七話 呪縛からの解放
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2023/12/01 連載開始しました。
本日も2話掲載です(1/2)
「其方は確か妾の弟のツナでしたね。息災でしたか?」
「はい。お陰様で毎日元気に過ごしております。本日は姉上にお会いするお時間を設けていただき大変嬉しく存じます」
キント兄との稽古の後、水浴びで汚れを落とした俺は屋敷の北の対屋にあるサダ姉の部屋で御簾越しに仰々しい挨拶を交わしていた。
爺ちゃんは所用で暫く席を外しているのでこの部屋には今、俺とサダ姉と侍女頭の三人だけだ。
この国では従五位下以上の位階を持つ家は貴族とされ、その家柄の娘は姫として扱われて滅多に男性に姿を晒さない仕来りがある。
しかし今の彼女は姫ではなく武官を目指すことを許されたそうなので本来は御簾など必要がない。
これというのもプラム婆様が亡くなるまではサダ姉には姫教育がなされていた名残で、今でもプラム婆様の頃から居る侍女達によって男性の前に姿を晒す事を極力控えさせられているのだそうだ。
「はぁ…...。実の弟と会うにも御簾越しで話さねばならぬなど、難儀なものですね......」
「サダ姉様は既に武官を目指されていると聞き及びましたが、どうして普通に会話するのが禁止されているのですか? 私はサダ姉様のお顔を拝見したいのですが?」
「ツナ殿! 無礼ですぞ! そんな事は許されませぬ!」
疑問に思ったことを普通に口に出したら侍女頭に怒鳴られてしまった。
ヒステリーを起こしたように怒鳴る侍女頭を見ると、その表情には怒りだけでなく何故か怯えが混じっているようだ。
「私はまだまだ元服も遠く烏帽子も無い童にございます。そんな者ですら姉上に直接お会いする事を許さぬと申しているのはどこのどなたでございましょうか?」
「プラム様に決まっておるではありませぬか!!!!」
侍女頭はブルブルと震えながらも真っ赤な顔で怒鳴った。
はぁ? 亡くなったプラム婆様の価値観を今でも律儀に守ってるってことか?
サキ母様やヨリツ父上はサダ姉が武官になることを認めているのに?
思い出すだけで怯えるほどなんて、プラム婆様はどんな恐怖政治を敷いていたんだ?
「失礼を承知で申し上げますが、プラムお婆様は既に御隠れ遊ばされて久しいです。今、許可を求めたい場合はどなたにお許しいただければよろしいのでしょうか?」
「そんな許可などプラム様が通しませぬ!」
ダメだ。聞く耳を持ってないんじゃ話にならない。
それにプラム婆様の名前が出た辺りからサダ姉の様子がおかしい。
両肩を抱いて震えているのが御簾越しでも見てとれる。
俺も前世で心が折れて引き籠りになってから社交不安障害やパニック障害を併発したので少しわかる。
俺の場合は自信喪失からの自虐自傷だったが、サダ姉達の場合はプラム婆様から言葉や暴力、あとは魔法で縛り付けられたのかな......。
貴族として、姫としてこうあるべきと厳しすぎるほど厳しく躾けられてきたのだろう。
今世だと普通のことなのかもしれないが、前世の感覚だと虐待と言っても過言ではない。
「ハァッ......。ハァッ......。ハッ、ハァハァ......」
震えていたサダ姉が胸を押さえて苦しみだした。
いけない! 過呼吸を引き起こしたようだ。
「サダ姉様! 落ち着いて!」
俺は御簾を潜ってサダ姉に駆け寄ると肩を抱いてゆっくりと安心させるように声を掛け続ける。
「ツナ殿! 何を! 近付いてはなりませぬ!」
「黙れ」
サダ姉の容態など目に入っていないのか未だキーキーと騒ぐ侍女頭に対して一喝すると、怒りからほとんど無意識に首筋へ電撃を当てていた。
