三十七話 鍛冶師の居る生活
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俺はサイカ殿の右手を見る。
ごつごつとして皮が硬くなった掌。槌を握り続けて出来た肉刺。まさに職人の手だな。
「それじゃ、右手を掴むよ。ちょっとピリピリするけど離しちゃダメだからね」
「分かった......うひゃっ!」
水で濡らした左手でサイカ殿の右手へギュッと指を絡めて繋ぐと掌を通して相手の体内へ極僅かな電流を流す。
一瞬ピリッと来たことに驚いたのかサイカ殿は上ずった声をあげた。
神経の一つ一つに電流を流して反応を見る。
筋肉が連動してサイカ殿の指が曲がったり、右手が動いている。
あぁ。電流を通してみると良く分かる。大体は普通に流れているが矢を受けた辺りの神経はいくつか傷ついたり途切れている部分があるな。
「所々で神経......えっと身体の動きを司る糸みたいなものが傷ついたり途切れてるみたいなんだ。これは一日二日じゃ治らないと思う」
「そうなんか。でもその言い方やと時間かけたら治る可能性はあるってことやろ!? 何でもするからお願い出来ひん?」
思ったよりも酷い症状だったので俺は申し訳なさを感じたまま答えるが、サイカ殿は治る可能性があるならとことんやってくれと言っている。
出来る事なら治してやりたいが、俺も自分の修行があるから毎日ココに通うのは難しいのだが......。
「サイカ殿をクラマ山に連れて行ってやればよかろう? 魔族領に詳しい重要人物じゃし保護せねばならんからの。守るならクラマ山は適任じゃろう。キイチ殿には明日ワシが直接話を付けてきてやるぞい」
俺が悩んでいると爺ちゃんは尤もな理由を付けて助け船を出してくれた。
確かにノブナガ暗殺未遂犯でもあるし、件の黒幕がまだ探している可能性もある。
まだ見つかっていなかっただけで今後も安全とは限らないので、師匠の結界によってかなり安全なクラマ山で保護してもらうのはとても良い選択肢だろう。
優秀な鍛冶職人でもあるので、道場の武器の整備・調整をお願い出来るだろうし、寺にとっても悪い話ではないかと思う。
まだキイチ師匠が断る可能性はあるが頼んでみる価値はあると思う。
「この手が治るならウチはどこでもついていくで!」
「決まりみたいだね。じゃあ爺ちゃんお願いしても良いかな?」
「任せておけ。色良い返事がもらえるように手を尽くすわい」
やる気に満ちた爺ちゃんは本当に頼もしい。
俺は師匠が快諾してくれると良いなと願いつつ、再びサイカ殿の電気治療を開始した。
■ ■ ■
「ツナ坊ちゃん! おはようさん!」
「おはよう。サイカ。朝から元気だねぇ」
サイカの治療を始めてから2週間が経った。
堅苦しいのは苦手なので砕けた話し方にして欲しいということでサイカと呼んでいる。
サイカは腕利きの鍛冶師かつ人族と鬼族の混血の為、将来魔族軍との懸け橋となる存在かもしれないとして師匠に快諾してもらいクラマ寺で匿われている。
あくまで寺付の鍛冶師として雇用した体裁を取っている為、出家せず尼僧になってはいない。
それでいいの? と師匠に尋ねた所、誰も損をしていないので構わないでしょうとのことだった。
女性=穢れるという概念は人時代以前、神々がこの国に居た神時代には消え去ったという。
なんでも女神達が直訴して改正させたそうだ。強い。
神時代が終わってから800年以上も経過した今はまた女性=穢れると考える者も少数派だが出てきて居るらしい。
人の世は何度も同じようなことを繰り返すのだろう。
キイチ師匠の言っていた「女性ということで少し懸念もございましたが、サイカ殿も夫と死別した身の上であるため大丈夫でしょう」という言葉は少々引っ掛かったが、今は気にしないことにした。
「はい。これで今朝の治療はおしまい。耳と右手の調子はどう?」
「耳はグッと聞こえやすくなったし、右手もだんだんと握力が戻って来た感じするわ。それに目も前より見えやすなったかも? おかげで作れるもんもかなりええ出来になってきたで! これも全部ツナ坊ちゃんの治療と食べもんのおかげや! ほんまありがとうな!」
俺がサイカに行っているのは電気治療と食事療法だ。
電気治療では神経の通りを良くする事と少しずつ断裂した神経の修復を行い、食事療法では毎食欠かさず蜆の吸い物か加熱した猪のレバーを摂ってもらっている。
