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セイデンキ‐異世界平安草子‐  作者: 蘭桐生
第一伝:幼少期~鴎鳴編~

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四十七話 布団の魔力

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「ルアキラ殿! お久しぶりです!」

「ツナ殿。お久しぶりです。以前送っていただいた火薬やそれを利用した兵器の危険性に関する資料は大変参考になりました。ありがとうございます」


 葉月の勅祭である石清水(いはしみず)放生会(ほうじょうえ)を無事に終えたある日。

 正確には同日の十五夜の夜宴ではまた小さな魔獣の出現騒動があったらしいが、詳しくは知らないので無事終わったのだろう。


 俺はルアキラ殿に会うためにツチミカド邸を訪れていた。


「ふふ。長らくお待たせしましたが例の物と実験中のアレが出来上がりましたよ。こちらです」

「おお! これですか! 流石です」


 俺の目の前には綿布団と洋式便器が並んでいた。

 事前に文で実験中の品々が完成したという報告を受けていたが、実際に完成品を目の当たりにすると感激も一入だ。


 流石に未使用品だろうが便器に頬ずりまではしないものの、まだ夏真っ盛りにも関わらず布団には抱き着いてしまった。


 そして敷布団の上に寝転がり掛け布団を羽織る。


 あぁ~! これだよ! これ! この柔らかさが恋しかった!


 いくらトール家が貴族と言っても、寝殿造りの屋敷の板張りの床に寝るところだけ薄い畳が敷いてあるだけだったのだから、寝ている時に背中が痛いのなんの。


 俺の部屋だけ内緒で叩きほぐした稲藁を古い絹服で包んだ藁クッションを使っているが、とてもチクチクしていたので使い勝手は悪かったのだ。


 そんな痛さからは解放され、全てを包み込んでくれるこの布団の魔力!

(実際に布団が魔力を持っているわけはないはずだが、魅了の魔法が掛けられているかもしれない)


「如何ですか?」

「最高です!!!!」


 ルアキラ殿がニヤっとした笑顔で感想を聞いてきた。

 きっと既に布団の良さを体験したのだろう。

 もしかしたら開発者特権として既に毎日使用しているのかもしれない。


「では、こちらを豪華に設えたものを主上に献上したあと、子飼いの商人を通して殿上人や貴族の方々向けに販売という形を取らせていただきますね」

「夏の時期なのでまず敷布団だけでいいのでうちをなるべく優先していただけると助かります! 出来ればクラマにも3組ほど!」

「ふふっ。承知いたしました。ミチザ様への贈答品とクラマへは暑気払いの奉納品として手配させましょう」


 つい欲張って自分の分だけクラマと屋敷の分で2枚もお願いしてしまったが、ニヤリと笑みを浮かべて快く応えてくれたルアキラ殿に「お主も悪よのう~」等と言いそうになった。


