四十三話 御前相撲と兄の異変
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姑獲鳥の討伐から1カ月半が経過した。
キント兄やサダ姉は毎日ヘロヘロになるまで兵部で扱かれているようで、屋敷で見かけたときも完全に疲れ切っている様子だった。
エタケは勉強漬けの毎日に疲れてはいるようだが、何かの決心をしたらしく空いた時間に庭に出ては武術の鍛錬をしているようだ。
俺は相も変わらずクラマと屋敷を往復する毎日を過ごしていたが、変化と言えばサイカの治療が終わった事だろうか。
耳も右手も完全に治ったようで「これで今まで以上に全力で鍛冶が出来るわ!」と、とても喜んでくれていた。
このままクラマ寺で刀や農具の鍛冶師として暮らしていくそうだ。
こちらには火薬が無いし鉄砲を作っても仕方ないもんな。
刀鍛冶としての才能もあるようで、彼女が打った刀は師匠からもかなりの腕前だと太鼓判を押されるほどだ。
エンショウ......おそらく焔硝かな? 火薬として用いられているそれを作ること自体は中学理科と漫画の知識なんかで出来ないことはないと思うが、小銃は人族同士の争いにも用いられるだろうし殺し過ぎるからなぁ。
相手が持っているからこちらも同じものを用意するというのは、防衛においては抑止力になり得る可能性はある。
しかし前世の戦国時代を見ても別に争いは無くならなかったし寧ろ激化したからな。
それにこちらの世界には魔法がある。
この力ですら十分に強力だと感じるのだから、これ以上は自分たちの身を滅ぼしかねない。
ただ、知識は知識として必要なのであくまで対処法を考えるために火薬の存在や使用用途などは爺ちゃんとルアキラ殿にも教えておくつもりだ。
ルアキラ殿たちに渡すために火薬の危険性や火薬を用いた武器などについて自室で書き記していると隣部屋の周囲から人の声が聞こえて来た。
「キント様~? どちらにおられますか?」
「キント様ー?」
どうやら侍従たちがキント兄を探しているようだ。
また抜け出してヨシダ山にでも行ってるんじゃないかな?
そういえば今年で10歳になるキント兄は端午節会で御前相撲に参加する事になっていたはずだから特訓しているのかもしれないな。
御前相撲とはその名の通り帝が天覧する相撲大会のことだ。
魔法の使用は認められておらず、純粋な力と技の大会らしい。
御前相撲には10歳から元服までの子供の部と元服を済ませた大人の部がある。
元服は大体12~16歳で行うらしく、この相撲の子供の部で勝ちたいがために親に頼んで敢えて16歳まで元服しないという生粋の相撲バカも一部には居るとか。
キント兄も御多分に洩れず相撲バカなので御前相撲で優勝を狙うと意気込んでいたな。
御前相撲は一般人は見に行けないので遠くから勝利を願っておこう。
■ ■ ■
端午の節句を向かえ、キント兄は御前相撲の子供の部で見事優勝を果たした。
やはり16歳の参加者なども数名居たようだが、多少は苦戦しつつも勝利を捥ぎ取ったという。
帰って来た時のキント兄の喜びようは凄かった。
家族の皆もキント兄の優勝を喜んでいたし嬉しそうにしていたな。
それが何故たった2日しか経っていないのにこんなにも不機嫌なのだろうか?
「キント兄なにかあったの?」
「うるせぇ! なんにもねえよ!」
む。酷い態度だな。しかしこれは確実に何かあっただろ。
ヨシダ山のお姉さんと喧嘩でもしたのかな?
いや待て。機嫌以外にも何かいつもと違う。なんだ......?
あ! キント兄からラベンダーの香りがしてないのか!
よく見れば首飾りの紐部分は付けているが、そこにあるはずの匂い袋が無かった。
「あれ? 薫衣草(ラベンダー)の匂い袋はもう切れちゃった? 無くなったならまた用意するよ?」
「いらねぇ! オレ様はそんなもんを付ける軟弱者でも不正した卑怯者でもねぇんだ!」
は? 急にどうした?
ラベンダーの匂い袋はヨシダ山のお姉さんにも気に入ってもらえたと言って喜んでいたはずだが?
「ねえ本当に何があったのか話してよ。俺も自分が作ったものを付けているだけで軟弱者呼ばわりされるのは癪なんだけど?」
「構うんじゃねぇよ! 俺よりも弱いくせに! お前も周りから針痛(静電気的な意味合い)野郎って軟弱者扱いされてるのは知ってるんだぞ!?」
ほほう。これはアレか。
御前相撲で優勝したことについて僻んだどこかのバカ共が負けた腹癒せに力で適わないからと言葉で責めて来たって感じか。
大方、匂い袋みたいなもんを着けてるやつは~とか、匂い袋のことを身体強化する不正な薬だとか、ないことないこと言われまくったんだろう。
単細胞......いや、純真だからな。我が兄上は。
侮蔑や妄言を真に受けて匂い袋を外した上に、そのせいでラベンダーのリラックス効果が無いから割り増しでキレちゃってるんだろうな。
ええ、ええ。理解した。
八つ当たりされても許しますよ。俺は大人ですからね。
「じゃあ俺が軟弱者かどうか試してみる? 今までキント兄には2勝1敗で勝ち越してるんだけど?」
「あぁっ!? やってやろうじゃねぇか!!!!」
ただし、ちょっとばかり痛い目には合ってもらうけどな。




