四十二話 卵の味
【毎日投稿中】応援頂けると嬉しいです。
★、ブックマーク、いいねでの応援ありがとうございます!執筆の励みになります!
姑獲鳥の卵に直接触れないようにサダ姉の兜を籠代わりにしてカモ川まで歩いた。
さすがに外で襦袢姿というのは外聞がよろしくないのでエタケには俺の水干を着せている。
攫われた場所まで戻ると、エタケは少しだけ怖がって俺の服の裾を握って来たのでしばらくその手を握ってやった。
最初は震えていたが、次第に落ち着いてくれたようだ。
カモ川の水で泥を落として、周りの石を組んで竈にし、薪や枯草を拾って雷珠で着火する。
その間にキント兄が河原の大きめの石を綺麗に割って焼くためのプレートを作ってくれた。
竈の上に乗せて熱されるまで暫く待つ。
「ねぇ? ほんとに食べるの? 卵よ? しかも魔獣よ?」
「エタケもこわいです」
「ハハ! 女どもは度胸がねえな! オレ様は魔獣の肉なんて何度も食べたことがあるぜ!」
結局、姑獲鳥の卵を食すことにした。
エタケにとっては先ほどまで自分を襲っていた魔獣の卵でもあるし、人面鳥であるあの容貌を見てしまったせいで俺にも若干の抵抗はある。
しかし読んだ書物には姑獲鳥の卵は美味だと記載してあったのだ。
これは魔獣の生態を知る為の知的探求心なのであって、決して食欲ではない。決して。
こちらでは卵を食べる文化はまだあまり無いようで鳥を飼っている所も大体が肉を食べる為らしい。
卵は食中毒が怖いからな。そのせいで敬遠されてるのかもしれない。
以前ルアキラ殿の所で調理した際もハンバーグのつなぎや焼き飯に卵を入れようと思ったら置いて無いということで断念していた。
完全に余談だが転生前に持っていたアレルギーはこの身体では平気になったようだ。
前世は蕎麦と卵のかなり重いアレルギーだったのだが、こちらに転生して1歳半頃に珍しい離乳食として出された蕎麦水団が平気だったことで知った。
珍しい物なのに俺が口に付けなかった為、半ば無理やり食べさせられたときはアレルギーの恐怖から泣いてしまったのは苦い思い出である。
そんな回想に浸ってるうちにプレートが良い温度になってきたようだ。
姑獲鳥の卵を鉄棍でかなり強めに叩いてヒビを入れ、上部の殻を外した後に洗った棒で中身を掻き混ぜて溶き卵にする。
念のため俺より命素量の多いキント兄が卵を運び、石のプレートの上にゆっくりと流してもらった。
溶き卵が熱した石の上でジュ―ッと良い音を立てて焼けていく。
辺りにふんわりと卵の甘さを感じさせる匂いが漂う。
「「「「ゴクリ......」」」」
四人で喉を鳴らして卵が焼けるのを見つめていた。
そろそろ火が要らないので火のついた薪を棒で挟んで川の水に沈めていく。
前世で登山を検索したときに許可のないところで焚火はやってはいけないと書かれていた気がするが、ここは違う世界なので許してくれ。
薪を捨てるのをキント兄と交代してもらい、卵を混ぜるのに使った方の棒を使って端から丸めていく。
食中毒が怖いので少し焦げることも甘受してしっかりと火を通しておく。
卵がサルモネラ菌に汚染されていたとしてもガッツリ火を通したので大丈夫なはずだ。
もしこっちの世界特有の魔獣ならぬ魔菌等が居たりした場合は安全とは言えないかもしれないけども......。
手持ちに油がなかったのでかなり崩れてほとんどスクランブルエッグになってしまっているが、姑獲鳥の卵焼きの完成である。
塩は何かの時の為に常備しているのだが、今度からは椿油も小さな竹筒に入れて常備しておこう。
「まだ熱いから火傷しないようにね」
プレートの上から直接その辺の綺麗めの枝を水洗いしてから作った箸で食べる。
はしたない行為だと咎める大人が居ないから出来る今日だけの戯れだ。
「おー! うめぇ!」
「これが姑獲鳥の卵の味......美味しい」
「ほんのりあまいのです!」
これが姑獲鳥の卵の味か。たしかにほんのりとした甘みを感じる。
少し箸に使った枝の匂いが付いてしまうが、野外飯の御愛嬌というところだな。