「ヒィッ!! プラム様! 申し訳ありません! 申し訳ありません!」
俺の起こせる静電気レベルの僅かな電撃でもプラム婆様にされたことを思い出したのか侍女頭は蹲って延々と謝罪を口にしている。
あちらも発作を起こす前に何とかしたいところだが、悪いが今はサダ姉を優先させてもらう。
「ハッハッ、ハァッ...…......。ハァ......ハッ............」
「サダ姉、大丈夫だから。落ち着いて、ゆっくり大きく息をして。サダ姉の手を握ってる俺の手の感触わかる? 外の鳥の鳴き声は聞こえる? 俺がついてるから安心して」
過呼吸の対処としてゆっくり大きく息を吐かせ、パニックになっている意識を別の方向に逸らすことで緩和させる。
これは前世で通った精神科の先生から習った。
十分程、頭を撫でたり背中を擦りながら同じようなことを繰り返しているとようやく落ち着いてきたようだ。
「サダ姉、大丈夫? 落ち着いた?」
「うん......。ありがとう......。ツナ」
俺が袖で涙と涎を拭ってやると、サダ姉は気恥ずかしそうに頬を紅く染めた。
うん。しっかりと顔を見たのは初めてだが、サキ母様に似てやや赤みを帯びた黒い瞳の大和撫子という感じの端正な顔立ちだ。ややつり目がちなところはヨリツ父上譲りか。
明るい朱色の髪は話に聞くプラム婆様の隔世遺伝かな......将来はきっと美人になることだろう。
「さて。あっちもなんとかしないとなぁ…...」
侍女頭は未だに蹲ったまま延々と今は亡きプラム婆様に謝罪し続けている。
発作のようにはなっていないものの、こっちも重症であることは明らかだ。
プラム婆様に関わってきた年季が違うせいだろう。
サダ姉の時と同じように背中を擦って落ち着かせていると爺ちゃんが戻ってきた。
「これは一体どういう状況じゃ!?」
「話せば長くなるんだけど..........」
上がりきった御簾、涙と涎を垂れ流してプラム婆様に謝罪している侍女頭、侍女頭の背を擦って肩を抱いている俺、心配そうに俺と侍女頭を見つめるサダ姉。
きっと第三者の視点だと、どこの修羅場だって光景だったに違いない。
侍女頭が落ち着き始めた頃に俺は爺ちゃんに経緯と推測を話した。
「ふむ......。プラムはそんなことをしておったのか。信じたくはないが先ほどの惨状を思い出すと信じる他あるまいて」
「今の主の命に逆らってサダ姉様の自由を奪っていたのは事実だけど、言ってみれば彼女らも被害者だから、なるべく寛大なお裁きを......」
「妾からもお願いします。お爺様」
どこの世でも主の命令に逆らっていた従者は重い処分を下されてもおかしくはない。
だが、サダ姉の為にもこのことでこれ以上誰かが犠牲になるのは望ましくないということも爺ちゃんなら分かっているだろう。
「プラムの頃から長く仕えてくれていた者達には休息が必要のようじゃな。生家でしばらく静養するのがよかろうて。その間に不自由しないだけの金子も渡しておく。1年後にまたここで仕えたいかを尋ねる文を出すので、戻りたい者だけ戻ってくると良い」
「ありがとうございます............」
「ありがとう......! お爺様!」
寛大な沙汰に侍女頭が平伏して礼を述べ、サダ姉は瞳を潤ませて安堵していた。
「さて、ツナよ。勝手に御簾の向こうに潜り込むなんてことはこれっきりにするんじゃぞ? 今回は身内事であったからよかったものの、相手が余所の貴族の場合は姫を傷物にしたとしてお主の首が飛ぶ」
「き、気を付けまーす……」
聞いた瞬間に背筋に悪寒が走った。
知らなかった......。御簾一枚を隔てていることがそれ程までに重要なのか。
自分の首も相手の尊厳も大事なので、もう御簾には触れないでおこうと肝に銘じた。




