七十三話 三年ぶりの修行再開
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「ツナ殿。お久しぶりですな。七歩蛇の毒を受けて倒れられたと聞いた時は失礼ながらもうダメかと思ってしまいましたが、こうしてまた元気な姿を拝見できてなによりですぞ」
「キイチ師匠。ご無沙汰しております。ご心配とご迷惑をお掛けしてすみませんでした。また今日からクラマでお世話になります」
如月に入り体調ももう問題ないとされた俺はクラマでの修行の再開を許可された。
キイチ師匠の容姿は3年経っても全く変化はなく、そこまで久しぶりとも思っていないような反応だった。
寿命の長い烏天狗族には3年などさほど大した時間では無いのかもしれない。
まあ、俺も寝ている間の時間経過は感じていないので、修行も2週間と少しぶりくらいの感覚だ。
しかし3年間修行が出来なかったという事実はまだまだ子供である俺にはあまりにも勿体ない。
これからは今まで以上に激しい修行を……と意気込んでいたら、師匠から言い渡された修行は白竜の指輪を外してクラマの山中での走り込みと寺の掃除だった。
俺がクラマに来た時に最初に行った修行である。
違う点があるとすれば浮かせている雷珠の数が5つである点だ。
眠っている間は無意識下で魔法を使い心臓や肺、脳に電流を送っていたらしく、より繊細な操作と効率を極めていたらしい。
眠っていた期間が期間であるため、起きたら強くなっていた! と手放しでは喜べないが全てが無駄な時間ではなかったと感じられたのは嬉しい。
以前と同じく体力作りを3か月続けている内に皐月に入った。
この間はまだリハビリも兼ねていたのでトールの屋敷には戻らずに土日の間はツチミカド邸へ行っていた。
勉強だけでなく、時折家族が見舞いに来てくれるので一緒に新たなものを作る過程を見学したりもしていた。
家族たちと失った3年を埋めるかのように、今まで以上に濃密な時間を過ごせたことが嬉しかった。
「さて、持久力も戻ったようですな。それに日々の素振りなどもキレが増したように思いますぞ」
「白竜の指輪のおかげか身体の動かし方が分かるようになった気がします。外した後もその動きを脳が想像出来るので現状の最適化が出来ている感じですね」
「なるほど。ではまたしばらく指輪をつけての修行をした方が良さそうですな。皇京八流剣術を使う狒々たちと戦って頂きますので。≪来たりて望んだ形と為せ≫ -急急如律令-」
そう言うと師匠は懐から8枚の形代を出して呪文を唱えると刀を持った八体の狒々が出現した。
狒々の容姿はそれぞれ異なっており、大鎧のものや女性用の衣装(?)のもの、褌のみのものも居た。
毎度の事ながら師匠は式神に個性を持たせるのが好きだな。
いや、もしかして今までの狒々もクラマ・クラマ殿みたいに基になった実在の人物がいるのかもしれない?
「最初は個別に同じ流派の技で相手をして頂きますが、最終的には全てを使って八体を相手に戦って倒せるようになっていただきますぞ」
そんなことを考えているうちにいつもの無茶振り修行が始まった。
まずはお馴染みのクラマ流を使う狒々だ。
俺と似た修験者の装束を纏っている。
技量は道場で師範代を勤めているクラマ・クラマ殿にはかなり劣っているが、皇京八流剣術全ての基礎となる流派だけにその型は洗練されていて付け入る隙が中々見当たらない。
縦横斜め、そして静・動、円と壱から陸までの6つの型を自在に組み合わせ流れるように繋がる動作には久々の実戦でもあったため翻弄されて防戦一方になっていたが、俺の肉体がクラマ流の動きの感覚を思い出すと次第にこちらの攻勢が増し始めた。
「壱・陸・陸・伍!」
「キッ! キキッ!?」
真正面から懐に潜り込んだように見せ、円の動きで背後を取る。
最初の踏み込みに虚を突かれたクラマ狒々がその動きに対応するために振り向くが、更に円の動きで再び背後を取って渾身の力を以てして一気に斬りつける。
「ギィィイッ!!」
背後から渾身の唐竹割を受けて一刀両断されたクラマ狒々がボンッという音と煙と共に形代へと戻った。
