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セイデンキ‐異世界平安草子‐  作者: 蘭桐生
第一伝:幼少期~鴎鳴編~

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四十四話 初めての兄弟喧嘩

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「実戦と同じで反則無しのなんでもありで良いね? こっちも鉄棍を使うし本気で来なよ?」

「いいんだな? 大怪我しても知らねぇぞ!」


 腕比べのルールを詰めていく。

 悪いけどなんでもありを認めた時点でキント兄の勝ち目はほとんど無い。

 御前相撲と同じルールなら万に一つも俺に勝ち目なんてなかったが。


 俺は自室から鉄棍と幾つかの硝子の小瓶が挿してある革のベルトを用意すると、普段使う北東の対屋の軒先にある土俵ではなく広さのある庭へと移動した。


 庭の真ん中でキント兄と対峙する。

 キント兄の装備は手甲だけのようだ。


「それじゃあ実戦同様に開始の合図も無しだよ。お好きにどうぞ」

「いくぞ! -雷纏(ライテン)-」


 実戦同様だって言ったのに、いくぞ。なんて今から向かうと教えてるようなものじゃないか。

 冷静さを欠き過ぎじゃないかな。


 キント兄は雷を纏う身体強化魔法で一気に距離を詰めて来た。

 確かに素早い。でもそれだけだ。


 来ると分かっている方向から、それもキント兄の利き手である右手から繰り出される大振りの拳をサッと身を捻って躱す。


 そのまま連撃に入ろうとするキント兄の軸足の膝裏に鉄棍を引っ掛けて軽く力を入れると、キント兄は地面に片膝を突いた。


「ぐっ!」


 キント兄の纏っている雷が鉄棍に伝ってくるが、俺の方に来る前に鉄棍に微弱な電流を流し先に電流の向きを誘導して地面に流したので被害はない。


 そのまま立ち上がろうとするのを鉄棍で脚払いを掛けて腹這いに倒す。

 次は鉄棍を掴んで来ようとしたので腹の下に鉄棍を潜らせ足の甲を支点に梃子の原理で転がす。


「くっそ!」

「はいはい。そのまま転がって行ってね」


 立ち上がる前にこちらから距離を詰めると見せかけてそのまま素通り。


「は?」

「鬼さんこちら~♪」


 俺はキント兄を素通りして更に庭の奥へと向かう。

 流石に雷を纏ったキント兄の動きは早いので一瞬で追いつかれるが、それも全て計算の内だ。


 俺は革ベルトから1本の硝子瓶を外して中身をキント兄の顔に浴びせた。


「ぐおっ!!? なんだこれ!? 目が痛てぇ!! しかも辛ぇ!!」

「希釈した唐辛子水だよ。失明なんかはしないけど痛いだろうから池の水でさっさと洗い流したほうが良いよ」

「ペッペッ! チクショ~!」


 唐辛子水を顔に受け、目を押さえて唾を吐きながら庭先の池に向かうキント兄。

 しっかりとは目が開けられない為に足取りはかなりフラフラしている。


 唐辛子はコウボウ殿が持ち帰った植物類の中にあったものだ。

 栽培に成功したとは言い切れずまだ貴重ではあるが、料理に虫除けに武器にと色々使えるので特別に少量分けてもらって作っていた。


「池の鯉を死なせたら父上に凄く怒られると思うから、雷纏は切った方がいいんじゃない?」

「うるへぇ~! 言われなくてもわあってらぁ!」


 池に近づいたキント兄は俺に言われて慌てて身体強化を解いた。

 全然分かってなかったでしょ。てか、辛さで呂律回ってないし。


 たかが兄弟喧嘩で父上が大事に育てている鯉たちを死なせては確実に思い切り怒られる。

 俺としてもそんなのはゴメンなのでキント兄が雷纏を切ってくれてホッとした。


 キント兄は池に辿り着くとバシャバシャと顔を洗い、口を濯いで唐辛子水を落としている。

 俺はそっと近寄って、膝立ちで前屈みになっているその尻を蹴った。

 バランスの取れていないキント兄はドボンと頭から池に突っ込む。


「ぶはぁ!!? なにしやがる!」

「実戦だったら今ので何回死んでるのさ。頭は冷えた?」


 少なくとも唐辛子水を浴びて池に行くまでと顔を洗っている最中は隙だらけだった。

 浴びたものがもし毒液だったらその時点で死んでいた可能性だってある。


「まだ負けてねぇ! -雷——」

「だから池で雷を使うと父上に怒られるってば」

「うっ! うるせぇ! 父上に怒られるのなんか怖くねぇよ! -雷纏-! ............は?」


