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セイデンキ‐異世界平安草子‐  作者: 蘭桐生
第一伝:幼少期~鴎鳴編~

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閑話 エタケと姑獲鳥

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 川辺で花冠を作りたいというエタケの我儘を聞き入れ、ツナが御守りを持たせたそのすぐ後のこと。


「ふふっ。にいさまったら、たいしたきょりでもないのにわざわざおまもりなんて。エタケのことがそんなにだいじなのね」


 心配性な次兄を好ましく想いながらエタケが川辺で冠の形にするために花を編んでいると、どこからともなく赤子の声が聞こえて来た。


「え? ややこのなきごえ? いったいどこから......あっ!」


 声のする方を見ると川上から何かに包まれた赤子が流れてきた。

 エタケは驚きつつも兄姉兄(きょうだい)に声を掛けるべきか逡巡したが、このままでは赤子が流されてしまうと判断し自らが助けるという選択をした。


「まほうをつかえばいっしゅんでたすけられるはず。-雷脚(ライキャク)-」


 エタケは自分に自信があった。

 元旦のテミス家との腕比べでは見事に最後の一人にまで勝ち残ったからである。


 それまでのエタケは実戦というものを経験してこなかったため、頭では色々と考えられたが身体が伴ってこなかった。

 しかし、腕比べの際は見事にテミス三姉妹の虚を突き、敬愛する兄すらも出し抜くことに成功したのだ。

 その成功体験で大きく自信をつけたものの、やや自惚れてしまっていた。


 脚に強化魔法を掛け跳躍し、川の中腹にある飛び石へと着地する。

 目測ではあるが数秒後には赤子がここを流れ着く為、赤子を掴んでまた川辺に跳べば救出完了だ。


「にいさまにいっぱいほめてもらえそうです」


 エタケは赤子救出という功績を立て、ツナたちから尊敬のまなざしを受けたり、褒めちぎられるという自身の姿を想像してニヤニヤとしていた。


「ンギャー! ンギャー!」

「もうだいじょうぶですよ。エタケがたすけてあげますからね」


 目の前に流れて来た赤子を励ましつつ両手を伸ばす。

 持ち上げようと赤子に触れると違和感を感じた。


「抱イタナ?」

「え?」


 赤子だと思っていたものは赤子のような大きさの石で抱き上げようとした時にその後ろの水面から声が聞こえた。


 次の瞬間、バサッ!っと大きな水飛沫を立てて人面の鳥が姿を現した。

 人面の鳥はカモメのようなけたたましい鳴き声をあげるとエタケの両肩を両脚の趾でがっしりと掴みそのまま直上へと舞い上がった。


「にいさまぁ! たすけてぇ~!!」


 エタケは一瞬のことに混乱し無意識的に次兄へと助けを求め泣き叫ぶ。

 その声に兄姉兄達が反応した。


「なにあいつ!?」

「あれは姑獲鳥(ウブメ)?」

「-雷纏(ライテン)-! おらぁ!」


 眼下から身体強化をしたキントが跳び上がってくる。

 しかし、大鎧の重さのせいか距離が届かずにそのまま川面へと落下していった。


「くそ!! 届かねぇっ!」

「あにうえっ!」


 サダが魔法を使おうとしたのをツナが制止していた。

 ツナが姑獲鳥を睨むと一瞬だけ趾の一本が多少緩んだが、再び握り直すと向きを変え飛び去り始めた。


 エタケが抵抗を試みるも両肩を完全に掴まれて得意の蹴りも届かない。

 振り向くことも叶わないが次第に川から離れていっているのであろうということは容易に想像できる。


 自分はこのままこの魔獣のエサとして死んでしまうのかと思うと恐ろしくて身体が震えて来た。


「ごめんなさい......。ごめん、なさい......」


 こんなことになったのも全て自分の我儘のせいだと後悔した。

 赤子のことを兄姉兄達に報告していれば、花冠を作る為に一人で残らなければ、予定を変更して川に行こうなどと言わなければ、恋絵巻のように次兄との逢瀬を楽しみたいなどと願わなければ......。


 幾つもの涙粒が幼いエタケの頬伝って地上へと落下していく。

 もうすぐ諦観しそうなエタケの頭に浮かぶのは家族の顔だった。


「おじいさま、とうさま、かかさま、あにうえ、ねえさま......にいさま」


 出来る事ならもう一度だけ大好きな次兄に会いたい。声が聴きたい......。


「エ——。聞こ—る? 俺だよ。ツナ—。—お守——伝って——声をエタケに——てる」



 絶望しかけていたエタケにどこからか何かが聞こえて来た。


「エタケ。聞こえる? 俺だよ。ツナだ。今御守りを伝って俺の声をエタケに飛ばしてる」

「にいさま!!?」


 それは御守りとして渡された襟元の貝殻から聞こえていた。

 やや雑音が混じり、感じも少し違うが確かに次兄ツナの声だった。


「にいさま! にいさま!! どちらにいらっしゃるのですか!? エタケはここにおりますよ!!!!」


 必死に叫ぶもツナの姿は見えず、応えも無い。

 幻聴だったのだろうか?と思い、また絶望しそうになった矢先。


「今、助けに向かっているから心配するな。絶対に助ける。そいつの名前は姑獲鳥。獲物を巣まで運んで捕食する土の因子を持った魔獣だよ。巣は池の畔にあるはずだから逃げるときは足場に気を付けて。体液には毒があるから決して傷つけちゃいけないよ」