「それでこちらの洋式便器……和式が無いのに洋式っておかしな話ですね。座式だと間違えて座敷に置く人が出そうだし。鞍型便器?とでも呼びますか。これには例の機能が?」

「ふむ。鞍型便器か......。身近にあるものに例えた名付けは良いですね。ええ。ご要望通りの機能もありますよ」


 俺の質問に対してそう答えると、ルアキラ殿は便器の背もたれのようになっている貯水タンク?へと魔力を流した。

 すると便座の淵から水が流れたあと、管が伸びてきてピューッと水が出る。


「おおぉ……! ウォシュレット!!」


 その後再度魔力を流すと次は便座の淵から内側へ向かって風が吹き出した。

 これは便槽ではなく濡れた尻を乾かす為の物だろう。


「おおぉ……! 乾燥機能まで!!」


 俺は今猛烈に感動している! 拙い説明からよくぞここまで作り上げてくれたものだ。

 これで……これであの恥辱から解放されるのだ……。


「これだけの絡繰りを作るのには苦労しました。結局属性魔法頼みなので起動させるには水と風の因子を持つ者が必要になりますがそれでよかったのですね?」

「ええ。どこの貴族も自分で後処理に魔法を使えない所はうちみたいに厠番を雇っているでしょうし。その者たちの仕事が楽になるだけなので構わないかと」


 そう。この世界では未だ紙は貴重品でトイレットペーパーなんて高尚なものは存在しない。

 貴族は大きい方の排泄を終えた後の処理係に厠番や厠女(かわやめ)と呼ばれる水と風魔法を扱える人物を雇っている。


 その役割を担うのは大体が年老いた女性だ。

 老いたりと言えど男性に姫子の恥部など見せるのは良くないというのは納得出来る。

 だが、出来れば男も老婆と言えど女性に(まあ人でなくてもだが)尻など見せたくはないのだ。


 庶民の場合は自分で後処理に魔法が使えない者は籌木(ちゅうぎ)と呼ばれる木の板を使って後始末している。

 クラマで使っているが使い勝手はとても悪い。

 あれと比較すると遥かに衛生的ではあるのだろうけれど。


 しかし、これがあれば厠の外にスイッチ部分を露出させるだけで外に居る厠番に合図を出せば魔力を流してもらえば処理が可能だろう。

 厠界(そんなものがあるかは知らないが)に革命が起きたな。


「結局はこれを増産する場合は下水路とやらを作る方がよいのですね? 庶民はどうするのです?」

「下水路の近くに公衆厠を設置しましょう! 設置区画ごとに必要な因子を持つ人達に給金を出して後処理係を頼めば新たな雇用も生まれますし、魔石を盗難された場合はその厠は暫く後処理係が来てくれなくなるとでも噂しておけば、周囲の利用者で勝手に目を光らせてくれるでしょう」


 複雑な公共工事は無理だろうが世界最古の下水路とされる古代ローマのクロアカ・マキシマのような地下にトンネルを掘って石で固めるか、もしくはもっと単純に溝を石で固めて水路とする開渠型であれば再現可能なのではないだろうか。

 ついでにウキョウ区の開発が遅れている原因である湿地帯の解消にも使えるかもしれない。


 一番の問題は排水先の屎尿(しにょう)処理だ。

 人糞肥料は寄生虫とかを考えると野菜なんかには使いたくないんだよなぁ。

 肥溜めも衛生害虫の温床になるしな。

 皇京人口分の屎尿を川に流すとなると汚染され過ぎて下流の人が生きていけないだろうし。

 集めて乾かして燃やすのが無難かな?

 戦国時代みたいに兵器に転用するのはいくら魔族相手とはいえ、破傷風や疫病の元だからやりたくない。

 とりあえず皇京の衛生環境を最優先として懸念点を伝えた後はルアキラ殿に丸投げしよう。


「うーむ。今は戦都に土木系の人足は流れてしまっていますが......。まあこの鞍型便器を使うには排水として下水路は必須でしょうしね。こちらも主上へ献上する際に上奏してみましょう」

「是非お願いします! 皇京を見学させてもらった際に衛生面が気になっていたので多少でも改善出来れば疫病などを予防出来ると思います」


 以前、爺ちゃんに皇京内を見学に連れて行ってもらった際に気になったのが衛生面の酷さだった。貴族区画はまだマシだったが、庶民の長屋が続く小路では糞尿はその辺に垂れ流しだったので悪臭が漂い、息をするのも憚られるほどで糞小路と呼ばれるような有様だった。


 たしか中世ヨーロッパでも人の糞尿が街中を汚していて、それらを踏んでスカートを汚さないようにハイヒールという靴が生まれた。なんていう嘘か本当か分からない珍妙な説も聞いたことがある。


「確かに清掃されていない排泄物に塗れた小路などでは病人が多いと聞きますね」

「そうなんです。定期的な掃除も規則化した方が良さそうですね。後は無患子(ムクロジ)の木をもっと植えましょう! 果皮を洗濯や手洗いに用いると良いですよ。あ、腹を下すこともあるので食べるのは厳禁だとは周知しないといけませんが!」


 無患子の果皮にはサポニンと呼ばれる殺菌抗菌作用を含む物質が含まれており、水に溶けると泡立って天然の石鹸のように使えるのだ。

 既に公家屋敷等には洗い物用として利用されているようだが、庶民の衛生面改善にも使えるだろう。


「ふむ。ここまで大々的なものとなるとカツゾウの都作りの資料の一部が見つかったことにでもしますか......」

「なるほど。それが良いかもしれないですね。第二案や試し書きした分、千切れた数枚が別の書籍に混じっていたことなどにすれば......。向こうに本物の資料が残ってた場合でも現在の魔都を見て来た人なんて居ませんし乖離があっても平気かと!」


 悔しい話ではあるがもし仮に第六天魔王ノブナガが俺の知っている織田信長であれば、皇京よりも魔都の方が衛生面でも技術面でも優れていそうなんだよな。


 それに魔都となる前の皇京ジワラだった頃に街づくりをしたのはおそらくノブナガよりも後の江戸後期~明治初期の時代から来た勇者カツゾウだったのだから、それを占領して作られた魔都はもっと進んだ都市である可能性すらある。


 本当にカツゾウの功績が三貨制度と僅かな建築技法しか残っていないのが惜しい(あと澄み酒か)

 俺のように仕組みが分からないまま道具を使っている時代から来た人間よりも遥かに生活に即した物作りが出来ていただろうに。

 誰が作ったかなど関係なく良い物は良いのだから残しておいて欲しかった。


 現在は人族の側に神も勇者も居ないので、俺が陰ながら文明水準を上げていくしかないだろう。

 出来る事なら少しでも快適に暮らしたいしな。


 綿布団と洋式便器という希望を得た俺は、新たに洗濯機について話し合ってから帰宅した。



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