八十九話 天空道中
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ニオノ海を越えてしばらくすると天高く聳える山々が大きく連なるスズカ山脈が見えてきた。
この辺りを根城としている魔族は山賊のような略奪だけでなく、連れ去った亜人や人族を奴隷のように扱ったり、家畜としてお互いに育てさせ定期的に間引いて食べたりしているらしい。
胸糞悪い話ではあるが、やっていることは人族や亜人の行う畜産と変わりないというのが奴等の言い分だ。
さらに狡猾な事に獲物は貴族や武人を避けて主に一般庶民を狙う為、皇京や周辺国の貴族たちからすれば荘園のように税を納めているわけでもない民がどうなろうと知ったことでは無いのが共通認識らしい。
そのためノブナガ軍よりも優先度が格段に低く見積もられているのでこれまで大きな討伐隊が組織されることなどはなかった。
「きゃああああああ!!!!」
!!
悲鳴が聞こえた辺りに目を凝らすと、右斜め下の細い道の途中で荷車を引く女性たちの前に武器を持った三人の魔族が立っていた。
出会ってすぐに殺していないところを見るに、積み荷だけでなく女性たち自身も狙われているのだろう。
俺はコゲツの足を止めさせて父上に指示を仰ぐ。
「父上!!」
「ならん! 事前の取り決め通り無視せよ。我らは急ぎシナノに向かう必要があるのだ。行くぞ」
そう。指示を仰がずとも事前に俺たちはこういう事に出会った場合の話し合いも終えていた。
出会う端から助けていたらキリが無いのだ。
陸を行く道中であれば邪魔ものを排除するのも吝かではないが、俺たちは空を駆けているので障害にならないものは無視すべきと結論を出している。
分かる。俺たちは気ままな旅に出ているのではない。
構成員が全て家族と言えど皇京からの先遣隊だ。
隊旗を乱す者は処断されて然るべきである。
それに俺たちは一刻も早く東正鎮守府に辿り着き、テミス家の人々を元とした兵たちを鼓舞しなければならない。
理解も納得もしている。だが、すぐそこに手を伸ばせば助けられる命がある。
いざ目の当たりにするとどうしても心が見て見ぬふりを拒否しようとするのだ。
「ぐっ!」
俺はまだまだ弱いな。
襲われそうな者たちを見捨てられず、父上の命に逆らい俺はコゲツに降下を指示しようと————
「-雷弾-」
背後から術の名が聞こえ、俺の右脇の下から伸びた腕の先に握られた杖が光る。
それと同時に右斜め下方に直径15センチほどの3筋の雷の線が走った。
その先には頭や背が黒く焼け焦げた三人の魔族が倒れていた。
「さ、行きましょ。ツナ。父上たちに追い付かないと」
「サダ姉様......」
襲われそうだった女性たちは何が起きたのか分からずに数秒ほど動きが止まっていたが、魔族が倒れて動かないのを確認すると急いでその場から去って行くようだ。
それを見届けた俺は安堵するとともにコゲツに父上たちを追い掛けるよう指示を出した。
「姉様。ありがとうございます......」
「どう? 魔力を絞って狙い撃つのが上手くなったでしょ? ツナが眠ってる間に母様やサイカ姉から鍛えてもらったのよ」
振り向いて礼を言った俺の目の前には、俺が新年の贈り物としてプレゼントした短杖を頬に当てて自慢気に笑うサダ姉が居た。
そうか。火縄銃もといタネガシマの名手でもあったサイカから狙い撃ちについての指南を受けたのか。
魔法は銃とは勝手が違うけれどサダ姉なりにサイカの指南を自身の魔法へと落とし込んだのだろう。
「ええ。三人とも見事に急所を撃ち抜かれていましたね。とんでもない技量だと思います。サダ姉様の努力の賜物ですね」
俺が目覚めたときにサイカとサダ姉の二人が仲良さげに話していたことを思い出して微笑み返した。
