七十六話 自慢したい姉、隠したい弟
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「サダ姉様。少々お話があります」
「あら、ツナじゃない。どうしたの? 今はミナ・クジョウ様がいらっしゃってるのではないの?」
北の対屋にあるサダ姉の部屋に来た俺は侍女頭のヤチヨさんに取り次いでもらい、少し込み入った話をするからと隣室のエタケ達の人払いを頼んで入室した。
サダ姉にざっくりとさきほどの神童の件を説明して、何故そんなことを言い出したのかと問いただすとポカンとした表情をしている。
「なんでツナが凄いと思われちゃダメなの? 良いじゃない。優れているのなら自慢したって。ツナだって誰かに馬鹿にされているよりも尊敬されている方が良いでしょ?」
サダ姉の言いたいことは分かるがサダ姉は俺が何故目立ちたくないかの根本が理解できていないようだ。
「姉様、よく聞いてください。俺のこの力や知識はズルをしているようなものです。悪い人物が知れば妬まれたり、家族を盾にして脅されるなんてこともあるやもしれません。そういった危険が無いように目立たずに居たいのです」
「なんでよ? 転生だって望んで出来たわけじゃないんでしょ? 力だってツナが一生懸命修行して得た事を妾は知っているわよ! それのどこがズルなの!? それに......悪い奴が出て来たら今度こそ妾がぶっ飛ばしてあげるわよ!」
転生のことにしてもその通りだし、俺の頑張りがサダ姉に認めてもらえるのも嬉しい。
だが残念なことに世の中はそう綺麗事ばかりでは無いのだ。
そして巨悪には一人では決して対抗できない。
圧倒的な力を持っていれば話は別だが、俺やサダ姉、いやトール家であっても勝てない相手はたくさん居る。
「俺は転生者だと知られて今までの勇者たちと同じような目に会いたくないし、知識や力を誇示して家族に害を為す様な変なやつに目を付けられたくもないんだってば。可能性は少しでも排除しておくに越した事はないんだよ」
「なによ! ツナが皆に認められたって良いじゃない! 妾だってツナが......妾の弟は凄い! って言われたいのよ! どうしても黙ってて欲しいんだったら妾に勝ってから言いなさい!」
どうしてそうなるのか?
いや、理性とかそういう問題じゃないのか。
サキ母様から、サダ姉は婚約者が亡くなった件以降、少し情緒が不安定になっていると聞いている。
頭では黙っておいた方が良いのだと理解できても、抑えられない感情がサダ姉を突き動かしているのだろう。
「サダ姉、落ち着いて! 第一、勝ってからって何で勝負をするんだよ。もう少し頭を冷やし——」
「うるさい! うるさいうるさい! 勝負ったら勝負よ!! 妾がツナの凄さを皆に知らしめてやるんだから!」
感情を昂らせ顔を真っ赤にして立ち上がったサダ姉の周囲で不意に魔法の大きな”起こり”を感じ、ヤバイと思った俺は咄嗟にそれの一部に干渉して打ち消した。
「え......?」
「何考えてるんだバカ! 室内で大魔法を使おうとするなんて!」
「い、今、妾は魔法を使おうとしてた......?」
......今のは無意識だったのか。
それにしたって今のは止めていないと部屋ごと吹き飛ぶくらいの規模だったんじゃないか?
