七十四話 色恋三年、愛八年
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三体目のシンタウ流を使う狒々に苦戦し攻略法が見えぬまま土曜日を迎え、久々にトール家の屋敷に帰って来た。
従者たちにはクラマで3年半ほど山籠りをしていたということになっているので労いの言葉で迎えてもらったが、俺の身長が約3年半前と比べてほとんど伸びていなかったことからどれだけ辛い修行だったのかとかなり心配されてしまった。
ちょっと心苦しいが真実を話すわけにもいかないので心の中で謝っておく。
爺ちゃんもルアキラ殿も緊急の用事が入ってしまったようで今日の勉強は自習となった。
なんでもバンドーの方で謀反を企てている者がいると朝廷に訴えに来た者が居るのだとか。
バンドーと言えばデサート殿を思い出すが元気にしておられるだろうか。
今年の正月に挨拶に来てくれたらしいが、まだ俺は寝ていたから会えずじまいだ。
爺ちゃんから聞いた話では、ニオノ海の大蜈蚣を倒した後に帰るのが遅くなりすぎて先に送った米俵と反物について知らせることが出来ず、帰った頃にはお嫁さんと親族が米を全部食べて、反物も全て衣装に使ってしまったそうだ。
使い切らずに放置しておけば1年で元に戻ると文を添えておけばよかったのに......。
竜王センシャ様から頂いたチートな宝具の末路はあまりにもあっけないものだった。
本人は笑い話としているようなのでまあいいか。
クラマにも立ち寄ったそうで、螺旋鏃をお抱えの鍛冶師に作らせようとしたが上手くいかなかったらしく、サイカに鍛冶師兼愛妾として嫁ぎに来ないかと打診したらしいがあっさりと断られたみたいだ。
爺ちゃんから聞くまでサイカは教えてくれなかったが、傍で見守りたい人が居るからと言って断ったのだそう。
いつの間にそんな人が出来たんだろうか。
そのうち紹介してもらえるかな?
てか、俺が眠っていた3年の間に色恋沙汰が起き過ぎじゃないか?
テミス家のヤスマ殿もアレス家の養女と婚姻を結んだというし。
あれ? 養女? ヤスマ殿が想いを募らせていたのはアレス家の実子のムラサキ様だったような?
まあ......色々あるんだろうな。
三つ子姉妹もそれぞれ婿取りのお相手が決まりそうだという話も聞いたし、テミス家は安泰だろう。
それと比べるとうちはまだ安泰とは......。
「兄様? ボーっとなさってどうなされたのです? 何か考え事ですか?」
「お、おうエタケ!? な、何でもないぞ。皆結婚するのが早いなとか、俺は大丈夫なんだろうか? とか考えてないから!」
気配もなく背後から忍び寄って来たエタケに声を掛けられ、驚いて思考していたことを全部ゲロッてしまった。
雷神眼で感知はしていたはずなんだが、未だに思考の海に沈んでいると注意が散漫になってしまうな。
いや、屋敷の自室で注意する必要なんてないはずなのだが......クラマでの修行の癖かな。
急に出現する式神たちと戦う修行なんてのもしていたしなぁ。
いや、そもそもなんでエタケは気配を殺して近付いて来たんだ?
「結婚ですか? 兄様には兄上のように想い人がいらっしゃるのです? もしくは前世で添い遂げた方が忘れられないとか?」
「いや、そういう人は居ないよ。それに前世では社会が怖くなってずっと部屋に籠っていたからね。結婚どころか同性の友達すら居なかったよ。だからキント兄のように一途に一人を想い続けた経験も無いし、サダ姉のように婚姻を結んでも良いと思える相手に巡り会う事もなかったかな」
何度思い返しても前世では勿体ない時間の過ごし方をしていたように感じる。
あれはあれで楽しかったし、部屋に籠っている間は誰からも責められる事が無いから安心だったのだけど。
「兄上が純粋なのはさておき、姉上のアレは気の迷いです! それにしても世を嘆いて余人と交わらずにお部屋に籠り切りですか。まるで悟りを開いた僧のようですね!」
「ぶはっ!」
「兄様!? ど、どうかなさいましたか!?」
「エタケの表現があまりにも前向きというか、良い印象のように捉えられてるから思わず吹き出しちゃったよ。そんな高尚なものじゃないからね? どちらかというと命の危険もないのに外が怖くなって穴倉に隠れている負け犬だよ」
前世とはいえ自分自身を卑下し過ぎるのも良くないが、エタケがあまりにも前向きな捉え方をしているので俺の前世に対する印象を修正しておく必要がありそうだ。
後からエタケの想像する俺と現実の俺が乖離していくよりも早いうちから知ってもらったほうがエタケの心の傷も軽くて済むからな。
カッコいい兄ではありたいが、それは虚飾に塗れた姿を信じさせることと同義ではない。
「怖いと逃げたくなるのは当たり前ではありませんか? エタケも姑獲鳥に攫われた時は武門に秀でたトール家の子だというのに怖くて逃げたくて仕方なかったです......。それに例え前世が立派でなかったとしても、今の兄様はカッコよくて素敵な兄様です!」
「エタケ......。ありがとう......」
ずっと誰かに共感して欲しかった。
誰かに肯定して欲しかった。
誰かに認められたかった。
前世での願望が叶えられ感極まってしまった俺は涙を流しながらエタケを抱き寄せて頭を撫でていた。
良い子過ぎる......やはりエタケは天使だ。
この天使もいつかは誰かと結ばれるのだろう。
考えるだけで更に泣きそうになるが、その時は笑顔で送り出してやるからな。
「に、兄様!? エタケたちにはまだそういうことは早いというか、いえ! 決して嫌という訳ではなく! エタケはかまわないのですが母様たちが————」
エタケが慌てたように何かを言っていたようだが感極まっていた俺には聞き取れていなかった。
俺が落ち着くまでしばらくエタケを抱き締めたまま頭を撫でて過ごし、解放した頃にはエタケがのぼせたような表情でフラフラになっていた。
「うおっ!? すまん! 大丈夫かエタケ? そんなになるほど暑苦しかったか。本当にすまん!」
「いえ、にーさま。へーきれす......。ほんじつはこれでしつれーいたひまひゅ......」
「フラフラじゃないか。部屋までおぶっていこうか?」
「い、いえっ! ひとりでもどれましゅ!」
背負って送ろうとするとエタケは慌てて俺から離れて、覚束ない足取りでバタバタと音を立てながら走って自室へ戻って行った。
そういえばどうして俺の部屋に来ていたんだろう?
何か用事があったんじゃないのか? まあ体調悪そうだったし、また後日聞けばいいか。