レバーはレバニラ炒めや塩レバーのゴマ油和えなどの作り方を教えた。
俺の居ない土日の間にも食べられるように調理方法を覚えて欲しかったからだ。
人と鬼のハーフで女性にしてはゴツい体格のため、外見から大雑把に見えるが、タネガシマの射手なだけあって教えた分量はキッチリ守っている。
火薬扱ってたんだもんな。
幼い頃から厳しく教育されてきたのだろう。
蜆や猪のレバーを選んだ理由は食材に含まれるビタミンB12が神経に良いというのを前世のTVの健康番組で見た覚えがあったからだ。
蜆はニオノ海の名産らしく、毎朝サイカがクラマ山の大烏に乗って新鮮なものを買い付けに行っている。
大烏はクラマ山に唯一存在する魔獣だ。
数羽居るが烏天狗族である師匠が飼い慣らしているらしく非常に賢く大人しい。
エサは近場の魔獣や獣を仕留めているそうで、2~3日おきに寺の大きな石段の上に猪や鹿の死骸が置かれている。
師匠曰く「誰が何のためにどこから持ち込んだのかは定かではありませぬが、腐らせるのはこの肉の持ち主だった命に対して失礼に当たりますな」とのことで供養という名で俺たちの腹に納めている。
明らかに大烏からの御裾分けではあるのだが、一応僧侶の師匠としては詭弁臭いが建前は大事なのだろう。
猪肉は俺の筋肉痛予防にも貢献してくれているだろうしとても助かっている。
肉は美味しいし誰も損をしてないから良いよね。
「うんうん。経過が良好でなによりだよ。それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい! きばりや~!」
サイカの朝の治療を終えた後、クラマ寺を出て木の根道へ走って向かうと既に師匠が待っていた。
周囲には円を描くようにいくつもの刀が地面に刺さっている。
その円の中に入り静かに一礼をして師匠と対峙する。
今日の俺の最初の得物は直刀だ。
最近の剣術指南では反りのある和刀と真っ直ぐな直刀を同時に扱っている。
どちらの癖も憶えておくことで混戦時に手持ちの刀が使えなくなっても、落ちている別の刀で戦えるようにするためだ。
周囲を取り囲む刀の結界も使えなくなったと判断した時にすぐに持ち替えるためのものだ。
出来る限り折れる前に持ち替えないと修理を買って出てくれたサイカに申し訳ない。
初日は11本も折ってしまい、この調子で折り続けられると修理が間に合わないと嘆かれた。
礼を終えて刀を構え、一度大きく呼吸すると同時に一気に師匠に迫り、一合一合に絶対に斬るという気合を込めて斬り掛かった。
俺の斬撃は軽くいなされるが、それでもそのまま間隙無く次の動作に移って斬り込む。
何度も何度もどんな体勢からも只管に攻撃の手を止めない修行。
殆どの斬撃は静かに受け流されるが、時たま鉄と鉄のぶつかり合う甲高いが周囲に鳴り響くこともある。
その度に今の攻撃は師匠でも受け流せなかったという手応えを感じつつ、自分の持っている刀の疲労度を確認する。
ところどころ刃が欠けているがまだ大丈夫だろう。
僅かな目視で確認を終わらせると再び斬り掛かる。
上段袈裟と見せかけ、腕を引いて腰だめからの突き、雷身をわざと切って速度に緩急を持たせる。
右へと受け長されて転びそうになるも、再び雷身で強化し踏ん張りを利かせてそのまま横薙ぎに水平斬り。
キーン! と高い音が鳴り、俺の持っていた刀が折れた。
不味い! と思い咄嗟に踏み込んでいた右足の踵に力を込めて後ろに跳び距離を取る。
だが師匠も前に跳び俺を逃がしてはくれない。
師匠の突きが来る。そう予感した俺は中ほどで折れた刀の刀身を横にして構える。
刹那、高速の突きが構えた刀の中心に当たる。
「っく! うわぁあああ!!!!」
師匠の持つ刀の切先が俺の折れた刀の鎬にぶつかっただけだというのに円の外まで吹き飛ばされた。
なんという威力だ。体躯に差があるとはいえ俺の突きとは重さが違い過ぎる。
「あえて身体強化を切ることで緩急を付けたところは虚を突くという意味ではお見事でしたが、あれを受け流された後はそのまま転んで刀を入れ替えるべきでしたな。刀の疲労度は余裕がありましょうが、転がるまいと余分な力が入って振られていたので欠けた箇所を狙って当てれば折ることは容易かったですぞ」
「はい。得物に対する認識と咄嗟の判断が甘かったです。攻撃するにしても思考はそれだけに囚われてはいけないということですね」
結局、その日俺は合計で4本の刀を折ることになった。




