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セイデンキ‐異世界平安草子‐  作者: 蘭桐生
第一伝:幼少期~毒と影編~

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閑話 眠れる石のツナ 前編

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「ふぅ。ミナ殿ご無礼申し訳ありません」

「い、いえ……。ツナ殿に助けられたようですね。この恩義にはいつかきっと報います」

「いえいえ、俺は出来ることをやっただけですか————ら?」


 毒蜥蜴を蹴り飛ばしたツナが胸を押さえて倒れそうになるも、その前に右大弁のミナ・クジョウが抱きとめる。 


「ツナ殿!!?」

「ツナ!!?」


 異変を察知したミチザ・トールが獣の処理を中断してツナへと駆け寄る。

 二人はその様子を見てすぐに、同日亡くなったナガ・クジョウと同じ症状であることに気付いて青ざめる。


 既にツナの全身は硬直し石のようになっている。

 毒の威力を知っている二人はもはや手遅れではないだろうかと嫌な考えが一瞬だけ脳裏を過った。

 その時、先ほどミチザが起こした雷鳴の轟音によって衛士隊(えじたい)が駆けつけて来た。


「ワシは権参議(ごんのさんぎ)ミチザ・トールじゃ! 不審者と魔獣に襲われた! 医者と薬師を早く呼んで来い!」


 ミチザは怒声をあげた後、ツナが蹴り飛ばした生物の方へ灯りを近付けて確認した。

 既に壁に張り付いたシミとなっているが、金色の体色に4寸(12㎝)程の体長。赤い目玉に撒き散らされている血の色は青。

 記憶を頼りにして今まで読んだ魔獣図鑑から該当する生物に思い至った。


七歩蛇(シチホダ)じゃったか......」


  七歩蛇は噛み付いた者を石に変えるという伝説がある異国の希少で凶悪な魔獣だ。

 ヒノ国には存在しない伝説のような魔獣の為、別の生物の名で献上品として紛れ込ませて暗殺に用いたのであろう。


 ミチザは孫を襲った魔獣の死骸を憎しみを込めた目で睨みつける。

 その拳には力が入り過ぎて血が滲んでいた。

 

