四十話 攫われたエタケ、姑獲鳥現る
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「にいさまぁ! たすけてぇ~!!」
「エタケ!?」
エタケの悲鳴に振り返り、全力で駆け出そうとすると頭上から声が聞こえた。
頭上には翼幅2m程はある、女性の顔をした人面鳥がエタケの両肩を両脚の趾でがっしりと掴んで飛んでいた。
「なにあいつ!?」
「あれは姑獲鳥?」
「-雷纏-! おらぁ!」
キント兄が雷を纏って肉体を強化し姑獲鳥を目掛けて跳躍した。
状況判断能力というよりは直感に頼った行動だとは思うが、この場において最適解に思える。
「くそ!! 届かねぇっ!」
「あにうえっ!」
「なら妾が撃ち落としてや——」
「待って! サダ姉の攻撃で姑獲鳥だけを狙って当てられる? もし自信が無いなら止めた方が良い。下手をすればエタケにも当たるし、あの高さから変な墜ち方をすれば大怪我どころじゃすまない!」
跳び上がったキント兄は姑獲鳥の3m程下が限界高度だったようで、数瞬空中で藻掻いたもののそのまま川に落下していった。
サダ姉は雷魔法を撃とうとしたが、彼女の魔法はまだまだ一発が大きいうえに精確性に欠けるため、この場では悪手になりかねないので止めざるを得なかった。
無論、俺の鉄棍は射程外だ。
既に雷珠も放ってみたが右の趾一本を少し動かしただけで大した効果が無かった。
この間にも姑獲鳥はエタケを捕らえたまま飛び去って行く。
「なら黙って見てろっての!?」
「今考えてる!!」
哨戒で何も居なかったからと油断した!?
なんで俺は......違う! 今はそんな事考えてる場合じゃない!
姑獲鳥......姑獲鳥......爺ちゃんから教えてもらった魔獣について詳しく書かれた書物に載っていた内容を思い出せ!
たしか書棚の端から4つ目の箱にあった『ヒノ国萬魔獣の書』......第2巻の17頁目! あれだ!
「思い出した! 姑獲鳥は獲物を池の畔にある巣に持ち帰ってから捕食する! 巣に辿り着くまでは大丈夫! 飛んで行った方角は北だから......ここから北にある最寄りの池はミゾロガ池!」
「全部......憶えてるの?」
「知識は使えてこそ意味があるからね! 憶えるまで読み込んだよ。まあ、姑獲鳥のことを見た瞬間に思い出せなかったから完全には使えてないんだけど......」
トンビが空中で食事するようにエタケが空で喰われるなんて最悪の状況にはならなそうで一先ずは安心だ。
しかし時間はあまり残されていない。
「キント兄ー! 無事かー!? そのまま川を渡って飛んで行った方角に向かってまっすぐ追い掛けてー!」
「任せろ!」
「サダ姉は馬の用意をお願い!」
「わかったわ!」
キント兄に追跡を頼み、サダ姉が馬を連れてくる間に俺は精神統一をする。
焦る心を抑え静かな水面のように。微かな反応でも波紋が広がる水鏡に。
「≪見つけ給え 報せ給え 我が求める者は何処か≫ -雷捜-」
右手に構えた鉄棍を軸にして魔法を発動する。
電波を用いて周囲を探知するレーダーを模した魔法だ。この二年でかなり進歩した。
二年前は5分以上掛かっていた精神統一が1分程で意識を深い領域にまで落とせるようになったし、方向を絞ることで探知可能な距離が3kmまで伸ばせるようになった。
魔法を安定させるには詠唱するのが良いとされている。
独自魔法のため自分で考えた詠唱呪文を唱えるのは少し中二病っぽくて僅かに気恥ずかしさもあるが、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
今回は飛んで行った方角が分かっているし、ミゾロガ池もおそらく3㎞圏内にあるはずだ。
