八十三話 八体斬り達成
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霜月に入り、朝の寒さに震えるような日が出て来た。
今日も今日とてクラマの山に剣戟が響く。
「キッ!」
「キキッ!」
「当たるかよ! シンタウ流 -水草-! テン流 -朧雲-!」
「キィー!? ギッ!」
俺は皇京八流のそれぞれの流派を扱う八体の狒々を同時に相手にして戦えるようになっていた。
数体から同時に攻められても回避に特化したシンタウ流を駆使して避けきり、乱戦ではなるべく狒々同士が相討ちになるようにテン流の技で相手の密集地に潜り込んでは搔き乱す。
俺が流派の技名をわざわざ叫ぶのは身体にその動きを覚え込ませるためだ。
肉体が覚えれば俺の使う魔法のように意識的にも無意識的にも最善のタイミングで最善の技を使えるようになるだろう。
激しい動きの連続で呼吸が辛い時もあるが、言語野を刺激することで頭の中を冷静に保つ意味もあるのかもしれない。
「キョウ流 -止木-!」
「「「キッ!」」」
相手を誘うためわざと隙を晒すカウンター剣技であるキョウ流を使うと周囲の狒々が一斉に斬り込んで来た。
ふぅー。と深呼吸をし、一気に深い集中をすることで時間の流れがまるでスローモーションのように感じられる。
「ジン流 -朝焼-」
「ギィッ!!」
周囲の狒々が同時に斬り込んで来た瞬間、動いたそれらを合わせて一体の生き物と仮定することで安全地帯を見抜き、死地を脱しつつもその最中に相手に傷を与えていく。
泥田坊という不定形の魔獣を相手取る際のジン流の技の応用だ。
「っ!」
抜け出た先で不意に背後に気配を察知し前に跳び避ける。
俺が一瞬だけ背にしていた木から狒々が現れて刀を突き立てようとしていた。
キイチ師匠から魔力を供給されているクラマでしか出来ないであろう転移術による奇襲。
なんでもありのカゲ流の狒々。
残すと面倒なので先に確殺しておく必要がある。
前回は薄暗くなってきたところで煙幕を投げられて何も見えない状態で時間切れまで逃げられた。
同時に相手をするというルールながら、コイツだけは読めない動きをするので厄介なのだ。
「伍・弐・陸・壱、参、壱!」
「ギッ! ギギャッ!」
現れた狒々の両目に雷珠を放って目潰しをし、悶えているカゲ狒々にクラマ流の連撃を繋げる。
伍の型であるオオスギによる刺突から、カゲ狒々の周囲を流れるように斬りながら一回りして壱の型ヨシクラの唐竹割までの六歩六連撃が視界を奪われた狒々に叩き込まれるとカゲ狒々は形代へと戻った。
その攻撃を仕掛けた僅かな時間のうちに残った狒々たちに少々厄介な陣形を組まれていた。
守りに特化したネン流と回避に特化したシンタウ流の狒々を最前列に残る攻撃主体の流派が斜め後ろで構えている。
前衛にタンク二枚。まるで前世のMMORPGでボスを相手にする時のような基本に忠実な陣形だ。
基本に忠実ということはつまりそれだけ手堅いのだ。
遠距離職が居ないのが大きな救いか。
まるで自分がボスモンスターにでもなったような気分だ。
こちらも回避か防御に特化すれば時間は稼げるが、この数を一気に相手をするとジリ貧だろう。
多対一を得意とするテン流で懐に飛び込もうとしても前衛のネン狒々かシンタウ狒々に身体を犠牲にして止められてはそこでお仕舞いだ。
この包囲から逃げるにしても背後は木で塞がれている。
このまま縦横無尽に刀を振り回して万が一にでも刀が木に刺さったりすれば詰む。
地の利が悪い。
「三十六計逃げるに如かずってな! シンタウ流 -水切-!」
「「「キッ!?」」」
俺は背後の木を右足で蹴り込んで跳びあがると、その勢いのまま右側の狒々たちの頭を足場にして、まるで勢いよく投げられた石が水の上を跳ねるように踏み跳んで渡った。
元々は足場の悪い場所を想定しての回避技なのだが、こっちのほうが名前の通り水切りっぽいな。
「テン流 -巻雲-! チ流 -脚削-!」
「「「ギッ!?」」」
俺は右側の狒々達を跳び越えると着地と同時に反転。
右側を包囲していた三体の間に入り込むと回転するテン流の技と相手の脚を狙うチ流の技を繋げて三体の足元をズタボロにした。
これで行動不能とはいかないまでも機動力を大きく損なうだろう。
脚を負傷しながらも反撃をしようとする狒々たちの間から転がり出るともう片方の四体に迫る。
前衛には先ほどと同じく防御特化のネン流の狒々が構え、その後ろにはテン、チ、ジンの三体が待ち構えていた。
カゲ狒々と同様に目潰しを掛けようとして気付いた。
前衛のネン狒々は既に両眼を瞑って対処している。
こちらの動きは既にネン流の得意とする気配察知で捉えているのだろう。