その笑みにはあっと言う間に魔族を三人も屠った女の子への恐怖や怯えなどは一切無く、自分の気持ちを汲んで行動してくれた事への感謝でいっぱいだった。
願わくばサダ姉が助けてくれた彼女らがこの先の道中も無事でありますように。
微笑み返した俺を見たサダ姉は顔を真っ赤にして勢いよく逸らした。
技量と努力を正面から褒められて照れ臭かったのだろう。
俺もよく経験するのでその気持ちはとても分かる。
ややあって父上たちに追い付くと父上から「サダの技量を確認する良い機会だったな」という言葉を受けた。
サダ姉に免じて俺の命令違反を不問としてくれたのだろう。
俺は父上に頭を下げて「はい。思わず見惚れてしまうほど素晴らしい技量でした」と答えた。
本人からは背中をベシベシと叩かれるが、彼女らが逃げるのを確認していた言い訳ではなく本当の事でもあるので許してほしい。
スズカ山脈付近を越えるとミノ国に入った。
これまでに何度か休息を入れていたのでもう日が傾きつつある。
ミノ国は国土のほとんどに森や山々が広がっているが眼下の道は意外にも綺麗に整備されている。
その道の途中にある拓けた場所には村が点在しているようだ。
父上に聞いたところ数十年前までは関所があったようで道が綺麗なのはその名残だそう。
今でも農民や商人が行き交うようで、国守は道の整備に力を入れるまともな人物なのだという。
配下の兵力も皇京へ向かう隊商の護衛などを引き受ける強者が揃っているらしい。
目に見える建物は今のところ竪穴式住居のようなものばかりで国府などはどうなっているのか気になっていると大きく拓けた場所が見えた。
そこには皇京でもよくある長屋が密集しており、その先には国府の正殿であろう塀に囲まれた小さな寝殿造りの建物と、隣にはポツンと一軒だけ庭付きの寝殿造りの建物があった。
「今宵はあちらで世話になる。やや遅れたが夕餉と部屋ぐらいは用意してくれるだろう」
国府の前に降下するとちょっとした騒ぎにはなったが、父上がミノ守ロニワ・カーサ殿に皇京からの書状を届けると邸宅の方で夕餉と対屋に2部屋用意して頂いた。
「なんとか辿り着いたな! 鎮守府まであと半分だったか? 親父たちは3日掛かるって言ってたけど急げば明日の夜中には着いちまうんじゃねえか?」
「天候も良さそうだし最速ならそれくらいに着くだろうけれど、俺たちはあくまで士気を鼓舞するために向かうわけだから夜中に疲労困憊で辿り着いても意味が無いでしょ。明日は鎮守府の近くまで行って調子を整えてから明後日の朝に到着するんだよ」
俺たちで士気を上げるには一騎当千の猛将である父上とその子らが万全の状態で助力に来たと多くの者に見せるのが最も効果的だろう。
誰も見ていない夜中にバテバテの状態で東正鎮守府に辿り着いても不安しか抱けないはずだ。
そういう意味では帝のみが所有できるはずの天馬が戦場に現れるというのは大きな効果を生むのか。
大臣たちは戦はからっきしでも人心を掴むのは上手いのかもしれない。
さすが爺ちゃんに朝廷内の権力争いで伸し上がった化け物と言わしめた人達だ。
この辺りも計算して天馬の貸与許可を出したのかもな。
俺は最近のゴタゴタでかなり低く見積もっていた大臣たちの評価を若干修正した。
「なるほどなぁ。そういうもんか」
「そういうもんだよ。たくさん援軍を連れているとかなら夜中でも自分たちの為にこんなにも急いで駆けつけてくれた! って思うかもしれないけれど、今回俺たちは五人しか居ないからね」
キント兄と話をして、夕餉を食べ終えた頃には既に辺りは暗くなっており、湯に浸した布で軽く身体を拭い清めると長距離移動の疲れからさっさと寝てしまった。




