三十三話 再び修行の日々へ
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「キイチ師匠、新年お祝い申し上げます。こちらは俺とウチの家からの贈り物とルアキラ殿からは文を預かっております」
「ツナ殿、新年お祝い申し上げます。これはこれはご丁寧にありがとうございます。元旦には別途寄進と奉納品も送って頂きましたのに。忝い。ご当主様方には感謝をお伝えくだされ」
睦月ももう八日ではあるがキイチ師匠に新年の挨拶と正月の贈り物を渡す。
これで他の貴族邸宅へ家族で挨拶に行ったり、白馬節会で白い角馬を見るなどのイベントが続いた正月の予定も全て終え、いつもの日常に戻ったことになる。
つまり修行の日々が帰ってきた。
「ところで師匠は正月も皇京へはいらっしゃらなかったのですね? 父上が会いたがっておりました」
「あぁ。ツナ殿はともかく、ヨリツ殿もご存じなかったのですな。某はこのクラマの地から出ることが叶いませぬ」
「えっ!?」
修行を始めてもう二年になるが、それでもかなりの衝撃を受けた。
確かに師匠が山から降りたという話は聞いていない。
一体なぜこの地から出られないのだろうか?
「なに、深刻なことではござらぬ。某の身体をこの地に縛る代わりにこの地の命素を多少自由に使わせて頂いているだけですので。巨大な結界の意地や多くの式神を手足のように自在に操ったり、この地の中でなら易々と転移出来るのはそのためですぞ」
「たしかに師匠は人の域を越えているなとは感じておりましたが、そんなカラクリがあったのですね!」
なるほど。縛ることでその地に流れる命素を自分のものに出来るのか。
これまで師匠が人の身を遥かに超えるほどの術が使えている理由が分かってスッキリした。
「ええ。それにこのクラマ山は命素量がやや過剰でしてな。某が大量に使うことで人為的に抜いているという側面もあるのです」
「たしか命素が豊か過ぎるのも危険だと学んだことがあります。精霊が生まれすぎたり、何らかの原因で命素が魔力に変じて穢れとなることもあると……」
精霊は高濃度の命素が集まることで稀に生まれることがある意思を持ったエネルギー生命体だ。性格は気まぐれで人族に協力的な個体も居れば敵対的な個体も居る。
そして精霊は属性を持ったり魔法を行使することができるのでその取り扱いには注意が必要だと聞く。
ごく一部には獣や人を象った姿になる個体もおり、その場合は霊獣と呼ばれる。
神の遣いとも呼ばれるほどに凄まじい力を持っているのに、伝承や絵巻では人や亜人と番って子を成すこともあると書かれているのだからかなりの神秘生物だ。
「そうですな。そして穢れから妖魔を生み出す元となる穢霊が現れるのです」
「妖魔......感情を持った生物の成れの果てでしたよね。許容量を越えて命素を生成し続け肉体さえも変質して感情のままに暴走を続ける。まさに災厄だと学びました」
「その通り。まあそういった危険を未然に防ぐという意味でも、某はこの地から出られぬのです」
山と寺があると言っても、一つの地に縛り続けられそこから動けないというのは常人にはかなり負担が掛かるだろう。
それこそ師匠のように長命の種族であればその分だけ苦しみも長いはずだ。
それに師匠は言わなかったが、大量の命素を扱うということは下手をすれば自分が妖魔となる可能性だってあるんじゃないだろうか?
俺にはきっと何も手伝うことは出来ないが、せめて師匠がこの地で退屈してしまわないように物や流行話など色々と皇京から持って来よう。
ルアキラ殿からも文と正月の寄進、奉納品でやりとりがあるようだから、俺はルアキラ殿と一緒に作った物の試作品でも持って来るのがいいかもしれない。
大きいものは無理だけど。
その中で気に入ったものがあれば、正月に沢山それを贈ってもらうことで喜んでくれるに違いない。
俺が色々と企んでいる間、師匠はルアキラ殿からの文に目を通していた。
チラリと顔を見ると表情はやや曇っているようだ。
「何か良くないことが書かれてありましたか?」
「ん? ええ、そうですな。噂をすれば影という訳ではありませんがどうやらニオノ海周辺に妖魔が現れた兆候が見られるとあります……」
ニオノ海とはヒノ国で一番大きな湖で前世で言う琵琶湖のようなものだ。
皇京からもそれ程離れていない為、万が一ということもあるやもしれない。
「それで討伐隊は!? 皇京からも出陣するのでしょうか?」
「いえ、まだ兆候が見られただけで、まだ調査中とのことです。それにニオノ海は皇京から近いと言ってもオウミの領内になりますので、討伐するとしても先に領地を治めるオウミ守の軍が当たることになるでしょう」
そうか。ニオノ海はオウミの領地に分類されるのか。
それならば父上が出陣するということもまだしばらくは無いようで安心した。
願わくば兆候も勘違いで済んで欲しいところだが。
「今の私に出来ることはしっかり修行してもっともっと強くなることだけですね……」
「如何にも。では早速ですが某と剣で打ち合って頂こう。時折どこからか狒々が矢を射掛けてくることもありますので、某だけでなく周囲の気配にもお気をつけてくだされ」
「は、はい!」
出た! いつものいきなり高難易度修行。
師匠には本気を出しても打ち合うだけで手一杯なのに、そこにタイミングも位置も不明の矢が飛んでくるってなんだよ!
今の貴方ならこれくらいは出来るでしょう? と言外に圧力を掛けられるこの感覚。
これで日常が戻ってきたな。と思ってしまうのだから、俺もかなり師匠に毒されてるよなぁ。
こうしてまた週の5日をクラマ山で過ごす修行の日々が始まった。




