三十一話 テミス兄妹妹妹との腕比べ
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ミチナ様の開始の合図と共にそれぞれ距離を取る。
あ、ズルいぞ。三姉妹は同じ場所に固まった。恐らく三人で組んで動くようだ。
俺達も組むべきだろうとキント兄やサダ姉を見るが、どっちも目がギラついていて個人で戦う気満々だな。
「はぁ......」
「にぃーさま?」
兄姉とは協力できそうにないと分かり溜息をつくと、エタケが袖を引っ張って見上げてきた。
「エタケは俺が守るからな。怖がらなくていいぞ」
「はい! エタケはにーさまにずっとだいじにまもってもらいます!」
うんうん。この殺伐とした空気の中でエタケが唯一の癒しだよ。
エタケに微笑んでいると不意に強烈な視線が刺さった。
視線の主はサダ姉で目には物凄い怒気を孕んでいる。
戦いの最中に気を抜くなって事かな。そりゃそうだよな。ごめんなさい。
俺はいつもの修行時のように戦闘の思考に切り替える。
考えろ。常に脳を回せ。
狙いは紙玉。最も警戒すべきはこの中で最年長かつ経験豊かなヤスマ殿。
俺はエタケを守りながら戦う......いや、最悪戦闘は他に任せて逃げ続けるという手もあるか? だがこの狭い結界内でどうやって? 遮蔽物もないのに?
あれ? 割と詰んでね?
俺には強力な術を防ぐ術はない。
流石に腕試しで殺す気の全力は出してこないとは思うが、範囲魔法を使われたらエタケを庇って自分も助かるという余裕は無いな。
切り札もあることはあるが、テミス家とは協力関係の仲であってもあまり特殊な手札は見せたくない。
睨み合いをして暫く時間が経ったし、そろそろウチの若熊が痺れを切らす頃だ。
「そっちが来ないならオレ様がいくぜぇ! -雷纏-!」
「来るか」
「ほう......」
キント兄は身体に雷を纏いヤスマ殿に正面から突っ込んでいく。
その姿はまるで戦場で見た時のヨリツ父上のようだ。
俺と同じことを思ったのかミチナ様がキント兄を見て唸った。
まさに電光石火の早業でヤスマ殿の懐まで一瞬で近寄————れない!?
キント兄はヤスマ殿の前方2mの位置から近寄れないでいる。
踏み出しても手を伸ばしても押し戻されている。
あれは正面を強風の壁が守っているようだ。
前世のニュースで見た台風の風を再現するための暴風発生装置なんかを思い起こさせる。
「チクショウがぁ!」
気合の叫びと共に一歩また一歩となんとか歩を進め、もう少しで拳の届く距離まで踏み込めるのだが、その先ではヤスマ殿が弓を構えて待っていた。
「キント兄! 下がって!」
警戒する様にと告げるが、こちらの叫びはキント兄の周囲の風に搔き乱されて聞こえていないようだ。
このままやられてしまう。そう思った時、キント兄の背中に電撃が直撃した。
「がっ!!?」
「!?」
キント兄が背後からの電撃に押されてそのままヤスマ殿にぶつかる。
ヤスマ殿は弓を手放して両手でキント兄を受け止めて頭の紙玉を割ると投げ転がした。
そこに横から火球、水玉、土塊が飛来する。
咄嗟に風の障壁をそちらに張って防ぐが、先ほどキント兄が飛んできた方向から更に雷の玉が飛来。
「むぅ。-巻風-、-風矛-」
それを転がって躱し、小さな竜巻を起こして牽制、風の矛を飛ばして反撃に出る。
呪文の詠みがヤマト言葉なのは珍しい。テミス家の方針だろうか?
