聳える山を越えた。
左手の方角には地面に月が映っている。
「あれがスワ湖かな。ということは右手側に......。あった。あの灯りが見える場所が東正鎮守府か。コゲツ頼んだ」
反射した月明かりが映えるスワ湖とは逆側に篝火で明るく映し出される建物があった。
あれが東正鎮守府だろう。
コゲツに指示を出すと軽く鼻を鳴らして答えてくれた。
鎮守府の近くまで来るとコゲツから降りて徒歩で門に向かう。
「誰だっ!」
「夜分失礼する! 私は正五位下・兵部権大輔ヨリツ・トールが次男ツナ・トール。皇京よりの書状を持って参ったので東正鎮守府将軍様に御目通り願いたい!」
夜間警備の門番に止められて名乗りを上げると「暫し待たれよ」と門番の一人が中に確認しに行った。
門前でコゲツを撫でながら待っていると門が開かれ、中へと案内される。
「おぉ! ツナじゃねぇか! 久しいな! ここ数年は修行だとかで会えず仕舞いだったからな! 息災だったか?」
「ミチナ様、お久しゅうございます。お陰様でこの通り元気にしております」
「ってか、全然背が伸びてねぇんじゃねえか? ほんとに大丈夫か?」
正殿に入るとミチナ様が出迎えてくれた。
狩衣に単衣を肩から纏う長く絹のような金髪と宝石のような碧眼の持ち主は相変らず豪快な性格のようだ。
心配してくれているのは分かるのだが背の事は気にしているのであまり言わないでほしい......。
「おい! 人払いをしろ。暫しツナと二人で話す」
「ミチナ、それは警備上問題が......」
「うるせぇ! 早くしろ!」
「むぅ......」
ミチナ様が人払いを指示すると、斜め後ろに立っていた武官束帯姿の40代くらいの大柄な体格の男性が待ったを掛けようとしたが、一喝されると渋々という感じで引き下がった。
「悪りぃな。うちのバカ旦那が水を差しちまって。皇京からの書状を見せてくれ」
「構いません。こちらです」
旦那ということはさっきの男性が東正鎮守府将軍付サモリ・テミス殿か。
テミス家の家庭内の力関係が一発で分かってしまったな......。
書状を渡して控えていると、ミチナ様がグシャッと読んでいた書状を片手で握り潰した。
「ふざけやがって! 過剰になってるイゼイの戦力を回せないたぁどういう了見してやがんだ! それに五百しか居ない後発隊の準備に1週間だと? 3日ありゃ出来るだろ!! 皇京のタヌキジジイ共は穴に籠る習性までタヌキじゃねぇか! クソが!」
こうなるだろうとは分かり切っていたがブチギレである。
傍らにあった酒器や酒瓶がお膳ごと柱に投げられて割れた。
もしミチナ様の魔法が内功型だったら怒りに任せて辺りが滅茶苦茶になっていたに違いない。
ここで怯えて逃げ出すなどすれば火に油だ。
俺は微動だにしないよう身体に力を入れて控えていた。
「ふぅ。で、ツナよ。ヨリツの先遣隊は何人で何時到着する予定だ?」
「はっ! 父上の先遣隊は私を含めて五名です! 到着は明日の朝となっております!」
先遣隊が五人だと聞いたミチナ様は一瞬呆気に取られていた。
しかしすぐに顔を赤くして身体が震え出した。
これはさっきの比にならない程の怒りだろう。
俺は殴り飛ばされることも覚悟して身体にぐっと力を籠める。
「ご、五人!? たった五人だと!? ふざけてんのか!!!!」
「いえ、ふざけてなどおりませぬ! 構成は全てトール家の子息子女でございます。敗北すればトール家の血筋が絶えることは重々承知! 我らは東正鎮守府の為にお家の命運と身命を賭して戦う所存で御座りますれば!」
ヨリツ父上の子供が四人であることはミチナ様もよく知っている。
その全員が激戦必至な此処に派遣されたと聞いて俺に向けられていた怒りが少し和らいだ。
「その覚悟は買ってやる。しかし五人ぽっちじゃ士気も上がらねぇし、マサードは止められねぇぞ? なんせヤツにはアタシの矢が通らなかったからな。鉄鼠の大軍すらも易々と貫いたこの”御堂弓姫”の矢が蟀谷に当たったってのにピンピンしてやがった!」
「!?」
なんと。マサードは土の両型だったはず。身体を鉄の様に硬く出来るとは聞いていたが、鉄の皮を纏った鉄鼠を貫けるミチナ様の矢が効かない程とは恐ろしい防御力だな。
「これまでマサード軍とは2戦しているが全部アタシたちの負け戦だ。サモリに指揮を取らせてアタシも戦ったがマサード以外の連中が使う鎧もバカみてぇな硬さだったぞ」
「恐らくマサード殿の魔法で生成された特殊な鉄で作られているのでしょうか? そのためマサード殿の体表と同じような硬さを誇っているとか?」
俺が聞いた知識から推測を述べるとミチナ様も頷いていた。同じ読みをしていたようだ。
だがそこまでの強さを誇るなら未だに東正鎮守府が落とされていないのは何故だろう?
魔法で生成した物質は残り続けるはずだ。
それならば防御力と兵力に任せたゴリ押しでどうにでもなるはず。
もしかしたら属性魔法の付与の様に、硬度を維持出来る時間に限りがあるのか?
そうだとすれば毎回魔力を供給する必要があるのかもしれない。
ゴリ押しが出来ないのは大軍への魔法付与を維持し続けるにはマサードの魔力が足りなくなる為と見るべきだろうか?
しかし断定情報だけでは動くべきではない。
何か証明するものが必要だ。
「それで? 連敗中のうちの連中の士気を上げる方法とマサード共を討ち果たす秘策でもあるのか?」
「士気を上げる方法は考えてあります。マサード軍への対策はまだ確証が持てないのですが————」
俺が推論と検証の必要性を話すとミチナ様は宝石のような瞳をギラつかせてニヤリと笑って頷いた。