サダ姉が感情を乱したことで魔法を暴走させることは昔もあったが、あの頃とは比にならない魔力だったぞ。
「うん。こんな近距離であんな規模の魔法を使ってたら二人とも危なかったよ......」
「ご、ごめ˝んなざいぃぃ」
自分がやらかしそうになったことを理解できてきたのか次は顔色が青くなりへたり込んで泣き出してしまった。
俺は一瞬逡巡したが、サダ姉に寄り添うと初めてこの部屋に来た日のように正面から抱き締めるような恰好になり右手でサダ姉の手を握り、左手で背中を撫でてやった。
「大丈夫。ちゃんと俺が止めたよ。誰も怪我もしていないし部屋も壊れてない。今後ももしサダ姉様が暴走しそうになっても何度だって俺が止めるから安心してね。ずっと一緒に居れば安心でしょ? 俺がサダ姉を守るからね」
いつの間にか13歳というこの世界では結婚可能な年齢になっていたサダ姉を慰めるために家族とはいえ、男の俺が抱き締めてしまって良いものかと悩んだが、前世での13歳などまだ中学1年生で子供から大人になる準備段階みたいなものだと割り切ることにした。
「うん......ごめんね......。頭では誰にも知られない方が良いって分かってたのに、でもそれだとツナが誰にも認められないから、それが寂しくて、嫌で、妾......」
「うん。俺の為に怒ってくれたのは嬉しいよ。でも本当の俺の事はサダ姉や大切な人たちが知っていてくれたら他の人の評価なんてどうでもいいんだ。だから秘密にしてて欲しいな」
「わかった......。妾たちだけの秘密ね」
しばらく背を撫で続けているうちにサダ姉が泣き止み、思いの丈を話してくれた。
弟が自分より遥かに年上の転生者と知ってもなお弟想いの優しい姉だ。
俺の力を秘密にすることに納得してもらえたようで良かった。
「さて、もういいかな? お待ち頂いているミナ殿の所へ戻らな——」
「まだダメ」
「え。いや、ほら、もうサダ姉も落ち着いただろうし、姉弟とはいえあまりくっついているのも外聞が——」
「あ、頭、撫でて......」
冷静になってだんだんとこの状況に恥ずかしくなりつつある俺はなんとか離れようとしたが、目を潤ませ頬を紅くしてそんなことを言うものだから思考が止まってしまった。
「な、なんで?」
「エタケが昨日ツナにいっぱいギュッとされたまま頭を撫でてもらえたって自慢して来たもん......」
そう言われると昨日はエタケに慰められて感極まった俺が暑苦し過ぎてエタケがのぼせてしまう程に抱き締めて頭を撫で続けてしまったんだった。
今になって冷静に考えたらアレも相当アウトだったのでは......。
昨日の自身の暴走を思い返すと背中に冷や汗が伝っていた。
「昨日のアレは俺もどうかしていたというか、今になって考えると——」
「今日は妾がどうかしてたから良いの。して」
「はい......」
サダ姉の圧に押し負けてしまった俺は緊張と恥ずかしさからかなりぎこちない動作になりつつもサダ姉の頭を撫でた。
意識し始めるとサダ姉の使っている茉莉花の精油の甘い匂いなども気になり更にドキドキしてしまう。
素面で美少女の頭を撫でる羞恥に耐えている俺とは対照的にサダ姉の表情はとても満足そうにしていらっしゃる。
こんなことまでエタケと張り合わなくても良いのでは。
乙女心は全く分からん......。
しばらく頭撫でマシーンに徹していると不意に背に気配を感じた。
「はっはっは! 姉弟の仲良きことは善い事じゃ!」
「あら。私たちはお邪魔だったようですね。どうぞお気になさらず続けて頂いて結構ですよ?」
振り返ると爺ちゃんとミナ殿が部屋の外から覗いていた。
恐らくしばらく気配を殺していて今になってわざと気配を出したのだと思う。
一体いつから見てたんだよ......。
どうにも昨日のエタケの件といい、雷神眼による生体電流の探知が疎かになってしまっているな。
クラマではこんな事は無いので、久しぶりに帰って来た我が家ということで無意識に気が抜けてしまっているのかもしれない。
「うわぁああああ!!!!」
心の中で自省しながらも羞恥心に耐えられなくなった俺はサダ姉からそっと離れると、全速力で部屋から飛び出——そうとして爺ちゃんに捕まった。
「こらこら、ツナも含めて三人で話す事があるんじゃ。サダ。すまんがツナは借りていくぞ」
「はい。お爺様。ちゃんと後で返してくださいね!」
すっかりと調子が戻ったのか楽しそうに笑うサダ姉と微笑むミナ殿の視線を受けつつ、俺は服の襟部分を捕まれたまま爺ちゃんの部屋まで連行された。