二口目は常備していた塩を塗して食べてみると、掛け過ぎたのか少ししょっぱいが旨味が一層引き立った気がする。
三人がジッと見ているが、言われずとも勿論分けますとも。
パパッと三人の分にも塩を振ってやると三人とも味がかなり変わったことに驚いていた。
「俺は塩を塗した方が好きだな!」
「妾も!」
「エタケはあまみがかんじられるしおなしのほうがこのみでした!」
完食である。
皆お気に召していただけたようで何よりだ。
栄養価の高い卵のおかげかなんとなく滋養がついた気もする。
そろそろ帰宅の刻限も近付いているだろう。
竈を崩し水を掛け後始末をしてから帰路についた。
■ ■ ■
「それで? 何か申し開きのある者は居るか?」
「いいえ。私たち全員が悪かったです。申し訳ありませんでした」
帰宅してまず先に父上と母様、爺ちゃんに全てを話した。
立てた予定を変更したこと、気を抜いたこと、エタケを危険に晒したこと、姑獲鳥を倒したこと。
俺たち兄姉弟妹四人の前には保護者三人が並んで座っている。
その間には姑獲鳥の風切り羽と割れた卵殻がある。
結局、魔石は無理だと判断して討伐証明の為に風切り羽を抜いておいた。
卵の殻だけじゃ心許ないからね。
「キントとサダは明日から兵部で今までの倍の鍛錬をこなしてもらう。護衛が気を抜くなんてことは考えられんように徹底的に扱いてやるから覚悟せよ」
「ひえっ......」
「ば、倍......」
父上の沙汰にキント兄とサダ姉の顔が引き攣っている。
普段から割と子供には厳しい父上ではあるが、今回は本気で怒っているようだ。
「エタケ、貴女の我儘で自分だけでなく兄や姉の命も危険に晒しました。今後3カ月は屋敷でお勉強漬けです。今後は皆に甘えるのも慎む様に」
「はい......おべんきょう......さんかげつ……」
母様のお叱りにエタケが震えていた。
姑獲鳥に攫われるという怖い思いをしたエタケを庇ってやりたいところではあるが、チラリとこちらを見た母様の笑顔が怖い。
はい。大人しくしています。
エタケのお説教が終わり、俺の番がやって来た。
「ツナ。戦場の只中で己の魔法で気絶するとは言語道断。その間に死んでおったら世話が無いわい。今後少なくとも5年は雷捜を使うのは禁止じゃ。声伝器とやらも雷捜を用いねば使えぬというのなら封じよ!」
「5年も!? そりゃ確かに危ない面があるかもしれないけど、この魔法の有用性は——」
「カモもニワトリもないわいバカモンが! お主の命を大事にしろと言うとるんじゃ!!!!」
初めて俺に雷が落ちた。
前世でもこんな風に怒鳴られたことはなかったし、今まで爺ちゃんは一度も俺を怒鳴ったことなどなかったのでその衝撃は凄まじいものだった。
そうだ。家族だけじゃなく俺は自分の命を守るためにも鍛えているんだ。
自分の命も守れないやつが他人の命を守れることなんてない。
俺は所謂知識チートとかいうこの状況で、自分の技術や知識に酔いしれていたのかもしれない。
それで己の身を危険に晒したのだ。実に浅はかだ。
それに爺ちゃんは一生封じろと言ったのではなく、5年という期限を付けてくれている。
その間に頭痛が起きないようにする魔力操作技術や負担軽減のための道具を作れということだろう。
そして言外にそれが俺なら5年あれば出来るだろうとも言ってくれているのだ。
「ごめんなさい……5年間は雷捜を封じます」
「うむ。それでよい」
謝罪のために下げた頭を上げると爺ちゃんはニヤっと笑ってくれた。
やはり俺の思った通りの受け取り方で良いようだ。
俺は安堵と同時に俺の事を大事に想って叱ってもらえたことが嬉しくなった。
「さて、説教はここまでじゃな。皆よう生きて帰って来た! 家族を見捨てなかった心意気は素晴らしい! 姑獲鳥を倒した実力も見事! 毒があると知っていて死骸や魔石を持ち帰らなかったことも良い判断じゃ! 我がトール家の人間として誇りに思うぞ!」
爺ちゃんが皆に最大級の賞賛を与えてくれた。
鞭からの飴はズルいよ。
兄姉弟妹揃って皆で泣いていた。
口に入った涙は姑獲鳥の卵よりもしょっぱかった。




