五十三話 クラマでの家族
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「ツナ坊ちゃん。ちょっとお願いがあるんやけど……」
「改まってどうしたの?」
妖魔蛟討伐隊が皇京からニオノ海へ派遣されてから3日程経ったある日、サイカがとても切り出しづらそうにお願い事を頼んで来た。
一体なんだろうか? いつも折ってしまった刀の打ち直しや修理などで助けてもらっているので可能な限り聞いてやりたくはある。
「実はな。今朝もニオノ海へ行って来たんやけど、知り合いの漁師のおっちゃんの子供がニオノ海で泳いで遊んでた時に汚れた水を飲んでしもたみたいで、ずっと身体中が痛い痛いって泣いてたんよ......」
「俺にその子を診て欲しいってことか。でも俺は医者じゃないから多分助けたりは出来ないと思うよ? サイカを治せたのは本当に偶然の事だからね?」
俺がサイカを治せたのは神経系に関する症状だったからというだけだ。
日頃から身体の内外を微弱な電流で動かしているからこそ出来た電気治療。
後は前世知識で偶々神経の修繕に効く食材の知識があっただけだ。
「わかってる! ...... ツナ坊ちゃんがウチを治せたんが偶然なんも、今あの近くが危ないから来てもらうんが難しい事も分かってるねん......。でも、ちっちゃい子が泣いてるんを見てもうたら何とか助けてやりたいって思ってまうねん......」
それからサイカは自分が過去に三人も子供を亡くしていたことを語ってくれた。
一人目は流産、二人目は生まれて間もなく死亡。やっと言葉を話せるくらいまで育ってくれた三人目は3歳で流行り病に罹り、里付きの医者が手を尽くしたものの結局助けられなかったそうだ。
「そっか。そんなことがあったんだね......」
俺はこの世界におけるこの国の乳幼児の死亡率の高さを嘆いた。
四人も無事に産んだサキ母様の運が良かったことと、うちは貴族だから環境が良かったのもあるだろうな。
前世世界と比べると貴族であろうと大概なものだが、庶民には衛生面や栄養面の問題があまりにも多いのだ。
知り合いの漁師の子供を自分の子と重ねてしまって色々と思い出しているのだろうな。
丸まって泣いているサイカを優しく抱きしめて背を擦ってやる。
「よしよし。辛かったね。大変だったね。でも今はサイカには俺たちが居るからね」
「うん......。うん......」
大きな幼子のように泣きじゃくるサイカを慰めながら、俺は決心した。
「......わかった。行くよ」
「え......?」
「今からニオノ海へ行くよ。何もできないかも知れないけれど、それでサイカの気が少しでも和らぐなら俺が診てあげるよ」
大事な”家族”が悲しんでるんだ。
一肌でも二肌でも脱いでやるとしますよ。
「ありがとう......ツナ坊ちゃん」
「いいよ。ってか俺もまだまだ小さい子だと思うんですけどね?」
そう。俺は年が明けたら6歳にはなるが世間的にはまだ小さい子に分類されて然るべきだと思うのだよ。
「あ......。つ、ツナ坊ちゃんはその大人びてるというかオッサン臭いというか、実は同い年くらいなんかな?って思う時もあって......ごめん! 最近は見た目が小さいだけの大人な種族かなとか思ってた!」
「誰が穂人族か! れっきとした人族だわ!」
穂人族とはこの世界に存在する牧歌的な暮らしをする背の低い亜人種である。
大人になっても稲穂くらいの背丈までしか成長しないので穂人と名が付いたとかなんとか。諸説あるらしい。
素で俺の実年齢を忘れていたらしいがあながち推測は間違っていない。サイカの謝罪に冗談で返すと二人して顔を合わせて笑った。
「というわけで師匠! 今からニオノ海へ向かおうと思います!」
「仕方ないですな......。危険な目に合う可能性が零とは言えないのでツナ殿には結界の外に出る許可を出したくないのですが、先ほどの”俺たち”には某も含まれているということでしょう。今回だけ特別ですぞ」
「え? えぇ!? えぇ~!!?」
俺が突然部屋の外に向かって大声を出した事にサイカが疑問を持った瞬間、柱の横から突然姿を現した師匠に驚き、少し前の会話を聞いていたことに更に驚いたようだった。
「ありがとうございます! でも盗み聞きは良くないですよ?」
「術の特性上クラマで起こることは全て見聞き出来てしまうのです。聞いてはいけないと思った所はちゃんと目を閉じて耳を塞いでおりましたのでご容赦を」
サイカの話を聞いていたから修行の時間になっても来なかった俺のことを心配して覗いているだろうと思ってたけれど、本当にクラマにいる限りは師匠に隠し事なんて出来ないな。
「なんよそれ......キイチはんのことはタダもんやないと思ってたけど、いくらなんでも予想以上や......。はっ! ってことはウチが最近作ってもらった桧風呂に浸かってるとことかも全部丸見え!?」
「ははは! 某は烏天狗ですからな。混血とは言え人族の女子に興味はありませぬ故、安心なされよ。入浴中は存分に歌ってもらって構いませんぞ」
「ぎゃー! めっちゃ聞かれとるー!!!! ツナ坊ちゃん!? ちゃうねん! 湯に浸かるんが気持ち良過ぎてつい口から出てもうただけで......。 ってもう! 何言わすねん! キイチはんのアホ―!!!!」
風呂場で歌っていることをバラされたサイカは赤くなって師匠に怒っている。
すまん。サイカ。その歌声は普通に俺の寝所まで聞こえてたから俺も知ってたよ......。
意外と綺麗な高音が出てるよね。
本人には言わないけど。
師匠はきっとさっきまでのしんみりした空気を取っ払ってくれたんだろう。
良い人だ。
半分は驚かせて遊んでる茶目っ気に思えるけど......。
「では、ツナ殿。こちらをお付けください。流石に庶民相手とは言え力を使う際に素顔を晒すのは良くないでしょう?」
「あ! そうですね! 助かります!」
師匠の言う通りだ。
危うく自分の素顔のままで診療するところだった。
なるべく力を隠していかないとだからな。
そうして手渡された物を見ると、口元の開いた立派な長い鼻の真っ赤な天狗面だった。
烏天狗じゃないんだ......。
「その天狗面には認識を阻害する魔法が掛かっておりますので、命素量のかなり多い者以外にはツナ殿のことは子天狗に見え、そして印象に残りづらくなります」
「なるほど。サイカ。ちょっと被ってみて」
「え! ちょっ!!」
命素量の少ない者の筆頭である俺がそう見えなきゃ師匠に遊ばれてる可能性もあるからな。
半ば無理やりサイカに面を被せてみると、サイカの顔が繋ぎ目などない完全な天狗の顔になった。
「まるで天狗だな......」
「はぁ......。コレ返すで。アホなこと言うとらんとさっさと行こ......」
「ツナ殿は緊張感が足りませんな。表にオロシを待たせてあるのでお早く」
「ちょっ! 急に扱いが雑になるなって!」
二人共この後の診療で俺が気負わないように力を抜かせてくれてるんだろうな。
トール家の実の家族とは別のクラマでの家族たちの気遣いが嬉しい。
俺は鉄棍を背負うとフフッと笑みを浮かべつつ、大烏のオロシに飛び乗りサイカの後ろに跨った。