「これも躱すか。流石ね!」
「そちらこそ。実の兄ごと撃つなど容赦がないな」
「貴方に届かせるのに丁度いい風避けだったもの。そっちも妹たちに狙われても余裕なんて凄いわ! -雷盾-、-雷玉-」
サダ姉が賞賛している。表情はかなり楽しそうだ。
飛ばされてきた矛を雷の盾で防ぎ、お返しとばかりに雷玉を飛ばす。
ヤスマ殿もそれは見越していたようで、再び風の矛を作るとそれをぶつけて相殺する。
「私たちが!」
「居ることも!」
「忘れるな!」
お互いが次の手を読み合っているところに再び三種の魔法盛りが飛んでくる。
「チッ! 邪魔ね! -雷波-!」
「邪魔するんじゃない。-風牢-」
「「「きゃぁああああ!!!!」」」
魔法盛りを躱した二人が同時に魔法を飛ばすと三姉妹の周囲を強風が囲み、それにサダ姉の雷が合わさり風と雷の檻になる。
そうなったのは偶然だろうが、なかなか良いコンビネーションだ。
「ふむ。無詠唱でも皆中々の威力が出ておるのう」
「武の御三家の血を引いているんだ。これぐらいやってくれねえと困るぜ?」
魔法の威力に感心している爺ちゃんにミチナ様が鼻で笑って答えていた。
やはりここにいる面々はこの国でも突出した才能の持ち主なのだろう。
割って入れる程の力もなく、エタケを背に庇うので精一杯な俺としてはただただ見守ることしか出来なかった。
その間も再びヤスマ殿とサダ姉の二人による遠距離魔法の応酬が繰り広げられ、そろそろサダ姉の命素が限界なのかその顔には疲労の色が濃い。
さすがに元服を済ませた男性と比較するのは色々間違っているが、ヤスマ殿の方もそれなりに疲れが見えていることから、サダ姉の命素量がかなりのものなのだと分かる。
「はぁ、はぁ、やるじゃない」
「そちらこそ。その齢よわいでここまで戦えるとは見事」
次の一撃でサダ姉の命素が尽きるとすれば、残った俺はヤスマ殿に相打ち覚悟で突っ込むしかないか。
エタケを結界の端に移動させ、俺はいつでも飛び出せるように身構える。
「-雷玉-! せぇええええええええい!!」
「-風矛-! ぬうううううううううぅ!!」
二つの技が空中でぶつかりあって相殺されたとき、同時に風と雷の檻が壊れ、中から大きな土塊が飛び出した。
「三人同時詠唱を使って溜めに溜めてやっと抜け出せた! ってあれ!?」
「ちょっとマズくない!?」
「マズイね!?」
風牢を破る為に放ったのであろう大きな土の塊がそのままの勢いで命素の尽きたサダ姉に向かって飛んで行く。
「えっ!」
「やばい!」
俺は雷身ライシンで身体を強化しサダ姉に向かって走る。
間に合うか!? いや、間に合わせる!
しかし、このままでは土塊が届く方が少し早い。
「-風盾カザタテ-!」
ヤスマ殿が土塊の前に風の盾を展開するが、彼が残り全ての力を振り絞ったであろうその盾は多少の威力を殺したものの直撃までの数瞬を遅くしたに過ぎない。
だがその数瞬で俺はサダ姉を直撃地点から外れた場所へ突き飛ばすことに成功した。
「あっ......!?」
「あにうえ!!!!」
あぁ、でもこれって俺が回避が出来ないじゃん......。
馬鹿だな。サダ姉を助ける事しか考えてなかった。
まあいいか。サダ姉が助かるなら。
もう直撃は免れないとギュッと目を瞑る。
聞こえたのは大きな衝撃音。
だが痛みはなかった。一瞬で楽に死ねたってことだろうか?
多分死ぬのは二回目だな......。
なんて思っていると数秒経ったが一向に何も起きていないことを不思議に思い始めた。
これが死後の世界なのだろうか?
ん? あれ? おかしいな。周りの音が聞こえるし、匂いもする。
あれ? この匂いって......ラベンダーの香り?
不思議に思った俺は恐る恐る片目を開けて目の前を確認する。
そこには身体に赤い雷を纏い、両手を広げて全身で土塊を受け止めているキント兄の姿があった。
「よう......ツナ、無事か?」
「キント兄!? キント兄こそ大丈夫!?」
「ついさっきまでクソダセぇ居眠りしてたから、丁度良い目覚ましになったぜ」
キント兄は振り返って俺の無事を確認すると、土塊を地面に降ろしてそのまま背中から倒れる。
俺はキント兄が頭を打つ前に咄嗟に手を伸ばしてなんとか受け止めた。
「助かったよ。ありがとう」
「ああ、礼ならエタケに言ってくれ......アイツの声で起きれたからな」
そういえばあの瞬間、エタケが呼んでいたのは「にーさま(俺)」ではなくて「あにうえ(キント兄)」だったような気がする......。
仮に呼んだとして間に合うなんて分からな......いや、キント兄の雷纏の速さは最初にエタケも見ていたか。
全体を把握して最善手を選んだというのか? 三歳の子が? まさかな。
とりあえず今はその疑問は頭の片隅へ追いやって、駆け寄ってきたヤスマ殿にキント兄を運んでもらい、俺は突き飛ばしてしまったサダ姉の方へ行く。
案の定、怒っていらっしゃるようでこちらを睨んでいる......。
「サダ姉様、お怪我はありませんか? その、突き飛ばして申し訳ありません......」
「はぁ?」
俺の謝罪を聞くとサダ姉の表情は怒りからポカンと呆気にとられたものに変わった。
どういうこと? 謝罪の態度が悪かったかな?
「えっと、サダ姉を助けることだけに必死で、後先考えずあのような突き飛ばすという行動になってしまいまして……」
「…………!!」
不意に何かに気付いたのかサダ姉は紅くなってしまった。
はっ! もしかして突き飛ばしたときに胸や尻でも触ってしまったか!?
