九十一話 味噌粥
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それから再び移動しては休息を入れてを繰り返し、シナノに入ってしばらくした頃には空が徐々に暗くなり始めていた。
大きく拓けた場所に村落を見つけたので今晩の宿を借りるため降り立つ。
ここから北東に山を1つ越えた所に東正鎮守府があるらしい。
村には女子供と老人しか残されていなかった。
「男衆や若いもんはみんな鎮守府さんの所さ手伝いに向かっただよ。お貴族様たちには大したおもてなしが出来なくてすまねぇこってす」
「いや、気にするな。一晩だけ食料と雨露を凌げる場所を借りたいだけだ。金ならあるがこの辺りでは物々交換しかしていないなら、礼は後日にでも東正鎮守府から受け取ってくれ」
「鎮守府さん所のお知り合いなら礼なんか気にせんでけれ。この辺りで盗賊も魔獣も怯えずいれっのは鎮守府の将軍様のおかげだべよ」
俺たちに宿を貸してくれたのはこの村の前村長の奥さんらしい。
現在の村長は鎮守府の方へ加勢に出ているため不在だという。
代替わりしたばかりなので貴族の応対に心許ない現村長の奥さんに代わって応対してくれたそうだ。
俺たちは前村長宅だという少し大きめの竪穴式住居に案内してもらった。
「うちにあるもんは好ぎにつこうてくれて良いです。私は今の村長の嫁さのとこで世話になるだで」
「助かる。我らは明日の昼前に出発するが見送りなどは不要だ。ただ騎獣たちには村人を近付けぬよう注意しておいてくれ」
前村長の奥さんは大きく頭を下げると現村長宅へと向かって行った。
「ツナ。簡単で構わないから調味料理を頼む。夕餉の後は手筈通り鎮守府への先触れも任せるぞ」
「はい。お任せを」
俺は雷珠を種火に使って竈に火を入れると、宅内の保存壺に入れてあった豆や玄米、恐らく鹿であろう干し肉、川魚の干物を取り出した。
シナノは内陸の為、塩は貴重品かと思っていたのだが干物も作れるくらいだしかなり潤沢にあるようだ。
人の頭くらいの大きさの壺一杯に塩が入っていた。
山塩とかいうやつだろうか?
これだけあるなら遠慮せずに使わせてもらおう。
火力が上がってきたので鉄鍋に水を入れてその中に刻んだ干し肉と玄米と豆、少量の塩を入れる。
それを煮立たせている間に川魚の干物を俺の暗器でもある鉄串に刺して火の側に立てた。
「ふう。とりあえず後は粥になるまで煮るだけかな」
俺が一息つくと左右から視線を感じた。
調理をしている様子をサダ姉とエタケがじーっと見ていたようだ。
「ツナってほんとに料理が出来るのね......」
「これは兄様の前世世界の料理なのです?」
「いや、在り物で適当に作ってるだけだよ。向こうでも自炊してたのは1カ月くらいだし」
俺の答えに何か不服だったのか二人が眉根を寄せた。
兵部の演習では野営とかどうしてるんだろうか?
「野営の時は厨人や心得のある侍従を連れて行くのですよ」
俺の心を読んだように絶妙のタイミングでエタケがそう答えた。
まさかセンシャ様のように記憶でも覗けるようになったのだろうか?
「はぁ......。そんな能力があればエタケはここまで苦労していないのです」
「いや、流石に心を読んでるでしょ!?」
「ツナは難しいことを考える時以外は顔とか態度に出やすいのよ。昨日もそれで分かったのだし」
昨日というとサダ姉が街道の山賊から女性たちを助けてくれたアレか。
俺の考えてることって後ろから見てても分かっちゃうんだ......。
姉妹に自分の機微を察知されていることを知り、恥ずかしいような嬉しいような複雑な気分になった。
俺はこのままでは適わないと、調理に逃......集中することにした。
灰汁を取りつつ鍋の水分が少し減ったので底が焦げないようにかき混ぜ続ける。
ここで登場するのが俺の秘密兵器。焼味噌玉だ。
俺が眠っている3年間の内に結界農法により大豆の生産量が増えたため、醤から味噌や醤油もどきが多く作られるようになっていたのだ。
ルアキラ殿が俺に前世の料理を再現して欲しいが為に国を挙げて生産増加を推してくれたらしい。
正直な話とてもありがたい。
焼味噌玉は味噌に乾燥させた茄子や牛蒡を刻んで混ぜたものだ。
それの表面を炙ることでカビを防止をして保存食にしてある。
湯に溶かせば味噌汁が出来上がるインスタント食品の先駆けだ。
今回はこのまま鍋に混ぜて味噌粥にする。
味噌玉を鍋に投入して崩すと、宅内には味噌の良い香りが立ち込めた。
味を追求するなら牛乳や、俺は前世でアレルギーを持っていたので未だに若干の抵抗があるが卵を入れるのもアリだろうな。
いや、姑獲鳥の卵は美味しかったけどさ。
牛乳も卵も贅沢品なのでまだ皇京のルアキラ殿の屋敷くらいでしか試せないが。
干物の方は回転させて逆面を少し炙ればいいだろう。
「旨そうな匂いがするなぁ!」
「ツナに任せて正解だったな。我らでは村人を呼んで作らせねばならんかった」
俺は竈から鍋を下ろして人数分の木の器に盛っていく。
その上に千切った干物を乗せて、持っている亜麻仁油を数滴垂らせば鹿肉の味噌粥の完成だ。
「お待ちどうさま。冷めないうちにどーぞ」
「ツナの前世では食前と食後に祈りを捧げるのだったか? それをやってくれぬか? 今日は我らしか居らんのだ。ツナの料理をツナの作法で食べても問題なかろう」
「いいわね! お父様、素晴らしい提案だわ!」
「エタケもそう思います!」
「何でもいいけど早く食おうぜ」
俺は父上の提案通りに「いただきます」と「ごちそうさま」のやり方と意味を軽く説明した。
「「「「「いただきます」」」」」
前世では当たり前のように行っていた行為だが、この世界では存在していなかったことを皆で一緒にやるのはとても不思議な感覚だ。
だが純粋に皆が俺を知ろうとしてくれているのは嬉しかった。
「うっめぇ! めちゃくちゃ旨いぜ!」
「ほんと! 作るところは全部見てたけど、切って入れて煮込んでただけなのに!」
「ほわぁ......。お味噌が辛くなくて優しい味をしているのです……」
「味噌の中に牛蒡と茄子の風味が活きているな。とろりと柔らかい粥の中に肉の食感が残っているのもまた面白い」
「みんなのお口に合ったようでなによりだよ」
口々に料理を絶賛する家族の声を聞いて、俺は料理を作って振る舞う楽しさを噛み締めていた。
その後全員がおかわりをして鍋の味噌粥は綺麗さっぱり食べ尽くされて米粒1つすら残っていない。
そして食べ終わると五人揃って「ごちそうさま」をした。
俺は後片づけと大鎧の整備を兄姉妹に任せ、手筈通り鎮守府への先触れとして皇京からの書状を携えてコゲツに跨った。