奇襲を防ぐ適切な対応を取ったのは見事だと言える。
だが、甘い。
俺が最も得意とするのはカゲ流のなんでもありだ。
迫る速度を落とさずに右足で落ち葉と土を蹴り上げる。
「キ!? ギェッ」
恐らく気配察知で俺の事は捉えているだろうが顔や身体に降り掛かる土や落ち葉は見えまい。
顔中に掛かった土で一瞬集中が切れた所に同じくネン流で打ち込む。
まさか力が拮抗してしまう同じネン流で来るとは想定出来ていなかったのか、ネン狒々は焦りでネン流の持ち味を活かせずに押し負けた。
「テン流 -薄雲-」
押し負けたネン狒々を相手の一人を盾にして敵集団に突っ込む技で後ろに控えた三体に押し飛ばす。
「「ギッ!」」
押し跳ばされたネン狒々と真後ろに居たチ狒々がぶつかり四体の狒々達に隙が生じる。
その隙に乗じて同時に5つまで出せるようになった雷珠でテン狒々とジン狒々の視界を奪う。
「かぁああああっつ!!!」
いきなりの俺の大声に視界を奪われた二体はビクッと驚き咄嗟に防御の構えをしてしまった。
これは相手の注意を引くキョウ流の招鳥技の1つ。鶏声。
「キョウ流 -早贄-」
「「ギッ」」
そして同じくキョウ流の死掛技である早贄を連続で放ち、構えの隙間を搔い潜って二体の心臓を串刺しにした。
テン狒々、ジン狒々の二体を形代に戻すと、体勢を立て直したチ狒々が足元へ斬りかかって来る。
「ネン流 -磁鉄-」
足元へ迫るチ狒々の刀に俺の刀を降り下ろすと両刃がぶつかり合って高い音が響く。
そのまま釣り上げるように持ち上げるとチ狒々も刀が吸い付いたように立ち上がった。
これは刀に掛ける力の方向を調整することで相手の力を利用して相手を動かすという合気道のような技だ。
姿勢を低くすることが基本のチ流にはこういった場合の対処法も勿論あるが、既に次の動作が読まれているということはほとんど詰みだ。
案の定、真横に転がって地に帰ろうとする動作に入ったところを逆袈裟に斬って台座の別れとした。
残されたネン狒々が渾身の殺気を込めて斬りかかってくるが、師匠の殺気とは比べるのも烏滸がましい程度の殺気でしかなくその程度であれば今の俺には通用しない。
「はぁあああ!! なんてな。シンタウ流 -円磨-」
「キッ!?」
同様に気迫を返し、こちらも刀で受けて鍔迫り合いに持ち込むと見せかけてシンタウ流の受け流し技で虚を突く。
渾身の一撃が流されたことで自分の力が殺し切れず体勢の崩れたネン狒々の背中を袈裟斬りにし、倒れた所で首を飛ばした。
その後、脚を負傷した三体の所に戻って油断なく一体ずつ形代に戻すとクラマの山に静寂が戻った。
「ふぅ。師匠! とうとうやりましたよ!」
「お見事ですぞ。この修行を半年ほどで乗り越えた早さもそうですが、3年も間が空いたとは思えぬ熟達ぶりには驚かされますな」
俺が勝利宣言をすると、スッと背後に現れた師匠が総評してくれた。
もうこのいきなりの登場にも慣れたものである。
「何度も言ってますが俺からすれば寝て起きたら3年経ってたという感覚ですので、身体が思い通りに動いてさえくれれば眠る前とのズレは無いに等しいです」
この皇京八流剣術を使う八体を相手にするようになって既に半年は経っている。
雷神眼による見切りと何度となく戦ったことで狒々達の行動の癖などは頭に叩き込んであるのだ。
さらに身体強化魔法の雷身は無意識どころか身体を動かす際はほとんど常時掛かるような状態。
おまけにニオノ海の竜王センシャ様から頂いた指輪の効果もあって、大人顔負けの筋力を発揮出来ている。
それでもキント兄と正面から相撲を取れば秒殺されてしまうが。
「恐らくツナ殿は遠からず人を斬ることになるのでしょうな」
「はい......」
師匠はバンドーでのマサード殿の謀反に際して、俺が父上たちと戦場に出ると予想しているのだろう。
俺もそうなる可能性が高いと感じているし、父上と一緒にキント兄やサダ姉が行くなら間違いなく同行するつもりだ。
裏に魔神が絡んでいようと人対人の争いは不可避だろう。
師匠はそのことを案じているのだ。
「自分が死にたくなければ、大切な人たちを守りたければ相手を斬るしかありませぬ。時には非情におなりなさい」
「......はい」
「相手を殺したくなければもっともっと実力を付けるしかありませぬ。という訳ですので明日からは本気のクラマ・クラマ殿と斬り合ってもらいます」
「はい!?」
実力を付けるべきなのは理解しているのだが、相手はクラマ流剣術道場の師範代を任せる程の強さだ。
唐突に本気で斬り合うと言われても俺の実力で勝負になるのだろうかと思ってしまう。
俺の不安をよそにまたいつもの無茶ぶり修行が始まった。




