三十六話 サイカの過去
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「クニトモ一族で天才鍛冶師と呼ばれてたウチとネゴロ一族で天才と呼ばれてたゴーイチ。最初は気に食わんでぶつかったりもしてたけど、段々相手の技量を認め合うようになって、そのうちウチらはお互いを好敵手とも親友とも思ってるうちに、次第に慕う様になっていつしか結ばれてた」
「良い相手と結ばれたんじゃのう……」
サイカ殿と夫のゴーイチ殿との馴れ初めを聞いた爺ちゃんは眩しそうに彼女を見つめていた。
以前、戦都に泊った夜にワシの若い頃は~と、聞いてもいない恋愛話を楽しそうに語っていた時とは全然違う顔だった。
「うん。めっちゃ幸せやったわ......3年前のあの日までは......」
「ゴーイチ殿が亡くなったんですね......」
「正確には5年くらい前からおかしくなっとった気はするんよ。突然ゴーイチがエライ人からお呼びが掛かったとか、これで俺の地位も上がってもっと里を発展させられるかも知れんとか言い出してからや。ウチらの歯車が狂い始めたんわ......」
なんだろう。凄く嫌な既視感がする。
ああそうか。前世の両親が詐欺師に騙された時と酷似してるのか……。
あの時も両親揃ってあんなに凄い人から誘われるなんて。とか、これで会社をもっと大きく出来る。って舞い上がって話をしてたな......。
「誰かに騙されたんだね......」
「!! 分かるん? その通りや! じゃなかったらゴーイチがタネガシマを横流ししたりするわけあらへん! しかもノブナガの暗殺を企んでた張本人にされるなんて......あるわけ無いんや!」
サイカ殿はその時の悔しさを思い出してか両眼を力いっぱい瞑り、ギリッと奥歯を噛み締めて耐えていた。
ゴーイチ殿も恐らく完全な濡れ衣ではなく、どこかで計画に加担させられていたのだろう。
目の前に飛び込んで来た幸運の機会に対して冷静で居られる者は少ない。
前世の両親もそんな感じで大物政治家が関与した詐欺師に騙されて、最終的に会社を潰すハメになった。
そして心中まで......。
「謀反を企てる連中の拠点を叩いたら、横流しされたタネガシマが出てきたんやて。それを証拠品として突き付けられてゴーイチも捕えられた。しかも先に捕えられた謀反人たちはゴーイチが首謀者やて口を揃えて言うたらしい......結局それが決め手でゴーイチは処刑されることになった......」
「その後は謀反人たちも同じように処刑されたんじゃな? 死人に口なし。恐らく関わった者は全て始末されとるじゃろうな。謀反人共は最初からそう話す様に言われていたか、捕らえられた後、証言すれば刑を軽くしてやると持ちかけられて騙されたかは分からんがの」
ずっと辛そうに語っているサイカ殿を見ていられなくなったのか、爺ちゃんは残りの話を推論を交えて語った。
「まさに権参議様の仰る通りや......。それに里の皆も最初は一緒に抗議をしてくれてたのに1週間も経たんうちに誰も彼も口を噤んでしもた」
「大きく騒がれる前に脅しや圧力、もしくは懐柔されたんじゃろうな。それだけ影響力のある者が裏に関わっておったということじゃろう」
騒ぎが大きくなって武装蜂起でも起きた場合、タネガシマを作れる者や撃てる者など貴重な人材も死んでしまうだろうからな。
それを未然に防ぐという意味合いもあったのだろう。
裏で糸引いた者も里は貴重だと考えているようだ。
ゴーイチ殿という超貴重な人材を葬った理由は不明だが。
里の者たちにとっても身近な者が亡くなっているのだから、次はお前か家族がああなりたいのか? などと言われると口を噤みたくなる気持ちも理解できなくはない。
しかし、サイカ殿にとっては周りの全てに見放されたと感じたかもしれない。
最愛の人だけでなく、これまで仲間だと思っていた者たちによる裏切りにも近い行為。
その絶望は他人には計り知れないものだろう。
「何もかんも信じられんようになったウチは家の中に引き籠るようになってた。そしたら頭の中に声が聞こえて来たんや。仇を取ってくれ。ノブナガが元凶だ。ノブナガを撃て。って。ウチはゴーイチの御霊がそう言うてるんやと思うようになって、気ぃ付いたら一人でノブナガを撃ちに行ってた」
「それって......」
「せや。ウチの勝手な思い込みやと今では思ってる。ただ、処刑の最終決定を下したんはノブナガやったからな。いつの間にかノブナガさえおらんかったら。って考えから抜け出せんようになってた」
話を聞いた限り不可思議な点が多過ぎる。
そもそもノブナガ暗殺を企てたというのが濡れ衣だったはずなのに、いつの間にかサイカ殿までノブナガを撃ちに行くことになったのはおかしい。
仮にノブナガが首謀者だったとしても、自分を殺そうと企てた者が居ると騒ぎ立てて貴重なタネガシマ鍛冶師で射手でもあったゴーイチ殿を浪費する意味が分からない。
そんな茶番を演じて何の得があるのだろうか?
