四十五話 エタケの師匠
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「はあ......。私ではダメなのか?」
「ちちうえではダメです!」
母屋の父上の部屋で父上とエタケが何やら話し合っている。
姑獲鳥の討伐から3カ月が経ちエタケの勉強漬け期間も解かれたようだ。
今日は木曜で偶々用事があって父上に会いに来たのだが、間が悪かっただろうか?
「ツナ! 丁度良い所に来た! お前もエタケを説得するのを手伝ってくれ!」
「エタケを説得ですか?」
「ちちうえ? にいさまはエタケのみかたですよ? エタケがにいさまをだいすきなように、にいさまもエタケがだいすきなのですから」
説得とは何をだろう? と思っていると初手からエタケが強い札を切って牽制している。
大好きだなんて言われたら俺としてはエタケに味方せざるを得ないじゃ————
っと、イカンイカン。
もし姑獲鳥の時のようなワガママなら、大好きな妹の為に止めてやるのも兄の務めだ。
「まずは話を聞きましょう」
「うむ。エタケがな武術の師匠を付けて欲しいというのだ」
「それは構わないのでは? 私もキイチ師匠の下で日夜励んでおりますし」
俺にもそうして貰っているのだから、エタケに師匠を付けるくらいは良いのではないか?
一体何がダメなのだろうか?
「まだ年齢が……」
「私も3歳からクラマで修行をつけて頂いておりますよ?」
「うっ……」
知らぬわけではないだろうに、何を言っているのだ父上は?
まあ、俺の場合は俺を隠しながら実力を付けさせるためという理由があるわけだが。
訝しんでいると本当の理由を渋々といった感じで切り出した。
「......その相手によりにもよって兵部大輔殿......ムラマル・アレスを指名しておるのだ......」
「おしえていただくのなら、いちばんつよいかたがよいのです! ムラマルさまはちちうえよりもおつよいときいております!」
「くっ!!」
なるほどな。
父上としてはライバルの下へ娘を預けるのが癪なのか。
しかも昨年同じ位階にはなっているが、自分より強い内功型の使い手という事実も認めているからこそ悔しいのだろう。
「しかしムラマル殿は父上同様にお忙しい身の上なのではございませんか?」
「いやそれが去年の魔族侵攻によって主上の詔で戦都の防衛力強化に力を入れたのだ。そのせいもあって現在のイゼイは戦力過剰気味となっているのだ。ムラマルは事務方には向かん男なのでな、暇を持て余していると聞く」
ああ。戦場でこそ役に立つ将が一番上でお飾りになってしまっている状態なのか。
それはなんというか勿体ないな。
「このまま東正鎮守府より更に東の蛮人イ族共を討つための征イ大将軍に任じられるやもしれんという噂まである。だがそれにはまだ準備に時間がかかるようでな......」
「頼むなら今しかないというまさに打って付けの状態ですね」
「なのでえんせいにでるまでのあいだでいいので、エタケのししょうとなってほしいのです!」
戦都イゼイの戦力過剰って他にどこかで穴が出来てるんじゃないかと心配になるのだが、 それは俺が考えても仕方のないことか。
それにしても東正鎮守府よりも東のイ族征伐ねぇ。
確か前世で言う東北地方にあたる場所で今世では亜人の多い地域だったはず。
まあ人族とあまり友好的ではないから分類としては魔族ではあるんだよな。
でも第三勢力との争いなんて戦力分散して我が身を削るだけではないか。
ノブナガ軍が戦力を拡充してるというのに、そんなことをしてる余裕は無いと思うんだけどなぁ。
上で動かしている者たちが無能なのか、わざとそうさせている何者かが居るのかは分からないけれど……。
それこそ俺が考えても仕方のないことか。
「何故父上はエタケがムラマル殿に師事することに反対なのでしょう? 私情よりもトール家に齎す実益を優先すべきかと。この国で一番の内功型魔法の使い手に師事出来るなど私も羨ましいくらいです! 尤も私は今の修行を辞める気はありませんけどね」
