三十八話 兄姉弟妹での遠出
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「う~~~。かかさまにだまされました……」
「まぁまぁ。それでも子供だけで出掛けることが出来て良かったじゃないか」
弥生になり、春の山に連れて行くというエタケとの約束を果たすために俺たちは騎馬でフナオカ山に向かっている。
エタケは姫衣装に身を包み、俺は水干を着て牛若丸のような恰好で一頭の馬に同乗している。
そして俺たちの前後には騎馬が一頭ずつ。
「どーしてオレ様が弟や妹のお守りなんぞしなけりゃいけないんだよ」
「そうね。腕比べでずっと気絶してた誰かさんはどちらかというと妾たちに守られる側だものね?」
前の馬上で文句を言っているのは大鎧で武装したキント兄。
後ろから揶揄しているのは同じく大鎧を纏ったサダ姉だ。
二人は今回、俺たちの護衛役として同行している。
兵部の訓練も兼ねているのだろう。二人とも砕けてはいるが気は抜いていないようだ。
「きょうだいみずいらずでたのしんでいらっしゃいともうしてくれたのに……」
「兄妹ではなく、兄姉弟妹だったってことだね。流石に俺とエタケだけだと不安だっただろうし、こうやって兄姉弟妹揃って遠出が出来るなんて珍しい機会だし楽しまなきゃ損だよ」
エタケは俺と二人きりではなかったことに対してサキ母様に嵌められたと口では文句を言っているが、そう言いながらもにこやかな表情を見せている。
やはり出掛けられて嬉しいのだろう。
ちゃんと楽しんでくれているようでなによりだ。
今回の遠出については父上から事前に目的地の選定から何から、参加者全員でしっかりとした予定を組まされた。
その際に向かう先へ最も近いヨシダ山を提案したのだが、キント兄がそこはダメだと猛反対した。
恐らくキント兄が足繫く通っているのがヨシダ山なのだろう。
万が一、キント兄の想い人かつ組手の相手に会われでもしたら恥ずかしいとかそんな理由なのだと思う。
冷やかしてやりたい衝動に駆られたが、俺も男だ。キント兄の気持ちは分からんでもない。
じゃあフナオカ山で。とあっさり引いてあげると露骨にホッとしていたのが印象深い。
フナオカ山へはトール邸のすぐ横のカラスマ通りから北上して皇京を出てから西へと向かうコースになった。
フナオカ山......前世だと船岡山にあたるのかな。
たしかあそこは平安京の北の起点として玄武を司ってたり、織田信長を祀る神社があったんだよな。
神社自体は明治天皇の御下命で創建された神社だったはずだから、こっちのノブナガとは縁も所縁も無いだろうけれど、兄姉弟妹揃っての初の外出なんだ。
何も起きないことを願うぞ。
「にぃ~さま~、あにうえ~、あねうえ~。エタケはカモ川がみたいなぁ~」
「「!!?」」
皇京を出てまだ数分しか経っていないというのにうちの妹は突然何を言い出すのだろうか?
「ど、どうしたエタケ!? 川が見たいならもうすぐホリ川が見えてくるからそこまで我慢してくれな?」
「にいさま、ちがうのです。エタケは大きなカモ川がみたいのです。みんなでおそとにでられたきねんです」
可愛らしい声で皆で外に出られた記念なんて可愛らしい事を言われると俺は弱い。
だが、今は俺だけでなくキント兄やサダ姉という味方も居る!
二人ならこの状況をなんとかしてくれるはずだ!
俺は助力を求める為に前後の二人に視線を送った。
「エタケよぉ。山に行きたいって言っておいて、急に川に行きたいなんて心変わりするのはワガママが過ぎるんじゃねぇか?」
「にいさまがヨシダ山をていあんしたときにきょひしたのはだれでしたか? ヨシダ山にむかうならカモ川はぜったいにとおっていたのですよ? どこかのだれかさんのわがままのせいでエタケはカモ川がみれないのですね」
「うぐっ......!」
キント兄~!!!!
ダメだ。完全に撃沈しちゃってるよ。
こうなったらサダ姉だけが頼りだ!
頼んだよ! お姉ちゃん!
「別に良いんじゃない? 真逆の方向だけど大した距離じゃないし。その後にフナオカ山に向かっても滞在する時間を短くすれば帰りは予定の刻限に間に合うわよ」
「ちょっ! それはそうだけ——」
サダ姉がまさか同意するとは。
俺は反論しようとして振り返ると見てしまった。
サダ姉がニマニマした笑顔なのだ。
何? サダ姉も川に行くのがそんなに楽しみなの?
ん? よく見れば鎧の胸元に挟んであるのは俺が贈った簪?
肌身離さず持ってくれているのは嬉しいが大鎧だと邪魔にならないか……?
色々とわからないことだらけだがサダ姉は既に川に向かう事に完全同意しているようだ。
「ねえさま~、かわについたらぬれないようにエタケがおぐしをまとめてあげるのです~」
「ええ! 約束通り頼んだわよ!」
エタケはもう髪を結い上げる事が出来るのか。すごいな!
って、約束通り? 事前に二人で話し合って決まってたことなの?
あ。サダ姉、口を滑らせたって顔してる。しかも苦笑いで誤魔化してるし。
まあたしかにサダ姉が言うように時間の調節さえ上手くすれば帰りは十分に間に合うだろうけどもさぁ。
キント兄とサダ姉は兵部の護衛訓練も兼ねてるだろうにそんなのでいいのか?
いや、殿上人が突然の思い付きで行き先を変えるなんてことは割とあるのかもしれないな。
うちの爺ちゃんだってそんなタイプだろうし。
そういう時に柔軟に対応出来るというのは必要な能力なのだろう。
俺は極めて前向きに捉えて、万が一にでも保護者にバレて怒られた時の言い訳を考えることにした。
「では、みなのものひがしへむかうのです! カモ川にまいりましょう」
「「「お~」」」
エタケの掛け声に合わせて俺たちは同時に応えたが、そこに篭った感情は三者三様であった。




