八十六話 挙兵
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徐々に寒さが厳しくなってきた師走の第二週。
東正鎮守府から齎された救援の書状により皇京に激震が走った。
バンドーの虎マサード・イラ挙兵。
コウズケ国府を焼き討ちし、叔父である正六位下・コウズケ介クニカ・イラを捕縛。
それを皮切りにヒタチ国府も焼き払った後、カズサ・シモウサ・アワ・シモツケ・サガミのバンドー一帯を掌握して真皇を僭称。
更に従五位上・ムサシ守のオキヨ・アプロがそれに呼応。
コウズケ、ムサシ含むバンドー8国の兵力を合わせれば計一万五千もの大軍だという。
さらに現在は兵二千を率いてシナノにある東正鎮守府を目指して進軍中とのこと。
いつものようにクラマで修行をしていると、爺ちゃんの手紙を咥えた窮奇の騎獣であるコゲツに呼び戻され、既に家族皆が集まっている爺ちゃんの部屋で仔細を聞かされた俺は驚愕した。
「謀反の可能性は知らされていたけれど、行動を起こしてからが早過ぎじゃない!? バンドーの8国が全て敵に回るなんて!」
「うむ。命令を聞かねばならんだけの末端の兵はともかく、上層の者たちは魔神による陰魔法で操られて居るやもしれんな。この数か月の内に周辺国に仕込んでおったのじゃろう」
「兵力二千となると東正鎮守府の通常兵力の倍だな。少しでも早く救援に向かわねばミチナ殿たちテミス家の者が危ない」
二千人という膨大な兵数にいまいちピンと来ていなかった俺たちだが、父上が言った兵力に倍の差があるという言葉にその場の誰もが息を呑んだ。
そんな戦場に今すぐにでも救援に向かわないといけない。
激戦になることは必至だろう。
「速やかに出撃しなければならんとして、果たしてどれだけの数の援軍が向かわせられるかじゃな......」
「御館様! 内裏より火急の報せが届きました!」
爺ちゃんが皇京から出せる兵数を思案し始めると、慌てた様子の侍従が書状を持って走って来た。
その報せを読んだ爺ちゃんの顔色が曇る。
「爺ちゃん。内裏からの書状にはなんと?」
「あぁ......。どうやらセトウチ一帯の海賊を纏めておったスミト・ハルハという者がその海賊らと反乱を起こしたようじゃ。ビゼンとハリマの国司の館を襲ったらしい」
「「「!!?」」」
なんてことだ。
ここまで大きな反乱が同時に勃発するなんて、あまりにもタイミングが合い過ぎている。
スミトとマサード。この二人は繋がっているのではないか?
そうであるならばマサードの裏に確認された魔神がスミトにも手を貸している可能性すらある。
どちらの乱も直接皇京を狙っていないとは言え野放しには出来ないし、マサードに至っては一早く東正鎮守府に救援を送らねばならないほど事態は逼迫している。
実に厄介だ。
それにしても国司の館や国府が簡単に落ちすぎじゃないか?
陰魔法の関与だけでなく、もしかして3年前に危惧していた戦力過多になるほどイゼイに各地から兵を集めた弊害なのでは?
などと俺が邪推していると、またしても内裏からの急報を持った侍従がやって来た。
おいおいおい。次は何だ?
「イゼイの前線でノブナガ軍と思わしき魔族の部隊が少数ながら活発に動き出したとのことじゃ......。これはどう考えても全てが繋がっておるぞ!」
「恐らくイゼイに居る潤沢な戦力がどちらにも向かえないようにというただの牽制だろう。無視してまずはシナノへの援軍に戦力を割くべきだな」
「ですが、戦を知らぬ高位の方々はそれを許さぬでしょうね。イゼイが手薄になったことで万が一にでも抜かれるようなことがあればこの皇京が危険に晒されますもの」
俺も父上の意見に賛成だ。
恐らくノブナガ軍はまだ大々的には動かないのだろう。
何故そう考えるかというと、本気でイゼイを落とすつもりならば少数ではなく大軍を並べておけばいいからだ。
それをしない理由が不明なのは怖い所でもあるが、過剰とも言われている戦力から遊ばせている分だけでもシナノの救援として向かわせるのが正解に思える。
ただ、母上が言うように我が身だけが可愛い一部の貴族たちはそれが理解できず、イゼイの戦力低下を許さないだろう。
父上や俺の読みも絶対だという証拠も保証も無いので仕方ないことではある。
「権参議の爺ちゃんや兵部権大輔である父上でそれが差配できないのであれば誰の許可なら可能なのですか?」
「太政大臣や左右両大臣ならば多少の無茶でも思うままじゃろうが、今のジワラ家の三人に牛耳られたままでは望みは薄いのう。戦は知らぬが朝廷内の権力争いで伸し上がった化け物ばかりじゃ」
「兵部卿が居れば元・太政大臣でもあり権参議である親父殿と合わせて押し通せる望みはあったかもしれんが、前の兵部卿は2年前に隠居なされて今はまだ空位だからな」
うーむ。思った以上に権力闘争による人事の問題は深刻そうだ。
巳砦襲撃以来、俺が寝ていた3年間も含めてノブナガ軍が大した動きを見せなかったのは朝廷内部を平和ボケさせるための戦略という節もあるな。
巳砦の襲撃も偶々父上と爺ちゃんが現地に居たおかげですぐに撃退することが出来たが、イゼイからムラマル殿が出張ってくるまでに砦が幾つか落とされていた可能性もあったし。
「恐れ多くも真皇を僭称したからには間違いなくマサード殿は朝敵と認定されるよね。各国に在野する野心溢れる者たちに朝敵を打倒した者は身分問わずに中級貴族にすると詔を出して頂くのはどうかな?」
「なるほど。陰魔法の効果がどれほどかは分らんが、その詔を受ければ在野が立ち上がるだけでなく内部分裂する可能性もあるか。良い案じゃ。それはすぐにでもワシから上奏しよう」
現存する戦力を割かずに味方を増やす効果が見込めると踏んで、俺の案に爺ちゃんは乗ってくれるようだ。
真皇を称するマサードに対してバンドーの者たちがどう思っているかは謎だが全国的に見ればこちらが官軍である。
詔が出れば周辺国で日和見している者たちも動かざるを得ないだろう。
「であれば海賊共の方にも今すぐ手を引けば此度は不問に処すと伝えるのはどうでしょう? 本当に不問に出来るかは分かりませんが、時間を稼ぐことは出来るかもしれませぬ」
「いや、サキよ。それはダメだ。スミトとマサードたちが手を組んでいる場合は時間稼ぎだとすぐに看破されるだろう。それどころかセトウチの海賊が不問になるならばと他の賊共も各地で一斉に暴れ始めかねん」
「うむ。サキの策もただの海賊共であれば効果があったじゃろうが、今回はヨリツの懸念のほうが一理あるじゃろう」
大人たちの会議に俺以外の子供は口出しが出来ずに神妙な顔で聞いている。
キント兄は話が難し過ぎたのかかなり退屈そうだが、それでもちゃんと座って聞けるようになっただけ成長しているのだろう。
「あの。よろしいでしょうか?」
そんな兄姉妹たちの中で、ふと、エタケが右手を挙げて会議に割って入った。