何よりも探し出す対象の生体電流を良く知っている。
生体電流は指紋や静脈のように一人ひとり流れに特徴があり誰なのか判別できる。
雷神眼のおかげで極微細な生体電流の違いでも察知可能な俺だからこそ出来る固有魔法。
探っていると大きな雷の反応を捕捉した。これは雷を纏ったキント兄か。
段々と速度が落ち、反応が薄くなってるのは身体強化の持続限界が近いのかもしれない。
キント兄の反応の先にエタケの生体電流を捕捉した。
やはり姑獲鳥はまっすぐミゾロガ池方面へ向かっている。おそらく読み通り巣に向かっているのだと思う。
これで追跡の第一段階はクリアだ。
そして今日はオマケがある。
エタケに持たせた御守り。俺の作っていた魔術具の試作品。
単体では何の効果も持たず、生体電流を探れる俺にしか使えない魔術具。
左手で懐からエタケに渡したものと似た形の魔術具を取り出し自分の口に当てる。
「エタケ。聞こえる? 俺だよ。ツナだ。今御守りを伝って俺の声をエタケに飛ばしてる」
それは電話の魔術具。
まだこちらから一方的に喋りかけた声を聞かせるだけしか出来ないので声伝器といったところか。
御守りとして渡した貝殻は中に小さな電磁石と魔石のからくり、穴には蝙蝠の飛膜が貼ってある手製の小型スピーカーだ。
俺の持っている方も似たような中身だが、魔石の魔力を消費して声を電波に変換する術式が組まれている。
この変換した音声の電波を雷捜に乗せて飛ばすことでエタケ側のスピーカーが魔石の魔力を使って受信してくれるという仕組みだ。
無論、届いていなければ意味が無く、落としていたりすれば無駄なことかもしれない。
だが、俺は信じている。
エタケが御守りを持ってくれていることと自分の作った魔術具が正常に動作することを。
「今、助けに向かっているから心配するな。絶対に助ける。そいつの名前は姑獲鳥。獲物を巣まで運んで捕食する土の因子を持った魔獣だよ。巣は池の畔にあるはずだから逃げるときは足場に気を付けて。体液には毒があるから決して傷つけちゃいけないよ」
同じ言葉を2回繰り返し、声を電波として送る。
「っつ————!」
進歩したと言っても魔法の副作用である頭痛は相変らずキツイ。
だが、まだエタケに伝えなきゃいけない情報がある。
「逃げ出す時は姑獲鳥の胸元にある石を奪って投げ捨てるんだ。時間稼ぎになる。壊しちゃダメだよ。奪って投げ捨てて」
先ほどと同じように2回繰り返して飛ばす。
「はぁ、はぁ......」
頭が割れるように痛い......。流石に限界だ。この状態では一人で馬に乗るのは危険か。
鉄棍を荒縄で背負うと、騎乗したサダ姉がやってきた。
「ツナ! どうしたの? 大丈夫!?」
「ごめん。サダ姉......ちょっと一人じゃ騎乗出来そうにないや......同乗させてもらってもいい?」
「え、ええ......いいわよ。ほら掴まって」
一人で騎乗するのは無理だと判断してサダ姉に同乗させてもらう。
右手を掴んで鞍上に引っ張り上げてもらった。
「このまま......川を越えて、キント兄の向かった方へ......全力で」
「わかったわ! しっかり掴まってなさい!」
俺は頷くとサダ姉の腰に両腕を回してしっかりと掴む。
サダ姉が一瞬ヒャッと驚いた声をあげたが直ぐになんでもないと落ち着いてくれたようだ。
大鎧越しではあるが変なところにでも触れてしまったのなら申し訳ないことをしたな。
俺はサダ姉の鎧の背に額を当てて何度か深呼吸をして呼吸と心拍を整える。
頭痛が少し和らいだ気がする。
そのまま馬に揺られること数分。
ミゾロガ池に辿り着くと、池の前には息を切らせたキント兄が片膝をついていた休んでいた。