「ツナ殿には守られただけでなく、我が子の仇まで討ってもらったのですね……」


 ミナは抱き留めたツナの髪を撫でつつ、今まさに消えてしまいそうな命に悲哀の篭った眼差しを向ける。


 そして気付いた。

 その表情が我が子の時とは違うことに。


「ミチザ殿! ツナ殿は息をしております!」

「なに!? まことか!!?」


 ミチザが駆け寄りツナの口元に手を翳す。

 弱弱しくはあるが微かに呼吸をしており、胸に耳を当てれば微弱ながらも心臓の拍動も聞こえている。


 そこへ衛士に連れられた内裏の医者と薬師がやって来た。

 医者はまず倒れている見張り番だった衛士二人の脈を確認する。

 人質となっていた衛士は脇腹に短刀が刺さったままではあるがまだ一命を取り留めており、敵対していた衛士は事切れていた。


 裏切り者によって負傷した衛士は医務室へと運ばれていく。

 医者と薬師はツナの病状を確認して、ミチザから七歩蛇の毒だと聞かされると驚愕した。

 伝説と言われるほど珍しく異国の魔獣でもある為、解毒薬などは内裏にも用意されていないし存在するのかさえ分からないという。

 そもそも七歩蛇に咬まれて生き永らえているのが不思議だとも言っていた。


 そこへ騒ぎを聞きつけて集まって来た衛士や近衛の隊長格に事の報告と今後の指示を伝えたミナが戻って来た。


「ミチザ殿。私は一旦、息子の亡骸と共に我が家へ戻ります。その後すぐに手勢と検非違使(けびいし)を率いてクスベの屋敷へ向かい中の者どもを一人残らず捕らえます」

「分かった。そちらは任せる。人はおろか獣一匹足りとて逃すなよ? 全て捕縛せよ」

「はっ! 必ずや。承知いたしました」


 ミナは戸板に乗せた息子の亡骸を衛士に運ばせると自らの角馬に乗って屋敷へと向かって行った。

 ミチザはそれを見送ると、ツナを抱えたまま箱に七歩蛇の死体を入れて一旦自らの屋敷へと帰宅した。


「親父殿! 内裏で騒ぎがあったと聞いたが、先ほどの雷鳴は親————ツナ!?」

「うむ。ツナが巻き込まれて七歩蛇に咬まれた。今回の事は視えてはおらなんだが、ワシがついて居りながら……すまぬ」

「七歩蛇!!? そんなものが内裏に!?」


 伝説上だと思われていた魔獣の毒に侵されている息子の姿と、神皇以外の者に深々と頭を下げる父親の姿を初めて見たことに驚いた。


「内裏での騒ぎ故にサキは近衛として主上の下へと向かっている。私が詳しく聞かせてもらおう」

「うむ……」


 ミチザは今日起きた事の仔細を全て語り、ツナの症状は内裏の薬師もお手上げだということを伝えた。

 それを聞いたヨリツの表情は苦々しい。

 我が子の無茶を止められなかった父への怒りなどもあったが、何よりも計画を企んだ者たちへの怒りが抑えられそうになかった。


「私もクスベ家の包囲に参加して参ります」

「ああ。くれぐれもクスベの者共は殺すなよ。裏に繋がる者を暴く必要がある。何よりも楽に死なせてはならぬ」

「はっ! して、親父殿はどうなされるのか?」

「ワシは今からツナを連れてツチミカド邸へと向かう。ルアキラ殿ならば何か知っておるやもしれんからな」


 二人はそれぞれ準備を済ませて屋敷を出ていった。

 

 ミチザが騎獣である窮奇(キュウキ)のコゲツでツチミカド邸に辿り着くとすぐに中へと案内される。

 ルアキラは事のあらましを聞くと苦い顔をしていた。


「なるほど。七歩蛇の毒ですか......。我が師の遺した資料でも、ミチザ殿が知っておられる情報以上のことは載っておりませんね。そもそも即死するような毒なので、内裏の薬師が言ったようにこうやって今でも生きておられるのが奇跡です」

「むう。お主でも解毒や治療方法を知らぬか......。後はクスベの者が知っておるかどうかじゃが......可能性は低いじゃろうな」


 ヒノ国で一番の賢者だったコウボウの弟子であるルアキラが知らないとなるとこの国にツナを救える術を知る者は居ないであろうと思われる。


「ええ。先ほどツナ殿に浄化を用いてみましたが、効き目が無いように感じました。やはり治癒や浄化の効能は受け手の命素に依存するので、元々命素量が僅かしかないツナ殿には効き目が......」

「そうか......。お主にも出来ない事があったのじゃな。いや、すまぬ。今のは気が立っておった故の失言じゃ。申し訳ない」


 ミチザは落胆のあまり配慮に欠けた言葉を発していた事に気づいて謝罪した。

 ルアキラはフッと笑って「お気になさらず」と返した。

 ミチザ程では無いにしろ、ルアキラもツナのことを気に入っているのだ。

 最初はただの観察対象だったが、交流を重ねるうちに自分とミチザのような親しき間柄になったと感じていた。

 そんなツナを救えない歯痒さはルアキラにも大いに理解できたのだ。


「治癒を掛けてみて気付いたのですが、ツナ殿はおそらく無意識的に自分で神経などに雷を流して心の臓や肺を動かしておられるご様子。これは本人が生きようと必死に足掻いておられるのだと思います......」