 ずぶ濡れになったことで身体と頭が冷えて少しは冷静になるかと思ったけれど、ちょっと追い込み過ぎたか。

 自棄になって魔法を使おうとしていたのでつい発動しきる前に打ち消してしまった。


「なんで雷纏が出なかったんだ......?」


 キント兄は自分の魔法が発動しなかったことに呆気にとられているようで、いつの間にか癇癪の気配が消えていた。


「そりゃあ、キント兄が父上の事を怖がったから不発になったんでしょ。怒った父上はおっかないからねぇ。ほら。もう池から上がって」

「お、おう……」


 今はまだ俺が打ち消したことに気付かれたくないのでなんとか誤魔化す。

 未だ混乱しているようだ。

 意識を逸らすには今が絶好の機会だろう。


 俺は池から上がったキント兄に革ベルトの硝子瓶を一本外して中身を少しだけ振りかけた。


「あ。この匂いは......」

「うん。薫衣草(くぬえそう)(ラベンダー)の精油だよ。嗅いでいると落ち着くでしょ? もうイライラは治まった?」

「ああ......八つ当たりして悪かったな............」


 よかった。荒療治だったがどうやら落ち着いたようだ。

 正直あのままの調子で従者たちに八つ当たりしていたら、また以前のような従者が顔色を伺うだけの主従に戻っていただろうからな。


 俺でガス抜きして貰えてよかった。

 獣憑きと呼ばれる体質のせいでイライラしやすいのは仕方ないけどね。

 体質で辛い時があるのは俺も前世でアレルギーを持ってたから痒みでイライラすることがあったしよく分かる。


「腕比べは俺が勝ったんだから今後は匂い袋をちゃんと付けてよね! ヨシダ山のお姉さんもお揃いの匂いで嬉しいって言ってたんでしょ?」

「あ、ああ。そうだな、そうだった。シウ姉がそう言ってくれたのに......オレ様は頭に血が昇ったせいで、そんな大事なことも忘れてたんだな......」


 ラベンダーの香りでしっかりと思い出したようだ。

 匂いには記憶を呼び起こす効果があると聞いたことがある。

 嗅覚は大脳辺縁系に直接届くのだとかなんとか。たしかプルースト効果とか言ったかな。

 花が好きだった前世の母さんから教えてもらった知識だ。


 キント兄が懸想しているお姉さんの名前はシウさんと言うのか。

 次に会ったときにもしラベンダーの香りを身に着けてなかったら相手を悲しませただろうしな。

 大事な繋がりが壊れなくてよかった......。


「それでどうしてイライラしてたの?」

「御前相撲でオレ様に負けた奴らが不正だの匂い袋に薬を入れて使っただのと言い掛かりをつけてきたんだ。それでムシャクシャしてこんなもん無くてもお前らなんかに負けねぇ! って投げ捨てちまった......本当にすまねぇ」


 大体予想通りか。

 まあ確かに匂い袋は落ち着かせる為の薬ではあるかもしれないが、彼らの言うところの所謂ドーピング薬ではないから気にする必要は無いだろう。


 まあ、せっかく元服を遅らせてまで御前相撲に参加したというのに10歳になりたてのキント兄に負けてそのうえ優勝まで持っていかれたんだもんな。

 彼らの悔しい気持ちは分からんでもないが、お山の大将に固執する前にさっさと元服を済ませて大人の部で勝てるように努力するべきだろう。


「これからはなるべく冷静で居られるようにしようね。イライラってしたときは匂い袋に鼻を近付けて思い切り息を吸い込んで口から息を吐くといいよ」


 ようは只のアロマと深呼吸なのだが、そういうことに陥った時にストレス解消法を知っていると知らないでは全然違うはずだ。


「すぅー。はぁー。ほんとだ! なんかスッキリした気がする!」


 言われてすぐに試してみる純真さはキント兄の長所だな。

 黙ってればただの爽やか系イケメンなのでキラキラとした笑顔が眩しい。


「まあそれでも止まらないときはまた俺が痛い目を見させてあげるよ?」

「あの辛くて痛ぇのはもう勘弁してくれぇ~!!!!」

「ははは! じゃあイライラを自分で抑えられるように頑張ってね!」


 俺は唐辛子水はもうコリゴリだと悲鳴を上げるキント兄を横目に笑いながら多少荒らしてしまった庭を片付ける。


 しかし、やはり庭で暴れたことは気付かれていたらしく、その日の晩に二人揃ってしっかりと叱られた。


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