六十四話 竜王からの褒美
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「さて、あの大蜈蚣、ヒャク様の残した大鎧じゃが、これは朝廷に献上するという形を取らせてもらう。首級を上げたお主に渡せんのはすまんと思っておる」
「たしかに惜しくはありますが、ヒャク様は使いこなせる者に渡せと仰られていました。拙者へと贈られたものでは無いと理解しております」
天狗面を外して申し訳なさそうに爺ちゃんが大鎧”鳶頭蜈蚣”を朝廷へ献上するように勧めると、デサート殿は苦笑しつつも大鎧を献上することを認めた。
「代わりと言ってはなんだが、サイカ殿! 其方に拙者の刀を打って欲しい!」
「えぇ!!? ウチが!?」
「ああ、其方の特製矢は素晴らしいものであった。この矢がなければヒャク様を天に還すことは出来なかったであろう。だがコレを貰っても雷上動はお返ししなければならぬからな。矢だけでは意味が無い。故にこの大蜈蚣を討った矢で刀を作って欲しいのだ!」
ヒャク様に刺さっていたのは俺の御守りだったものを含めて6本だ。
ヒャク様が消えた跡に落ちていた。
とっておきの3本もクラマ山で込められていた魔力は完全に消えているので本当にただの鉄の矢でしかない。
「わかった! そこまで言われて受けへんかったら女が廃る! ウチに任せとき!」
サイカはニカッと笑って右腕に力こぶを作り、左手でパンパンと叩いて見せた。
「射っていない矢は鏃だけ切断して普通の箆に使えるようにしてお渡ししましょうか?」
「良いのか? 流出すると危険なモノでは?」
「そうですね。ですが妖魔大蜈蚣のような存在がいつまたどこで現れるとも限りませんし、その時に通じる矢は必要でしょう? それにデサート殿ならコレの使いどころは弁えてくださると信じていますので」
やはりデサート殿はこれが危険なものだとよく理解なさっている。
そう感じてくれているならば悪いようにはしないだろう。
軽く釘刺しだけしておけば俺の意図を汲んでくれると思う。
話し合いを終えると俺たちは竜王へ事の顛末を報告するためにニオノ海の畔へと移動した。
「皆さまありがとうございます。討伐ご苦労様でした。彼女は無事に還ることが出来たのですね......」
白髪の美しい女性の姿をしたニオノ海を統べる竜王のセンシャ様が妖魔大蜈蚣討伐の礼を述べた。
おそらく妖魔大蜈蚣が元は霊獣のヒャク様だったことは知っていたのだろう。
まあ、そんなこと事前に話されても信じ難いしな。
ヒャク様が正気に戻ることが無ければ俺たちも知らぬままだっただろうから気にする事じゃない。
「では依頼を達成した貴方がたには褒美を取らせましょう。出来る限り望む物を与えましょう」
「ならば拙者は大鎧を願いたい! 先ほどとても素晴らしい大鎧を手に入れ損ねたばかりでしてな! あとは出来ればで構わぬが国許に残した妻への土産が欲しい。存外こちらに居るのが長引いたんで怒っておるかもしれん」
センシャ様が褒美を尋ねるとデサート殿は割と遠慮なく望みを話した。
まあ、命を張って戦ったんだもんな。
これくらいは役得なのかもしれない。
「すまんがワシは辞退させて頂く。あの場には居ないということになっておるし、竜王殿から依頼を受けた際に立ち会ってもおらんしな」
「あ、私もあの場には居ないことになってるので辞退するのが筋なんでしょうけれど......出来れば大蜈蚣の毒で汚染された貝や魚だったりニオノ海の浄化を早めにして頂けると嬉しいです。漁師たちが困ってるみたいなんで」
「ツナ坊ちゃん......」
「それは勿論。ニオノ海の浄化や維持は妾の務めでもありますので。力が戻り次第、随時行います」
爺ちゃんは辞退したしその理由は俺にも当てはまるので本当は辞退すべきなんだろうけれど、俺たちが二人とも辞退したらサイカも望みなんて言えないだろうからな。
自分の利にはならない範囲でお願いするくらいなら許してくれるだろう。
チラッと爺ちゃんの顔を見るとニカッと笑って返してくれた。
うん。これで良いらしい。
「じゃ、じゃあウチもその、お願いなんですけど......。お仲間の蛟はん達が漁師のおっちゃんらと遭っても襲わんといてもらえんやろか?」
「ふむ。妾の命を聞く者たちに限りますが、人間から手を出してこない限りは襲わないことを約束させましょう」
「おおきに! おっちゃんらも喜ぶわ! 絶対にこっちから手ぇ出したらアカンって言うときます!」
さらっとやりとりが終わったが、わりととんでもない内容だぞサイカ......。