「さすがワシの孫じゃ。神成りの儀を行ったときも命の綱を伝って現世に戻って来たんじゃからな。それでツナという名を付けたんじゃ」


 ミチザはツナの生まれた日の事を思い出し、目に涙が溢れる。

 手で涙を拭った時に自分の掌が怪我をしていることに気づいた。


 それは七歩蛇の死骸を見て怒りのあまり拳を強く握り締めた時についた傷だった。

 血は止まっているが、血の跡が残っていた。


「血......。そうじゃ! 血の鐘じゃ! 竜王から貰った小鐘があった! 霊獣である竜王ならば治すことが出来るやもしれぬ!」

「たしかに。霊獣の中には人智を越えた知識や能力を持つ者が居ると伝説がありますね」

「これからワシはニオノ海へと参る! すまんが戻るまでツナを任せた」


 一筋の光明が見えた事にルアキラも笑顔で快諾する。

 竜王の血から生み出された竜血の小鐘の存在を思い出したミチザは屋敷へ戻り小鐘を懐に入れるとニオノ海を目指してコゲツを急がせた。


 深夜にニオノ海へと到着したミチザは竜血の小鐘を軽く振ると、リーンと透き通るような美しい鐘の音が真っ暗な畔に鳴り響いた。


「ミチザ殿。お久しぶりと言うには早いですね。 何かございましたか?」

「おお。竜王センシャ様。実はツナが......」


 美しい白髪の女性の姿でニオノ海を統べる竜王センシャがいつの間にか目の前に現れていた。

 深夜で月と星々の光しかなかった周囲が日の光のような明るさに包まれている。

 気が急っており挨拶も忘れたミチザは単刀直入に皇京で起きた事を話した。


「なるほど。珍しい毒で解毒薬もなく、元々命素が僅かなため浄化や治癒がほとんど効いていないと......。それではツナ殿には妾の魔法も効かぬでしょうね......」

「センシャ様のお力を以てしても無理とは......ツナの命素量の低さをこれ程に呪わしく思ったことはない......!」


 妖魔大蜈蚣(オオムカデ)の毒を一瞬で消し去ったこともあると聞いていた霊獣である竜王のセンシャの浄化魔法を以てしても命素量の僅かなツナには効果が無いだろうと言われ、ミチザは絶望から怒気を露わにした。


「今すぐ助けることは不可能ですが、肉体を保つ薬と解毒薬のための知恵を授けることは出来ます」

「まことか!!!!? 是非ともその知恵を授けてくだされ!!」


 センシャの提案にミチザはその術を教えて欲しいと飛びついた。

 それを聞いたセンシャは右手の薬指の先を嚙み切って血を滴らせるといつの間にか出現していた左手の中の氷で出来た細長い瓶に自らの血を溜めていく。

 瓶の8分目まで溜めると蓋をして左手に魔力を込めて詠唱しながら瓶を振る。


「-(オン) 蘇羅薩縛帝(サラソバテイ) (エイ) 娑婆訶(ソワカ)-」


 瓶を振りながら3度詠唱すると赤黒かった血が淡い光を放つ深紅の液体へと変化していた。

 それをミチザに手渡してセンシャは説明を始める。


「妾の血を神々の飲み物に似せました。紛い物ですが幼いツナ殿の肉体ならば1年は不死となり毒で命を落す事は無いでしょう。それを口に9割ほど含ませなさい。飲み込めなくとも口の中から体内に浸透していきますので」

「神々の飲み物が不死性を与えるという伝説はまことじゃったのか……承知した。して残りの1割は如何する?」

「残りは馬に飲ませるのです。それもただの馬ではなく七歩蛇の毒に耐えられるようなとても強い馬が必要です。飲ませた馬には七歩蛇の毒を針先に1滴垂らして後ろ脚へと刺すのです。そして半年程経ったらその馬の血を少しだけ抜いて妾の前に持って来てください。その血から解毒薬を生成して差し上げましょう」


 七歩蛇の毒にも耐えられるほどの馬となると神皇の白い角馬(カクバ)になるだろう。

 下手をすれば馬が死んでしまう可能性もある。

 ミチザは角馬を借り受けるにはどうすれば良いかを思案しつつ、センシャの言った手順を復唱した。


「覚えたようですね。ではまた半年経ったらまた小鐘を鳴らしてください。妾も今の術でかなりの力を使ってしまったので半年ほど眠ります。ニオノ海の浄化は眷属の(ミズチ)たちに任せますのでご心配なく。それではまたお会いしましょう」