「そうです! トールけにもたらされるえきをおかんがえください!」
「ぐぬぬ......分かった。エタケの師事についてムラマルに一筆認めよう......はぁ」
父上は根負けしたようでその場でムラマル殿への文を書き始めた。
正直エタケが羨ましい気持ちはあるが、俺は今の自分の修行に不満もなく手一杯なくらいだ。
そっとエタケの頭を撫でてやると、小さな声で「ありがとうにいさま」と言ってもらえて満足した。
文を書き終えた父上が従者に使いを出させて改めてエタケを見る。
「エタケよ。こうなったからにはしっかりと奴の戦い方を学んで来い。そして己の物に出来るものがあれば取り入れ、出来ぬものは捨てよ。同じ内功型と言えど向き不向きはあるからな」
「はい! ちちうえ! ありがとうございます!」
エタケは賢い子なのできっと大丈夫なはず。
あ、でもキイチ師匠みたいな無茶ぶりの修行内容だったらどうしよう……。
今更になってちょっと心配になったぞ。
「して、ツナは何用で参ったのか?」
「はい。先日サイカに依頼しておりました髭切の調整が終わりましたのでお届けに参りました」
そう。俺の用事は昨年ヤスケの首を刎ねた守り刀の髭切を届けに来たことだ。
父上はヤスケの首を首塚に納める前に額の一本角を討伐の証として頂いていた。
それを削って粉にして髭切の強化素材に用いたのだ。
角を折るというのは死者を辱めるような行為にも取れるかもしれないが、ヤスケの角は魔力を良く通す上質な物だったのでこのまま土に埋めるのはあまりにも勿体なく、何かに使わない手は無かった。
ならば自らを倒した刀の糧とするのが良いだろうと爺ちゃんが言ったことで父上も納得していたのだが、先日までそれを加工できるほどの腕を持った鍛冶師が居なかった。
いや、正確には依頼を受けてもらえる鍛冶師が居なかったのだ。
なにやら戦場で功績を挙げたトール家だけが更に戦力を強化しては危険だとかなんとか、貴族の中でも三位以上の者および四位、五位のうちで昇殿を許された殿上人たちが反発していたらしいが、この辺りについてはあまり詳しくは聞いていないので分からない。
そんな感じで宙ぶらりんとなっていたところに、腕が治ったことで刀鍛冶としての実力もメキメキと伸ばしているサイカに白羽の矢が立ったのだ。
サイカは二つ返事で依頼を快諾し、三日三晩掛けて仕上げてくれた。
受諾してもらう前、魔族と言えど人体の一部を武器へと加工することに抵抗は無いか?と聞いたが「ノブナガは敵対した魔族の髑髏を盃に酒を飲んだりしてたから、そんなんと比べたら角を武器に加工するくらい可愛いもんや」と笑っていた。
土曜にはいつも通り屋敷に戻るが、トール家の守り刀である為にいち早く届けようと完成してすぐに持って来たという訳だ。
「こちらが髭切改め、鬼切丸でございます」
俺は父上に鬼切丸と名を改めた守り刀を差し出した。
名前の由来は言わずもがなである。
黒い巨鬼の角を取り込んだ太刀の刀身は黒曜石のような煌めく漆黒に染まっていた。
意図せずに付いたらしいが魔力を通すと刃紋に沿って光が浮かび上がるようになっている。
まるで黒雲に稲妻が走っているようにも見える。
「ほう......これは見事だ......」
「うつくしいですね……」
座ったまま鞘から刀身を引き抜き目線の高さに掲げて見ている父上が感嘆の声を漏らした。
隣で見ているエタケも同じように目を丸くして息を漏らす。
二人の反応を見て、俺は笑みが零れた。
俺も最初に見たときは同じようにその美しさに嘆息したものだ。
俺たちはやっぱり家族なんだなと思った。
「見事な仕事だった。サイカには何か褒美を取らせよう」
「有り難く存じます。彼女も喜ぶでしょう」
父上からのお褒めの言葉とやや珍しい魔獣の素材をサイカへの土産に俺はクラマへと戻った。