「ほほう。今の狒々は3年前のツナ殿を模したうえに白竜の指輪の効果も加味して生み出したのですが、まさか初日で突破するとは某の想像を超えておりますぞ」
「!? ありがとうございます! まさか俺の模倣だとは気付きませんでした。どうりでクラマ・クラマ殿よりも数段劣って見えたわけだ......」
なんと相手をしたクラマ狒々の基になったのは3年前の俺だったとは驚きだ。
しかし師匠も粋なことをする。
俺が3年も修行が出来なかったと悔いていることはお見通しだったわけだ。
自信を付けさせるためにこんな計らいをしてくれたのだろう。
木の上から見ている師匠に対して自然と頭が下がった。
そのまま続けて2戦目はネン流を使う狒々だ。
ネン流は防御に主軸を置いた流派で、殺気などの気迫を自在に扱い、相手の動きや刀を通して思考を読むという。
雷神眼と相性がかなり良く、俺の独自杖術で培った守りの動きと親和性が高い。
ただし、今回の修行はあくまで同じ流派で戦わなければならない為、守勢同士の戦いでどうやって相手を崩すかを模索することが勝負の分かれ目となるだろう。
結局この日は数合打ち合っただけで後はほとんど睨み合いで終わってしまった。
翌日、早朝からネン狒々と打ち合うもやはり防御一辺倒の型同士では決め手に欠けている。
睨み合って時だけが過ぎるのも意味が無いように思えたのでこちらから行動を仕掛けることにした。
とは言っても、基本的に守りしかないような流派なので、攻撃に使える技は限られている。
守りの構えのまま相手を押したり突撃したりという感じだ。
無論そういった技に対する防御の技もあるのでどうやって崩すかが問題となる。
「うぉおおおお!!!!」
「キィイイイ!!!!」
左手を縦に構えた刀の峰に添えて突撃した。
ネン狒々も同じように左手を添えた刀をやや斜めに構えてそれを受け止め、鍔迫り合いの形になる。
ここで雷神眼でネン狒々の身体をしっかりと見た。
体内に流れる生体電流から全身に力が入っているのが分かる。
「ふぅっ」
「キッ!?」
力を抜いて軸足を後に引くと全力で押していたネン狒々の体勢が崩れ前傾姿勢となった。
「かぁあああっつ!!」
「!?」
その瞬間、大声と共に殺意を込めた気迫を孕んだ喝を入れるとネン狒々の身体がビクリとして動きが止まる。
すかさずもう一度踏み込んで突撃を仕掛けると、不意を突かれて踏ん張りが間に合わなかったネン狒々が吹き飛ばされて地面に転がった。
そのまま駆け寄って転がったネン狒々の刀を持った右手首を左足の一本歯下駄で踏みつけ、首筋に刃をあてて頸動脈を切り裂く。
式神なので出血はないのだが空いた左手で頸動脈を押さえる様は現実の人間のように見える。
苦しむ様を見たい訳でもないので安全のために踏みつけていた右手首を砕き、のたうつネン狒々を介錯した。
「お見事。緩急を付け虚を突くことはツナ殿の得意技ですな。今の大声を使う技は少々キョウ流に近かったですが、まあ良いでしょう」
「御目溢しありがとうございます。純粋な力比べでは勝てない俺にとってそれ以外に勝ち筋がありませんでした」
のたうつ狒々を見て思ったが、俺は本当に人が斬れるのだろうか。
人死にを目の前で見ることに未だに多少の抵抗はあれど、そのせいで戦闘不能になったりはしないが、いざ自分が手を下すとなった場合にどうなってしまうかは分からない。
でも大事な人が目の前で危険な目に合っていたりしたら、躊躇なく相手を斬れるだろうなとは思う。
「なに、人斬りなど慣れる必要はありませぬ。やらなければやられるので致し方ないと割り切りなされ。無用な情けは復讐を生むこともありますぞ」
「はい......」
心を読まれた気がしたが、今の俺はそんなに分かり易く態度に出ていたのか。
無用な情けは時に復讐を生む......か。
俺の中にその言葉は重く響いた。
師匠もそんな経験があったのかもしれないな。
この日の狒々との修行はここで打ち切られ、その後は何も考えることが出来なくなるほど師匠と真剣での実戦稽古をさせられた。