「センシャ様! 感謝申し上げる!」


 別れの言葉を放ったセンシャは眷属の蛟の背に乗ってニオノ海の沖へと消えていった。

 その後姿に対して地に伏せて頭を下げ、最大限の感謝を伝えるミチザ。

 周囲に再び闇が戻るが、ミチザはそれでもしばらくの間はそのまま頭を下げ続けた。


「やらねばならんな」


 コゲツの背に乗り、夜通し空を駆けて皇京イアンへ帰還する頃には既に朝日が昇り始めていた。

 ツチミカド邸で預かってもらっているツナの下へと戻ると、寝ずの看病を続けていたルアキラにニオノ海で聞いたことの仔細を報告して、竜王の作った飲み物をツナの口へと含ませた。


「では、これで助かる可能性があるのですね!」

「うむ。1年は毒で死ぬことはあるまい。解毒薬が完成するまでに半年は掛かるようじゃし、まだ他にも色々と準備が必要じゃがな......。とりあえず竜王様に言われた通りの分量をツナへと飲ませたがこれは……」

「聖痕が光っておりますな......」


 ツナの身体にある雷が落ちた時に出来る火傷痕に似た聖痕。

 それが薄くではあるが青白い光を放っていた。


「神成りの儀で神の力を宿しておるのじゃろう。それに反応したのやもしれんな......」


 二人は暫しの間、聖痕に触れてみたり魔力を測ったりしたが、特に光っていること以外は分らなかった。


「しばらくはこのままにしておくしかないですね......」

「そうじゃな。して、皇京の動きはどうであった?」

「はい。空が白み始めた頃にヨリツ殿が報告に参りました。ミナ・クジョウ殿や検非違使と連携してクスベの屋敷内部の制圧、人員捕縛、生物捕獲が漏れ無く完了したとのことです。当主の左中弁ポワゾ・クスベは白を切っていますが、息子の右大史(うだいし)トキシ・クスベが自白したと......」


 ルアキラはそのまま今回の事件の犯行動機などを話し始めた。

 トキシの吐いた話では、年若い右少史のナガ・クジョウが自分よりも先に内宴に参加できるようになったのが悔しく、このままでは自分を追い抜いて出世されると父であるポワゾに泣きついたところ、ついでに厩番(うまやばん)であるクジョウ家の二人を亡き者として、魔獣を扱える自分たちがその地位に成り替わろうと画策したということだった。


「なんと愚かな......! それで七歩蛇の入手経路や操っていた者の素性は?」

「それはトキシには一切知らされていないということで、ポワゾの尋問待ちですね......」


 下手をすれば神皇を害することも可能だったかもしれない今回の事件を朝廷は重く受け止めるだろう。

 七歩蛇の出所や七歩蛇を操っていた見張り番の衛士に扮した男の素性などは拷問に掛けてでも聞き出すだろう。


 それからミチザは朝議の前にクジョウ邸を訪れてミナと念入りな打ち合わせをしてから参内した。


「昨夜起きたことは国家を揺るがしかねない大事である! 首謀者や協力者は一人も見逃してはなりませぬ!」

「そうだ!」

「然り!」


 事件の全容を徹底的に暴いていくことに朝議の参加者全員の意向が一致した。

 そして次は恩賞の話となった。


「ミナ・クジョウ殿はご子息を亡くされ、自身も狙われたにも関わらず賊を返り討ちにし、そして賊がクスべ家と繋がりがあることを看破。検非違使と手勢を率いて屋敷の全員を捕らえたという。これは見事な働きという他ありませんな。なんぞ望みはありますかな?」

「ありがたきお言葉です。全てはミチザ殿とヨリツ殿、トール家の御助力のおかげです。つきましてはトキシ・クスベ殿が辞された右大史の席にヨリツ殿の兼任を推薦致します。また主上の白角馬ですが、我が子の他に世話が出来る者が育つまではクジョウの屋敷にて面倒を見させて頂きたく存じます」


 ミナがトール家のヨリツを推したことに場が少しざわついたが、クスベ一族捕縛の際は大活躍していることが既に周知だった為、已む無しや妥当の声が上がり、ミナの提案は神皇への上奏を許された。

 

 ツナの話題は一切出ない。

 代わりにミチザが連れていた従者を一名失った。という虚報を流してあるだけだ。


 その後の議題はクスベ家を取り潰すか否かや、残ったクスベ家の利権を誰が手にするかで一層熱を帯びていった。


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