 御守りから再びツナの声が響く。

 長くまた聞こえ方も明瞭ではなかったが、二回同じ内容を話してくれたおかげでなんとか理解することが出来た。


「このまじゅうはうぶめ……つちのいんし......すはみずうみのちかく......たいえきはどく......」


 ツナが齎してくれた貴重な情報をしっかりと口に出して記憶に刻み込む。

 記憶力には抜群の自信があるが、この状況のため念には念を入れた。


「にいさまたちがぜったいたすけてくれる!」


 エタケは信じた。

 一族どころか周囲の人間と比べても最も命素量が少ないという次兄がこのような奇跡を起こして見せてくれたのだ。

 その次兄が絶対に助けると言ったのだから、自分は絶対に助かるのだと信じた。


 眼前に大きな水溜まりが見えて来た。

 ツナが言っていた情報通りだとすれば姑獲鳥の巣がある湖か大きさ的には池だろう。


 エタケは可能な限り首を動かして周囲の地形をしっかりと目に焼き付けていく。

 そうしていると再び御守りからツナの声が聞こえて来た。


「逃げ出す時は姑獲鳥の胸元にある石を奪って投げ捨てるんだ。時間稼ぎになる。壊しちゃダメだよ。奪って投げ捨てて」


「むなもとのいし......こわさずにすてる」


 エタケは先ほどと同じように復唱して記憶に刻み込む。

 胸元の石というのは自分が赤子だと思ったアレの事だろう。

 一瞬触れただけで力が抜ける感覚がしたので、長時間触ってはいけないのだろうなと直感した。


 段々と身体で感じる風が緩やかになってきた。

 姑獲鳥が降下の為に速度を落としたようだ。


 そして池近くの藪の中に枝や藁が折り重なっている場所が見えた。

 あれが姑獲鳥の巣だろう。


 一瞬の浮遊感の後に身体に軽い衝撃を受ける。

 巣の中に投げ入れられたのだろう。

 重ね着している姫服のおかげか衝撃はさほどのものでは無かったが、起き上がると枝に絡まって邪魔だったので御守りの付いた襦袢より上に着ていたものは脱ぎ捨てることにした。


「おきにいりでしたがしかたないのです......」


 エタケを巣の中に落とした後、二周ほど周囲を旋回していたが姑獲鳥がズサッ!という音と共に巣に着地した。


 改めてその全姿を見ると顔面以外は只の大きな鳥でしかないのに、鳥の頭にのっぺりとした人の顔を張り付けているような容貌をしている。

 その不気味さにエタケは怖気を震わせた。


「喰ウ。喰ウ」

「ひっ!」


 姑獲鳥の目は深淵のようにドス黒いが爛々としているのが分かり、頬まで裂けた大きな口には人の顔からは想像出来ないような鋭い歯が生えそろっている。


 今にもエタケを喰い殺そうとしているということが肌で感じられてエタケは一瞬怯んだが、脳裏にツナの「絶対に助ける」という言葉を思い出して姑獲鳥を睨み返した。


「むなもとのいし......! -雷脚(ライキャク)-」


 羽毛に覆われた姑獲鳥の胸元には川面で赤子のように見えていた石があった。

 魔法で脚力を強化をして、石に向かって飛び掛かると胸元から奪い取った。


「アァーーーーーーー!!!!」

「くっ。うるさいのです」


 奪われた瞬間に姑獲鳥がカモメのようなけたたましい鳴き声をあげた。

 エタケは耳を塞ぎたくなる気持ちと身体から力が抜けるような感覚を我慢して巣の外へと石を放り投げる。


「アァーーーーーーー!!!!」


 姑獲鳥は再び鳴き声をあげると石を追いかけて巣の外へと飛び出した。


「いまのうちに!」


 エタケは身体強化を維持したまま跳躍し巣から跳び出すと、遠方に見える山の位置から恐らく元来たであろう方角へと一目散に駆け出した。


 木々を掻き分け、倒木を飛び越えて走っていると魔法の持続時間が切れたが、疲労感の残る身体で形振り構わずに走り続けた。


 上空から姑獲鳥の鳴き声が聞こえ、咄嗟に近くの木の陰に隠れる。

 すると姑獲鳥はエタケの隠れた木の近くへと急降下した。


「こっちのいちがバレているのです?」


 エタケは戦慄した。

嗅覚かそれとも他の何かか原理は不明だが、恐らく姑獲鳥はエタケの居場所を把握しているようだ。


 このまま立ち止まっていては見つかるのも時間の問題だろう。

 エタケはそう考えると再び走り出す。


「見ツケタ! 見ツケタァアアア!!!!」


 姑獲鳥はエタケに気付いてしまったようで、再び飛び上がるのではなく走って追い掛けて来た。


 藪の中なのが幸いしてか、走りにくそうなのは姑獲鳥も同じだが、歩幅に差がある為このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。