魔獣と人間が制限付きとはいえ和平協定を結んだようなものだ。
本人は全然そんな大層なことは考えてもいないだろうが、すごいことだぞこれ。
爺ちゃんたちからオウミ守に伝えて周辺村落に周知しておいてもらわないといけないやつだ......。
再びチラッと爺ちゃんの顔を見ると、今回は苦笑いをしていた。
まあ、偉業だよねこれ。
センシャ様の方では眷属の蛟を数匹呼び出していた。
その背にはそれぞれ葛篭を背負っている。
「まずはデサート殿。こちらをお受け取りください」
蛟が運んできた葛篭の中には黄金色の大鎧が入っていた。
「これは大鎧”避来矢”と申します。これを一式全て身に着けているうちは貴方に矢が当たることはありません」
「おお! それはとんでもない鎧だ! 有り難く頂戴する!」
大鎧”避来矢”の効果を聞いてその場の誰もが驚いた。
この鎧を着けているうちはずっと矢が当たらないなんてまるで神器ではないか。
しかし、俺たちの驚きはこれで終わりではなかった。
2つ目の葛篭には米俵1俵と赤い鱗柄の反物1本が入っており、センシャ様がそれらの説明を始める。
「こちらは使い切らない限りは1年で元の量、長さに戻る米俵と反物です。奥方への土産にどうぞ」
「なんと! そんな物が存在するとは! これは忝い。良い土産が出来た!」
1年で元に戻る米俵と反物......。凄すぎる。
流石に戻るまで1年を要するらしいが、それでもとんでもない効果だ。
これが複数あれば不作の年なんて関係ないし、衣服に困ることもなくなって公衆衛生も改善されるだろうな......。
正直、欲望のままに答えないのは惜しいことをしたかな? とも思わなくは無かったが、それは自らの欲に忠実にならなかった俺たち三人ともが一瞬は考えただろう。
「さて、ツナ殿達はほとんど自身に関係のない願いでしたし、それでは妾が心苦しいので特別な品を贈らせてください」
そう言うとセンシャ様は右手の人差指の先を噛み一滴の血を垂らすと赤銅色の小鐘が現れた。
「竜血の小鐘です。これをニオノ海の周辺で打ち鳴らせば直ぐに妾が駆けつけて1度だけ出来る範囲でのお手伝いを致しましょう」
「ワシは依頼を受けてはおらんと申すに......。とんでもない物ですな。有り難く頂戴する」
爺ちゃんが小鐘を受け取って頭を下げた。
やはり霊獣、竜王ともなると爺ちゃんですら頭を下げて礼を言うんだな……。
変な感慨に耽っている間に、センシャ様は自分の口に右手を当てると、手の中には1本の大きな牙があった。
それに息を吹きかけると見る見るうちに大小の槌の形に分れていく。
そして最終的に大小合わせて4本の鍛冶用の槌となった。
「竜牙の槌です。心清い貴女ならば使いこなせることでしょう」
「お、おおきに......ちゃう! ありがとうございます! 歯は大丈夫なん......ですか?」
「ふふっ。またすぐ生えますのでお気になさらず」
そんなにすぐ生えてくるものなのか......。
そういえば何時の間にかさっき血を垂らしたときの指の傷も無くなってるな。
竜王の回復力はすごい......。
センシャ様の指を見ていると、左の薬指の爪をまるで付け爪を外す様に剥がした。
ギョッとしたが、一瞬光ったと思うと新たな爪が生えていた。
竜王の回復力はほんとにすごい......。
剥がした爪が輪っか状になる。
そして真っ白な指輪となった......。
って、指輪!? この世界では装身具の中でもかなり珍しいな。
神々の居た時代には指輪や耳飾りなどが使われていたらしいが、いつからかその文化が消えたという。
今あるのは専ら櫛や簪のような髪飾りくらいだ。
気にしたことは無かったが、指輪や腕輪などを貴族に流行らせると良い商売になるかもしれないな。
「こちらは白竜の指輪。身に付けているだけで命素や魔力に依存せず身体の能力と機能を向上させます。命素を増やしたりする物を作れなくてごめんなさいね。あと、嵌める指は左手の薬指でも良いですよ?」
「!!? あ、ありがとうございます......どうしてそのことをご存じなのですか?」
「ふふふ。内緒です。女には秘密が多いものですから......。それでは皆さま。今回は誠にありがとうございました」
指輪の効果もさることながら、左手の薬指に付けても良いなどと揶揄ってきた。
てことは意味を知ったうえで左手の薬指の爪をわざと使ったよな。
本当に何者だよ......。
センシャ様は俺に指輪を渡すと最後に右手の人差指を唇に当てクスクスと笑い、眷属の蛟の背に乗って去って行った。