考えられるとすればノブナガ抹殺を目論む何者かによってゴーイチ殿は利用され、その計画が露見したか何かで黒幕は計画を変更し、ゴーイチ殿を首謀者に祀り上げて切り捨てた。
その後、心身共に衰弱しているサイカ殿を言葉巧みに誑かしたか洗脳をして、当初の通りノブナガの暗殺を実行に移させた。
そんなところではないだろうか?
「結局失敗してもうたけどな。森の中に隠れて狙い撃とうとしたのに、撃つ瞬間に向こうがこっちを見たんや。タネガシマの限界射程で。それで驚いたウチの手元が僅かに狂ってノブナガが乗ってた馬を撃ち抜いてしもた。すぐに逃げ出したけど追っ手の武将の風魔法矢で右手や背中を仰山射抜かれて、なんとか川に飛び込んでここまで逃げ延びてきたんや」
そう言って右掌に力を込めるサイカ殿だったが、その手は震えて力が入り切っていないように見える。矢傷によって痺れているのか?
そうだとしたらそんな手で鍛冶を行ってこの銃身を作ったというのか。
俺に銃身の良し悪しなんて詳しくは分からないが、真っ直ぐ綺麗な外見そして中を覗くと穴も歪みなく先を見通せる。天才だと言っていた通りかなりの技量に思える。
俺は改めて目の前の鉄棒を覗いて感嘆した。
「ワシは失敗して良かったと思うがの。人族にとってはノブナガがそこで殺された方が良かったという可能性もあるが、少なくともお主の愛する者を奪った者の目論見は潰えたじゃろう」
「俺もそう思う。ノブナガが自分を殺させようと茶番を演じる必要は無いだろうし、他の誰かがノブナガを暗殺する為の手駒として利用されたと見るべきだよ。それにこんな立派な鍛冶師を失わずに済んだし! 是非! 俺の武器を作って欲しい!」
俺は手にしていた鉄棒を両手で軽く掲げてこれは良い物だとアピールする。
「権参議様、坊ちゃん......。でもウチは......この右手は痺れてしもうて、もう満足行く仕事が出来ひんねん......」
「それに関してなんだけど、爺ちゃん? 俺がサイカ殿を診てもいいかな?」
「ツナは治せるのか? 陽属性の治癒魔法でも時間の経った後遺症なんぞは治せんぞ?」
陽属性魔法は命素を多大に消費する代わりに高い効果を齎すと言われている。
だが後遺症は治せないのか。貴重だとされている治癒魔法もそこまで万能では無いという事だな。
神経系の障害であれば雷魔法で治せる可能性があると俺は睨んでいる。
筋力、視力や聴力を強化したり、毎日筋肉の疲労をとったりしているので、雷で体内を調整するのはお手の物だ。
流石に脳の深いところなどは怖くて触れていないが......。
「治るかは分からないけれど試す価値はあると思う。勿論サイカ殿が嫌なら受けなくていいけどね」
「う、受ける! まだ完全には坊ちゃんを信じられんけど、この右手が治る可能性があるなら賭けてみたいんや!」
こうして俺はサイカ殿に電気治療を試みることにした。