いや無我夢中だったのでこっちはどこを触ったとか感触も何も憶えていないんだ許してほしい。
「え、えっと、本当にサダ姉を助ける事しか考えてなくてですね、他は何も憶えていな——」
「もういいから! ツナの馬鹿ッ! 助けてくれてありがと!!」
サダ姉は真っ赤に怒りながら礼を言うとプイッとそっぽ向いてしまった。
乙女心は難しい。
「あー。中断してるとこ悪いが、とりあえず最後まで続けてくれよ? こっちは助かるのが分かってたから結界ごと岩も吹き飛ばしそうだったミチザのじーちゃんを止めてたんだからな?」
あの位置で俺が助かるの分かってたんだ......。
ほんとだとしたら戦況把握能力が凄まじいな。
流石鎮守府将軍ってことなのかな?
「まあ、ビビったのはウチの馬鹿が咄嗟に風盾を土塊の防御に使ったことだったがな! あそこはサダ嬢の方を吹き飛ばせば良かっただろうが! アレを止められるのか自分の残り命素量くらいしっかり把握しろ! 疲れで判断力がニブってんぞ! ヤスマ!」
「ッ! ......申し訳ありません」
ミチナ様がヤスマ殿の行動を叱責した。
確かに今考えるとそうだったと分かる。
咄嗟の判断力か。俺ももっと磨かないとな......。
「それじゃあ残った連中は準備良いな? 戦闘再開!」
再開の合図と共に俺はヤスマ殿に駆け寄る。
もうほぼ命素を使い果たしているとは言え、今の時間で一発分は回復した可能性もある。
強い駒は潰せるうちに潰すのが上策。
「む。君が来るか。 -風矛-!」
「申し訳ないですが回復される前に倒させて頂きます!」
直上に生み出された風の矛を右腕の動作と同時に振り下ろしてくるが、雷神眼で身体の動きは捉えているため矛の軌道は読めている。
右脇へ潜り込んで躱し、背後に回り込むと跳躍してヤスマ殿の腰鎧に下駄の歯先を掛けて踏み上がり、身体を横に捻って紙玉を蹴り割った。
「なんと!」
「ご無礼お許しを! では!」
次はまだ魔法を使える三姉妹を狙う。
ヤスマ殿を速攻で仕留めたその足で一気に三姉妹の下へ走り向かう。
「兄上やられちゃった! -火槍-」
「魔法使えなかったせいだけど! -土壁-」
「近寄らせたら危険! -流水-」
火槍で牽制、土壁で近寄れなくし、流水で押し流す。
三つ子だけあってコンビネーションが完璧だ。
そういえば三姉妹はヤマト言葉詠みじゃないな。などと思いつつ、真っ直ぐ飛んでくる火の槍を見切り、凸凹のある土の壁の表面を駆け上り、流れ来る水を躱す。
だが、次は三属性全て壁の魔法を使われた。
今の俺にはこれをブチ抜く術はない。
距離を取ると再び三種の遠距離魔法が迫って来たので回避に専念する。
そして一通り躱すとまた接近を試みる。
そして相手も再び壁三枚。
また俺には抜けられない。
でも、俺には抜けられないだけだ。再開からずっと回復に専念していたサダ姉なら!
「サダ姉!! やっちゃって!」
「任せなさい! -大雷玉-!!!!」
サダ姉の右掌の前に雷の玉が現れる。
その玉が徐々に大きくなると纏まりきらない雷が辺りに放電していく。
パン!
「あっ!」
「「「………………」」」
雷の玉から辺りに放電した電気が自分の頭上にある紙玉に当たり割れてしまった。
そのまま発射目前だったサダ姉の魔法も消沈し、周囲が沈黙に包まれる。
「スキありです。 -雷脚-」
「「「え!?」」」
パン、パン、パンと軽快な拍子で三姉妹の紙玉が割れる音が響く。
いつの間にか三姉妹の背後に回り込んでいたエタケが跳躍して頭上の紙玉三つを連続で蹴り割った。
「やりました! にーさま!」
見ている全員が呆気に取られている中、エタケが俺の方へ駆け寄ってくる。
凄い。ウチの妹マジで凄い。そして可愛い。
「よくやったぞ! エタケ!」
「はい! 頑張りました!」
俺は抱っこをせがむ様に両手を広げて駆け寄ってきたエタケを両手で抱き上——
パン!
「へ?」
「これでエタケがいちばんつよいですね!」
抱き上げられたエタケが両掌で蚊を潰す様に俺の頭上の紙玉を叩き割っていた。
「ぷっ! ははは!! そこまで! 勝者エタケ嬢!」
「なんとまぁ。たまげたのう」
「エタケがあれほど動けるようになっていたとは思いませんでしたね」
まさかエタケに不意打ちを受けるという予想外の結末に俺はただ唖然としていた。