 逃げ切れないと悲壮感に囚われそうになったとき、再び襟元の御守りから声が響いた。


「エタケ! そのまま進むと池に出てしまうから左手の方向に走るんだ!」

「にいさま!!」


 まだ御守りから声が聞こえたということはツナはこの場には居ないのだが、エタケの心には希望の火が再び灯った。


「ぜったいにたすけてくれる! -雷脚(ライキャク)-!」


 指示された通り左手の方角へと向きを変えて走り出す。

しばらく使わずに居たことで少しだけ回復した命素を魔力へと変換し再び身体強化魔法で駆け出した。


「エタケ! キント兄とサダ姉がそっちに向かったからもう大丈夫! 俺もすぐ行くからそのまま頑張って走っておいで!」


 御守りから聞こえる次兄の声に励まされ懸命に走り続ける。

 既に再度の身体強化も切れ、背後からは再び姑獲鳥の迫る脚音が聞こえているが、エタケは絶望せずに只管走った。


「アァーーーーーーー!!!!」


 すぐ背後に迫った姑獲鳥がもう逃げられないぞとばかりに鳴き声をあげる。


「おらぁ!!!!」

「アァァアァ!!!!?」


 エタケの耳にキントの声が聞こえた瞬間、姑獲鳥の声が遠くなっていった。

 キントが姑獲鳥に飛び蹴りを喰らわせて吹き飛ばしたようだ。


「あにうえ!!」

「おう! エタケ! 無事だったか!」


 安堵から目じりに涙が浮かぶが、ここで泣き出してはいけないと自制する。

 まだ戦場の只中なのだ。


 起き上がった姑獲鳥が空から襲い掛かろうと飛翔の為に助走をするが飛び上がった瞬間に雷の玉が直撃した。


「アァァ!!!!」

「たかが鳥の化け物如きが、うちの妹に何してくれてんのよ!」

「ねえさま!!」


 雷の玉を喰らって落下した姑獲鳥は再度起き上がると身体中を土の鎧で固めていった。

 翼も土で覆われていてあれでは飛べそうには見えない。

 飛行を捨てて肉弾戦に切り替えるようだ。


「やる気みてぇだな!」

「上等よ! 妾の力を思い知らせてあげるわ!」

「うぶめはたいえきにどくをもっています! ちかくでたたかうあにうえはかえりちにおきをつけて!」


 エタケの言葉に「応!」と気合と共に答え、身体強化の掛かったキントが突っ込んでいく。

 姑獲鳥は土の鎧を纏った右脚で強力な蹴りを放つがそれをキントは正面から受け止めた。


「そぉおおおおりゃぁあああ!!」


 キントは姑獲鳥の右脚を掴んだまま投げ飛ばし、近くの木へと思い切り叩きつける。


「アァ!!」

「サダ! まだか!?」

「まだ溜めるからもう少し引きつけといて!」

「任せろ!」


 右手を掲げて集中しているサダの頭上には雷の槍が形成されている。

 その槍は次第に魔力の密度が高まっていくのがエタケにも分かった。


 その間もキントが姑獲鳥の右脚を掴んだまま地面や木へと叩きつけている。

 エタケを追い詰めた魔獣も長兄の前ではまるで相手になっていない。


「いいわ!」

「しゃあっ!!」


 サダの合図とともにキントが姑獲鳥をサダの足元へ投げ転がした。


「報いを受けなさい! -雷槍(ライソウ)-!!!!」


 サダが魔法名を告げて右手を振り被るとその動きに連動して頭上の雷の槍が土の鎧を物ともせず姑獲鳥の頭へと突き刺さった。


 顔面から槍を受けた為に断末魔の叫びをあげることなくビクンビクンと何度か身体を痙攣させた後に姑獲鳥は事切れ、身体を覆っていた土の鎧が崩れ去った。


 雷の槍が消え、死骸の頭部を見ると穿たれた周囲の傷は焼き塞がっており、返り血が無かったのもそのためであろうことが推測される。


「あにうえ、ねえさま。ごめんなさい......」

「まったく。心配かけさせやがって!」

「よしよし。エタケよく頑張ったわね!」


 完全に沈黙した姑獲鳥を見てエタケは安堵から涙が溢れた。

 兄姉が抱きしめたり頭を撫でたりしてくれている。

 だがそこで違和感に気付いた。


「あれ? にいさまは?」

「おかしいな。オレ様たちに指示を出した後、追い掛けてくるもんだと思ってたが......」

「あの魔法を使ったせいで動けないのかも! 二人とも戻るわよ!」


 エタケはツナが居ない事に一抹の不安を覚えたが、サダにはどうやら心当たりがあるようだ。

 三人は急いでツナの元へと向かった。



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